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京都三大祭りは動く歴史風俗絵巻!2023年「時代祭」見どころの20の行列を徹底予習!

2023/10/19
2024/3/5
京都三大祭りは動く歴史風俗絵巻!2023年「時代祭」見どころの20の行列を徹底予習!

京都では毎年10月22日に「時代祭」が開かれます。とても雅で華やかで、祇園祭・葵祭とともに「京都三大祭り」の1つに数えられていますが、実は始まったのは明治28年(1895年)。他の2つの祭りが1,000年以上の歴史を持っているのに比べると新しいお祭りです。

しかし、このお祭りには京都人の心意気と誇りがふんだんに織り込まれているといいます。一体どんなお祭りなのでしょう?始まった経緯や時代背景から、最大の見どころである20の行列の鑑賞ポイント、おすすめの観覧場所についてまで詳しくご紹介します!

時代祭はどのように始まった?その時代背景とは

時は明治時代。政府は海外の万国博覧会へ積極的に出品するとともに、東京・上野でも「内国勧業博覧会」を3回開催します。
一方その頃の京都は幕末の戦乱によってすっかり荒廃し、事実上、首都が東京に遷ったこともあって衰退は明らかでした。しかし、教育改革や近代産業の導入、琵琶湖疏水の開削事業などを次々と推し進め、寺院や京都御苑を会場に京都博覧会を毎年開催するようになっていきます。

折しも明治28年(1895年)は、桓武天皇が平安に遷都した延暦13年(794年)から1,100年という節目の年。そこで「平安遷都千百年紀念祭」との同年開催を計画し、誘致運動を強力に展開した結果、「第四回 内国勧業博覧会」を京都で行うことが決定したのです。

第四回内国博覧会平安神社大極殿之図/京都府立京都学・歴彩館より  広大な会場の北側には平安神宮の赤い社殿も見える

会場となったのは現在の岡崎公園一帯で、正面入口には噴水や重厚なアーチ門を構え、工業館や農林館、器械館、美術館や動物館のほか、各府県の売店や飲食店などが建てられました。4月1日から4か月間の会期中、入場者は113万人を超える盛況ぶり。博覧会開催は京都の経済・文化の復興と再生に大きな役割を果たしました。

そして紀念祭の象徴として、博覧会開始目前の3月に創建されたのが平安神宮です。
桓武天皇をご祭神とし、平安京の正庁「朝堂院」が約8分の5のスケールで再現されており、大極殿(だいごくでん・外拝殿)、応天門、蒼龍楼などがこの時に造営されました。

平安神宮の大極殿。明治28年の創建の奉祝行事として時代祭も始まった

平安遷都千百年紀念祭の祭礼は、桓武天皇が新京に遷ったとされる10月22日から3日間挙行され、10月25日に京都市民約500人が参加して時代行列を行ったのが、現在の時代祭の始まりとなりました。

第1回の時代行列は、平安遷都当時の延暦時代の文官、武官の行列や織田信長上洛列など6列でしたが、この時に、現在も時代祭を運営する市民組織「平安講社」が設立されています。

翌明治29年からは、平安神宮の祭礼となって桓武天皇の神霊を奉じる神輿の行列が最後尾に加わりました。開催日も10月22日に変わり、各時代の装束をまとった行列が神幸列のお供をするという、現在とほぼ同じ形態で行われるようになったのです。

『旅の家つと. 第36 京都の巻』明治34年(1901年)/国立国会図書館デジタルライブラリーより

平安遷都1,100年を祝して生まれた平安神宮とその大祭である時代祭。それらは、京都復興にかけた多くの人々の情熱の象徴でもあり、千年以上も首都として栄え続けた、京都の歴史と雅やかな文化を世の人や後世に伝えたいという意思の表れでもあるといえるでしょう。

