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奥飛騨温泉郷・播隆祭の魅力とは?春の訪れを祝う、鶏芸や獅子舞など

更新日:2021/5/19 いなむ
奥飛騨温泉郷・播隆祭の魅力とは?春の訪れを祝う、鶏芸や獅子舞など

雄鳥の羽を身につけて舞う鶏芸や、毒蛇を噛む獅子舞があるという。奥飛騨の新平湯温泉・村上神社で行われる播隆祭に興味を持った。全国の獅子舞を取材している私は、この鶏芸で身につける羽が三匹獅子舞の羽に似ていると感じるとともに、山暮らしの伝統を脈々と今に伝える古代芸能の姿を思い浮かべた。この祭りの始まりを知りたい。そして、どのような舞いが繰り広げられるのかを見学させていただきたい。そのような想いで、岐阜県の高山駅からバスで約1時間の場所にある奥飛騨へと向かった。

山開きの祭り・村上神社の播隆祭とは?

春の訪れを祝い北アルプスの登山シーズンを前に行われるのが、「播隆祭」と呼ばれる山開きの祭り。江戸時代の僧・播隆上人が笠ヶ岳や槍ヶ岳に仏像を安置して開山した偉業をたたえ、登山者の安全祈願や自然の恵みに感謝すべく開催をしている。この祭りは毎年5月10日に新平湯温泉の村上神社(以下の写真)で、例大祭と合わせて行われている。神事ののちに、雄鳥の羽を頭につけて踊る「鶏芸」や、蛇が登場する演目のある獅子舞「へんべとり」などが開催される。例年であれば観光客含め200人ほどが集まるが、今年は新型コロナウイルスの影響を考慮して、山岳関係者や観光関連業者、メディア関連など地域の方々を中心に開催された。

播隆塔の前で厳かな神事を開催

青く澄み切った空に、新緑の木々が美しい。天候に恵まれた春の陽気の中、朝10時の開催に向けて、地域の人々が境内に徐々に集まり始めた。まずは山岳関係者や観光事業者が、2012年に村上神社内に建立された「播隆塔」の前に参列。目の前には、お酒、卵、魚など、様々なお供え物がずらりと並んでいた。宮司2人の入場とともに、いよいよ神事が始まった。

神事は玉串を祭壇に捧げる儀礼である玉串奉奠(たまぐしほうてん)や、播隆塔の御開帳などが静粛に執り行われた。播隆塔はただ拝むだけでなく、御開帳もされていた。また、播隆塔の後ろにそびえ立つ山々にも敬意を払い、榊で作られた大幣(おおぬさ)を振っているのが印象的だった。

勇壮な鶏芸の演舞

神事の後には、福地若連中による鶏芸が執り行われた。笛や太鼓の音に合わせて、雄鳥の羽(シャガマ)を頭にかぶった青年が、龍や孔雀の羽模様の衣装を着て、鉦を叩き棒を振りながら舞った。輪舞らしく円を描きながら舞い始め、徐々に激しく勇壮になっていき、とても迫力があった。舞の演目がとても多く、大将の指揮のもと12種類を順々に舞っていた。次から次へと繰り出される舞いの多さに圧倒されるとともに、どこか古代の狩猟を連想する舞いだと感じた。

毒蛇をくわえる獅子舞「へんべとり」

鶏芸の後に行われたのが、「へんべとり」という獅子舞。へんべとは村人の生活に害を与える毒蛇のことで、これに獅子が音楽や踊りを教えることで、平和と豊作を願うという内容だった。最初獅子が毒蛇(ぬいぐるみ)と対峙して、様子を伺いながら徐々に近づき、その蛇をくわえた。しかし、毒蛇もそう簡単に捕まらず、獅子の口から出ることもあった。最終的には毒蛇は獅子の口におさまり、激しく振り回されていた。単純な蛇退治というわけではなく、獅子が蛇に音楽や踊りを教えるという意味があることに驚いた。どこか自然との共生の意味合いを色濃く感じるような演舞だった。

元気いっぱい!栃っ子太鼓の演奏

鶏芸の後には、今年に限って小学生約10名による「栃っ子生太鼓」の演奏もあった。子供達が元気に堂々と演奏する様にどこか大人らしさも感じた。神事から鶏芸と獅子舞を経て、この太鼓演奏に至るまで、子供達は地域の伝統を体感し、自分もその地域の担い手の一人であるということを実感できる。その意味で子供から大人まで多世代に出番があり、それがこの祭りにぎゅっと凝縮されているように思えてくる。そこがこの祭りの素晴らしさだと感じた。

11時過ぎにはお祭りが終了。新型コロナウイルスの影響もあり、玉串奉奠などが簡略化されたこともあって、少し早めに解散となった。それでも本当に様々な見所があり、見応えのあるお祭りだった。

鶏芸や獅子舞の歴史は平安時代に遡る

お祭りの終了後、奥飛騨温泉郷観光協会の方にご挨拶をしようと思っていたところ、鶏芸や獅子舞に関する歴史的なことが書かれた資料を頂いた。そこには、村上天皇(在位 946-967)が福地(村上神社近くの温泉街)を訪れたときに、「鶏芸·へんベとり·ぼたん獅子」を伝えたと書かれていた。平安時代に始まるとても古い歴史があることに驚いた。お祭りが行われた村上神社の村上とは、村上天皇が由来だったというわけだ。播隆祭が始まったのはかなり後世の話で、その前から鶏芸と獅子舞は実施されていたようである。

奥飛騨という山の麓に、日本古来の伝統が今も脈々と生き続けている。名古屋や東京など、都市部から見れば1日がかりで移動しないとたどり着けない場所にこそ、我々の生活を形成してきた原風景があり、後世に伝えていかねばならない文化があることを実感した。子供から大人まで生き生きと祭りに参加する姿はとても新鮮であり、都市化の波に晒されたり土地の生活から離れてキャラクター化されたりしてしまう芸能も多い中、素朴な形で今も脈々と伝えられている芸能があることに感動した。土地の方々に混じりながら今回、見学させて頂けたことに感謝したい。夏には毎年7月下旬から8月下旬にかけて、「福地温泉夏まつり」でも鶏芸や獅子舞が披露されるようだ。詳細は奥飛騨温泉郷観光協会のホームページをご確認いただきたい。

いなむ
この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
獅子舞マニアです。ライターやカメラマンをしています。趣味は、獅子舞の鼻を撮影することです。その他クレイジーな祭りにも潜入します。

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