即位礼正殿の儀
※2020年は新型コロナウイルス蔓延の影響で開催自粛となりました。2021年には無事に開催されることを願いつつ、コロナウイルスの終息のために感染予防を心がけましょう。(2020年10月13日 編集部)
令和元年10月22日(火)、天皇陛下が御即位を宣言される「即位礼正殿の儀」に合わせ、愛媛県新居浜市でも祝賀行事が開催されます。
会場となる市民文化センターでは、奉祝記念式典のパブリックビューイングや大物産展、そして新居浜市民の祝い・慶びの象徴である「太鼓台」が出場し、街全体で新天皇陛下の御即位が祝われる予定です。
この行事を行うに当たり、新居浜市では「楠木正成(くすのきまさしげ)」公と、楠木家にゆかりのある「新田町」および「新田太鼓台」にスポットが当てられています。
この度、新田地区の歴史、楠木家と新田地区の繋がりについて、秋祭り準備中の新田自治会の皆さんにお話を伺うことができました!
(この記事は2019年に公開されたものを再編集しています。2020年10月13日 編集部更新)
新田太鼓台について
現在の新田太鼓台は昭和60年に新調されたもので、その特徴は代々引き継がれてきた高欄幕正面の図柄「飛龍」と、上幕に縫い取られた楠木正成です。
新田地区はその昔、名前の通り田園地帯が広がる地域で、水に恩恵を受けると同時に水災に悩まされた町だったとのこと。
そこで太鼓台の飾り幕に水を司る神である飛龍を配し、水の力を抑えようとしたのでは?と言われています。
新居浜市には同様の理由で飾り幕に飛龍を取り入れている太鼓台が他にもありますが、口の開閉や翼・顔の向きがそれぞれ異なります。
かつて新田太鼓台の飛龍は下がった大きな翼が特徴でしたが、現在の飾り幕は縫師の考えによりほぼ平行になっています。
次の新調時は往年の翼の形状に戻す構想だそうです。
楠木正成は新田地区とゆかりの深いことから飾り幕に取り入れられています。
また新田自治会・新田太鼓台の御紋として使われている「菊水紋」も楠木正成に由来したものです。
さらに、新田太鼓台は現在新居浜市屈指のかき太鼓としても知られ、豪快な放り投げや自部落まで太鼓台にタイヤを付けずに帰る「帰路がき」は新居浜太鼓祭りファンの語り草となっています。
楠木正成について
楠木正成は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて活躍した武将です。
建武の乱以降、南朝に仕えた楠木正成は新田義貞・北畠顕家とともに南朝側の一翼を担いましたが、湊川の戦いで討ち死にし、皆さんがご存知の通り戦いは北朝が勝利を収めます。
しかしその忠義や才覚は南北朝時代から現在まで変わることなく評価され続け、明治時代には皇居外苑に銅像が建立されました。
ちなみにこの銅像は、別子銅山(新居浜)開坑200年記念事業として、住友家が献納したものです。
楠木家と新田地区
楠木正成の子孫である楠木正国(くすのきまさくに)は「塩崎」と称して現在の愛媛県西条市に移り住みます。
そして時代は流れ、その子孫である塩崎利右衛門(しおざきりえもん)が現在の愛媛県新居浜市に移り住み、新田地区を開拓したと伝えられています。
現在住友化学や住友重機械工業などの工場がある新田地区のお隣「惣開地区」も、塩崎一族が総出で開墾したことからその名前が付けられました。
住友と新田地区
愛媛県新居浜市は、江戸時代の別子銅山開抗を皮切りに住友グループ企業と共に発展を遂げた街です。
現在も機械・化学・非鉄金属などの産業が盛んで、市内西部の海岸線の大半を工業地帯が占めています。
惣開地区の住友化学新居浜工場は、銅の精錬の際に発生する有害な亜硫酸ガスを肥料として利用するためにできた化学工場が始まりで、新田地区は工場で働く人で溢れ、街道には商店や飲食店、住友の名を冠した銀行や病院が立ち並んでいました。
即位礼正殿の儀新居浜祝賀行事概要 ※2020年開催中止※
開催日 | 令和元年10月22日(火・祝) |
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開催時間 | 10:00〜16:00 |
開催場所 | 市民文化センター・中央公園(愛媛県新居浜市) |
太鼓台運行 | 14:00〜16:00 |
最後に
10月22日は国民みんなで新天皇陛下の御即位をお祝いしましょう!
また、祝賀行事では新田太鼓台に是非ご注目下さい。
新居浜太鼓祭りについてもっと詳しく知りたい方は下記リンクをチェック!
取材にご協力いただいた新田自治会の皆様、ありがとうございました!