ではここから、祭りの見どころと各時代行列の内容をご紹介します。

見どころは細部にあり!「動く時代風俗絵巻」を堪能しよう

時代祭

時代祭で使用される衣装・祭具・調度品は合計で約1万2,000点にのぼりますが、そのすべてが精密な時代考証を重ねたうえで再現された本物であるため、行列は「動く歴史風俗絵巻」とも呼ばれています。

現在、時代祭に登場するのは8時代で20の行列ですが、そのどれにおいてもディテールに目を凝らして観察すると楽しみが倍増します。
時代祭は「一目で京都の歴史と文化が理解できるもの」「京都をおいて他には真似のできないもの」がテーマの一つ。千年以上にわたって京都市民が培ってきた伝統工芸技術の粋を披露することを主眼としており、細部にまで京都人の心意気と誇りがふんだんに織り込まれているからです。

例えば、同じ平安時代の女性の衣装なのに、清少納言は女官の正装・十二単、紫式部は準正装の小袿(こうちぎ)という、見た目が違う衣装をまとっています。
二人の位に違いはありませんので、同時代の衣装のバリエーションが見られると同時に、先輩よりもラフな格好で登場して優位に立とうとしているのか?と、紫式部のライバル心やプライドを想像しながら衣装の違いを観察してみるのもお勧めです。

また、時代ごとの髪形にも注目してみましょう。他の時代はカツラですが「江戸時代婦人列」は地毛結いだそうです。同じ京都で行われている「櫛まつり」に際して支度の様子を紹介した記事もありますので、ぜひご参考に!

明治維新から平安時代まで!20の行列を一挙紹介

時代祭は、10月22日朝に、平安神宮のご祭神の神幸列が京都御所の行在所(あんざいしょ)へ向かうことから始まります。祭礼を終えた神幸列が、正午から平安神宮へ還幸するときに、各時代の装束をまとった総勢2,000名もの人々がお供をする行列が、現在私たちが目にする時代祭です。

京の都の1,100年の歴史をさかのぼりながら、思いを馳せることができる20の行列を紹介します。

維新勤王隊列

時代祭

明治維新の際、丹波の国は北桑田郡山国村(現・右京区京北)の有志が山国隊を組織して、官軍に参加した当時の行装を模したものです。

三斎羽織(さんさいはおり)に義経袴をはき、下には筒袖の衣、頭に鉢巻または赤熊(しゃぐま)をかぶり、脚絆、足袋、草鞋をはき、刀を身につけ、鉄砲を携えた姿です。肩章をつけ階級を表しているところなどは、近代の軍制への過渡期を示しています。

②維新志士列

明治維新の志士たちを顕彰する列として、昭和41年(1996年)に追加されました。坂本龍馬、中岡慎太郎、桂小五郎、高杉晋作など24人の志士で構成され、志士の多くは20~30代が中心ということもあり、京都青年会議所が担当奉仕しています。

③徳川城使上洛列

即位の礼や年始の表啓など京都における重要な儀式に,江戸幕府が将軍の名代として遣わした大名列です。
本列は普通の場合を模したものですが、城使は乗物(本列では騎馬)、目附頭以上の者は騎馬で、駕籠は幕末当時の形式をとったもの。先頭の槍持、傘持、挾箱持の「ヒーサー」の掛け声や動作は当時の面影を偲ばせてくれます。

④江戸時代婦人列

江戸時代の京都で話題となり活躍した女性たちが登場します。
和宮(かずのみや)はご祭神である孝明天皇の妹君で、公武合体のため将軍家茂に降嫁されました。寛永時代の名妓・吉野太夫や、京都四條河原で「やや子踊」や「かぶき踊」を演じ、歌舞伎の創始者とされている出雲阿国(いずものおくに)などが華やかに練り歩きます。

⑤豊公参朝列

時代祭

慶長元年(1596年)5月の豊臣秀頼初参内と、翌年9月の秀頼元服の際に、伏見城から御所へ参内する豊臣秀吉の一行を表した列です。秀吉は牛車に乗っていると設定されているため,行列には姿は見えません。

