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見えない精霊と力くらべ?瀬戸内の島の神事「一人角力」のもう一つの意義とは?

更新日:2023/7/3 稲村 行真
見えない精霊と力くらべ?瀬戸内の島の神事「一人角力」のもう一つの意義とは?

なぜ1人で相撲をとるのか?いや、1人ではない。一力山(いちりきざん)という力士が見えない精霊とともに相撲をするらしい。

愛媛県今治市大三島の大山祇(おおやまづみ)神社にて、2023年6月22日、一人角力(ひとりずもう)という神事が行われた。御田植祭(おたうえさい)の行事の一部であり、五穀豊穣を願うなどの目的で行われる。なぜこのような神事が始まったのか、そしてその様子はどうだったのか。この非常に珍しい神事をより深く探っていこう。

一人角力が始まった背景とは?

県の無形民俗文化財に指定されている一人角力。大山祇神社の神事であり、旧暦5月5日の御田植祭と旧暦9月9日の抜穂祭(ぬいぼさい)の中で披露される。

もともと、春と秋の季節に、御祭神の大山積神(おおやまづみのかみ)の神霊を慰め五穀豊穣に感謝するという古来からの慣わしがあり、そこに相撲が結びついたとされる。大三島がもともと古くより行司や関取衆が多く、相撲が盛んな土地であったことも少なからず関係しているようだ。

大山祇神社の鳥居の様子

大山祇神社の始まりは、神武天皇が東征していた時代に、天照大神の兄神である大山積神を祀ったことに始まるので、そこに伝わる行事も非常に古いことは推察できる。文献上では、貞治3年(1364年)に御田植祭が行われていた記録が残っているが、いろいろな行事が行われたとあり、一人角力がそこで登場していたとされる。

見えない精霊と対峙する、一人角力の様子

2023年6月22日、大山祇神社で行われた春の御田植祭を訪れ、一人角力も拝見することができた。ここで、御田植祭全体の流れを振り返っていこう。

まずは大山祇神社の祭殿から宮司と、早乙女を務める16人の女の子たちが行列を作り、拝殿を向きながら歩き始める。その華やかな行列が新緑の中をゆっくりと進む姿は非常に印象深かった。

拝殿に入ると祝詞が唱えられ、神事が進行する。最後に神輿が3基登場して、拝殿を出る。

神輿が加わった行列は華やかさを増し、重い神輿を必死に担ぐ担い手の様子が見られた。

その重さがとても重いためだろうか?少しよろめくなどのシーンも見られたが、無事にお神輿は鳥居脇の祭り会場に到着した。

行司は軍配を手にして、「こなた精霊、かたや一力山!」と呼び出しを行う。

行司の軍配と掛け声の横で、一力山は体中にグッと力を込めて、精霊と戦う。まるでそこに精霊が見えているかのように、生き生きとした所作が見られた。

一力山は、「わあ!」とバランスを崩して両腕を回し、地面に倒れ込む。ここで勝敗が決まるという流れだ。

この取り組みは3回勝負で行われた。結果的には精霊が2勝した。精霊が勝つことによって、田んぼに恵みがもたらされるというわけだ。3回目は非常に拮抗した取り組みとなり、どちらが勝つのかわからないような展開に、緊張感を感じた。そして勝負が決まった際は会場が「おお〜」というどよめきで溢れていた。

実際の一人角力の様子は、こちらの動画にもアーカイブされているので、ぜひご覧いただきたい。

一人角力で五穀豊穣が祈願されたのち、実際に田植えが行われる。

小学生16名が早乙女となり、髪にのしをつけ、紅白の衣装を身に纏っている。田んぼに反射してその姿が非常に美しく映えている。

数列ほど植えおわると、そこで終了し、早乙女たちは引き上げる。それから、足を洗って泥を洗い流す。

御田植祭はその後、お神輿が再び拝殿まで戻ってきて安置された後、終了となった。一人角力を含む御田植祭全体で、約2時間ほどだった。

その後は、境内でこども園や小学校に通う子どもたちによる「子供相撲」が行われた。この相撲が行われるテントの周りには大勢の人だかり。かわいらしい子どもの取り組みを一目見ようと人々が訪れていた。

大三島は元気にやっとるよ

御田植祭を拝見した数日後、お電話で一人角力の力士を担当された、今治市職員の菅貞之(かんさだゆき)さん(48歳)にお話を伺うことができた。担い手の視点から、一人角力とはどのような神事なのだろうか。

ーー本日はよろしくお願いします。先日、相撲を拝見してその迫力に感動しました。動きの練習はどのようにされたのですか?

一人角力は途絶えて十何年も経っていたのですが、1999年に地元の元一人角力の奉仕者の方や、相撲好きの地元の方々と相談しながら復活にこぎつけました。
子どもの頃に前代の方が相撲をしていたのを見たことはあったのですが、記憶がないところも多く、過去のビデオを念入りに見て動きを習得しました。あとは人間ありきで投げられる練習をして体で覚えました。今は一人で受け身や動きの練習をしています。

ーー担い手を何歳まで務めるかは決めておられますか?できるだけ長くということですか?

前の方が75歳までやっておられました。1999年の一番最初の時にNHKの取材を受けて、全国放送で思わず「75歳までは」と答えたので、あと20年以上は少なくとも続けていきたいですね。

ーーすごいですね!そうしたら、まだ後継者のことについては考えておられませんか?

一人角力は春と秋で行われるので、やりたい方がいらしたら、一回ずつ交代でもよいかなとも思っています。今は自分だけで代わりの人がいないので、怪我をせずに健康でいなければなりませんね。

ーー今回は4年ぶりの開催でしたが、体がなまっていたなどはありましたか?

ありましたね。最後に投げられて転ぶところで、いつもならもう10cmは高く飛ぶんですが、飛ぶのが足りなくて頭から転がりましたからね。

ーー今では島の内外から人が訪れる、有名な神事になったかと思うのですが、一人角力を通して伝えていきたいことがあれば、お聞かせください。

とりわけ全国放送で流れると、島から出ていった子どもらが、島のお年寄りに、「大三島のこと放送されとったよ」って電話をかけてくれることもあるんですよ。だからこの神事を行うことは「まだ大三島も元気にやってますよ」っていうアピールなんですよね。

祈ることは想像すること

インタビューを経て、一人角力への理解は一段と深まった。大三島の人々は田んぼの恵みを相撲の中で祈り、そして、それを受け継いできたのだ。まるで精霊がそこに見えているかのような相撲だった。

お米の実りに感謝することへの想像力を大いに掻き立てられ、祈ることは想像することだと改めて考えさせられた。そして、この神事は住民の誇りとなり、その心をこの土地へと繋ぎ止めているような存在でもあると感じた。

参考文献
大三島町教育委員会「郷土読本」平成6年3月
近藤晴清「愛媛のまつり」昭和47年1月

この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
日本全国500件以上の獅子舞を取材してきました。民俗芸能に関する執筆、研究、作品制作等を行っています。

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