「上毛野」と呼ばれた古墳時代の群馬県南部
全国の地名は時代とともに変化しますが、現在の群馬県の南部は古墳時代には「上毛野(かみつけの)」と呼ばれていました。この地名が元となり後の時代には「上毛」、「上野(こうずけ)」などの名称も産まれました。高崎市北部の「はにわの里」には、「二子山古墳」、「八幡塚古墳」が復元整備されています。「二子山古墳」を囲むようにコスモスが植栽され、例年9月下旬から11月上旬にかけて季節の化粧をまとい、「はにわの里コスモスまつり」が開催されています。
「はにわの里」に復元整備された2つの前方後円墳
「はにわの里」では、南部に「二子山古墳」、北部に「八幡塚古墳」が古代の世界を偲ばせています。いずれも約1,500年前の豪族が葬られた古墳で、墳丘長は約100メートルの前方後円墳です。
「二子山古墳」の全周を隙間なく埋め尽くすコスモスの花
例年コスモスが植えられるのは、「二子山古墳」の内堀、外堀です。墳丘の全周がコスモスの花で彩られ、古墳に眠る古代の豪族の霊を慰めているかのようです。
「二子山古墳」を囲んで隙間なく、ぎっしり約50万本のコスモスの花が埋め尽くしています。
「二子山古墳」の墳丘には、東側、北川の階段を利用して上ることができます。
墳丘からは眼下に360度のパノラマでコスモス畑が広がります。
コスモス畑から視線を上げると、上州の山々を眺めることができます。
墳丘の中央には古墳時代に上毛野を領有した豪族の舟形石棺が収められていました。
歴史的な情緒が溢れる「八幡塚古墳」
「二子山古墳」の北の「八幡塚古墳」にも歴史的な情緒が溢れています。
墳丘の前には埴輪が並べられ、古代の人々の生活が偲ばれます。
「八幡塚古墳」の墳丘にも上ることができます。
「八幡塚古墳」の墳丘も格好の展望エリアとなっており、北東には赤城山、北西には榛名山の姿をはっきりと見ることができます。
「二子山古墳」の東に建つ「かみつけの里博物館」では、榛名山東南麓で出土した5世紀後半の人物や動物の埴輪や、古墳時代の様子を再現した模型が展示されています。
「はにわの里」に公共交通機関を利用して訪れる場合には、前橋駅から路線バスに乗車し「かみつけの里博物館前」のバス停で下車するのが便利です。
高崎市北部の「はにわの里」には、古墳時代の2つの前方後円墳が復元整備されています。「八幡塚古墳」の南側の「二子山古墳」では、全周を囲むようにコスモスが植栽されます。例年9月下旬から11月上旬にかけて季節の彩りで古墳に眠る古代の豪族の霊を慰めているようです。