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別名は裸坊祭!山口県・防府天満宮の「御神幸祭」とは?ご祭神・菅原道真も徹底解説

別名は裸坊祭!山口県・防府天満宮の「御神幸祭」とは?ご祭神・菅原道真も徹底解説

サラシを巻いた勇ましい男たちが「兄弟ワッショイ!」の掛け声とともに神輿を担ぐ、西日本屈指の荒祭り、山口県防府市の「御神幸祭(ごじんこうさい)」。別名「裸坊祭(はだかぼうまつり)」とも呼ばれ、防府天満宮で千年以上にわたって続けられている祭事です。

御神幸祭が菅原道真公にまつわるお祭りだということは、地元の人なら誰でも知っているでしょう。しかし、大宰府で生涯を終えたはずの道真公のための祭事が、なぜ防府市で行われているのでしょうか?

この記事では、2022年11月26日に開催される御神幸祭を紹介するとともに、知っているようでいて実は知らない、菅原道真公の生涯や逸話についてもたっぷりご紹介します。

防府天満宮は日本で最初の天神様

全国に12,000もある天満宮や天神社は、ご祭神として菅原道真公を祀る神社ですが、なかでも防府天満宮は太宰府天満宮よりも早い延喜4年(904年)、道真公薨去の翌年に日本で最初に創建されています。

道真公が左遷されて大宰府に下る途中、本州最後の寄港地となる防府の「勝間の浦(かつまのうら)」に船を着けました。「此の地未だ帝土を離れず、願わくば居をこの所に占めむ(ここから先は九州だが、この地こはまだ京の都と地続きである。願わくばこで無実の知らせを待ちたい)」と言い、別れを惜しんだといいます。

左遷の2年後、道真公が大宰府で失意のうちに亡くなったちょうどその日、勝間の浦に神光が現れ、酒垂山(現・天神山)に瑞雲が棚引いたそうです。人々は道真公の霊魂が光と雲になって「此の地」に帰られたのだと悟り、道真公の願いどおり霊魂の「居」を建立しました。それが現在の防府天満宮の起源となっています。

御神幸祭の始まりと「裸坊」

道真公の身の潔白が防府に直接もたらされたのは、死後100年も経った寛弘元年(1004年)でした。当時の一条天皇の勅使が遣わされ、御霊を慰める祭典「勅使降祭」が斎行され、初めて天皇から「無実の罪」が奏上されたのです。

「御神幸祭」はこの時から開かれ、菅原道真公に毎年毎年「無実の知らせ」を伝え御霊を慰めるお祭りとして、千年以上も連綿と受け継がれています。

当初、御神幸祭に参加できたのは限られた家柄の者だけでした。しかし、道真公が天神として信仰されるようになると、一般民衆の間にも奉仕を熱望する者が現れ始めます。

彼らは祭りに参加するために身の潔白を証明しようと、佐波川の冷水で身を清め、そのままの姿で奉仕しました。そんな民衆の姿を「裸坊」と呼んだので、御神幸祭のことを裸坊祭とも呼ぶようになったのです。現代の裸坊は白装束姿ですが、例年5,000人もが参集し、昔と変わらぬ熱い思いをもって奉仕しています。

今年は裸坊たちによるアツイ御神幸祭が復活!

御神幸祭のスタートは18時。防府天満宮の拝殿正面の扉が開かれると、数百人の裸坊が一斉に拝殿になだれ込みます。

拝殿から2基の神輿と道真公の御霊を乗せた御網代輿(おあじろこし)を担ぎだすと、58段の大石段をおろします。これを御発輦(ごはつれん)といいます。おろすといっても、御網代輿の重さは約500キロ。まさに命がけです。石段を滑らせる際の地響きのような音や、裸坊たちの怒号や観衆の歓声が雷鳴のように鳴り響き、防府天満宮は大興奮に包まれます。

その後、御網代輿は巨大な台車に載せられます。大きなものですから、簡単にはいきません。無事載せられた瞬間は拍手と歓声が沸き起こります。

そして、御網代輿が載せられた台車は御神幸の行列に加わり、防府天満宮より約2.5km離れた勝間の浦のお旅所(浜殿)に到着。浜殿神事によって「無実の罪」を奏上し、道真公の御霊を慰めます。神事終了後、行列は21時頃防府天満宮に帰還。道真公の御霊を御神座にお返しし、御神幸祭は終了となります。

御神幸祭は18時開始ですが、裸坊たちは昼間から神輿を担いで街中や商店街を練り歩いています。一日中神輿を担がなければならない裸坊は、気力体力がなければ務まらなさそうですね。昼間の神輿の練り歩きは地域の企業や小学校なども参加しており、それぞれ趣向をこらした神輿を担いでいるのも見どころです。

御神幸祭を終えた御網代輿は回廊内に奉安されます。参拝者はこの御網代輿の下をくぐる「御網代くぐり」により、天神様のご加護がいただけるとされています。

大祭の翌日は女性たちによる「天神おんな神輿」の出番です。県下から約200名の女性が集結し、お囃子車や大団扇などがはやし立てるなか、2基のお神輿を盛大に振りながら市内を練り歩きます。

2020年、2021年は新型コロナウイルス感染症を防ぐため、裸坊たちの奉仕は行われませんでした。神輿は出御せず、道真公の御霊は唐櫃(からひつ)に納められ、神職によって運ばれるというとても静かな御神幸祭でした。

しかし、今年は2年ぶりに裸坊が帰ってきます。熱気と歓声のなか数百人の裸坊が乱舞する様子はまさに圧巻。「兄弟ワッショイ!」の掛け声のもと、男たちと観衆の心が一つになるアツい瞬間が見られるのは、ワクワクします。防府市の裸坊たちも、今頃勇み立っているでしょうね。

◎御神幸祭(裸坊祭)

日程:2022年11月26日(土)
時間:御発輦 18時~ / 御帰還 21時頃
※御神幸祭の翌日の「天神おんな神輿」も今年は実施予定です。
※防府天満宮による公式情報はこちらからご確認ください。

→次ページで、道真公はなぜ左遷されたのか?神様として祀られた理由、意外な逸話も解説!

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祭り開催情報

名称 防府天満宮御神幸祭(裸坊祭)
開催場所 山口県防府市松崎町14-1
開催日 2023年11月25日(土)
アクセス JR山陽本線防府駅から徒歩15分
関連サイト https://www.hofutenmangu.com/1004
https://www.mapple.net/spot/35000905/
https://yamaguchi-tourism.jp/event/de...
この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
人々の心を熱くさせるオマツリは、その地域の歴史や文化を知るための入り口!一味違った角度からオマツリの魅力を紹介します!

普段は金融・経済系の記事ばかり書いてますが、マツログで魂を解放させていただいています。

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