新しいイベントでの演舞。力強い勇壮な舞に、心踊る1日になりました。
この記事では、2023年3月11日(土)、奈川文化センター夢の森コンベンションホールにて行われたイベント「奈川の文化遺産を後世に~奈川獅子と祇園ばやし~」と、その中で披露された長野県松本市奈川 寄合渡(ながわ よりあいど)に伝わる市重要無形民俗文化財「奈川獅子」の演舞をレポートします。
目次
イベント開催の経緯
まずは今回のイベントの開催経緯に触れておきましょう。
長野県松本市の山村部、北アルプスの麓にある奈川地区に「奈川文化センター夢の森」が建築されたのは平成6年。竣工から30年近くが経過した令和4年春から令和5年にかけて大規模改修がおこなわれてきました。また、令和2年からは、コロナ禍により松本市の重要無形民俗文化財に指定されている「奈川獅子」や「祇園囃子」の奉納も中止となっていました。
こうしたことから、奈川の地域づくり協議会である「ふるさと奈川をおこす会」が、伝統行事の継続をおこなうとともに、ひとりでも多くの人に楽しんでもらうため、奈川文化センター夢の森改修完成記念イベントとして今回の開催に至りました。
当日のタイムスケジュールは以下の通りでした。
• 第一部: 13:10~ 講演「奈川獅子から考える民俗芸能の現代的意義」(信州大学経法学部3年 東大陽氏)
• 第二部: 13:40~ 祇園囃子 演奏(祇園囃子保存会)
• 第三部: 14:10~ 奈川獅子 演舞(奈川獅子舞保存会)
まずはおもてなしの心がこもった食事のふるまい
早速、実際の当日の様子を振り返っていきましょう!13時前に会場に着くと、食事がふるまわれていました。
こちらは「ニク」あるいは「山の講汁」と呼ばれる豚汁のような郷土料理。通常、豚汁ならニンジンなども入っていますが、それらは見当たらず、また味噌ではなく醤油ベースで作られています。「山の講」という山の神様を祀る集まりで食べる食事だそうです。
コロナ禍で山の講がおこなわれず、なかなか食べられなかったということで懐かしがっている方もいました。奈川獅子の踊り手の家族達も協力して、前日から仕込みをして準備されていたそうです。思いのこもった食事ですね。
イベントが開演!大盛況の会場
イベント当日、奈川文化センター夢の森の会場には、200人近くの観客が詰めかけました。いよいよ始まるプログラムを心待ちにしながら、開演の時を待っています。
大学生が紐解く「奈川獅子存続のためのヒント」
まずは、「奈川獅子から考える民俗芸能の現代的意義」について、信州大学経法学部 応用経済学科3年 東大陽(ひがしたいよう)さんによる講演がおこなわれました。
東さんは、信州大学の学生有志で奈川の魅力を発信する「奈川えんがわプロジェクト」のリーダーを務めておられます。大学のゼミ論文の作成を機に、奈川獅子の調査をおこなったそうですが、大学生の視点から奈川獅子はどのように見えたのでしょうか?
たとえば、担い手のモチベーションは、敬語を省いた会話や「(名前)兄」という呼び方など、気を使わない自然体のままで集まれる嬉しさがあると感じたようです。
また、奈川獅子がこれまで存続してきた要因として「過去の世代に敬意を払い、現役の世代で楽しさを共有し、未来の世代に可能性を残すこと」という考え方を挙げておられました。
古都を思わせる華やかな「祇園囃子」
第二部では、地域の芸能として奈川で受け継がれている祇園囃子保存会による祇園囃子が演奏されました。祇園囃子は「子安諏訪神社」の祭典で、神輿の巡行の際に奏するお囃子です。大太鼓、小太鼓、笛、三味線といった楽器を奏でます。江戸時代に、小京都といわれた飛騨の高山から、野麦峠を超えて伝わったという歴史があります。
動画を流し、実際のお祭りの様子がわかるような雰囲気の中、演奏がおこなわれました。
勇壮な奈川獅子の演舞
さあ、いよいよ最後は奈川獅子の演舞です。奈川獅子は、村を荒らす大獅子と獅子捕りの格闘がおこなわれ、勇壮で迫力ある演舞が見所となっています。
「祇園林(ぎおんばやし)」、「清森(きよもり)」、「吉崎(よしざき)」、 「獅子殺し切返し(ししごろしきりかえし)」、「薙刀(なぎなた)」という5つの場面で構成されています。これらの演目を通して、ひとつの物語が演じられます。
<奈川獅子の物語>
田畑を荒らし、村人を苦しめていた大獅子がいました。村人はそれを討ち取ることがなかなかできませんでしたが、天狗の技を借りてようやく討ち取ることに成功します。しかし、村人が手柄話に花を咲かせている間に獅子が生き返り、天宮大明神の薙刀を天 狗から受け取った村の薙刀名人が、死闘の末に獅子を退治することができました。(奈川獅子舞保存会資料より)
さあ、準備が整ったようです。獅子舞の第一幕である「祇園林」では、神出鬼没な大獅子が天狗の不思議な力を借りて大獅子を境内に誘い込み、格闘が始まる様子が演じられました。
第二幕の「清森」では、獅子捕りの足元から頭上 へと攻撃する、大獅子のダイナミックな動きが特徴的でした。また第三幕の「吉崎」でもその格闘は続きます。獅子は獅子捕りをどんどん圧倒していきます。
演目の合間などに、天狗が観客にちょっかいを出す場面がありました。会場内は笑いに包まれます。
第四幕は「獅子殺し切返し」です。獅子も獅子捕りも肩車をして、お互い激しい攻防が繰り広げられます。この場面では、会場でも大きな拍手が沸き起こっていました。
一進一退の攻防 から、次第に獅子は地べたに這います。最後に獅子捕りは、天狗の技を借りて、獅子を討ち取ることに成功!
