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金沢の祭りは豪華!その理由は工芸文化?加賀友禅職人の手仕事、そして祭りにかける想いとは

更新日:2024/3/7 稲村 行真
金沢の祭りは豪華!その理由は工芸文化?加賀友禅職人の手仕事、そして祭りにかける想いとは

なぜ石川県は祭りが盛んなのだろうか?石川県といえば、能登半島のキリコや金沢の百万石まつりなど、有名な祭りが数多くある。祭りの賑わいを下支えしてきたのは、輪島塗に従事する漆職人や加賀友禅の染物職人など、様々な職人たちだ。

経済力を背景として職人たちが華やかな祭り道具を作れば、祭りはどんどん賑わいを見せる。職人たちはどのような思いで祭りを見つめているのか。今回は石川県の祭り文化を語るには欠かせない加賀藩の拠点、金沢市で祭りが盛んになった背景を職人の視点で探っていきたい。

なぜ金沢の祭りは華やかなのか?

金沢で大規模な祭りが行われるようになったのは、江戸時代の加賀前田藩以降の話。前田利家が金沢城に入場して以降、祭礼や工芸文化が花開いた。

例えば、金沢城下で武芸鍛錬のために始まったとも言われる獅子舞は、「加賀獅子」と呼ばれる。獅子頭には金箔が使われることもあるし、一刀彫りで非常に大きくて高価なものが多い。獅子頭1頭を注文するのに100万円以上かかるのは当たり前の世界で、これは全国の平均と比べてもかなり高価である。また、獅子の胴体(蚊帳)の部分は10人以上入れるものも多く、竹などの棒で構造を支える場合も多い。

こちらは以前伺った、石川県加賀市橋立地区の獅子舞の写真だ(参考記事はこちら)。石川県金沢市近郊の内灘町から伝わったと言われる加賀獅子である。獅子頭や蚊帳の華やかさや勇壮さに「加賀獅子」の特徴がよく表れている。城下町で発展した獅子舞なので、お殿様の前など言わばハレの場で披露されてきたことから、これだけ華やかなデザインになっている。

このような豪華な祭りを支えていたのは工芸文化に違いない。ものづくりの文化が花開き、それが職人たちによって継承されていく必要があったはずだ。そこには様々な要因があったと言われているが、後述の職人インタビューを参考に、あらかじめ2つの背景に触れておきたい。

工芸文化が盛んな理由①文化を奨励したから

江戸時代、加賀藩の前田家は関ヶ原の戦い以降に徳川家に従った「外様大名」なので、幕府からはいつ反逆するか睨まれるような立場だった。そのため軍事費に資金を投入する訳にはいかなかったが、加賀百万石と言われるように経済的には裕福だった。そこで文化工芸に対して力を入れるようになったのだ。全国から名工を呼び集め、地元の職人との刺激し合う中で、文化の土壌ができていった。その伝統を歴代の藩主が受け継いできたのだ。

工芸文化が盛んな理由②雨の日が多いから

また、石川県は曇りや雨が多いことで知られている。ウェザーニュースの調べによると、2021年の降雨時間ランキングでは、石川県が日本全国でNo.1だった。このように雨が降るのが当たり前な土地だからこそ、家の中でのコツコツと物を作るような仕事が発展したとも言われている。現代の暮らしでは家にいると、テレビなどたくさんの娯楽がある。しかし、昔はご飯を食べて、寝て、仕事をしてという生活が普通だった。だからこそ手間暇かけて行うものづくりが発展したのだろう。このように歴史と気候という2つの背景から、金沢には工芸文化が根付いたと言われている。

獅子舞の蚊帳に注目、その技術に迫る

今回、獅子舞の胴体の部分(蚊帳)に着目して、職人にお話を伺うことができた。蚊帳職人が石川県のお祭りにかける想いに迫っていきたい。今回、取材に協力してくださったのは、金沢市の郊外に工場を持つ奥田染色株式会社の万行(まんぎょう)さんだ。

奥田染色は社長の奥田さんが厚生労働省が表彰する「現代の名工」として選ばれるなど、ご活躍されている職人集団である。石川県内に獅子舞の蚊帳を制作する会社は数える程しかなく、獅子舞のお祭りを影で支える貴重な存在だ。

稲村:万行さん、本日はよろしくお願いします。今回は獅子舞の蚊帳についてお話を伺いたいのですが、どのようなものを製作されているのでしょうか?

