オマツリジャパンの共同代表であり、取締役である山本 陽平(やまもと ようへい)にインタビュー。営業部を取りまとめ、様々な案件を実施するプレイングマネージャーでもある彼が、いかにしてビジネスセンスを培い、オマツリジャパン起業に至ったのか?
KIRIN、ANA、昭文社…等、ベンチャーでありながら、名だたる大手企業と協業して事業を実施できるのは、他でもない山本の「巻き込み力」によるものだろう。
センスだけではなく、知識だけでもない。他人を上手く巻き込み、共に案件を進めていく山本の本質に迫った。

幼少期から好奇心旺盛。周囲を巻き込むことで倍増する「コミュニティ」の面白さ。

ー小さい頃はどんなお子さんだったんですか?

小さい頃から好奇心の塊でしたね。じっとしていると死んでしまいそうになる位、「未知なものに対する興味」は人一倍強く。中学に入ると、親の放任主義も相まって、リュックで国内一人旅(野宿含む)を始めたりして。
あと、親が転勤族だったので、引っ越しが多かったです。東京、大阪、東北…etc 引っ越すたびに全然文化の違うクラスメイトと仲良くやっていかなくてはならなくて。引っ越しが多かったことでコミュニケーション能力は自然と鍛えられた気がします。

ーお話を伺っていると、新しい未知なるコミュニティに積極的に飛び込んで行き、そこで出会った人との化学反応を楽しんでいる様な感じがします!!

そうかもしれないですね!(笑)高校に進学したころになると、いかにして周りを巻き込むかということにも面白さを見出す様になりましたね。一人でやるよりも、皆を巻き込んでやっていく方が面白いなぁと。

祭りの可能性とは?世界80ヵ国を旅して分かったこと。


ーバックパッカーとして世界60ヵ国を旅されたと伺っていますが、やはり「未知なものに対する興味」という強い好奇心から行動を起こされたのでしょうか??

最初は海外への漠然とした憧れがきっかけだったんですが、世界各国を巡る中で、実際に国際協力活動をしていきたい!という思いに変わりました。
大学生の頃は国際NGOでの中長期インターンとして、フィリピンのゴミ山やモンゴルの孤児院、ベトナムの盲学校にも行って活動に参加したり。実際に現地で活動してみて、そこで暮らす人の様子を見て、世界観が変わりましたね。

ー文化も言葉も異なる「外国」という未知なる世界で、新たな知見を広げられたんですね。お祭りに興味を持ったのはいつ頃ですか??

そうそう、お祭りに興味を持ち始めたのも、ちょうどこの頃で。世界各国巡っている中で、祭りの持つ力に気付かされたんですよね。
祭りの最中って、皆がとってもオープンマインドになるので、コミュニティに溶け込むのが比較的容易だったりするんですよ。コミュニティの中に入っていくとその地域の文化も体験できるし、何より楽しい。最高だなぁ~と思いましたね。

あと、これは今のオマツリジャパンのビジネスにも言えることなのですが、国際協力においては「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」と言われています。
モノやカネをただ渡すだけではダメで、自分たちで稼げるようになってこそ本当の支援なんですよね。そうでないと一時的なもので終わってしまい、長続きしない。
このことは祭りの支援をする上で常に心掛けています。

新規事業の立ち上げを経験。培われたビジネスセンス


ー新卒で就職したのはNTT東日本と伺いました。NTTではどんなプロジェクトに取り組まれていたんですか??

最初に配属された部署ではSEをやっていましたね。主に中小企業向けのセキュリティシステムの構築をしていました。
しばらくして「やっぱり国際協力がしたい!」という思いから、イギリスの大学院を受験して。無事に合格したのですが、辞表を提出したものの受理して貰えず(苦笑)上司から強くひき止められて、「そんなに留学したいなら、国際関係の部署に異動させる!」と、部署移動を条件に会社に残ることになったんです。
異動先は「国際室」という、国際協力が出来る部署で、海外向けの新規ビジネスを顧客との関係性構築からスタートする…という、本当に1からのビジネスの構築を経験させてもらいました。

ーオマツリジャパンは設立前に任意団体として活動していたと思うのですが、その時はまだNTT東日本にお勤めだった頃ですよね?立ち上げのきっかけを教えていただけますか?

