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「3年間ずっと待っとった!」― 浜田市に活気を灯す「日本石見神楽大会」復活の日

2023/3/31
2023/3/31
「3年間ずっと待っとった!」― 浜田市に活気を灯す「日本石見神楽大会」復活の日

2023年3月5日(日)、島根県浜田市黒川町にある石央文化ホールにて「石見神楽を創り出したまち浜田 日本石見神楽大会」が開催されました。2019年以来、3年ぶりに復活する神楽大会。待ちわびた県内外のファンを迎えて満席の舞台で、約9時間にわたり各社中の十八番が熱演されました。

「市民の誇り」が戻ってきた!

2023年3月5日(日)、島根県浜田市黒川町にある石央文化ホールにて「石見神楽を創り出したまち浜田 日本石見神楽大会」が開催されました。 「日本石見神楽大会」は、浜田市内11の社中からなる浜田石見神楽社中連絡協議会による年1回の大規模な定期公演です。1990年に、旧浜田市制50周年行事として始まった大会ですが、2020年大会が新型コロナウイルス感染症の蔓延により中止となったためにおよそ3年にわたって開催が見合わされていました。今春、ようやく29回目の大会実行の見通しが立ち、社中の皆さんはじめ、浜田市民の誰もがこの日を待ちわびていました。

開演1時間前。石央文化ホールの周りには、まるで石見神楽の大蛇のように、ぐるりと長い行列ができています。行列の先頭に立っていた男性は、「3年ずっと待っとった!今日は朝5時から並んどる」と話してくれました。後ろに並ぶ女性もその後ろの男性らも、石見神楽を通じて知り合った顔馴染みとのこと。各社中の特徴や今日の演目について、ファン同士の密度の濃い会話を交わしながら、開場を今か今かと待ちます。

一方、開演が近づき、ホール内はあわただしくなります。感染対策に置かれた消毒液のチェックや、音響、セットの確認。出番を待つ演者の皆さんも、バックヤードをソワソワと歩き回っています。

ロビーには、石見神楽の代名詞でもある大蛇の蛇頭や蛇胴、絢爛豪華な神楽衣裳、石州和紙でできた神楽面など、石見神楽に欠くことのできない用具も展示されています。これら浜田市発祥の石見神楽の伝統のものづくりが、浜田市を支え唯一無二の姿へと発展させてきたのです。

「神楽、カッコいい!」若者の言葉に文化の深さを見る

午前8時半、ホールが開場します。前売り券は完売、当日券と合わせて1200人の観客を迎えます。席は全て自由なので、最前列から順に埋まっていきます。

舞台のそばに自席を確保できた4人連れの若者。スマートな今時の男女、といった様子ですが、聞くと彼らは大学生・高校生の神楽仲間とのこと。「僕は今日、亀山社中の鈴鹿山を見にやってきました。囃子方の技術がすごくて好きなんです」。それぞれ贔屓の社中があり、それらが一気に見れるとあって楽しみにしていたそう。彼らの「神楽をやるってすごくカッコいいことなんで!」という言葉が印象に残りました。

また、6年生の娘の友達4人を連れて観覧にやってきた浜田市の男性は「みんな神楽好きなので、卒業の思い出にやってきました」と話します。この男性は、佐野社中の「三上山」が楽しみだそう。見どころを聞くと、「鬼がいっぱい出てきて暴れ回るところが面白い!」とお姉ちゃんに付いてきた弟くんが元気よく教えてくれました。

あっという間に会場は満席。ご高齢の夫婦から少年少女、若いカップルの姿もちらほら見受けられます。伝統文化・民俗芸能が、ここまで幅広い年齢の人に楽しみにされている都市が他にあるでしょうか。満席の会場を見渡し、浜田市の神楽熱の深さを実感します。

11団体が約9時間にわたる熱演!