万行さん:よろしくお願いします。私たちは加賀友禅の技法で、獅子舞の蚊帳を製作しています。こちらが加賀友禅のデザインです。

加賀友禅の模様

稲村:とても美しいですね!

万行さん:加賀友禅のデザインはありのままを写実的に表現する特徴がありまして。ぼかしを入れたり、虫食い模様を描いたりすることだってあるんです。虫食いは普通、獅子舞の蚊帳には描かないんですが、特別に描いたこともあります。

稲村:獅子舞の蚊帳にもぼかしを入れたり虫食いを描いたりすることがあるんですね!

蚊帳に見られるぼかしの技法

加賀友禅の特徴である虫食いの技法

万行さん:石川県の獅子舞の特徴のひとつである、蚊帳に描く牡丹の花の位置は、お客様に確認することにしています。牡丹の花が演舞の際に見えない位置にある蚊帳もあるので。また、花はパーンと開いているものもあれば、今から開こうとしているようなものもあります。

獅子には牡、牝、子供、大人もいます。子獅子の蚊帳はぼかさずに明るめの黄緑や緑を使う一方で、大人獅子の蚊帳はぼかしを入れ熟練した雰囲気のものを作ることもあるんですよ。こちらの図案は、これから花が開こうとしている子獅子の蚊帳です。

一通り加賀友禅や蚊帳について教えていただいた後に、染物工場を見せていただいた。

獅子の蚊帳には大部分に色がついている一方で、色がついていない所もある。どうやらこのような箇所には、もち糊を付けて染め抜くという裏技があるようだ。

万行さん:食べ物のお餅ってわかりますよね?あれは加賀友禅のもち糊の原料でして。もち米、米糠を練って作ったものをもち糊と呼びます。獅子舞の蚊帳を製作するのにも、お米を使うんですよ。

稲村:へえ!獅子舞の蚊帳作りにはお米が使われているのですね。

万行さん:水につけると柔らかくなって、ほっておいて乾くと固くなるのです。そういう性質を利用して作っています。

もち糊

万行さん:もち糊はケーキのホイップクリームを出すように、蚊帳の上に出していきます(ホイップクリームと言われるととても美味しそうに見えてきます)。

万行さん:染色のハケにも様々な種類があります。色が混ざらないように、ハケを使い分ける必要があるんです。

稲村:形を見ても様々なハケがあるのですね。

万行さん:水は白山の地下水、つまり伏流水を使っています。金沢には染物屋さんがたくさんあるのですが、環境汚染や土壌の問題が50年前に出てきました。それで、昭和47年に協同組合を立ち上げて、みんなで作ったものを洗ったり干したりということを始めました。白山から川に交わらない地下を流れてくる水が年中あって豊富なのです。

獅子舞の蚊帳の模様には、加賀友禅を作り続けてきた技術が生かされており、それが金沢らしい祭り道具作りに繋がっている。また、もち糊やハケを始め、その裏側にある細かな技術の集積は見事だった。しかもそこには、白山の伏流水という豊富な水資源も関わっていたのだ。

小さな蚊帳を作り、獅子舞を応援

さて、獅子舞の蚊帳作りの背景について知ったところで、職人の祭りに対する想いにも迫っていきたい。どうやら奥田染色さんは2022年5月より、獅子舞の団体向けに「小さな蚊帳」の貸出を始めるという。

コロナ禍においてなかなか獅子舞について知ってもらう機会が少ない中で、地域の祭り以外のイベントで獅子舞をしたいという団体向けに、蚊帳の貸出を始めるのだ。本来、加賀獅子は大きく蚊帳に入る人数が10人以上である場合も多く、密になりやすい。それを解消するために、2~3人が入れる小さい蚊帳を作ったそうだ。

万行さん:コロナ禍で祭りの担い手さん達と話していた時に、「中止になりました」という声をよく聞きました。お祭りが中止になると、担い手が育ちません。小学生から中学生の世代で祭りに携わったことがない人が増えていくってことになるでしょう。蚊帳の大小に関わらず、獅子舞をたくさんの方に見ていただき応援していただきたいという思いで小さい蚊帳を作っています。

