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日本で唯一「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」と言われる街とは? ヒント:本州 最西(ほぼ)

2023/10/27
2023/10/25
日本で唯一「江戸時代の地図がそのまま使えるまち」と言われる街とは? ヒント:本州 最西(ほぼ)

みなさん、唐突ですが地図に興味ありますか? そもそも日本において、地図という考えが一般化してきたのは1960年代中頃からと言われております。この頃から一般人が車を購入できるようになり、地図が必要とされるようになりました。なお、それまでは知らない場所へ行くには、案内人をつけることが普通だったとのことです。

また、そのもっと昔の江戸時代においては地図は統治者の最高機密・軍事機密であり、一般人には知り得ないものでした。そんな江戸時代の地図(古地図)ですが、今でもほぼ、そのまま使える場所があるんです。それが「山口県萩市」となります。

江戸時代の町割については「萩城下町 古地図」とネットで調べていただければ、画像が出てきますので、ぜひ見比べてみてください。町割が昔と今でほとんど変わらないことから、萩市は歴史的に貴重な場所として「屋根のない博物館」と呼ばれております。さらに萩市は世界遺産(近代化遺産)の暫定リストにも登録されており、現在本登録を目指して頑張っております。

ではなぜ、今の今まで萩城下町の町割は変化がなかったのか。その理由について筆者が考えてみました。

①萩市内の国道の1つは江戸時代からの街道を拡幅し整備しただけであったから。
②鉄道の敷設時、町並みの景観を守ろうとする意識が強かった住民により、城下町を迂回する形で作らせた。
③幸運なことに震災や戦災には遭わず、また町並みを大きく消失するような大火も無かった。
④1960年代に町並み保存運動が展開され、宅地化や工場誘致等による再開発が行われなかった。

これらの理由により、現在でも江戸時代の地図が通用するものになったのではないかと考えられます。

ちなみに、萩市はあの有名な「松下村塾」があった地となります。松下村塾とは、吉田松陰を塾長としたこの私塾ですが、ここからは現代の日本を創る為に必要な人材が多数、育っていきました。この私塾がなかったら今の日本はなかったといっても過言ではございません。それだけ萩市は重要な場所となります。

さて、そんな山口県萩市ですが、最後に萩市のおすすめ秋祭りをご紹介したいと思います。

萩市のおすすめの秋祭りといえば「長門峡もみじ祭り」

 

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そもそも長門峡(ちょうもんきょう)ですが、1923年に国指定の名勝となった景勝地で、萩市から山口市にまたがる総延長約12㎞の阿武川沿いの美しい渓谷となります。
奇岩や滝などで構成され、春はヤマザクラ、夏は新緑、秋は紅葉、冬は雪景色と四季折々に変化し、なかでも秋の紅葉は有名で、11月上旬から中旬にかけて色鮮やかな紅葉が楽しめます。

そこで開催されます「長門峡もみじ祭り」では、ステージの催しのほか、長門峡遊歩道参加型企画、地元の物産が並ぶバザー、さまざまな飲食物の露店も多数立ち並びます。また、鮎の塩焼きの販売や鮎のつかみ取り、鮎かけ(鮎を引っかける方式の釣り)もあります。

さらには、今が旬のリンゴや梨や、地元特産品の販売もあります。この、紅葉シーズンを知らせるまつりにぜひ出向いみてはどうですか。渓谷のすばらしい景観を眺め、心もおなかも満たして、一日を満喫してはいかがでしょうか!

参考記事:
「古地図を片手にまちを歩こう<萩城城下町編>」(おいでませ山口へ)
「人はいつから地図を読むようになったのか?」(方向音痴な言説)
「萩まちじゅう博物館」(総務省)

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