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津軽の温泉郷から湧き出る新たな想い~「大鰐温泉ねぷた」新団体と絵師の軌跡~

2023/7/31
2024/3/7
津軽の温泉郷から湧き出る新たな想い~「大鰐温泉ねぷた」新団体と絵師の軌跡~

七夕行事の流れを汲み、今や日本を代表する8月のお祭りの一つであるねぶた。青森のねぶた祭り、弘前のねぷたまつり、そして五所川原の立佞武多が三大ねぶたまつりとして有名ですが、その他にも津軽地方の各地で行われています。温泉街として有名な大鰐町もその一つで、毎年8月1日から7日まで「大鰐温泉ねぷたまつり」が開催されます。

数十年前はおよそ40もの団体が町内各地を所狭しと練り歩いていた大鰐町のねぷたですが、担い手不足により年々山車の数は減少傾向に。さらに新型コロナウイルス感染症の影響もあり、2022年の再開時にはわずか7団体まで減少してしまいました。このような状況下にもかかわらず、2023年開催に向け新しく立ち上げ、なおかつクラウドファンディングで140万円以上を集めた団体があります!

新規参入者として地元のお祭りを盛り上げるとはどのようなことなのか?ねぷたに命を吹き込む絵師にとってこの出来事はどのような意味を持つのか?今回は、ねぷた絵師の松岡さんと大鰐ねぷた新団体「ワンダーワンドねぷた会」のキーパーソンである山本さんに、その経緯や大鰐ねぷたの魅力についてお話をうかがいました。

20年前の大鰐温泉ねぷたまつり。写真提供|ワンダーワンド20年前の大鰐温泉ねぷたまつり。写真提供:ワンダーワンド

地元ねぷた絵師から見た大鰐ねぷたの特徴と魅力

最初にインタビューさせていただいたのは大鰐温泉ねぷたの新団体「ワンダーワンドねぷた会」が出す山車の絵を担当している松岡 泰仙(まつおか たいせん)さん。

大鰐町のねぷたは弘前の隣町ということもあり、「武者絵が描かれた扇形の山車(扇ねぷた)が中心となって、お囃子とともに町を練り歩く」というお祭りのスタイルは共通しているそうです。しかし、大鰐町のねぷたは掛け声に注目してほしいと泰仙さんは語ります。

「弘前は『やーやーどー』という掛け声なんですが、大鰐ではそれ以外にもあるんですよ。例えば町内運行をやってる時に(ねぷた同士が)すれ違うことがあるんですね。その時に道が細いからどちらかが寄せないといけないんですよ。昔だと、その時は『ねぷた喧嘩』といってお互いに石を投げてねぷたに穴を空けていたんですよ。その名残で、『日本一のいいねぷた』みたいに、自分のねぷたが一番だよということをマイクで叫ぶんですね。特に子供たちが気合い入れて叫ぶイメージがありますね。」

ねぷた絵師の松岡 泰仙さん。撮影協力:ワンダーワンド

生まれも育ちも大鰐町である泰仙さん。物心ついた時からねぷた絵が身近なものであった影響からか、なんと2歳のころから描いていたそうです。そして小学一年生の時には名絵師である聖龍院龍仙(しょうりゅういん りゅうせん)さんに弟子入りします。

「『この子はねぷた絵がだいすきなんだ』と一目見ただけでわかるんでしょうね。『いつでも家に来てはんでー 絵描いたら持ってきてはんでー』って(言われました)。」

師匠のもとで技量を磨いた泰仙さんは、小学6年生の夏に住んでいた地区の前ねぷた(メインの大型ねぷたの前に前座として登場する小型のねぷた)の絵師として一般デビューしたそうです。

「はじめてアナウンスで自分の名前が流れたことが印象に残った。嬉しかった気持ちがありましたね。」

その後は高校を卒業してから「泰仙」という雅号をもらい、晴れて一人のプロとしてねぷた絵師としてのキャリアを歩み始めました。現在は一年のうち3/4をりんご農家として働き、春ごろから仕事を一休みして弘前と大鰐のねぷた団体から来た依頼を基に絵を描いているそうです。

ねぷた絵を描く上で重要視しているものとはなにか?泰仙さんにお聞きすると、絵師ならではのこだわりを垣間見ることができる返答が。

「線を大事にしています。というのも、すみの絵の線だけで迫力のある絵が描けると良いとされているんですね。線の(濃淡や太さに)強弱をだすことによって絵に立体感がでるので、それを大事にしながら(描いています)。」

泰仙さんがアトリエで作成中のねぷた絵。線の太さや色の濃淡など、絵に対するこだわりが垣間見えます。 写真:筆者撮影

それぞれの絵師さんによって技法や特徴があるため、ねぷた好きの人であればひと目見ただけでどの絵師が制作したかわかるそうです。ただ、技法以上に必要なものがあると言います。

「絵師として一番大事なのはこころ・きもち・ハート。うまいへた関係なく、ここを大事にしていれば、みんな応援したくなる。」

ねぷた絵師は依頼があって初めて絵を描くことができるお仕事だからこそ、絵に対する想いが人一倍強いのかもしれません。

今年は弘前と大鰐温泉の両方でねぷた絵を手掛けている泰仙さん。ねぷたまつりを訪れる際はぜひ探してみてはいかがでしょうか?

