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【牛深ハイヤ祭り】踊り好きが最後にたどり着く聖地!ここは民謡の最源流

【牛深ハイヤ祭り】踊り好きが最後にたどり着く聖地!ここは民謡の最源流

《牛深ハイヤ節》という民謡をご存知だろうか?その名を聞いたことがない方でも、『阿波おどり』や『佐渡おけさ』の名前は知っていることだろう。

日本を代表するこの2つの有名な踊りの唄は『ハイヤ系民謡』と呼ばれ、同様の民謡が北は北海道から南は鹿児島まで、日本各地に点在している。

この『ハイヤ系民謡』の源流こそ、熊本県天草市発祥の《牛深(うしぶか)ハイヤ節》であり、この魅力を存分に味わえるのが、毎年4月の第3金曜日から日曜日の三日間開催される【牛深ハイヤ祭り】なのだ。

かつて船乗りたちを魅了し、港から港へと伝わったハイヤ節とは?

そして【牛深ハイヤ祭り】とはどんな祭りなのだろうか?

『阿波おどり』や『佐渡おけさ』のルーツ!日本各地に伝わる『ハイヤ系民謡』の原点、熊本・天草市の《牛深ハイヤ節》

牛深ハイヤ節【牛深ハイヤ祭り】初日に行われるステージ『輝けハイヤの競演』での、天草市役所牛深ハイヤチームと牛深高校郷土芸能部の競演より

熊本の天草といえば、すぐに『隠れキリシタン』という言葉が思い浮かぶように、陸路でのアプローチは決して容易とは言えないロケーションだ。

遠見山公園より眺める牛深全景遠見山公園より眺める牛深全景

大小120もの島々で構成され、半島とも島とも判断のつかないような入り組んだ地形が多いものの、この自然こそ、昔から豊かな水産資源を保証している。

イタリアの建築家レンゾ・ピアノ氏の設計による牛深ハイヤ大橋イタリアの建築家レンゾ・ピアノ氏の設計による牛深ハイヤ大橋

中でも牛深はカツオ漁をはじめとする海の幸に恵まれるほか、鹿児島と長崎、大阪を結ぶ海路の拠点として栄えてきた。
そしてこの町で江戸末期に誕生したといわれるのが《牛深ハイヤ節》だ。

地元の新鮮な海産物と出会える朝市の風景地元の新鮮な海産物と出会える朝市の風景

『ハイヤ』とは、『南風』を意味する『ハエの風』が語源であり、当時帆船の船乗りにとって、北上するためにはこの『ハエの風』が必要だった。

写真撮影の人気スポット、牛深ハイヤの像写真撮影の人気スポット、牛深ハイヤの像

また、三方を海に、残る一方を山に囲まれた牛深は時化(シケ)が多く、漁に出られない日や、風待ちの日も多い。
大漁の日には大漁祝い、時化の日には験直しの宴会が行われ、牛深に三味線の鳴らない日はなかったといわれている。

こうした宴席で欠かせないのが《牛深ハイヤ節》で、牛深の女性たちが船乗りたちを虜にしたといわれている。

『鍋釜売っても酒盛りゃしてこい』船乗りたちを魅了したハイヤの魅力

【牛深ハイヤ祭り】『お祭り広場』での牛深ハイヤ保存会によるステージ【牛深ハイヤ祭り】『お祭り広場』での牛深ハイヤ保存会によるステージ

《牛深ハイヤ節》は、奄美地方の六調の影響を受けた早いテンポと、情熱的なリズム、そして『サッサヨイヨイ』『ヨイサー、ヨイサー』といった独特の掛け声や節回しによる唄が特徴で、これは江戸から昭和初期にかけ、当時の日本民謡ではまず見られないものだった。
歌詞は熊本を中心に歌われていた『二上がり甚句』という、七七七五調の甚句が基本だ。

かつての栄華を感じる遊郭・旧三浦屋跡。現在は一般の住宅として利用されているかつての栄華を感じる遊郭・旧三浦屋跡。現在は一般の住宅として利用されている

『牛深三度行きゃ三度裸 鍋釜売っても酒盛りゃしてこい』
という歌詞にも見られるように、船乗りたちは牛深に立ち寄るとたちまちハイヤ節の魅力となり、港から港へと口承で伝えた。

加世浦地区の『せどわ住宅』。『瀬戸(裏口)』が語源とされ、漁の機会を逃さず、船頭の合図があると数分で船に集まれるよう、同じ船に乗る漁師たちは集まって住んでいた加世浦地区の『せどわ住宅』。『瀬戸(裏口)』が語源とされ、漁の機会を逃さず、船頭の合図があると数分で船に集まれるよう、同じ船に乗る漁師たちは集まって住んでいた

牛深から長崎、瀬戸内海経由で大阪、日本海へ出て新潟、そして北海道や太平洋側…と、北前船の寄港地に伝わったハイヤ節は、さらにテンポがアップした《鹿児島ハンヤ節》や《阿波おどり》、ゆっくりとなって哀感を漂わせる《佐渡おけさ》など、その土地ごとに様々な特徴やアレンジが生まれた。

