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「チャランケ祭り」をレポート!東京都中野区から沖縄とアイヌを繋ぐ、静かな祈りの祭り

「チャランケ祭り」をレポート!東京都中野区から沖縄とアイヌを繋ぐ、静かな祈りの祭り

「チャランケ」という言葉をご存知でしょうか。これはアイヌ語で「とことん話し合う」という意味。一方で日本の全く反対側に位置する沖縄にも「チャーランケー」という言葉が存在します。これは「消してはいけない」という意味です。二つの言葉が東京で出会ったのをきっかけに始まったこの祭り。11月に入った肌寒い中で繰り広げられる、それは、静かな祈りの祭りでした。

 

1.チャランケ祭りとは

11月初頭の土日2日間、JR中野駅北口で行われる、北海道アイヌ民族と沖縄人の融合を祝うチャランケ祭り。これが始まったのは今から25年前の1994年。今でこそ各地でエイサーが踊られ、沖縄料理が身近になったものの、当時はアイヌも沖縄人も今ほど明るみに出てはおらず、踊る機会はありませんでした。

その二つの民族が出会い、東京中野区JR中野駅北口でお祭りが始まりました。

きっかけは、世田谷区の市立和光小学校でアイヌ民族の踊りを教えていた広尾将司氏と、沖縄エイサーを教えていた金城吉春氏が出会ったこと。授業の後、焼き肉屋さんで語り合った二人に交流が生まれました。

当時中野駅北口広場は木に囲まれ、大きな音を立てても何の苦情も来ない場所ませんでした。そこで毎晩のようにエイサーを練習していた金城氏たち在京沖縄グループに、広尾氏らアイヌグループが加わりました。交流を深めるうち、「チャランケ」という共通の言葉を発見した彼らは、それを冠した祭りを始めるに至りました。

2. 儀式で始まり、儀式で終わるチャランケ祭り

「チャランケ祭り」は儀式で始まり、儀式で終わります。

まず初日めはアイヌ民族の「カムイノミ」が行われます。「アイヌ」とはアイヌ語で「人間」という意味。「カムイ」は人間生活にかかわりのある動植物や自然現象など、人の手に及ばない物を指し、すべて魂のあるものと考えられています。カムイノミでは「イナウ」と呼ばれる柳の木でできた祭具や、酒や食べ物を捧げ、カムイの恵みに感謝を示します。

二日目は沖縄の「旗揚げ」「旗おろし」、そして「シタク(支度)」という儀式が行われます。男性陣は旗頭を囲んで鉦鼓のリズムに合わせ銅鑼やほら貝、太鼓を叩き、女性陣は合唱をします。そして東西の大将がそれぞれ1枚の竹で作られた板(チナブ)に載って登場し、それぞれの意気込みを表現し皆の士気を高めるシタク(支度)が行われます。

旗揚げ 東軍の沖縄

旗揚げ 西軍のアイヌ

見せるためではなく、自然に感謝し、伝統とアイデンティティ、繋がりを守るための儀式。祭りというものの原点を思い起こさせてくれる、荘厳な時間です。

3.アイヌと沖縄、歌と踊りの競演

北海道の多くの地方では、お祭りの時などの踊りを「リムセ」、歌を「ウポポ」と言います。宴がたけなわになると、自然に皆立ち上がり、歌や踊りが始まるというように、生活に根付いたものでした。

一方沖縄のエイサーは、もともと旧盆の夜青年たちが中心になって祖先の霊を供養するために踊ったものです。

いずれも民族のアイデンティティともいえるものですが、現在ではアイヌ、沖縄人以外にも広まり、チャランケ祭りでも東京の複数の団体が出演します。

 

埼玉県桶川市いなほ保育園によるアイヌの踊り。広川正さんがアイヌの踊りを教えに行っていた繋がりで、第1回から参加しています。

 

