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【はにわの里コスモスまつり】前方後円墳に眠る古代の豪族を悼む季節の花

更新日:2020/11/13 obaq
【はにわの里コスモスまつり】前方後円墳に眠る古代の豪族を悼む季節の花

「上毛野」と呼ばれた古墳時代の群馬県南部

全国の地名は時代とともに変化しますが、現在の群馬県の南部は古墳時代には「上毛野(かみつけの)」と呼ばれていました。この地名が元となり後の時代には「上毛」、「上野(こうずけ)」などの名称も産まれました。高崎市北部の「はにわの里」には、「二子山古墳」、「八幡塚古墳」が復元整備されています。「二子山古墳」を囲むようにコスモスが植栽され、例年9月下旬から11月上旬にかけて季節の化粧をまとい、「はにわの里コスモスまつり」が開催されています。

高崎市北部の「はにわの里」の入口

高崎市北部の「はにわの里」

「はにわの里」に復元整備された2つの前方後円墳

「はにわの里」では、南部に「二子山古墳」、北部に「八幡塚古墳」が古代の世界を偲ばせています。いずれも約1,500年前の豪族が葬られた古墳で、墳丘長は約100メートルの前方後円墳です。

「はにわの里」の南部で古代の世界を偲ばせる「二子山古墳」

「はにわの里」の北部で古代の世界を偲ばせる「八幡塚古墳」

「二子山古墳」の全周を隙間なく埋め尽くすコスモスの花

例年コスモスが植えられるのは、「二子山古墳」の内堀、外堀です。墳丘の全周がコスモスの花で彩られ、古墳に眠る古代の豪族の霊を慰めているかのようです。

コスモスの花越しに見る「二子山古墳」の南面

コスモスの花越しに見る「二子山古墳」の東面

コスモスの花越しに見る「二子山古墳」の西面

「二子山古墳」を囲んで隙間なく、ぎっしり約50万本のコスモスの花が埋め尽くしています。

「二子山古墳」の東のコスモス畑

「二子山古墳」の西のコスモス畑

「二子山古墳」の南のコスモス畑

「二子山古墳」の北のコスモス畑

「二子山古墳」の墳丘には、東側、北川の階段を利用して上ることができます。

「二子山古墳」の墳丘の東側に設けられた階段

「二子山古墳」の墳丘の北側に設けられた階段

墳丘からは眼下に360度のパノラマでコスモス畑が広がります。

墳丘の東に広がるコスモス畑

墳丘の北に広がるコスモス畑

コスモス畑から視線を上げると、上州の山々を眺めることができます。

コスモス畑の先に眺める上州の山々

墳丘の中央には古墳時代に上毛野を領有した豪族の舟形石棺が収められていました。

「二子山古墳」の墳丘

「二子山古墳」の墳丘

「二子山古墳」の墳丘の中央

歴史的な情緒が溢れる「八幡塚古墳」

「二子山古墳」の北の「八幡塚古墳」にも歴史的な情緒が溢れています。

「二子山古墳」の北に復元された「八幡塚古墳」

墳丘の前には埴輪が並べられ、古代の人々の生活が偲ばれます。

「八幡塚古墳」の墳丘の前に並ぶ埴輪

「八幡塚古墳」の墳丘にも上ることができます。

「八幡塚古墳」の墳丘

「八幡塚古墳」の墳丘

「八幡塚古墳」の墳丘も格好の展望エリアとなっており、北東には赤城山、北西には榛名山の姿をはっきりと見ることができます。

「八幡塚古墳」の墳丘から眺める赤城山

「八幡塚古墳」の墳丘から眺める榛名山

「二子山古墳」の東に建つ「かみつけの里博物館」では、榛名山東南麓で出土した5世紀後半の人物や動物の埴輪や、古墳時代の様子を再現した模型が展示されています。

「二子山古墳」の東に建つ「かみつけの里博物館」

「かみつけの里博物館」のはにわ工房

「はにわの里」に公共交通機関を利用して訪れる場合には、前橋駅から路線バスに乗車し「かみつけの里博物館前」のバス停で下車するのが便利です。

「かみつけの里博物館前」のバス停

「はにわの里」の駐車場

高崎市北部の「はにわの里」には、古墳時代の2つの前方後円墳が復元整備されています。「八幡塚古墳」の南側の「二子山古墳」では、全周を囲むようにコスモスが植栽されます。例年9月下旬から11月上旬にかけて季節の彩りで古墳に眠る古代の豪族の霊を慰めているようです。

obaq
この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
2010年より旅行系のフリーライターとして各種メディアで記事の執筆を行っております。「おまつり」には各々の地域の歴史や伝統、文化が凝縮しています。関東地方で開催されている「おまつり」を中心に、その魅力を紹介して参ります。

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