いよいよ開演です。軽快な呼び太鼓・発声を合図に、舞台の幕が上がります。

「鹿島(かしま)」石見神代神楽 上府社中

「鹿島」は、古事記や日本書紀を元にした国譲り神話の物語。高天原から出雲の大国主(おおくにぬし)のもとへ降伏を迫りに現れた武甕槌(たけみかづち)と経津主(ふつぬし)の2神と、大国主の息子・事代主(ことしろぬし)と建御名方(たけみなかた)との談判と決戦を描いています。
見どころは経津主と建御名方の力比べのシーンです。力こぶを見せつけながら時にユーモラスな様子で襲いかかる建御名方を華麗にあしらう経津主。上府社中の熱演で会場が一気に盛り上がります。

「頼政(よりまさ)」石見神楽 周布青少年保存会

「頼政」は、平安時代末期の武将・源頼政のこと。弓の名手である頼政は、家来の猪早太(いのはやた)と、天皇を悩ます化け物「鵺(ぬえ)」退治に出かけます。途中、鵺の手下の猿との戦い、掌から糸を放つ鵺との死闘など、スペクタクルな演目でとても人気があります。
途中、子どもたちが演じる猿が客席に飛び込みます。顔見知りを見つけて手を振るなど、可愛らしい様子が笑いを呼びます。
猿を演じた子どもたちに、上演後に話を聞くと「楽しかった!」と笑顔。父親やきょうだいなどが神楽をやっていて、自分もやりたいと思ったそうです。また、舞台を降りて衣裳を脱いだ汗だくの父親にしがみつく子どもの様子を見て、連綿と続く浜田市の神楽愛を垣間見ました。

幕間で挨拶に立った大会実行委員会の櫨山陽介会長は、「今大会は、世界に誇れる石見神楽を継続的に演じていこうという考えのもと1990年から続くものです。残念ながら過去3年は開催できていませんでしたが、2022年、初めての東京・国立劇場公演成功の凱旋としても、ぜひとも地域の皆さまに神楽を見ていただきたいという気持ちでこの日を迎えています」と今大会の意義を述べます。

公演は続きます。

「天神(てんじん)」石見神楽 美川西神楽保存会

「天神」は学問の神様として広く知られる菅原道真のことです。左大臣・藤原時平の讒言で太宰府に左遷された道真は天神となって、悪行の末に鬼神に成り果てた時平を成敗します。この演目の見どころは、「肩切り」と呼ばれる戦いの途中の衣裳チェンジ。美川西神楽保存会では、この枚数を他団体より1枚多くして、より勇壮な舞いに見せているそうです。

「三上山(みかみやま)」石見神楽 佐野神楽社中

平将門の乱を鎮圧した俵藤太こと藤原秀郷の、三上山での大ムカデ退治の伝説を元にした演目。おどろおどろしい照明演出とスモークの中で行われる、弓の名手・秀郷と妖鬼との対決は迫力満点。終盤まで手に汗握る激しい舞が堪能できます。
この三上山は、佐野神楽社中が45年前に制作したオリジナルの演目。今大会では、8体もの妖鬼が登場して大盛り上がりでした。

「鈴鹿山(すずかやま)」石見神楽 亀山社中

「鈴鹿山」は、平安時代の公卿で将軍も務めた・坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の鬼退治を描いた演目です。征夷大将軍として政変の鎮圧に尽くした田村麻呂は、その功績から伝説化・神格化されました。「鈴鹿山」の見どころは、伊勢国と近江国にまたがる「鈴鹿山」に巣くう鬼たちとの大迫力の決戦です。
亀山社中はこの演目に令和になってから取り組みはじめましたが、亀山社中の世界観を盛り込み20代を中心の若い舞手により、パワフルでエネルギッシュな舞が披露されました。
亀山社中代表の小川徹さんは、「本来の神社での奉納舞はまだ以前のように戻っていませんが、コロナが落ち着いた昨年あたりからは、再びイベントなどで舞う機会も増えてきました。この大会を節目に、ぜひ活気を取り戻したいですね。浜田市では、子どもの頃から神楽が身近にあって、神楽にまつわるものづくりの現場もそこかしこにあり、イベントでも多くの人が集まり心の底から楽しみ観入る。こういう地域だからこそ、子どもたちの心に自然に神楽熱が宿り、憧れ、次の担い手が社中に入ってくるのでしょうね」と話します。

大蛇(おろち)と獅子(シーサー)の共演も!

