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高知の小さな町にて絶やさぬ文化の種火。「おなばれ」に関わる二人が語る、祭りと文化継承への想いとは

更新日:2022/11/2 畠中 智子
高知の小さな町にて絶やさぬ文化の種火。「おなばれ」に関わる二人が語る、祭りと文化継承への想いとは

小さな町で300年以上受け継がれてきた秋の大祭「おなばれ」。
新型コロナウイルスの影響で2年間は神事のみに規模を縮小、3年ぶりとなる通常開催に向けて、町の人々は熱く慎重に準備を進めています。
地域で「おなばれ」に関わる人々が抱く想いと、継承への取り組みについて伺いました。

おなばれの全てを指揮する「本当家」 水田信子さん(72)

7月に当家地区が決まると、次にお祭り全体の総指揮を担う「本当屋(ほんとうや)」を立てます。
今年その大役を務めることになったのは、近年の資料として残っている限りでは「初」となる女性本当家さんです。

―――「本当家」を引き受けるまでのいきさつを教えてください。

生まれは香北町内の橋川野、今年の当番地区である韮生野(にろうの)に40数年前に嫁いできました。子どもの頃は「おなばれ」は身近なものではなくて、多分見たことも無かったんじゃないかなぁ。夫は生まれも育ちも地元(韮生野)なので棒打ちなど経験したことがあるそうです。当時はやりたい子が多くて抽選で決めんといかんばぁ人気やったらしいけんど、今はやってくれる子をすのが大変になってきたくらいに少子化が進んでしまいました。

私は外に出るのが好き、人に会うのが好き、おしゃべりが好き。7月に今年の「本当家」を決める際に宮司がくじを引いてウチが当たった時、「女でもかまんか?」と積極的な気持ちで引き受けることにしました。マイナスな気持ちではなく素直に引き受ける気持ちになっていたんです。腹を括って「何にも知らない」からスタートすることにしました。

―――練習に参加する子どもたちに向ける眼差しがとっても優しいですね。

練習場所にはしょっちゅう顔を出すようにしています。胃袋を掴むのは得意やき、子どもたちの健康に配慮したお菓子・みかん・バナナなどを差し入れています。子どもたちがみんなぁ孫みたいで可愛い!「礼に始まり礼に終わる」というのが指導者から徹底されているので、とっても礼儀正しいんです。子どもの習熟は早くてびっくりさせられますよ。祭りの担い手としての気持ちもぐんぐん育っているように感じます。控えを構えたりしてないから、誰か一人でも欠けると大変。祭りの当日までは怪我せんように病気せんようにと祈るような気持ちです。

少子化で人数が少ない分、みんなぁが家族みたいに連携も取れているのは小さな地域のえいところ。でもこのまま減り続けるとそのうち担当地区だけで出てくれる子どもを集めるのが本当に大変になることはわかりきっちゅう。担当地区でどうしても集められない時は、香北町内、あるいは香北ゆかりの出身者などに広げていかざるを得ないのではないでしょうか。ただし神様のことやき、あんまり大々的な改革はせんほうがえいとは思っています。

―――今後の継承について、どんな想いをお持ちですか。

「本当家」というのは大昔は名誉職やったけど、今はそんな捉え方をする人は少なくなってきています。責任はあるし時間は食われるし面倒なことも山ほどあるのよね。地域のために万難を排すというような人が少なくなってきた。けんど誰かがしなくちゃいけないわけよ。一人が何もかも背負い込むようなやり方ではなく、新しいやり方を私なりに提案し誰もが担えるような時代が来てくれたらいいなぁと願っています。一人ではできん、みんなぁで協力し合ってやっていこうよと。みんなで楽しく経過を楽しんでいこうよ、一生の思い出を作ろうよって気持ちを周りに広げていきたいです。時代もそんなふうに変化してきているんじゃないでしょうか。

この2年間、コロナで休むことに慣れてしまうと祭りが無くなってしまうんじゃないか、消え去ってしまうんじゃないかと危機感を抱いていました。だから規模を縮小してでもやれることをやってみんなで繋いでいかないと大変なことになるぞと。種火を消さないように、いつでも着火できるように。種火さえ残しちょったら、いつでも火は再び燃え上がらせられるきねぇ。3年ぶりの「おなばれ」はいつもの年にも増して嬉しいお祭りになることでしょう。

クライマックスの「練り込み」を担う青年団長 小松隆至さん(31)

続いて、青年団長の小松隆至さんにお話を伺いました。おなばれのクライマックス「練り込み」を行う大役を担い、仕事のかたわら日々練習に励んでいます。

―――おなばれに関わるようになったきっかけは?