乗物は特に盛儀に使われた牛車で、檳榔毛唐庇車(びんろうげからひさしぐるま)といい、蒲葵(びろう)の葉で葺き、すだれなどの色文(いろあや)装具は最高の様式のものです。

⑥織田公上洛列

朝廷の命を受けた立入宗継が、粟田口(京都市東山区)に織田公を出迎え上洛する姿を模したものです。
この時代の注目ポイントは、戦に鉄砲が導入されたこと。甲冑の多くは胴丸で、各部に鉄板を使った当世具足の新形式で、江戸時代にかけて用いられました。

⑦室町幕府執政列

室町幕府の将軍足利氏を中心に、三管領(さんかんれい)・四職(ししき)をはじめとする官僚がしたがう列です。平成19年から新たに参加しています。

⑧室町洛中風俗列

16世紀、室町時代後半に経済力を蓄えた京の町衆によって盛んに催された風流(ふりゅう)踊りを再現した列で、平成19年から新たに参加しました。

当時の風流踊りは男性のみで、奇抜な仮装や妻女の派手な衣裳で着飾っていました。この風流踊りは全国各地に伝わり様々な芸能を生み出し、江戸時代以降の盆踊りの原型ともなっています。

⑨楠公上洛列

正慶2年(1333年)6月に、隠岐・伯耆から還幸する後醍醐天皇を兵庫に出迎え,上洛の先駆を務めた楠木正成と弟の正季を中心とする列です。

⑩中世婦人列

中世とは広い意味で平安時代後半から桃山時代に至る時代をいいます。この列には歴史上の人物だけではなく、職業集団ともいえる庶民の女性たちも加わっているのが最大の特徴です。

大原女(おおはらめ)は洛北大原の婦人で、古来薪や炭等を頭にのせ京の町へ売りに出る風習がありました。
桂女(かつらめ)は、桂川の鮎や飴を京の町々に売り歩いたり、婚礼や出産の時に祝詞をとなえる巫女などを業とした女性です。室町頃の小袖に「桂包(かつらづつみ)」という独特の姿となっています。

豊太閤の側室で浅井長政の娘、秀頼の生母である淀君は、ここでは桃山時代を代表する豪華な衣裳の外出姿です。静御前(源義経の愛妾)は、この行列では女人の舞装束として水干を着けた白拍子姿で登場します。

⑪城南流鏑馬列

承久3年(1221年)5月、承久の乱に際して,後鳥羽上皇が城南宮の流鏑馬にかこつけて畿内周辺の武士を召した時、それに応じて上洛した武士たちを表した列です。

⑫藤原公卿参朝列

平安時代中期以降、藤原氏の全盛期である摂関期の貴族が朝廷に参る様子を表した列です。文武両様の王朝風俗で、参朝する位の高い貴族の文官、武官の夏の正装姿をしています。

⑬平安時代婦人列

遣唐使廃止頃から日本の文化は国風化がすすみ、400年も続いた平安時代をいろどる多彩な女性風俗の変遷を表した列です。

巴御前は、木曽義仲の寵愛をうけた武勇のほまれ高い女性で、義仲にしたがって出陣したときの鎧姿。常盤御前は源義朝夫人で、義朝亡き後、平清盛に許しを乞うため三児(今若・乙若・牛若)を連れて六波羅へ名乗り出る時の姿をしています。

他にも清少納言、紫式部、紀貫之の娘、小野小町などが鮮やかな衣装に身を包み次々と登場します。

⑭延暦武官行進列

延暦20年(801年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征を終えて平安京に凱旋する様を表した列です。

⑮延暦文官参朝列

延暦15年(796年)、文官が朝賀の儀式のため参朝する様を表す列です。時代祭の全行列が平安神宮に還り着いた時に、代表して三位が大極殿で祭文を奏上します。

⑯神饌講社列

ここから、ご祭神の行列「神幸列」となります。時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人たちで、騎馬に白の礼装の御饌長(みけちょう)・副御饌長および水干(すいかん)姿の講員により組織されています。京都料理組合の有志が務めます。

