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「徳島阿波おどり」歌い継がれる踊りの歴史|観光経済新聞

2021/2/27
2021/3/10
「徳島阿波おどり」歌い継がれる踊りの歴史|観光経済新聞

2019年からスタートした、観光経済新聞のオマツリジャパンコラム記事連載!2020年も「お祭り」をフックに、旅に出たくなる記事の連載をして参ります!奇祭好き、ケンカ祭り好き、お神輿好き…等、様々なライターさんに記事を執筆いただく予定ですので、ぜひご覧ください♪(オマツリジャパン編集部)

歌い継がれる踊りの歴史

 「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン」。これは言わずと知れた、徳島阿波おどりで歌われる歌の一つ。阿波踊りでは、踊りを盛り上げたり、フォーメーションを変えるきっかけとしてさまざまな歌が歌われる。ここでは、これらの歌の中から、特に徳島という土地に根付いた歌詞を選び、この祭りが育った土壌を紹介したい。

 まずは、「阿波の殿様蜂須賀さまが、今に残せし阿波踊り」。阿波踊り起源の一つに、蜂須賀家による徳島城落成を祝して、町民が踊ったこととする説がある。時代考証的には疑問視されるが、歌詞には郷土への誇りが感じられ、ぐっとくるものがある。祭り期間中は、徳島城址や徳島城博物館で行われる特別催事に足を運ぶのもお勧めである。

 次は、「新町橋まで行かんかこいこい」。新町橋とは、徳島市内を流れる新町川に架かる橋。歌詞のルーツは、江戸時代の風紀規制に反対した町民がこの橋まで歌いながら踊ったことといわれる。祭り期間中、新町橋周辺は演舞場や踊り広場、群衆が踊り狂う飛び入り会場と、最も熱いスポットの一つとなる。舞台踊りが披露される「あわぎんホール」の緞帳には、この橋の上で踊る人々の絵が描かれており、現在の新町橋周辺と見比べるのも面白い。

 最後は「笹山越えれば笹ばかり、大谷通れば石ばかり、猪豆食ってホ~イホイホイ」。徳島のシンボルといえば「眉山」。その北側の佐古山大谷地区にあった笹が生い茂る石切り場を指すといわれ、後半は農耕儀礼の猪追いの影響がみられる。眉山麓の阿波おどり会館から山頂までロープウエーで登れば、徳島市内を一望することができる。

 日本の祭りは、歌い継がれる歌詞を通じて、その土地を深く知ることができる。遠い昔、同じ土地を踏んで踊った人々を想像すると、大げさだが旅に何百年分の価値が付加される気がする。徳島阿波おどりは毎年8月12~15日開催。ぜひ、地図と見比べながら、熱狂を支えた歴史を感じてほしい。
 

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