世田谷区和光小学校と、町田市和光鶴川小学校一年生によるアイヌの踊り。彼らは5年後の第30回ではエイサーを踊ることになります。

同じく和光小学校と和光鶴川小学校六年生によるエイサー。5年前の第20回ではアイヌの踊りを踊った彼ら。各学年で日本の民族舞踊に取り組み、6年生ではエイサーを踊ります。6年間で培ったその踊りの迫力、しなやかさは圧巻です。

それ以外にもアイヌの歌と踊り、エイサー約15団体が出演。古典的なものが多いのが特徴です。

また、中野を拠点とするチャランケ祭り有志組による、岩手県岩泉町小本の伝統芸能「七頭舞」も。2011年の震災、そして2016年の台風10号でも甚大な被害を受けた岩泉町小本ですが、100年後も地元で七頭舞が踊られることを祈って、今年も演舞が披露されました。

4.出演者が自主的な「実行委員会」メンバーとなり、作り上げる 文化の祭り

チャランケ祭り実行委員長の上里尭氏は、この祭りが始まる少し前に生まれ、この祭りとともに育ってきたといいます。お話を伺うと、すべてのブースを丁寧に案内してくださり、一人一人に声をかけていらっしゃいました。

飲食出店などの出店者、出演者がみな、自主的な「実行委員会」メンバーであることがこの祭りの特徴の一つ。趣旨に賛同し、何度も話し合いを重ねながら1年間かけてともに祭りを作り上げます。なので、数は多くありませんが、昔からの世代を超えた参加者が多く、実に内容の濃いものとなっています。

まずは飲食店を紹介します。

あしびなー 中野区の沖縄料理店 https://www.hotpepper.jp/strJ000001225/

ハルコロ 大久保のアイヌ料理店 https://retty.me/area/PRE13/ARE661/SUB108/100000012656/

抱瓶(だちびん) 高円寺の沖縄料理店  https://retty.me/area/PRE13/ARE661/SUB108/100000012656/

鉄板 遊 東新宿の鉄板焼き料理店 ラム・シカ肉など https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13168593/

山横沢 笹塚の日本そば屋 ヤギ汁、スパムおにぎりなど https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13168593/

文化交流ブースでは、アイヌと沖縄に関する本や写真、展示を自由に見ることができます。楽器を触ったり、出展者に話を聞いたり。民族衣装を着たみなさんに声をかけるのはドキドキしますが、まずは第一歩。どんどん質問をしてみてください。次の北海道・沖縄旅行がまた一味違ったものになり、多様化する世界のあり方について考える機会になります。

アイヌ文化の展示

沖縄文化の展示

5.今こそ「チャランケ」を。祭りに込められた願い

チャランケ祭りが始まって25年。アイヌや沖縄だけでなく、様々なマイノリティの存在が身近なものとなり、日々の生活で多様な文化、生き方を持った人と共生する世の中となっています。

25周年特別トークではこの祭りとかかわりの深い世田谷区長保坂展人氏も登壇。「人間のものではない大地をめぐって、語る言葉も貧しく、拳を上げる世の中が続いています。チャランケは『今日ダメなら明日も、とことん分かり合うまで話し合う』という心。今こそチャランケを!」との声に、会場から自然と大きな拍手が沸き上がりました。

アイヌ長老であり東京アイヌ協会名誉会長である浦川治造さんは「2020年オリンピック・パラリンピックの年には白老ポロト湖畔に 国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園がオープン。世界の民族を呼んで、どうしたらいい国が作れるか話し合う計画をしています。アイヌの治造が言っていたことをどうか忘れないでほしい。今、アイヌは日本の少数民族として、世界から注目されています。チャランケも世界へ。俺たちが、やるぜ!」と力強く語りました。

国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園 http://www.ainu-museum.or.jp/kokuritsu/pdf/2020_kokuritsu03.pdf

 

漫画「ゴールデンカムイ」のヒットで注目を浴びるアイヌ文化や、今では各地で親しまれるエイサーや沖縄料理。民族以外の人々が踊ったり実践したりすることを、祭りの運営側は嬉しく思っているとのこと。

決して派手さはないですが、心のこもった二日間。ぜひ、訪れ、触れていただきたいとイベントです。

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