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秋空が燃える夜、福島県須賀川市『松明あかし』をレポート。

更新日:2020/5/20 寺川 芳雄
秋空が燃える夜、福島県須賀川市『松明あかし』をレポート。

炎が燃えるさまを眺めるのが好きだ。

あんまりアウトドア派ではないけど、揺れる炎と大気の境目ならずっと見てられる、

そんなことを師匠の奇祭ハンターにぼやいたら、

東京から東北新幹線で郡山、そこから在来線で10分ほどの須賀川市で行われる「松明あかし」という奇祭が面白いと聞いたので、つい先日行ってきた。

 

さて、須賀川といえば(個人的には) 円谷英二の故郷だったりする。

松明を担いで練り歩く予定の「ウルトラマン通り」にはウルトラヒーロー&ウルトラ怪獣の等身大像が列を連ね、

『特撮の父』円谷英二の多大なる功績をたたえている。

 

オープンセット(スタジオの照明ではなく屋外の自然光での撮影)みたいなもんなので、

こんな写真も撮れたりする。かっこいいよね、ゼットン。

 

集合の時間になった。

事前に申し込んでおいた法被を受け取り、松明のもとへ

 

…あれ?

 

…超でかい。

 

 

全長10m 体重3t 中身は竹と藁とはいえ、どう考えても重機かウルトラマン案件だと思う。

100人近い成人男性でこれをなんとか担いでいく。

※担いでいる写真がないのは、人員がギリギリ&各添え木に担当が固定で途中で全く抜け出せなかったためです。

 

このまま約1時間、最終目的地の「五老山特設ステージ」に向けてひたすら松明を担ぐ

これが本当にしんどい。まず前提として狭い空間に100人のおっさんが集中するのである

みっちみちの歩幅は狭まり肩への荷重も集中し、まず肩、次に腰、膝と順を追ってダメージが蓄積される。

 

沿道からは地元の皆様からの声援、

僕らのヒーローウルトラマンも見ている。(今は)負けるわけにはいかない

そんなこんなで、谷を下り縁日のを掠め会場の山頂へとなんとかかんとかたどり着いたのである。

 

ここで終わりと思ってたら、この先も人力だった

これが(人力で)

(力技で)こうなって

(一時間以上格闘の末)こうじゃ。

 

すっかり日も暮れ、急に冷え始める。ここまでに蓄積された膝へのダメージがここで効いてくる。

一つ前の列で担いでた地元のおじさんの「もうクレーンでよくね?」のつぶやきは忘れられない。

 

ここでやっと休憩。

炊き出しの芋煮がうれしいけど、ピリピリした雰囲気の警察官と消防士さんたちを眺めながらなので、どんな味だったかあんまり覚えていない。

 

観客も集まりだし、とうとう着火である。

 

僕ら以外にも地元中学やボーイスカウトの松明も立ち、会場はさながら古代遺跡のようである(この後大炎上する)

それぞれチーム名はスローガンの垂れ幕があるのだが、「完全燃焼!!」にはすごいセンスを感じる。

10mに延長した脚立を灯け手(結構な割合で女の子!!)がホイホイのぼり、火種を落としたらあっという間に大炎上である。

みるみる内に視界は火の海に。地元の中学生の応援合戦(!?)も始まり、ボルテージはいきなり最高潮である。

すごい。熱い。

 

だいぶ離れてみても額に熱気を感じる。ここまでくると観客も総ケバブ状態である。

『炎の七日間』@風の谷のナウシカってこんな感じなのかなと思ってたら、

松明明かりの由来を説明するアナウンスが流れ始めた。

 

…要約すると、420年前に伊達政宗軍に攻められ須賀川は炎上、大部分が焼失した。

それから毎年、犠牲者たちの鎮魂の為に松明を掲げることにしたという。

 

そう、420年も、毎年、この苦行を、欠かさずにである。

鎮魂以外の意味も絶対にあるよね?? いまだにめちゃくちゃ恨んでるよね???

…とは、その場では口が裂けても言えなかった。

 

にしても、絶景である。

宿に帰っても、感動(と疲労と関節痛)で何も言葉が出なかった。

翌日の予定をすべてキャンセルし、磐梯熱海の温泉で身体を癒したのはいうまでもない。

 

松明あかしへの参加は市役所経由での申し込みが簡単です。

紅葉も素敵な時期なので、来年の予定にいかがだろうか?

この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
伊豆生まれ伊豆育ち、お酒もオマツリも基本雑食ですが生魚だけは食べられません。

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