村人が手柄話に花を咲かせます。獅子を討ち取った後に、獅子捕りが獅子の周囲を回る場面がありますが、これは「蚊まくり(かぁまくり)」といって、手柄物の獅子に蝿がたからないようにしているそうです。
しかし、その後、退治されたかに思われた大獅子は、なんと息を吹き返してしまいます。そして再び、獅子捕りとの格闘が始まります。ここが最も激しい乱闘場面のひとつです。
いよいよ最後となる第五幕「薙刀」です。ここまでの4つの演目は、後ほど手踊りや子どもたちも同じものを舞うようですが、薙刀はこの一舞のみの披露です。
獅子捕りの気合溢れる掛け声とダイナミックな薙刀さばきが見所で、この時しか見られない貴重な舞に注目です。
途中、天狗が獅子を飛び越え、ちょっかいを出すような場面もありました。
そして、天宮大明神の力が宿る薙刀を手にした獅子捕りと大獅子との、一対一の最終決着に至ります。
長い格闘の末、獅子を討ち取ることに成功するのです!
その後、大人は一旦退場。
本当に勇壮で、見るものを圧倒する演舞でした。
その後、子どもの奈川獅子も(薙刀の演目をのぞき)同じ流れで繰り返されました。
獅子を見つめる獅子捕りの子どもの眼差しはとても凛々しいです。
獅子と同じ動きを手踊りでも再現!
奈川獅子の演舞は、大人の獅子舞、子どもの手踊り、子どもの獅子舞、大人の手踊りという順番でおこなわれました。
手踊りは、獅子ではなく扇子を持って舞います。獅子舞と同じ動作ですが、扇子を持つことで少し印象も異なります。しかし、日本舞踊から連想されるような優雅なものではなく、かなり力強い動きです。
大人の手踊りを最後に、イベントは終演となりました。奈川獅子だけで、これだけのボリューム感たっぷりの演舞。本当に相当の体力が必要で、見るものを圧倒させる魅力があると感じました。
天狗役をされて、子どもに獅子舞を教えておられる奥原貫さんに今回のイベントに出演された感想を伺いました。
「普段、祭りに来たことのない方や、幅広い年齢層の方にも、奈川獅子の魅力を伝えることができました。これを機会に、お祭りに来て欲しいですね」とのこと。また「今後も奈川獅子の魅力を発信する場を作っていきたい」ともおっしゃっていました。
奈川獅子が継承されてきた歴史
イベント終了後、寄合渡の周辺を歩いてみました。山間の集落に、綺麗な小川のせせらぎが見られ、素朴な暮らしが残っています。
もともと奈川獅子は、明治44年に富山県出身のキンマヒキ(彩漆塗職人)である横井市蔵 (よこい いちぞう)氏が伝えたのが始まりといわれています。当初は、寄合渡(よりあいど)地区の隣にあった神谷(かみや)地区に伝わったそうですが、後継者不足となり、大正期になって寄合渡(よりあいど)の集落に引き継がれました。
それ以来、毎年9月第1土曜日に氏神である「天宮大明神(てんぐうだいみょうじん)」のお祭りで奈川獅子が奉納されているそうです。それにしても、山を隔てた先にある富山県から伝わったというのは感慨深いです。
その後、公民館で慰労会がおこなわれました。子どもから大人まで楽しめるビンゴゲームなどを通じ、垣根なく和気あいあいとお話しされている姿が印象的でした。
<あとがき>
今回のイベントをきっかけとして、迫力のある勇壮な演舞や、長時間にわたる演目の豊富さなど、奈川獅子の魅力を知ることができました。また、それとともに、寄合渡という地域の魅力にも触れられました。今まで祭りを訪れてこなかった人々に発信することで、さらに興味を持ってくれる人が増えたらと改めて感じました。