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【教養としての民俗芸能】#1 民俗学から見た民俗芸能学

更新日:2024/2/19 ざきさん
【教養としての民俗芸能】#1 民俗学から見た民俗芸能学

はじめに

日本の祭り。東京(江戸)でいうならば三社祭や神田祭が有名であろう。江戸の気風を今に伝える神輿や音色、人柄は非常に見応えがあるものの、もしかすると見た目の華やかさばかりに目を向け、「なぜそれをやるのか」までは考えずに会場を後にする人のほうが多いかもしれない。

ちなみに三社祭は1312年、神田祭は730年から始まった、長い歴史を持つ祭礼である。そこには代々受け継がれてきた日本人の心が確かにある。

そうした、私たちが日々の暮らしで連綿と受け継いできた日本人の文化や生活の風習、ひいてはそれらを支える日本人の心について探求する学問が「民俗学」である。その中でも、祭礼などで受け継がれた舞や踊りを探る領域も民俗学の対象ジャンルの一つで、それらの芸能を「民俗芸能」と呼ぶ。

芸術家たちが有料で行う芸術とは異なる、地域の年中行事の中で自然と目にする芸能で、代表的なものに獅子舞や盆踊りなどが挙げられる。

なぜ私たちは祭りをし、踊るのだろうか。舞うのだろうか。そも、「舞」と「踊」は何が異なるのだろうか。そこに受け継がれてきた私たち日本人の心とは何なのだろうか。

このシリーズでは、民俗学のご紹介をするとともに、日本人の心が形となって現れる、祭りの中で息づく民俗芸能についてお伝えしたい。


山崎敬子(やまさき けいこ)
1976年生まれ。実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から三隅治雄・西角井正大両先生から折口信夫の民俗芸能学(折口学)を学び、全国の祭礼を見て歩く。
現在、玉川大学芸術学部や学習院大学さくらアカデミーなどで民俗芸能の講座を担当しているほか、(一社)鬼ごっこ協会・鬼ごっこ総合研究所、(社)日本ペンクラブ、(株)オマツリジャパンなどに所属し地域活性事業に取り組んでいる。ほか、日本サンボ連盟理事。

民俗学の確立と二人の民俗学者

民俗学とは、おおざっぱに言えば各地の祭りや民俗芸能、伝承や暮らしの決まり事など、民間の生活に関わる事象を研究対象としたものであり、日本の民俗学は明治時代に入って確立した。

東北は民俗芸能が盛んだ。こちらは「日本のふるさと遠野まつり」で披露された「しし踊り」と太刀振りの様子(撮影:愛木敬介)

現地に直接赴いてその地域の方々から話を伺うことでリアルな記録を集め、分析する――そのような日本民俗学を支えた学者たちから二人を紹介したい。

一人は「民俗学の父」と称されることもある柳田國男先生。彼の民俗学は別名「柳田民俗学」ともいわれる。

今では「民話のふるさと」といわれる岩手県遠野市(撮影:愛木敬介)

彼は名も無き庶民(常民と呼んだ)の歴史や文化を明らかにしようとし、その足で全国各地を巡って徹底したフィールドワークを実施。詳細かつ膨大なデータを収集した。一般的には東北地方の伝承を纏めた「遠野物語」が有名だろう。

また、我々は何を恐れるのか、という視点から妖怪についても書籍「妖怪談義」を著しており、これもオススメの一書である。

遠野市土淵町にある、カッパが現れた伝説が残る小川(撮影:愛木敬介)

次に折口信夫先生。民俗学者であると同時に国文学者であり、歌人「釈超空」としても活躍した人物である。氏の短歌「葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を 行きし人あり」は国語の教科書にも載っているので、記憶にある人もいるやもしれない。

また、秋田・男鹿のナマハゲなど節目に地域を訪れる神を「マレビト」と形づけたことでも有名だ。現在、「来訪神」と表現されるそれら日本独自の神たちが注目されているが、そのきっかけは折口が作ったと言っても過言ではない。

