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時は今!「本能寺の変」と「つくだに」誕生の甘くて辛い関係を知る時が来た!

2023/5/31
2023/5/30
時は今!「本能寺の変」と「つくだに」誕生の甘くて辛い関係を知る時が来た!

テリヤキ、肉じゃが、ブリ大根……野菜や肉・魚を砂糖と醤油で甘辛く煮た料理は、日本食の定番ですね。白米との相性は抜群です。ご飯のお供もいろいろありますが、人気モノの一つが「佃煮」ではないでしょうか。「佃煮」は「甘露煮」とも呼ばれますが、小魚、アサリ、海苔・昆布、佃煮さえあれば、ご飯何杯でも食べられそうです。

ところで、6月2日は「甘露煮の日」、そして6月29日は「佃煮の日」です。6月2日はあの織田信長が殺された「本能寺の変」の日なのですが、実は「佃煮・甘露煮」と「本能寺の変」は、江戸の初代将軍・徳川家康によって一本の線で繋がっていたのです!

この記事では、本能寺と佃煮を結ぶ歴史ミステリーについてご紹介します。

「本能寺の変」、徳川家康はどうした!?

1582(天正10)年6月2日、京都・本能寺で、明智光秀の謀反によって天下人・織田信長が殺されました。光秀の心境を謳ったとされる句「ときは今 あめが下知る 五月かな」は有名ですね。

ところでその頃、信長の盟友・徳川家康は楽しい上方旅行の最中でした。和泉国堺(現大阪府堺市)で、信長の死の知らせを受けた徳川家康はさぞ驚いたことでしょう。

自分も危ないと感じた家康は、すぐさま自領の岡崎(愛知県)へ海路を使って脱出を試みます。しかし、その途中、大阪の神崎川で立ち往生。その時に、川の向こう側へ船を渡して家康を助けたのが、佃村の庄屋である森孫右衛門とその漁師たちでした。この助けもあり、家康は無事に岡崎城への帰還を果たしたのです。

家康に佃島の保存食を献上!

この時、佃村の住民は、危険な旅路へ向かう家康に、自分たちが漁や悪天候時に保存食としていた醤油や塩で小魚や貝を煮詰めたものを献上したといいます。

これを食べた家康の言葉は残っていませんが、ピンチの時に親切にしてくれた恩は深く心に刻まれたようです。

佃島は徳川家からのご褒美!

ご存知の通り、その後、山崎合戦を経て天下人となったのは豊臣秀吉。信長の野望であった天下統一は秀吉の手によってなされ、短い豊臣時代が訪れます。一方の徳川家康は、江戸の地に領地を与えられるも虎視眈々と天下を狙い、1603年、ついに征夷大将軍となり、天下人となります。

義理堅い家康とその子孫は、先の本能寺の変で命を救ってくれた、佃村の森孫右衛門や漁民の功績を忘れていませんでした。家康は、江戸入植時に佃村の漁民ら34人を江戸に呼び寄せ、彼らに領地のどこでも漁ができる特権を与えました。そして1645年、3代将軍・家光は、佃村の漁民たちの求めに応じて、江戸・鉄砲洲の干潟100軒四方を埋め立てて天領とし、彼らに与えます。そして漁民たちは、土地の名を故郷である佃村にちなみ、佃島としたのです。現在の中央区・佃の始まりです。

「佃煮」の美味は全国区に!

漁民たちの下江に伴ってやってきた佃村の神職・平岡氏は、1649年6月29日、この地に、住吉三神、神功皇后、徳川家康を祭祀するために住吉神社を建てます。そして佃島の住民が住吉神社の参拝者に、自分たちの故郷の味である佃煮を振る舞うことで、この保存食が大評判に。やがてその味は全国へと広まっていきました。6月29日が佃煮の日になったのは、佃島住吉神社の創建が由来です。

本能寺の変がなければ、佃島はなかったし、佃村の漁民たちが徳川家康に佃煮を食べさせていなければ、佃煮がこれほど日本中に広まっていなかったかもしれません。

ちなみに「佃煮」も「甘露煮」もほぼ同じ味付けですが、「甘露煮」は仏教由来の呼び方で、概ね佃煮の小魚より大きな魚を用い、佃煮よりやや甘めに作られたものを指します。

江戸のリトルオーサカ・佃島のお祭り!

佃島では、毎年数々のお祭りが催されています。その中には関西文化のテイストもちらり。
ここからは佃で催されるお祭りを3つ紹介します。

住吉神社龍神祭(さくら祭り)

 

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「住吉神社龍神祭(さくら祭り)」の境内にある、龍姫大神(たつひめのおおかみ)を祀る龍神社のお祭りで、五穀豊穣を祈られます。その名の通り、例年3月下旬から4月上旬、住吉神社境内や隣接する佃公園の桜が咲く季節に行われます。

龍神社には、龍姫のほか、龍神・淤加美大神(おがみのおおかみ)と日本橋白木屋の守護神・大弁財天も合祀されていて「龍王弁財天」と呼ばれています。。
例祭が行われる土日には、境内で甘酒やお汁粉が振舞われ、和太鼓の演奏でも盛り上がります。

住吉神社例大祭(佃祭)

 

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住吉神社の例祭で、例年8月に行われます。今年2023年は、3年に一度の「本祭」にあたる年で、8月4日から7日までの4日間、盛大なお祭りになります。大祭の期間中には、旧佃島の中に高さ18メートルにも及ぶ巨大な大幟が飾られ、佃のまちがお祭り一色に染まります。

 

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例大祭では、関東では珍しい、天皇陛下の御座を模した「八角神輿」の渡御をはじめ、若衆が境内でもみあう獅子頭の宮出し、船で氏子地域を回る船渡御など見所が満載です。神輿渡御で、沿道から豪快に水がかけられる「水掛け」も必見です。

 

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「佃祭」は有名な落語の演目にもなっています。

佃島の盆踊り

 

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「佃島の盆踊り」は、やはり佃村からやってきた漁民たちが持ち込んだ盆踊りといわれ、約400年もの歴史があるとされています。江戸幕府の取り締まりで東京では古い盆踊りは残されていない中、唯一続いてきた古式ゆかしい盆踊りとして、1976年には東京都指定無形民俗文化財に指定されました。現在も「佃島盆踊保存会」によって継承されています。

念仏踊りの精神を色濃く残したこの盆踊りには、祖先の慰霊だけでなく、隅田川で亡くなった無縁仏の供養の意味も込められています。櫓に乗った音頭取りが一人で太鼓を叩きながら歌う素朴な音楽と踊りが、しみじみと心に染み入ります。

まとめ

甘露煮と佃煮は、本能寺の変がルーツ!
ぜひ家康が繋いだ東西の縁を感じながら、佃煮やお祭りを味わってみてください。

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