製作途中の小さな蚊帳

万行さん:1団体に使っていただいたら、その次の団体という風に1つの蚊帳を順々に貸し出す予定です。例えば、小学生が社会科の授業で地域のことを学ぶ時に、獅子舞について学ぶのに小さい蚊帳があると見せやすいからということで、今回貸出を予定している団体さんもあります。地元の祭りでは本物のものを使いますが、小さい蚊帳を貸し出す場合はイベントごとや子供達への紹介など、その他の催しでも身軽に使っていただきたいです。

稲村:蚊帳のデザインはどのように決めたのですか?加賀獅子のオーソドックスな蚊帳のデザインみたいなものがあるんでしょうか?多くの団体に貸し出すとなると、その分、デザインにも配慮する必要がありそうですよね。

(ここで、小さな蚊帳作りのプロジェクトリーダーを務める奥田さんが登場!この方は社長の奥田さんではなく、従業員として働いておられる若手職人さんです。)

奥田さん:今までやってきた中から、牡丹の花などある程度デザインは決まってきます。蚊帳は1年に1回新調があるかないかなのですが、近年は7~8つの時もあります。ちょうど作り変えの時期だったのかもしれません。加賀友禅の花では迫力が欠けるので、通常は迫力のある花を意識して描きます。ただ、今回は少し小さいサイズの蚊帳なので、色のぼかしも入れながら少し加賀友禅の特徴も混ぜて作っています。

祭りの担い手とともに、職人も育成する

今回の小さな蚊帳作りに関して、コロナ禍で獅子舞の担い手育成が進まないという問題意識の一方で、染物の若手職人の育成という狙いもあったようだ。コカコーラ社(日本コカ・コーラ株式会社)による「綾鷹 伝統工芸支援ボトル」を通じた若手職人育成支援プロジェクトに応募して助成金を獲得。今回の蚊帳作りにこぎつけたという。

万行さん:資金に関しては今回、綾鷹を製造しているコカコーラ社の若手職人支援プロジェクトに応募させていただきました。祭りの担い手とともに、染物職人の担い手も育成するという想いもあり「加賀友禅 繋ぎ手プロジェクト」と名付けています。100件の応募があった中で、22件の採択があり、50万円の助成をいただきました。

(綾鷹は、The Coca-Cola Companyの登録商標です)。

今回、実は奥田染色さんで働いている方の中で、獅子舞の担い手もされている方がいて、「今夜、獅子舞の練習をしますよ」と偶然お誘いいただき、金沢市の隣の津幡町に伺ってきた。獅子舞の担い手でありながら、蚊帳の職人もしているからこそ分かることがあるのだろう。

実際、小さな蚊帳を作り、お正月にショッピングモールの獅子舞イベントで創作獅子舞を披露しているという。なるほど「小さな蚊帳作り」というのは突飛なアイデアではなくて、とことん獅子舞の担い手目線で生まれたアイデアでもあると実感することができた。

蚊帳職人の祭りにかける想いとは?

さて、最後に蚊帳作りをする職人にとって、お祭りはどのような存在なのか。これは職人が何に注目して祭りを見ているのかということでもある。「蚊帳職人さんにとってお祭りはどういう印象ですか?」と尋ねてみると、小さな蚊帳作りに取り組む奥田さんはこのように答えてくださった。

奥田さん:お祭りは身近ですね。「あ、うちが染めたやつだな」と思うこともあります。自分がこうした方が良いと思っていても、実際に舞うところを見た時に「あ、そういうことだったのか」と納得することもあります。全て手作業で祭り道具が作られていますし、何十年も受け継がれるものとして向き合い作っています。

職人にとって祭り道具を作ることは、地域の歴史を背負い、それが受け継がれていく責任を感じて向き合うこととも言える。そこには地域を尊重する想いも必要だ。金沢の祭り文化を根底から支える職人たちの世界に熱心でひたむきな姿勢を感じた1日だった。

この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
日本全国500件以上の獅子舞を取材してきました。民俗芸能に関する執筆、研究、作品制作等を行っています。

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