Now Loading...
お祭りニュース

【八田荘だんじり祭り】だんじりが教える泉州弁の価値

【八田荘だんじり祭り】だんじりが教える泉州弁の価値

先日2018年10/20(土)・21(日)に大阪府堺市・泉州だんじり祭りの一つである「八田荘だんじり祭り」へと足を運びました。

荒っぽさで知られる大阪南部の泉州地区。さらにはだんじり祭りの本番とあって曳き手のボルテージも高く、町内同士で取っ組み合いのケンカになる場面も。

本日10/23の産経新聞WEB版に気になる記事がありましたのでご紹介します。

敬語がない言葉 大阪の「泉州弁」、だんじりが守ったhttps://www.sankei.com/west/news/181023/wst1810230003-n1.html

この記事によると、大阪で話される「大阪弁」の中にも「泉州弁」があり、敬語がなく特に荒っぽいと言われるそれは泉州各地の「だんじり祭り」を通じて泉州人のアイデンティティを形成しているとのことです。

筆者も滞在中は「はよせい!」「××やろオイ!」「コラァ!」などなど、景気よく飛び交う泉州弁を堪能しましたが、地元の方々が自然体で使うこれらには清々しさを感じていました。

中井教授は「昨今は大阪市内に通学・通勤する人が増えてきているため、泉州の人たちも標準的な大阪弁を話すようになってきているようだ。会話が成立しないと仕事にならないし、人間関係もうまくいかないためだろう」と説明する。その上で「だから昼間は大阪弁を話すが、仕事を終えて電車に乗って大和川を渡ると『地元に帰ってきた。泉州弁を思う存分しゃべれる』とホッとする、という人が多い。泉州の人たちは、いわゆる『バイリンガル』だ」と説明する。

中井教授が、「どうやって相手に敬意を表すのか」と泉州人に調査したところ、「口答えをしないこと」、つまり態度で示すという答えが多かったという。

ただ、敬語がないことをもって泉州弁が「荒っぽい」というマイナスイメージで語られることに、中井教授は抵抗を覚えるといい、「敬語がないというのは実は幸せなこと」と指摘する。「敬語というのは、上下関係をはっきりさせるための言葉で、その根底には身分差別がある。それがないのは、皆が平等ということで、ざっくばらんでアットホームな社会である証し」と話す。
引用元:https://www.sankei.com/west/news/181023/wst1810230003-n1.html

親子以上に年が離れた見物客同士が話す言葉にも敬語は見当たりませんでしたが、お互いに親しみを込めて交わす会話は東京地方には存在しない表現の形が込められています。引用元の記事はこの言葉の文化とだんじりとの関わりを以下のように説明します。

「だんじりは、地域の人たちが老若男女、わけへだてなく参加し、子供は幼いころから、年配者が話す泉州弁に接する。そして、本祭りが終わったら、その瞬間から来年に向かって動きだすので、1年を通して寄り合いなどで泉州弁が飛び交う。根付かないわけがない」と力説する。つまり、だんじりによって、泉州弁は脈々と受け継がれているというのだ。
引用元:https://www.sankei.com/west/news/181023/wst1810230003-n1.html

同じ町内の小さな子供から大人までがだんじりを引いて走る場面は、だんじりと地域との関わりを象徴するものではないでしょうか。だんじりを引く綱の先頭は小学生、年が上がるに連れて力が必要で危険な役割を勤めていきます。女性は次第に少なくなりますが、代わりに周囲のサポートを行い、後ろからだんじりを追いかけます。

準備段階からだんじりを通じて地域が一つにまとまる中、そこで交わされる泉州弁が言葉以上の価値を持ちながら受け継がれていくのも頷けます。お祭りが地域に与える価値の一つとしてだんじりと泉州弁の関わりが取り上げられた興味深いニュースをご紹介しました。

引用元:https://www.sankei.com/west/news/181023/wst1810230003-n1.html

written by
イケちゃん

イケちゃん

フジロックと阿波踊りが好きな2児の父親です

あわせて読みたい