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「呉服」=「着物」じゃない!?三国志時代の姉妹が伝えた和服の起源の話

2023/5/26
2023/5/23
「呉服」=「着物」じゃない!?三国志時代の姉妹が伝えた和服の起源の話

皆さんは「呉服」と「着物」の違いをご存知でしょうか?
なんとなく同じような言葉として使っている人も多いと思いますが、実は意味が違うのです。

この記事では「呉服」と「着物」の違いや和服の起源について解説します!

また、日本全国にある和服の魅力を伝えるお祭りを3つ紹介します。

5月29日は「呉服の日」!

5月29日は、「呉服の日」と制定されています。
「5(ご)2(ふ)9(く)」の語呂合わせからくる記念日。

和装業界の振興と、和装の良さを多くの人に知ってもらうためにさまざまなイベントが行われます。ブランドによっては質の良い和装アイテムがリーズナブルに買えるセールなども企画されています。

そもそも呉服って?

呉服の由来は、なんと弥生時代まで遡ります!

弥生時代の人々は身分の高い低いに関係なく、麻と綿素材の衣類を身に着けていました。
その後、弥生時代中期になって中国・三国志時代の国の一つ、孫権が建てた「呉」から絹の生地が伝来しました。

 

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絹の生地に触れた人々はその美しさに驚き、身分が高い人のみが使う高級生地となりました。当時の人は「服」という文字を「はとり」と呼んでいたこともあり、「呉の国から来た絹でできた服」を、「呉服(くれはとり)」と名付けたのです。

「呉服」と「着物」の違いは?

呉服屋の様子(国際日本文化研究センター蔵)

つまり、「呉服」とは「絹の生地」そのものを指す言葉でした。本来、仕立てられた衣類を指す「着物」の意味はなかったのです。

ところが江戸時代。呉服を扱っていたとある呉服店が、オーダーメイドで着物に仕立てるサービスを始めました。このことからやがて両者が混同され、呉服とは絹でできた着物を指す言葉になったのです。

現在、「和服」と言われて外国人からも人気の「着物」ですが、そのルーツは中国・呉の国にあったのです。

呉服の起源を示す神社がある!

皆さんは、呉服の渡来伝説をご存知でしょうか。『日本書紀』によると、呉服を伝えたのは呉の国からやってきた織姫姉妹。彼女らを祀った二つの神社が大阪府池田市に現存しています。

呉服神社

 

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呉服(くれは)神社は、染色・織物を日本に伝えたとされる姉妹のうち、姉の呉織(くれはとり)を祀っている神社。『日本書紀』に記された「呉織・漢織(あやはとり)伝承」を語り継いでいます。

日本にやってきた姉妹は、昼夜怠ることはせずに機織裁縫を行い、日本に布を織る技術を伝えたとされています。

江戸時代に描かれた呉織姫(国立国会図書館蔵)

呉服神社は現代でも多くの服飾に携わる人々の篤い信仰を受けています。

伊居太神社

 

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伊居太(いけだ)神社(※地元では「いこた」とも)は妹の漢織を祀っている神社です。池田市に残る、最も古い神社とされています。

「くれはとり・あやはとり」のお話は、池田市の名前の由来とも伝わる伝説であり、池田市ではまちの魅力を発信する「織姫プロジェクト」を実施し、姉妹のキャラクターやオリジナルソングも制作されています。

和服を楽しむ祭りがある!!

ここでは、3つのお祭りを紹介します。どれも見ごたえがあるお祭りです。ぜひ着物で参加してはいかがでしょうか?

十日町きものまつり

 

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新潟県十日町では毎年5月3日に「十日町きものまつり」が開催されます。十日町の伝統産業、着物をPRするために開かれるお祭り。

歩行者天国にてダンスや着物の古着販売、ファッションショーを開催。「二十歳のつどい」も同日に開催され、振袖姿の若者が町を華やかにします。出店や豪華景品が抽選で当たる、スタンプラリーもお祭りを盛り上げます。

島田髷まつり(島田市)

 

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「島田髷まつり」は、静岡県島田市で例年9月に行われるお祭りです。「島田髷」とは、日本髪で最もポピュラーな髪型であり、髷を折り返して元結で締めるシンプルな髪型なので、派生して色々な髪型が生まれたそうです。

この髪型は江戸時代に島田宿にいた駿河三大美人の一人「虎御前」という女性が流行させたものだと伝わっています。

お祭りでは、約70名の娘たちが、そろいの浴衣とそれぞれの島田髷を結いあげて「島田髷道中」と呼ばれる手踊りをし、市内をまわります。最後に虎御前の菩提寺「鵜田寺」にて奉納踊りや髷供養感謝祭が行われます。

 

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奥ゆかしく日本らしい踊りなので、外国人にも人気があります。
注目ポイントは、女性たちの背中の帯に差されているうちわ。バリエーション豊かな島田髷の型の名前が書かれています。

島田大祭(帯祭り)

同じく島田市の大井神社では「帯」の祭が行われます。

とはいえ、これまでご紹介してきたお祭りとは趣向が違い、神輿渡御の行列で、女性の帯を太刀にぶら下げた「大奴」が練り歩くというもの。その昔、大井神社に安産祈願に訪れた女性が宿場の人々に帯を披露していた風習が、なぜか女性ではなく「大奴」が披露して回ることに変わってしまったという300年以上続いている奇祭です。

「大奴」が太刀にぶら下げている金襴緞子の丸帯の美しさは必見です。

この「帯まつり」こと「島田大祭」の開催は3年に一度、寅・巳・申・亥年の10月中旬3日間です。

まとめ

この記事では「呉服」と「着物」の違いや和服の歴史について解説しました。和服を知ることは、日本文化を知ること。ぜひこの機会に、情緒あふれる和服のお祭りに、参加してみてはいかがでしょうか。

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