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山形「酒田まつり」に大獅子、獅子丸、獅子舞が集結!地域の人々が獅子に託す願いとは?

更新日:2022/6/24 いなむ
山形「酒田まつり」に大獅子、獅子丸、獅子舞が集結!地域の人々が獅子に託す願いとは?

山形県酒田市は獅子の信仰が盛んな土地だ。獅子が根付くのには、どのような背景があるのだろうか?

2022年5月20日に行われた酒田まつりを訪れた時、様々な形態の「獅子」に遭遇したのが印象的だった。日常的に酒田市内各所で展示されている酒田大獅子一家という獅子頭(下記のリンク記事参照)のうち、4頭が市内を巡行。これらの大獅子のみならず、各町内で受け継がれている伝統的な獅子舞などの様子も見られた。

今回はバラエティに富んだ獅子に対して、酒田の人々はどのような願いを託しているのか迫ってみたい。

酒田まつりとは?

酒田まつりは約400年前に始まった日枝神社の例大祭だ。1609年に始まって約400年の歴史を持ち、別名「山王祭」とも呼ばれる。港町ならではの活気があり、20団体・1800人もの担い手が関わる山車行列、神社のお神輿や猿田彦などが巡行する渡御行列、ずらりと並ぶ屋台など見所満載だ。

2022年は5月19日~21日の3日間の日程で開催された。まず酒田の獅子を考えるうえで、「大獅子」と「獅子舞」にそれぞれ分けて見ていきたい。

3年ぶりの酒田まつり。2022年は屋台が立ち並び多くの人で賑わった

大獅子には大火からの復興の願い

5月20日午前10時からの山車行列と、15時からの時代行列には大獅子が登場した。
大獅子巡行が始まった背景には、昭和51年の酒田市内での大火が大きく関わっている。大風によって未曾有の被害が生じ、そこからの復興の象徴として、大きな赤と黒の獅子頭を祭りの中心に持ってきた。つまり、災害という厄を払うとともに復興を祝う存在として、獅子が登場することになったのである。

ひときわ目立つ、大獅子の様子

こちらが酒田まつりの大獅子だ。人間よりも大きな獅子頭は迫力満点であり、口をパクパクさせながら道の真ん中を歩く様はなんともユニークだ。大団扇で仰がれながら歩いている。獅子舞によく見られるような睨みの表情はなく、柔らかい表情をしている。

大獅子は4体いて、赤色の獅子2頭、黒色の獅子2頭の合計4頭が酒田まつりに出演する。
酒田市では伝統的に、赤い獅子を雌、黒い獅子を雄として一対で家に飾るような風習もあるので、配色に関してはそれと同じような考え方だろう。こちらが黒い獅子の方だ。表情は赤い獅子とほとんど同じだ。

獅子が通った後姿はこんな感じ。胴体の部分が非常に長くて迫力がある。
普段であれば、通称「獅子パックン」といって、子供達が獅子の口の中にすっぽりと入り、無病息災を祈願してパックンと噛んでもらうのだが、今年は新型コロナウイルスの流行に配慮して、自粛という流れになったようだ。

大獅子の巡行の様子は動画にもおさめたので、ぜひ当日の臨場感を味わっていただきたい。

獅子丸という山車も登場

ところで、獅子の山車といえば、大獅子だけでなく「獅子丸」というのもある。こちらの山車は午前中の山車行列で登場した。赤と青の獅子がいて太鼓の音ともに進んでいく。和やかな表情の大獅子とは対照的で、周囲を睨むような表情が印象的だ。

このように、獅子は様々な形態をとりながら、山車として巡行するのだ。

獅子舞には疫病退散の願いを込めて

大獅子が大火からの復興の象徴だったのに対して、酒田市の各町で受け継がれている伝統的な獅子舞は、どちらかといえば疫病退散の意味合いが強い。

酒田民俗学会(平成9年)によれば、酒田市内に獅子舞は45件伝承されており、獅子舞の奉納が始まった時期としては江戸時代が22件、明治時代が20件、大正時代が3件ということで、江戸時代と明治時代が圧倒的に多い。このうち、明治時代の20件はコレラウイルスの悪疫を退治するために始まったともいわれている。

