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日本における盆踊りの変遷をご紹介!人が踊る理由も解説

日本における盆踊りの変遷をご紹介!人が踊る理由も解説

社交ダンス、クラブ、日本の夏の風物詩「盆踊り」など、日常の様々な場面で私たちは踊りに接することができます。

「踊り」は聴覚の信号と、筋肉を動かす信号を同調させる、高い脳の機能が必要な動作です。ハチドリやオウムといった一部の動物もこの2つの信号を同調できることが分かっていますが、集団で一糸乱れぬ呼吸で踊ることができるのは人間だけです。

では、なぜ人は踊ることができるのでしょうか?そもそも、なぜ踊りがうまれたのでしょう?

この記事では人が踊る理由と、日本の代表的な踊り「盆踊り」の密接な関係についてご紹介します。

◆人はなぜ踊る?

人はなぜ踊るのか。その起源に関する説は様々ですが、旧石器時代に洞窟の中で意思疎通を取ったり、狩猟前に恐れを取り払ったりするためだったと言われています。

人が踊る理由とされる「感情表現」「コミュニケーション」「共感性」の3つに注目して、人が踊る理由について迫ります。

感情表現として

踊りによる身体の動作は脳の機能・精神と分けて考える事のできないものです。踊りは言語を使わずとも感情を表現できる手段として、芸術やムーブメントセラピーで用いられています。

もう一方で、ヨガのように感情をコントロールする手段としての踊りも存在します。祭祀・祭礼での踊りは感情表現と、感情コントロールの両方の目的で行われていたと言われています。

コミュニケーションとして

人同士のコミュニケーションをとる手段としての踊りもありますが、ここでご説明するのは「神様とのコミュニケーション」のための踊りです。

大昔の人々は大雨・地震などの災害は神様が起こすと信じていました。そこで、神様(自然)に生活の安全をお願いするために、神様とのコミュニケーションを試みます。そのための手段として踊りが用いられていたのです。

当時の人は「踊り狂う」ことで精神を集中させ、一種のトランス状態に入って祈祷していたとされています。呪術的儀式の踊りは決して珍しいものではなく、世界各地の祭祀・祭礼の儀式の中で取り入れられていました。

共感性を高める手段として

複数人で音楽に乗せて同じ踊りをおどることで、非常に高い感情の共感性が生まれることが分かっています。これも、運動と脳の相互関係が原因です。

音楽のリズムが一定で集団の数が多ければ多いほど、感情の共感性が高くなると言われています。踊りのこうした性質は宗教の布教や国政に利用されました。この時、踊っている皆が一種の集団催眠状態に陥っているという説もあります。

◆日本における踊り

 

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日本における「踊り」とは、「素人・大衆の中から生まれた、集団での踊り」とされています。特殊技能と舞台装置を必要とする「舞」とは厳密には別の起源とされますが、今では総じて「日本舞踊」と呼ばれています。

日本で最もポピュラーな踊り「盆踊り」は、「踊り念仏」という仏教の修行が起源とされています。

踊り念仏には、人が踊る理由「感情表現」「神様との対話」「共感性」の要素を数多く含んでおり、日本における踊りの起源の一つという説があります。

一世風靡した踊り念仏

踊り念仏は、その名の通り念仏を唱えながら踊ります。鎌倉時代、時宗の開祖「一遍上人」が日本各地に広めました。

一遍上人は「踊りの疲れと興奮の果に煩悩は去り仏と一心になる」と民衆に教えを説き、踊り念仏を広めました。一説では踊り念仏を踊る一遍上人と民衆は、トランス状態に近かったのではないかと言われています。

一遍上人の教えは「南無阿弥陀仏を唱えることで、穢れたものでも極楽往生が叶う」と人々に希望を与えました。そのため、踊りながら念仏を唱える宗教的呪術性、高い感情の共感性が起因となり、踊り念仏は大衆の間に急速に広まっていきました。

踊り念仏の変遷

室町時代に入ると、京都の「町衆」を中心に踊り念仏は「風流踊り」として催行されるようになります。風流踊りは派手な衣装や鬼や天人の扮装で踊り、交流しました。国会図書館には織田信長が風流踊りで奇抜に扮装した様子を記録した書物が保管されています。

風流踊りから、「死者を供養する盆に催行する」「皆が同じ所作で踊る」「人が集まる盆の時期に開催される」などの要素が加わったため、現在の盆踊りの源流のひとつと言われています。

◆踊り念仏から盆踊りへ

 

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踊り念仏から発展した風流踊りは、「人が踊る」ための要素をさらに多く取り入れました。

そしてついに、仏教の教えがルーツの踊り念仏から「憂さ晴らし」「男女の出会いの場」としての「盆踊り」へと姿を変えていきます。

盆踊りとは

派手に趣向を凝らした風流踊りから、江戸時代に入ると若い男女を中心として「素朴」な祭りへと変化していきます。しかし、死者の供養、豊作祈願といった、宗教儀式的側面を持つことは昔から今も変わりません。

老若男女で楽しく踊りながら、亡くなった人をあの世に送り出し、自分たちのルーツと子どもたちのこれからを願う日本の夏の風物詩はこのような成り立ちで今も続いています。

もうひとつの盆踊りの特徴として、他村・他地域との交流手段として機能していた点です。盆踊りは原則「誰でも参加OK」であるため、男女の出会いの場でもありました。

出会いの場として賑わった盆踊り

やがて、盆踊りは宗教行事でありながら、男女の出会いの場として賑わいを見せます。

古来日本では「性」は神聖なものとして扱われてきました。祭礼・神事の際には、既婚者同士で関係を持つなどした、「非日常的な行為」こそ神聖とされていました。

当時の若い男女は年一度の出会いの場、エネルギーを発散させる場として盆踊りを楽しんでいました。夜通し踊る盆踊りでトランス状態になった人々は、「性的」共感性が高くなっていた事が予想できます。

しかし、風紀の乱すとして江戸時代の頃から度々盆踊りは取り締まられてきました。明治時代に入り西洋の文化が浸透したことで、盆踊りはわいせつなものとして警察に禁止され一時的に衰退してしまいます。

現代の盆踊り

明治時代で衰退した盆踊りが復活するのは、大正時代から昭和初期にかけてです。きっかけは大正時代に起こった、生活の中から美を見つける「民芸運動」がきっかけと言われています。

戦後以降の盆踊りは宗教的な側面は薄れ、「祭り」の行事のひとつとして行われるようになります。盆踊りの復活にはレコードの普及が一役買ったとされ、「東京音頭」などは今でも盆踊りで定番です。

昨今では、中野「EZ BON DANCE」、六本木「BON DISCO」といった新たなスタイルの盆踊りが賑わいを見せています。娯楽的な側面が増えたとはいえ、人が盆踊りを楽しむ理由は昔から変わっていないのでしょう。

◆まとめ

この記事では、「人はなぜ踊るのか」、そしてその理由について盆踊りの歴史と共に読み解いてみました。いつの時代も生活・社会を豊かに楽しむために踊りは存在していました。新しいスタイルの盆踊りも含め、今後も日本を代表する踊りとして、盆踊りは踊られ続けることでしょう。

written by
オマツリジャパン編集部

オマツリジャパン編集部

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