新団体と歩むねぷた絵師の新たな挑戦

まだ20代ながらすでに長期にわたってねぷた絵師として活躍している泰仙さん。地元の方々の推薦もあり、大鰐町のねぷた新団体「ワンダーワンドねぷた会」が立ち上がった際には絵師さんとして白羽の矢が立ちました。

さて、今回作成するねぷたの一番の特徴は、支援された方々の手形を使ってねぷた絵を作成すること。日本初の取り組みだそうですが、

「クラファンを通じて制作するにあたって、お金をだしてくださった方々と一緒にねぷたをつくれればいいよね、という思いがあって。鏡絵(ねぷた正面の絵)で手形を使って描いている絵師さんは人は見たことないと思って、アイデアを出させていただきました。
書く側として最終的にどうなるのだろうという気持ちもあるんですが、イメージはあって、それをうまく表現できるのかどうか、楽しみなところもあります。」

ねぷた絵に手形を押している様子。クラウドファンディングの返礼品の一つとして出されました。写真提供:ワンダーワンド

7月2日にはクラウドファンディングの支援者が泰仙さんのアトリエに集い、思い思いに手形を押しました。そして7月下旬にはねぷた絵が完成し、無事ねぷたの骨組みに貼り付けられました。お祭り当日にねぷたが町中にお披露目されるのが、楽しみですね。

最後に、泰仙さんからねぷた絵師としての意気込みと、今後の大鰐ねぷたについてお聞きしました。

「絵を描いている上で、『上手くできたらな』という思いはあれど、『完璧な絵』というのはできない。死ぬまで修行なんですね。それでも皆様に喜んでもらえる、期待に応えるような絵を描く絵師になれたらなと思っています。
今はねぷたの台数が減ってきてはいますが、(ワンダーワンドねぷた会をきっかけに)団体がもっともっと増えてほしいですね。『いいねぷたができた』という達成感を共有できれば町全体がさらに盛り上がっていくんじゃないかな。ねぷたがそのきっかけになって欲しいですね。」

「大鰐に戻って何かやろう」若者がUターンしたきっかけとは

次にインタビューさせていただいたのは、大鰐町の新ねぷた団体「ワンダーワンドねぷた会」の一員である山本 晴也(やまもと せいや)さん。元々大鰐町の出身でしたが、高校卒業をきっかけに県外へ進学・就職します。しかし、2021年に大鰐町へUターンすることを決心しました。

「20歳のころから近況連絡のついでに大鰐町のいいところや悪いところについて(大鰐町出身で県外へ移住した仲間たちと)意見を交わしていて。自分たちで何かしようということではなかったけど、漠然と話していました。
そして5、6年くらいした時に、『ずっと話してても、自分たちは何もしてないし、大鰐に戻って何かやろう』という想いが込み上げてきて、次の日仕事を辞めました。東京の方が生活が安定していたし、(大鰐町に戻って具体的に)何やろうか考えていなかったけど、気持ちが変わるのが嫌だと思って(即断しました)。」

山本 晴也さん。写真提供:ワンダーワンド

「地元を盛り上げたい」という心の勢いそのままに、ひと足先にUターンした坂本 洋治郎(さかもと ようじろう)さん、そして翌年に合流した嶋津 将太(しまつ しょうた)さんの幼馴染3人で「Wonder Wando (ワンダーワンド)」を立ち上げた山本さん。ここから、ねぷた団体まで繋がる旅路が始まります。

山本 晴也さん(左)、坂本 洋治郎さん(中央)、嶋津 将太さん(右)。写真提供:ワンダーワンド

「まずは顔と名前を覚えてもらう」ねぷた団体立ち上げまでの軌跡

志だけを胸に大鰐町へ戻ってきた山本さんたち。「ワンダーワンド」として最初に取り組んだことは意外にも駅前にカフェバー「From O(フロムオー )」をオープンすることでした。一見すると「大鰐町の活性化」とは無関係に思えますが、地域で取り組みを進める上で重要な意味合いをもっていると山本さんは語ります。

「いろいろある中で飲食店をチョイスしたんだけど、まずはやりたいことに挑戦するために町の人に顔と名前を覚えてもらいたいと(思った)。25~6歳の若造が『これやります』といっても、『おまえだれだ』と相手にされない。地方の町だから特にね。一旦まずは店で実績を上げて、町の人に覚えてもらうことで本当に取り組みたいことをやれると考えました。」

From O (フロムオー )の料理。大鰐町では珍しいカフェバー形式ということもあり、店内は会話を楽しむ地元の方々を中心に賑わっていました。写真提供:ワンダーワンド

2022年6月にFrom Oを開店させて以来、精力的にイベントを開催したり、様々なイベントに出店することでコツコツと町内外の人々と親睦を深めた山本さんたち3人。次なる取り組みとしてねぷたの新団体を立ち上げようと決めたのは、その年の「大鰐温泉ねぷたまつり」の現状を目の当たりにしたのがきっかけだと山本さんは話します。