『新銀取り坂』。江戸時代流通をはじめた銀貨は新銀と呼ばれ、新銀目当ての遊女たちがこの坂を上り下りしては、船乗りを迎え、見送ったという『新銀取り坂』。江戸時代流通をはじめた銀貨は新銀と呼ばれ、新銀目当ての遊女たちがこの坂を上り下りしては、船乗りを迎え、見送ったという

ハイヤ節、ハンヤ節、アイヤ節、おけさ節などの名がつくものは皆『ハイヤ系民謡』と呼ばれ、今ではその数40以上に及ぶ。

牛深の港町がハイヤ一色に染まる【牛深ハイヤ祭り】

【牛深ハイヤ祭り】では町の至るところに大漁旗が掲げられハイヤ一色に染まる【牛深ハイヤ祭り】では町の至るところに大漁旗が掲げられハイヤ一色に染まる

《牛深ハイヤ節》は踊りも特徴的で、重心を低くとった中腰での姿勢に、網投げ・櫓漕ぎ・帆上げなど、海や船での所作を加え、牛深では伝統芸能として発展していった。

揃いの半纏で『ハイヤ総踊り』に参加する連の面々揃いの半纏で『ハイヤ総踊り』に参加する連の面々

【牛深ハイヤ祭り】はこのハイヤの魅力を存分に楽しめる祭りとして、昭和23年(1948年)に誕生した【みなと祭り】を母体に、昭和47年(1972年)に誕生。毎年3,000人以上もの参加者が町中を踊りながら練り歩く『ハイヤ総踊り』は、ハイヤのダイナミックな踊りを存分に堪能することができる。

子どもたちに人気のゆるキャラステージ子どもたちに人気のゆるキャラステージ

毎年祭り初日の金曜日行われる、各団体による舞台披露『輝けハイヤの競演』や、日曜日の朝行われる『漁船団パレード』といったイベントも見逃せない。

『漁船団パレード』では、華やかな大漁旗をたなびかせた漁船から紅白の餅まきも行われる『漁船団パレード』では、華やかな大漁旗をたなびかせた漁船から紅白の餅まきも行われる

【牛深ハイヤ祭り】は、各地の盆踊りや踊りイベントに先駆けて行われるものの、4月でありながら初夏の日差しが眩しく、ひと足早い夏気分も味わうことができるのだ。

誰もがハイヤの魅力を楽しめる『飛び入り丸』で祭りに参加しよう!

『ハイヤ総踊り』の『飛び入り丸』には一般の参加も可能だ『ハイヤ総踊り』の『飛び入り丸』には一般の参加も可能だ

『ハイヤ総踊り』では基本的に連での参加となるものの、一般参加も可能な枠として『飛び入り丸』という連が用意されている。

『ハイヤ総踊り』直前の『飛び入り丸』『ハイヤ総踊り』直前の『飛び入り丸』

土曜日の夕方と日曜日の昼に30分ほどの『ハイヤ踊り講習会』が行われ、受講後手ぬぐいが配布され、『飛び入り丸』への参加が認められる。

『ハイヤ踊り講習会』の後、『飛び入り丸』への参加目印として配布される手ぬぐい。旅の思い出にも残ることだろう『ハイヤ踊り講習会』の後、『飛び入り丸』への参加目印として配布される手ぬぐい。旅の思い出にも残ることだろう

踊りは『道中踊り』という最も基本的なハイヤの踊りではあるが、低い姿勢に加え動きが大きく、かなり踊り甲斐がある。

地方(じかた)による演奏。踊らずにいられない雰囲気は江戸から令和に移っても健在だ地方(じかた)による演奏。踊らずにいられない雰囲気は江戸から令和に移っても健在だ

また、途中審査員席の前を通り、これは!という踊りの方には『ハイヤ名人賞』という賞が授与される。

『ハイヤ総踊り』では町中を練り歩くことで、多くの観客とも触れ合うことが何よりの思い出となる『ハイヤ総踊り』では町中を練り歩くことで、多くの観客とも触れ合うことが何よりの思い出となる

【牛深ハイヤ祭り】に来たならば、迷うことなくこの『飛び入り丸』に参加すべし!

現地でしか味わえない昔ながらのハイヤ『座ハイヤ』

まさに昔の宴席を思わせる『座ハイヤ』。ハイヤ節はこの町から広まったが、外から入ってきたものとして茨城・大洗起源の《磯節》が歌い継がれ、《牛深磯節》《加世浦磯節》として親しまれているまさに昔の宴席を思わせる『座ハイヤ』。ハイヤ節はこの町から広まったが、外から入ってきたものとして茨城・大洗起源の《磯節》が歌い継がれ、《牛深磯節》《加世浦磯節》として親しまれている

ボクが個人的に【牛深ハイヤ祭り】で最も心惹かれるのは、土曜日の総踊り後に行われる『座ハイヤ』というイベントだ。

路上にゴザを敷き、鏡開きをした日本酒の振る舞いを受けながら参加する『座ハイヤ』は、《牛深ハイヤ節》誕生の頃を思わせる、昔ながらのハイヤ節を楽しむことができる。

『座ハイヤ』の前に行われる日本酒菰樽(こもだる)の鏡開き。筆者も参加させていただく『座ハイヤ』の前に行われる日本酒菰樽(こもだる)の鏡開き。筆者も参加させていただく

