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【土浦桜まつり】旧水戸街道沿いの城下町、宿場町を彩る亀城公園の桜

水戸街道沿いで城下町、宿場町として発展を遂げた土浦

茨城県の南部で霞ヶ浦の西に接する土浦市は江戸時代に、水戸街道沿いに9万5千石の土浦藩の城下町、宿場町として発展を遂げました。市の中心部にあった土浦城址は亀城公園となっています。園内には数多くの桜が植栽され、例年3月中旬から4月上旬にかけて初春の彩りをつけます。2020年には3月21日~4月5日に「土浦桜まつり」が開催されましたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため4月5日に予定されていたイベントは全て中止となりました。

霞ヶ浦の土浦港

亀城公園

JR土浦駅の「土浦桜まつり」の案内

JR土浦駅の観光案内所

2020年の「土浦桜まつり」のチラシ

2020年の「土浦桜まつり」のチラシ

2020年の「土浦桜まつり」のイベント中止の掲示

水に浮かぶ亀のように見えるため亀城と呼ばれる土浦城

土浦城は城塁が水に浮かぶ亀のように見えたことから亀城と呼ばれるようになりました。室町時代の後期に創建されたと伝わり、本丸と二の丸の跡の一部が亀城公園として整備されています。

亀城本丸跡

亀城二の丸跡

霞橋から眺める亀城の濠

霞門から眺める亀城の濠

西櫓から眺める亀城の濠

西櫓の下に水を湛える亀城の濠

二の丸跡を囲む亀城の濠

亀城公園の玄関となるのは亀城通りから濠を越える霞橋です。小さな石造りのアーチ橋を渡り、霞門を潜れば土浦城の本丸跡となります。

亀城公園の案内図

亀城公園の玄関となる霞橋

亀城公園の玄関となる霞橋

亀城公園の玄関となる霞橋

亀城公園の玄関となる霞橋

土浦城の本丸跡前の霞門

土浦城の本丸跡の東西に再建された2つの櫓

本丸跡に天守閣などの大きな建造物は残されていませんが、東西に2つの櫓が再建されています。

霞橋から眺める亀城の東櫓と霞門

霞橋から眺める亀城の東櫓と霞門

亀城の東櫓

亀城の東櫓

本丸土塀から眺める亀城の東櫓

二の丸跡から眺める亀城の東櫓

亀城の西櫓

亀城の西櫓

公園として整備が行き届く二の丸跡

本丸跡と二の丸跡を結ぶ門が、1656年の改築と伝えられる櫓門です。本丸の櫓門が現存するのは極めて珍しく、関東地方で残るのは亀城のみです。

亀城の東櫓から眺める櫓門

本丸跡から眺める亀城の櫓門

二の丸跡から眺める亀城の櫓門

二の丸跡には歴史的な建造物は残されていませんが、公園として整備が行き届き、巨木のシイや、和風庭園、聖徳太子堂の他、ひょうたん池の辺で2匹のサルが飼育されています。

亀城の二の丸跡

亀城の二の丸跡に育つ巨木のシイ

亀城の二の丸跡の和風庭園

亀城の二の丸跡の聖徳太子堂

亀城の二の丸跡で飼育される2匹のサル

土浦の歴史や文化に触れる博物館、まちかど蔵

亀城の二の丸跡に接する土浦市立博物館では、土浦の歴史や文化が紹介されています。江戸時代に10代を越えて土浦城主を務めた土屋家に伝わる刀剣や茶道具の展示が充実しています。

土浦市立博物館

土浦市立博物館のエントランスホール

土浦市立博物館の刀剣の展示

また亀城公園の南約200メートルの旧水戸街道の中城通り沿いには、歴史的な建造物が数多く残り、土浦まちかど蔵と呼ばれています。土浦では武家屋敷に隣接するエリアに宿場町が作られ、商家の大きな蔵がひしめき合ったのです。大徳は1753年に大国屋徳兵衛が創業した呉服商、その向かいの野村は江戸時代から続く砂糖問屋です。

旧水戸街道の中城通り

土浦まちかど蔵の大徳

土浦まちかど蔵の野村

茨城県の南部の土浦市は江戸時代に、水戸街道沿いに城下町、宿場町として発展を遂げました。土浦城は城塁が水に浮かぶ亀のように見えたことから亀城と呼ばれ、現在は亀城公園として整備されています。園内には数多くの桜が育ち、例年3月中旬から4月上旬にかけて薄紅色の花を咲かせます。亀城公園に隣接する土浦市立博物館や旧水戸街道の中城通りでは、土浦の歴史や文化に触れることができます。

written by
obaq

obaq

2010年より旅行系のフリーライターとして各種メディアで記事の執筆を行っております。「おまつり」には各々の地域の歴史や伝統、文化が凝縮しています。関東地方で開催されている「おまつり」を中心に、その魅力を紹介して参ります。
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