続いて午後の部の開演です。

「沖縄伝統芸能 エイサー・獅子舞」創作芸団レキオス

招待公演のレキオスは沖縄を拠点に活動する芸能団体です。30年前、長崎で石見神楽の公演を目にして感銘を受けたレキオス主宰の照屋忠敏さんは、レキオス創設後に石見神楽の蛇頭・蛇胴などを購入、琉球獅子舞の舞台に大蛇を登場させています。さらに2020年にはレキオスの団員が本場・浜田を訪れ、浜田石見神楽社中連絡協議会から大蛇の舞技を学び、2021年には沖縄で行われたレキオス公演に浜田石見神楽社中連絡協議会が参加するなど交流を続けています。今回の公演では、エイサーなどの沖縄芸能由来の演目のほか、浜田生まれの大蛇と、琉球獅子のコラボレーションも披露され、会場からは大きな感嘆の声が上がりました。

「弁慶(べんけい)」石見神楽 長澤社中

「弁慶」は、源平時代、幼名・牛若丸と呼ばれた源義経と、のちに一の子分として活躍した剛力の僧・弁慶との出会いを描いた演目です。見どころは、弁慶の薙刀舞と牛若丸の華麗な舞。軽やかな跳躍を交えたダイナミックな舞が見るものを魅了します。
長澤社中にはもう一つ、昭和初期に創作した長尺の槍を使用する「加藤清正」というオリジナル演目がありますが、並行的に長い採り物である薙刀を使用する「弁慶」を新たなオリジナル演目として創り出したそうです。

「鏡山(かがみやま)」後野神楽社中

「鏡山」は、江戸時代、浜田藩江戸屋敷を舞台にした仇討ちの物語。1724年に起こった史実を元に創作された、後野社中だけが伝える演目です。藩内の古参の局・岩藤による謀略で自刃した奥方のために、召使いのお初が仇討ちを果たし、また怨霊と化した岩藤を成敗します。
後野社中では「鏡山」を2004年に創作して演じています。ふるさと浜田の歴史について学ぶことができることから、市内や県外からの公演依頼も多く、登場人物が女性だけという珍しい演目です。

「日本武尊(やまとたけるのみこと)」西村神楽社中

「日本武尊」は、日本古代史上の伝説の人物・日本武尊が主人公。伊勢神宮で宝剣・天野叢雲(あまのむらくも)を授かった武尊が、東国の首魁たちを撃退する物語です。蝦夷兄弟のとぼけたやりとりに笑いも起こり、焼き討ちを表現した火と煙の演出にハラハラドキドキです。
お話を伺った西村神楽社中の下岡さんと荒松さんは「例年だとこの大会は11月に行われていて、10月の秋祭で神楽を奉納してからの、社中の1年の集大成のような大会だったんですけど、今年はお客さんが例年の何倍もきてもらっているようで、いつも以上にお客さんのために気合を入れて舞わなければいけないなと思いました」と話してくれました。

「大江山(おおえやま)」石見神楽 大尾谷社中

「大江山」は、丹波国・大江山の悪鬼・酒呑童子を、剛勇で名高い源頼光とその従者・渡辺綱、坂田金時らが征伐する演目です。山伏に扮した頼光と酒呑童子らの口上のやりとりは見応えたっぷり、子供時代に熊と相撲をとったという金太郎=坂田金時の、まさかりを得物とした舞は豪快です。
終盤、酒呑童子が首を切られてもなお、首だけで飛びかかってくる場面は必見。このシーンは「飛び面」と呼ばれ、大尾谷社中が初めて取り入れた演出だそうです。