なぜ酒田がコレラウイルスに対して敏感であったかといえば、当時は陸上交通は未発達だったが、酒田は日本屈指の港町として人と物資の交流が盛んだったからのようだ。一度疫病が広まれば、すぐに拡散されるような環境だったというわけだ。

コレラウイルスという疫病が獅子舞の始まりになったというのは興味深い。現在、新型コロナウイルスが流行する中で、密になるからということで獅子舞は休止して廃れるばかりである。しかし、昔は逆に獅子舞をやることが疫病の退散に繋がると考えられていたわけだ。

酒田の獅子舞のひとつ「亀ケ崎獅子舞」

5月20日の酒田まつりでは、お昼にメインステージで開催された式台の儀において、亀ケ崎獅子舞の演舞が行われた。この様子を酒田市の祭り関係者や大勢の観客が見守っていた。首をくるっと回す仕草や大きな音を立てて歯打ちをする姿が印象的だった。

渡御行列で見られた獅子

13時から行われた渡御行列では、猿田彦やお神輿が登場する中で、猿田彦の後方に獅子が2頭運ばれているのを見かけた。
これは普段、舞いに使われる獅子だろう。ただし行道獅子という神輿に先立ち舞わないで道の厄を払う獅子が全国に存在するように、獅子は持っているだけでもその厄払いの効力を発揮するという考え方もある。

このように酒田市には山車の形態をとった大獅子だけでなく、各町各神社ごとに受け継がれる獅子舞も存在するというわけだ。

提灯コンテストは獅子舞だらけ

メインステージ付近にある中町では、「酒田ちょうちんコンテスト」なるものが開かれていた。酒田まつりの期間中のみ、展示が行われたようである。

この催しは酒田青年会議所が主催したもので、2年間コロナ禍で酒田まつりが開催できていなかったこともあり、子供たちが祭りに参加する機会を作ろうと行われた取り組みだ。酒田市在住の小学生向けに「こんな酒田まつりにしたい!」というテーマでちょうちん作りの公募が行われた。

つまり、ちょうちんには小学生たちのまつりに対する願いや関心が現れているのだ。

ちょうちんの絵をざっと眺めてみたところ、ひときわ多く見られたデザインが「獅子」だった。獅子の顔の描き方がかなりバラエティに富んでおり、眺めていて楽しかった。大獅子の「獅子パックン」により子供が獅子の口に入って噛まれているような絵もあった。

前回の開催は3年前だから、それ以前にどこかで獅子パックンを体験した子どもが描いたのかもしれない。酒田まつりの印象的な場面として、獅子がきちんと記憶に残っているようだ。

酒田において獅子は単なる賑やかしの役ではなく、純粋に子供たちをはじめとする次世代の心に住む重要な存在であることを、改めて確信することができた。

大火や病疫など、困難を乗り越える力

酒田の獅子は災害や疫病など、地域の人々にとって大きな困難に直面した時の心の支えになってきた背景がある。厄を払ってくれる存在としての獅子が、その本来の意味を全うしているようにも思えた。
さらに、酒田の獅子はその意味を超えてお祭りを盛り上げ、大人にも子供にも親しまれている側面もある。酒田市は改めて獅子舞が住む町であるということを強く実感した滞在だった。

酒田の獅子たちは普段、酒田の町の各所で展示されている。その様子について書いた記事は下記から見られるので、ぜひ参考にしてほしい。

参考文献
酒田民俗学会『酒田民俗4号』(平成9年11月)
五十嵐文蔵『庄内地方の祭と芸能』(平成10年3月)

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この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
獅子舞マニアです。ライターやカメラマンをしています。趣味は、獅子舞の鼻を撮影することです。その他クレイジーな祭りにも潜入します。

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