毎年大晦日の夜、ナマハゲは集落の家々にやって来る

また、地域の芸能「民俗芸能」の中に、万葉の時代と同じ精神、言葉、所作などが受け継がれていることに注目した学者でもあった。

民俗芸能大会は東京発祥

柳田、折口を始めとした当時の研究者たちは、日本各地の民俗芸能を研究対象として扱うだけに留めず、大衆に伝える活動も行っている。

東京の明治神宮外苑地区にある「日本青年館」。1921年(大正10)に財団が設立され、2021年に100周年を迎えたこの文化施設のこけら落としとして「郷土舞踊と民謡の会」が開催された。

オープン当初の日本青年館/建築学会編『明治大正建築写真聚覧』昭和11年出版,国立国会図書館デジタルコレクションより一部抜粋して編集部にて加工

柳田國男や小寺融吉など当時の研究者らの尽力で開催されたこの大会は、都会にありながら地方の芸能を鑑賞できるだけではなく、民俗芸能の記録も行う場となった。

なにより、民俗芸能を学術的に位置付けたうえで舞台上で紹介したことは、日本芸能史において初めてであり、芸能史に名を刻んだ会となった。この会は「民俗芸能大会」と名を変え引き継がれ、2023年には第70回、改名前から通算すると80回目を迎えたのも感慨深い。

2023年11月25日に開かれた第70回全国民俗芸能大会のチラシ

ともあれ、この会がきっかけとなり全国各地でも同様の大会が開催され、現在は鑑賞・記録としてだけではなく地域活性の場にもなっているといえる。皆様のお住まいのエリアでも開催されているかもしれないので、このコラムを機に、ぜひ一度ご自身の郷土の芸能に触れていただきたい。

明治以前の先人たち

民俗学が確立したのは近代だが、それ以前に日本各地の風俗、芸能に関心を持った人は居なかったわけではない。

江戸時代には民俗学という概念はない(「民俗学」という単語は近代以後にできた言葉)。各地を巡ったといえば『大日本地図』を作成した伊能忠敬が有名だが、ここでは地域の風習の記録に情熱を注いだ2名を紹介する。柳田國男らが行ったように、各地を訪れてその風俗を記録に残した菅江真澄(すがえますみ)や鈴木牧之(すずきぼくし)である。

菅江真澄が描いた秋田県能代市にある湖、田代潟。紅葉が美しい/『真澄遊覽記』第42冊巻32,191-[写],国立国会図書館デジタルコレクションより一部抜粋して編集部にて加工

まず菅江真澄から。

江戸時代後期の国学者であり旅行家でもあった菅江は、自身の出身地である愛知を始め、長野や新潟、東北地方から北海道までを歩き、各地の様子をつぶさに日記として記録した。

その中でも特に有名なのは「男鹿の寒風」に記録されたナマハゲである。1811年(文化8)1月15日の夜、現在の秋田県男鹿市宮沢に滞在していた菅江が、その時見たナマハゲを絵も加えて紹介したのだ。これが江戸時代のナマハゲを今に伝える、大変貴重な民俗資料になっている。

秋田県立博物館蔵写本

菅江はその他にも道祖神や北海道のアイヌ文化など、各地の文化を多く書き記しており、例えばアイヌ語による地名と和語による地名に着目して記しているため、この記録は地名研究としても役立っている。

続いて鈴木牧之。鈴木は江戸時代後期の商人で、随筆家である。各地を回った菅江真澄とは対照的に、鈴木は自分が生まれ育った雪国越後の文化を書籍にして全国に広く紹介したことで知られている人物である。

越後の縮問屋に生まれた鈴木は19歳の時に行商で江戸に赴き、ショックを受けた。暖かな気候で暮らす江戸っ子たちに、雪国越後の暮らしを話しても全く理解して貰えなかったのある。「わが雪国の暮らしを知って貰いたい」と考えた鈴木は、以後、約40年の時を費やして「北越雪譜(ほくえつせっぷ)」を著した。その出版には十返舎一九や山東京伝・京山兄弟ら時の文化人が力を貸している。

除雪の様子や、雪のなかを歩くための道具が描かれている/鈴木牧之著ほか『北越雪譜』初篇 巻之上,万笈閣,国立国会図書館デジタルコレクションより

この北越雪譜は当時のベストセラーとなり、貸本屋はこぞってこの本を扱った。例えるなら、この本は今でいうご当地本の走りとも言えるだろう。

江戸時代は戦乱がなく穏やかな時代。その時代に彼らのような人物が地域の風習を記した本を世に出せたということは、江戸時代の人々も他の地域の暮らしや風俗に関心があった事実の証である。