「塵輪(じんりん)」石見神楽 長浜社中

「塵輪」は、異国からやってきた翼の生えた鬼・塵輪と仲哀天皇との戦いを描いた演目です。八調子の台本では、鬼が2体登場し、天皇とその従者・阿部高麻呂と決戦します。翼を描いた衣裳を着た塵輪が格好良く、悪役ながらとても人気があります。
八幡神社の由縁を語る「塵輪」は、長浜社中では、切れとメリハリのある長浜神楽の特徴がよくわかる演目の一つとなっているようです。激しい戦いのシーンでも落ち着いて洗練された舞に観客は魅了されていました。

「大蛇30頭」の凱旋公演で地域に感謝を伝える

午後の部も大半が終了し、いよいよフィナーレが近づきます。最後の演目は、石見神楽の代名詞ともなっている「大蛇(おろち)」です。

去る2022年7月、浜田石見神楽社中連絡協議会では初めて、東京・国立劇場で単独公演を開きました。同公演では50頭の大蛇を一挙に舞台に登場させる演出で約2000人の観客を驚かせました。今回の日本石見神楽大会では、地元の方々に凱旋報告と感謝を込め、ホールのキャパシティ一杯の30頭の大蛇を上演しました。
幕間での挨拶では、国立劇場公演実行委員会会長として久保田章市・浜田市長、同副実行委員長の松原由美子さん、そして浜田石見神楽社中連絡協議会会長の長冨幸男さんが登壇しました。
石見神楽国立劇場公演に込めた熱い思いや公演実施に向けて苦労したこと等を振り返り、今後の石見神楽の振興について力強く展望を語りました。

そして会場の期待が高まる中、協議会一体となった「大蛇」の上演が始まります。

「大蛇(おろち)」浜田石見神楽社中連絡協議会

「大蛇」は、石見神楽の代名詞とも言える演目。須佐之男(すさのお)による八岐大蛇(やまたのおろち)退治伝説を元にした物語です。浜田市で開発された提灯型の蛇胴を用いた大蛇がステージを所狭しとうねり、火花を吐きます。
照明が落ちた中、緞帳がゆっくりと上がると、そこには30体の大蛇の目が暗闇に浮かびます。この日一番の歓声が上がる中、ステージを所狭しと大蛇がのたうちます。立ち込める煙幕、飛び散る火花・・・。これぞ石見神楽というべき圧巻の舞が披露されました。

先人の思いを継承、さらなる発展を志し、国内外へ発信も

大蛇の余韻の中、カーテンコールは「恵比須」。地元では結婚式などで披露されるめでたい舞です。現れた恵比須様が、愉快に舞いながら客席に福飴を投げ入れます。ステージ前には子どもたちの笑顔が集まります。見事に鯛を釣り上げた恵比須様に招かれ、櫨山会長、久保田市長や社中代表者がステージに上がり、感謝を込めて観客席に餅を撒きます。
9時間の公演もこれで終幕。感動の中、観客は皆満足そうな顔で会場を後にして行きました。

浜田石見神楽社中連絡協議会の長冨幸男会長に公演直後の舞台裏でお話を聞きました。
「社中の皆の3年間の想いが溢れ出るような公演になったと思います。1200人という大勢の皆さんに喜んでもらえたことも誇らしい気持ちでいっぱいです。
沖縄から来ていただいた創作芸団レキオスの皆さんにも感謝しています。こうした交流も、まさに浜田市に石見神楽があったからこそ。さまざまな文化の刺激を受けることで、石見神楽はさらに発展するのではないでしょうか。
久保田市長からお話があったように、今夏も東京公演を行うことが決まっていますし、新たに浜田の石見神楽を発信するための施設の構想もあります。これからも浜田市の社中が一丸となって、先人から受け継いできた石見神楽の伝統と魅力を市民の皆さんとともに伝えていきたいと思っています」。

今回の公演の様子はYouTubeでもアーカイブ配信されています。長い歴史と地域文化を受け継ぎながら、民俗芸能の枠を超えた圧倒的なエンターテインメント性を誇る石見神楽の本場・浜田市へとぜひ足をお運びください。

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