もともと皆を巻き込んで1つのことをするのが好きだったので、僕が中心となって社会人サークルをいくつか立ち上げて活動していたんです。社会人サークルとしての活動の繋がりで、優ちゃん(オマツリジャパン代表 加藤優子)と出会ったのが、オマツリジャパンをスタートするきっかけでしたね。

ー本格的に「ビジネス」としてオマツリジャパンに専念するようになったのはいつごろでしょうか??

この頃はまだ2足のわらじで活動をしていたんですが、しばらくしてビジネスコンテストに応募することになったんです。もちろん優勝賞金も目当てだったんですが(笑)ビジネスコンテストに出場すれば、地域の商工会議所や、企業の人にも名前を知ってもらえる。これはいい営業になるな、と考えたんです。
お陰様でいくつかのビジネスコンテストで表彰されたことをきっかけに、本格的にビジネスとして取り組んでいくことになりました。

そして、オマツリジャパンの立ち上げ。持ち前の「巻き込み力」で応援してくれる仲間が次々と。


祭りをビジネスにするってなかなか難しい面もあって。そもそも祭りの主催者、運営側にはあまり資金がないんですよね。困っている祭りを助けたくて支援はするけれど、活動すればするほど赤字になっていく。
ある時、「祭りの集客力を活かして、自社商品をPRしたい企業からお金をもらうようにしてはどうか?」というアドバイスをビジコンのメンターさんから頂いたんです。そこから現在の「企業協賛」というビジネスの形が出来てきました。
祭りの支援って社会的意義が高いことだけど、やっぱりボランティアでは続かなくなってしまう。それはこれまでの国際協力活動で経験した「持続可能な支援」ということを常に心掛けていますね。

ーオマツリジャパンの仕事をしていて、一番やりがいに感じることは何ですか??

やっぱり色んな人が応援してくれることですね!
ノウハウや知見の無いところは、応援してくれる方がリソースを提供してくれる。例えばWEBサイトを作ろうと思った時も、たまたま任意団体時代のメンバーにエンジニア経験者がいて。その人に構築してもらってWEBサイトを作ることが出来ました。

優ちゃんと僕の2人で立ち上げたオマツリジャパンですが、取締役にはっしーが加わり、匠、カツ君、けんのすけ、イケちゃん…と優秀なメンバーが次々JOINしてくれて。
採用の面でも、営業活動の面でも応援してくれる人がいることはとても心強いですし、やりがいになっていますね。

祭り当日だけではない。これからの祭り支援の形とは?


ー応援してくれる人が次々現れるというのも、やんまーさんの巻き込み力の影響なのではないでしょうか??

そうかもしれません!(笑)
オマツリジャパンは設立間もないベンチャーではありますが、大手企業と共に取り組んだ実績も多く、いずれもANAやキリン、昭文社と言った名だたる企業ばかりです。
こういった一流の大手企業と共に仕事が出来たのは、「祭りで日本を盛り上げる!」という、オマツリジャパンのミッションはの共感はもちろんですが、ビジネスとしてのメリットがあったからこそ実現させることが出来ました。

ースゴイですね!今後の展望や、課題についてもお聞かせください!

祭りで日本を盛り上げる!というオマツリジャパンのミッションをお伝えした時に、祭りは365日ある内のたった1日なのではないの??という話をされる方がいます。ピンポイントで1日だけ盛り上げてもあまりインパクトはないのでは?と。

確かにごもっともな指摘だとは思いますが、その1日の祭りを行うためには、残り364日でしっかり準備や練習をしなくてはならない。
こういった準備期間中から、主催者と同じ目線で祭りに関われるような取り組みを行っていきたいと思っています。
祭りを切り口に、旅行、インバウンド、関係人口…などと掛合わせ、柔軟に取り組むことでオマツリジャパンにしかできない事業を作っていきたいと考えています。

課題としては、チームビルディングですかね。取り組む案件が増えて行けば当然社員の数も増えていきますし…。それぞれ事情が異なる祭りを支援するには、どうしても個別対応しなくてはならない。俗人化された業務をどうやった分担していくか、マネジメントしていくかが課題です。

ーありがとうございました!今後のますますのご活躍を期待しています!!

株式会社オマツリジャパン

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