民俗芸能~ジャパンアーツ~

ではここからはいよいよ民俗芸能について。

日本人は神道を始め、仏教・陰陽道・修験道・民間信仰など多くの信仰を文化に反映させてきた。これは、災害や病なく長生きしたいという生存への願いがあったからである。その心が様々な年中行事に影響し、多くの民俗芸能を生み出した。

例えば、お正月の獅子舞ひとつ取っても、その有様は各地各様。獅子舞を1人1頭×3人という組み合わせで行う所もあれば、1頭を2人で行う所もある。民俗芸能は地域の暮らしや文化によって実に様々である。

また、暮らしに根付いた民俗芸能は、各時代の芸能の影響も受けて発展している。歴史的にはどう変遷してきたのか、河竹繁俊先生の『日本演劇全史』をもとに時代ごとの文化と芸能の例を以下記す。

上世~平安時代(貴族文化)…例:伎楽、舞楽/中世~鎌倉、室町時代(武家文化)…例:田楽、能楽/近世~江戸時代(庶民文化)…例:浄瑠璃、歌舞伎/近代現代…例:伝統演劇、大衆演劇

時代ごとに文化の中心を支えた属性が異なり、芸能もその影響を受けたことがうかがえ、各時代の芸能の影響も受けて民俗芸能も変遷していくことになる。

では民俗芸能はどのように発展したのかというとこちらの分類について西角井正大先生は『民俗芸能入門』で1~14と分類されているので紹介する。

1 神楽:神座に神を勧請して行う鎮魂の芸能 2 田楽:耕田・稲作に関する芸能 3 風流:装飾仮装して御霊の鎮送念仏などを行う芸能 4 獅子舞:獅子の仮装をする芸能 5 祝福芸:祝言(奉魂)を行う芸能 6 人形呪戯:人形に仮託して鎮魂・祝言/ものまねをする芸能 7 狂言(芝居)戯:たわむれごとを主体とするものまねの芸能 8 民謡:自然発生的な歌謡 9 語りもの(祭文):鎮護詞(いわいごと)として唱えられる文芸的な芸能 10 地舞楽 11 地延年 12 地能と地能狂言 13 地歌舞伎:地芝居・地狂言 14 地人形芝居

一瞥しただけで多いことに気づかれるかと思う。それだけ日本各地に多くの民俗芸能があり、日本人の心がそれだけ豊かである証ともいえるだろう。そしてその豊かな心と風土が生んだ日本の芸術「ジャパンアーツ」と言い切ってよいと、私は思っている。

これら膨大な民俗芸能は地域の春夏秋冬の年中行事に沿って行われる。むしろ、この季節が大事になっている。

どういうことなのかというと…それを次回以降、ジャンルの順番に沿って紹介してまいります。

 

TOP画像・記事中図版ほか写真協力/稲村行真、高橋佑馬、佐々木美佳、奇祭ハンターまっく

この記事を書いた人
山崎敬子(やまさき けいこ)

1976年生まれ。実践女子大学院文学研究科美術史学専攻修士課程卒。大学在学時から三隅治雄・西角井正大両先生から折口信夫の民俗芸能学(折口学)を学び、全国の祭礼を見て歩く。現在、玉川大学芸術学部や学習院大学さくらアカデミーなどで民俗芸能の講座を担当しているほか、(一社)鬼ごっこ協会・鬼ごっこ総合研究所、(社)日本ペンクラブ、(株)オマツリジャパンなどに所属し地域活性事業に取り組んでいる。ほか、日本サンボ連盟理事 。

【実績一例】
編集:『年中行事辞典』(三隅治雄・編/東京堂出版 2007年)
共著:『メディアの将来像』(メディア文化研究所・編/一藝社2014年)
著書:『にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版 2019年)
脚本:朗読劇『イナダヒメ語り』(武蔵一宮氷川神社 2018年)ほか
コラム:
「鬼文化コラム」:(社)鬼ごっこ協会 
「氷川風土記」:武蔵一宮氷川神社 など
漫画:
「北越雪譜」4コマ:協力/鈴木牧之記念館(新潟県南魚沼市塩沢1112-2)

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