子どもの頃から「おなばれ」があるのは知っちょったけど、自分が育ったのは香北町内とはいえあまり関わりのある地区ではなかったです。小学生の時に棒打ちには1回だけ参加したことがあります。

「鳥毛※」には「やらんか」と誘われて、最初はしゃーなしでやっていたが、続けてやっているうちに地元の祭りに貢献したいという気持ちが自分の中に育ってきたように感じています。鳥毛は全部で10人、団員以外のメンバーも2名加わっています。この2名も元々は地元の出身者です。ここ5~6年はメンバー変わらず、最年少は令和元年から加わった27歳の役場職員、最年長は38歳。
昔は「鳥毛を3回振ったら結婚できる」という説があったんですよ。3年振って結婚したら引退、といわれていたのですが、自分は5年続けていますがまだ独身です(笑)。

―――練習についてお聞かせください

やるからにはちゃんと練習もせんといかん。初回練習は9月26日の週に始まります。週3回(月・水・金)仕事終わりの7時から9時までの2時間、神社の参道の上で行うのですが、鳥毛を濡らすことはできないので雨だと中止になります。練り込みの前の「型」を反復練習し、最初は持ち上げるだけでもふらつくのですが、徐々に回数を増やして安定感を上げていきます。練り込み練習は一日にやれても3回程度です。なにしろ足を支点にして体を真横に倒してやっと釣り合うくらいの重さなので、無理をすると肩や肘を痛めてしまいます。怪我をせんように一回ごとに集中してやらんといけません。

鳥毛の棒は3つの地区(谷相:たにあい、朴ノ木:ほおのき、美良布:びらふ)ごとに長さや重さが異なる10本があり、それぞれ対になっています。一番軽いのは朴ノ木地区の鳥毛。練習中に「おまん、その鳥毛を落としたら朴ノ木の人に怒られるぞ!」とヤジが飛んだりもします。美良布地区が持つ鳥毛は一番重く“ヒバリ”という呼び名がついていて、これを振るのが「花形」です。誰がどの鳥毛を振るのか決まるのは各自の仕上がり次第、本番直前ギリギリになります。

正直なところ、仕事を終えてからの練習は時間的にも体力的にもかなり負担ではあります。負担を実感しちゅうき誘うのも気が引ける。喜びと負担、天秤にかけるとトントンか達成感がちょっと上回っているから、今年もやる。来年もやるつもり。

―――次の世代は育っていますか?

今の時点では自分より若い世代はほとんどいないんです。今年鳥毛をやる10人中4人が同世代。あと4〜5年、いや10年はこのまま維持していけるでしょうけんど、そんなことじゃいかんとも思うてます。青年団としておなばれや鳥毛が持つ魅力やよさを伝えきれているのか。「それって面白いの?」って問われた時に胸を張って「達成感あるよ」「地域に貢献できる喜びがあるよ」って伝えられるようになりたいし、ならんといかんとも思うちゅう。

※鳥毛とは
棒を水平にするのは90度の拝礼を表す、下につけると下品な土下座になる。
水平の状態で上下に二度振り、片手で鈴を二回鳴らす所作は「二礼二拍手一礼」を表している。
持っているものを土につけないのが神様に対する礼儀(立てた時の棒は草履の上に置く)。

【あとがき】

少子化や指導者の高齢化などの課題が年々大きくなる中で迎えたコロナ禍。本当家の水田さんがおっしゃる通り、地元の方々が懸命に「種火」を保ってこられた「おなばれ」です。
地域の誇りである祭りの存在が、次世代を担う子どもたちの心の中にも誇りとして受け継がれていきますように。祭りがある地域の豊かさも大切に保たれますように。みんなの願いが重なる秋です。

(取材:10月8日)

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この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター

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