⑰前列

神幸列の直前を行くので前列といいます。御賢木(おんさかき)を先頭に、迦陵頻(かりょうびん)、胡蝶(こちょう)の舞人、さらに雅楽の伶人など優美な衣裳の列で、多数の狩衣装束のお供が従います。

⑱神幸列

時代祭 神幸列

平安神宮のご祭神は、創建時に祀られた桓武天皇と、皇紀2600年にあたる昭和15年に、市民の懇意によって祀られた平安京有終の天皇、第121代孝明天皇です。

ご祭神の乗った2基の神輿、御鳳輦(ごほうれん)は、先に進むのが孝明天皇、後の御鳳輦が桓武天皇で、宮司以下神職が前後に供奉します。

こうして両ご祭神が一年に一度、京都市内を巡幸し、街の安泰と繁栄、進化をご覧いただき、京都市民の平安を祈る祭礼が「時代祭」の真の意義です。各列はこの神幸のお供をする行列なのです。

⑲白川女献花列

比叡山を源に発する白川の流域に住み、季節の花を売り歩くのを業とする女性が白川女(しらかわめ)です。
歴史は古く、平安時代中頃から御所に花を届けていたともいわれています。 本列は伝統的な白川女姿で、神前に献花する花を頭にのせています。

⑳弓箭組列

丹波国南桑田、船井両郡(京都府下)には、弓箭の技に秀でた人たちが多く、桓武天皇平安遷都の際、その御列の警護に当ったといわれます。

お供の人々は引立烏帽子(ひきたてえぼし)に直垂(ひたたれ)を着け、太刀を差し弓箭を携え、時代祭創設当初からご祭神の警護役を担っています。

時代祭を観るのに良い場所は?

お祭り当日は、総勢2,000名の大行列の先頭が京都御所の建礼門前を正午に出発し、約2㎞の道のりを平安神宮へ向かいます。行列は、明治維新時代から始まり、江戸時代・安土桃山時代・室町時代・吉野時代・鎌倉時代・藤原時代・延暦時代の順に進んでいきます。

例年の行列が通るコースと、主な場所の通過予定時刻は次のとおりです。

京都御所・建礼門前出発(12:00)→堺町御門(12:15頃)→烏丸丸太町(12:30頃)→烏丸御池(12:50頃)→河原町御池(13:20頃)→河原町三条(13:30頃)→三条大橋(13:40頃)→三条神宮道(14:10頃)→平安神宮(14:30頃)

すべての行列を見る場合は2時間~3時間かかるため、有料観覧席のチケットを買って椅子に座ってじっくり、ゆっくりと観るのもよいでしょう。有料観覧席は例年、以下の3か所に設けられます。

・京都御苑
・御池通
・平安神宮道

有料観覧席の詳細とチケット購入は、京都観光オフィシャルサイトの案内ページなどからご確認ください。

まとめ

市民がひとつになってつくり上げ、受け継がれてきた「時代祭」は、京都の歴史や文化への誇りと情熱、そして何より京都という町への深い愛情が表された豪華絢爛で壮大な祭りです。

平安遷都から1,100年という年に、内国勧業博覧会の誘致、平安神宮の創建、そして時代祭が生まれたように、その100年後の1,200年の節目だった1994年(平成6年)~1995年(平成7年)にも、数多くの記念事業が生まれ、行われました。

例えば京都迎賓館や京都コンサートホールなどの建設、公園や鉄道の整備、「甦る平安京」展や映画祭の開催など。平安神宮の境内では、平安~室町時代に大流行しながらも途絶えた芸能の田楽を、現代に復活させた「大田楽」の奉納なども行われました。

100年経つと内容は大いに変われども、積みあがっていく京都の歴史と文化を振り返り、その時の最高・最新の技術で未来へと継承していく京都のスピリットはこれからも衰えることはないでしょう。

秋の1日、そんな京都で繰り広げられる華麗な「生きた歴史絵巻」を見に出かけてみませんか。

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