「去年(2022年)のねぷたでは店前で屋台をやっていました。その年は山車が7台しか出なかったけど町の人がたくさん集まっていて。『あ、みんなねぷたが好きなんだ、楽しみなんだ』とわかって。沿道には小中学生もいたんだけど、『あ、出たくても出れないかもね』と思ったんですね。というのも、住んでる町内にねぷたがなければ出られないんですよ。せっかくねぷたがある地域に生まれたのに、経験しないのはもったいないなと思って。だから誰でも出られる団体を作ろうと思ったのがきっかけですね。」

20年前の大鰐温泉ねぷたまつり。写真提供:ワンダーワンド

弘前ねぷたはお祭りの規模が大きい故に企業主体や自由参加の有志団体が多い一方、大鰐町はいまだに各町内会でねぷたを出すのが主流。そのため、人手不足などで町内会がねぷたを出さなくなった場合、地元の人々は参加するのが難しい現状がありました。

新たに自由参加型の団体を立ち上げることで、今まで出たくても出られなかった子供たちの受け皿をつくるという目的があったそうです。

「大変なことを知らないのが大変」自分たちのねぷたを作ることの難しさ

とはいえ、ノウハウがゼロの状態からねぷたまつり参加まで漕ぎ着けるのは至難の技。町内各地で話題に出しても大多数の人からは心配交じりの反応をされたとのこと。それでも覚悟を決めた際は、お店を通じて地元住民に名前と顔を知ってもらっていた甲斐もあり、周りは協力的だったそうです。

「地元の方々からは経験と知恵をお借りしました。(ねぷた山車の)骨組みは使われていないのを持ち主と掛け合って使わせてもらって。(お囃子のための)太鼓なども全てお下がりをもらいました。」

ねぷた絵を貼り付ける前のねぷた山車。鉄骨のものもありますが、大鰐では木造が主流だそうです。写真:筆者撮影

もちろん、山車や太鼓などの備品の他にも、運行費用やねぷた絵を描いてもらうための資金調達が必要です。その方法として選ばれたのがクラウドファンディングでしたが、そこには山本さんたちなりのこだわりがあったそうです。

「大鰐町のねぷたは団体が『寄付をください』と地区ごとに家々を回るんだって。ただそれはやりたくなかった。(山本さんが住んでいる)町内で寄付は募れるけれど、有志団体だから『自分達の町内』を作りたくなかったんです。あと、クラウドファンディングを通じて『大鰐でもねぷたやってるんだ』というのを知ってもらいたくて。町を超えて協力を募ることで、結果的に参加してもらえる人も増えるだろうし、認知度も高まると思いました。」

誰もが垣根なく参加できるためにも、既存の地区の枠に活動を埋め込まない。しっかりとした目的意識があったからこそ、クラウドファンディングで目標を大きく上回る140万円が集まったのかもしれません。

そしてもう一つのチャレンジが、自分たちのねぷたに命を吹き込んでくれる絵師さんを見つけること。ここでも山本さんたちの譲れないこだわりが松岡 泰仙さんとの出会いに繋がりました。

「ねぷた絵も大鰐町の人に書いてもらいたくて。地元の人に相談したら『すぐそこにいるよ』って教えてもらいました。(ねぷた絵師って)堅い人なのかと思ったけど、同じ20代ということもあり、実際会ってみると結構フランクでしたね。手形をねぷた絵に組み込むアイデアも、世代が違うとそう簡単には実現しないもんね。」

ワンダーワンドねぷた会のねぷた。絵の上部に無数の手形を見ることができます。写真:筆者撮影。

山本さんたち「ワンダーワンド」の3人組、そしてねぷた絵師の泰仙さんの思いが大鰐温泉ねぷたまつりでどのように花開くのか、楽しみですね。

地元住民おすすめのポイントと大鰐町の魅力

最後に、山本さんから大鰐温泉ねぷたの注目ポイント、そして大鰐温泉の魅力を教えていただきました。

「見てる人とねぷたとの距離が近いのが大鰐温泉ねぷたの魅力ですね。観客席の1~2メートル横を通るんですよ。あと、津軽地方のねぷたでは珍しく山車が橋を渡るんですね。暗くなったら(運行ルートの隣である)月見橋から川面に映るねぷたを楽しむのもおすすめです。
大鰐町は温泉が有名だけど、全体的にこじんまりとしているんですね。なので、お寺や商店街を散策したり、カフェ巡りなどをすると楽しいんですよ。ぜひねぷたを観に来るだけでなく、町中を歩いて、温泉に入っていってもらえると嬉しいですね。」

月見橋から望む平川とねぷた運行ルートとなる橋。まつり期間中はどのような景色が見られるのか、楽しみですね。写真:筆者撮影

今年の大鰐温泉ねぷたまつりは例年通り8月1日から7日までの開催。ぜひ青森のねぶた巡りの一つに加えて、大鰐ならではのねぷたの魅力を楽しんでみてはいかがでしょうか?

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