牛深ハイヤ保存会のメンバーを中心とした数人の方が場を盛り上げ、踊りながら観客の首に手ぬぐいをかける。手ぬぐいをかけられた者は踊らなければいけないというルールで、ここでの振り付けに決まりはなく、皆思い思いに踊ることになる。

『座ハイヤ』での《牛深磯節》。2018年4月21日撮影

この場での羞恥心は無用。即興で踊れないと楽しめない訳だが、やがて皆が踊る、大宴会状態となる。
これこそハイヤの原点である『元ハイヤ』なのだ。

『座ハイヤ』での《牛深ハイヤ節》。2018年4月21日撮影

牛深の人たちが誇りに思う《牛深ハイヤ節》の歌い終わりには、
『ハイヤハンヤはどこでもやるが 牛深ハイヤは元ハイヤ』
という一節がある。
まさに牛深という土地が生んだ、ハイヤへの熱い思いが感じられる。

【牛深ハイヤ祭り】だけでしか味わえないこの『座ハイヤ』で、悠久の時を感じつつ、存分にハイヤの魅力を堪能されたし!

絶品魚料理も極上の柑橘類も、そして『潜伏キリシタン関連遺産』も!旅する魅力いっぱいの秘境、熊本・天草

豊かな海の幸を象徴する、天草漁業協同組合牛深総合支所のポスター豊かな海の幸を象徴する、天草漁業協同組合牛深総合支所のポスター

海の幸に恵まれた牛深では、どこで食べてもとにかく魚で新鮮で絶品だ。

魚の種類も多く、まずは刺身で楽しみたいが、ボクが個人的にはオススメなのはきんなご(キビナゴ)で、ぜひ現地で堪能して欲しい。

牛深でいただく刺身はまさに絶品!この町で魚を口にすると、他の魚が食べられなくなるほど!牛深でいただく刺身はまさに絶品!この町で魚を口にすると、他の魚が食べられなくなるほど!

また、気候に恵まれた天草一体は、ポンカンやデコポンをはじめとする柑橘類の栽培も盛んで、4月には季節最後の柑橘を意味する『晩柑(バンカン)』が美味しい季節となる。

『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』に選定された﨑津集落。鄙びた雰囲気に時の進みが止まる『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』に選定された﨑津集落。鄙びた雰囲気に時の進みが止まる

牛深を含む天草地方へのアクセスは様々な方法があり、福岡・熊本・大阪の各空港から天草エアラインの飛行機で天草空港入りする手段、熊本や鹿児島から車を利用する方法などがある。

色鮮やかなヒオウギガイの貝殻が飾られた軒先色鮮やかなヒオウギガイの貝殻が飾られた軒先

個人的には毎回鹿児島空港からレンタカーを利用するのだが、途中蔵之元港から牛深港までは30分ほどのフェリーに乗船する必要がある。

鹿児島から蔵之元港への途中は、風光明媚なルートでドライブも快適だ鹿児島から蔵之元港への途中は、風光明媚なルートでドライブも快適だ

このルートは風光明媚で穏やか道路でドライブを楽しみ、最後は潮風を浴びながらの船旅という、まさに旅行気分を存分に味わうことができる。

禁教下でも潜伏キリシタンとして信仰を守り続けた﨑津地区。昭和9年(1934年)に再建され、『海の天主堂』と呼ばれる、カトリック﨑津教会禁教下でも潜伏キリシタンとして信仰を守り続けた﨑津地区。昭和9年(1934年)に再建され、『海の天主堂』と呼ばれる、カトリック﨑津教会

2018年7月には、『天草の﨑津集落』が『長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産』として、長崎県と熊本県に渡る12の構成資産からなる、UNESCOの世界文化遺産に登録された。

キリスト教解禁後、天草で最も早く建築された教会である、カトリック大江教会キリスト教解禁後、天草で最も早く建築された教会である、カトリック大江教会

【牛深ハイヤ祭り】を堪能する際にはぜひ足を延ばし、近隣の歴史的遺産にも触れてみよう。

エキゾチックな雰囲気に、時や場所を忘れそうになるが、ここも熊本県の一部だと思い起こさせてくれる風景エキゾチックな雰囲気に、時や場所を忘れそうになるが、ここも熊本県の一部だと思い起こさせてくれる風景

ただしアクセスには時間に余裕を持つことと、できれば車を利用することが望ましい。
その暁には、まさに秘境というべき楽園で繰り広げられる踊りも、絶品のグルメも、そして歴史的文化に触れられることも約束しよう。

この土地では誰もが悠久の時へと想いを馳せる。まさに秘境と呼べる楽園だこの土地では誰もが悠久の時へと想いを馳せる。まさに秘境と呼べる楽園だ

いざ、踊りの聖地へ!

盆ボヤージュ!

インフォメーション

名称 第49回牛深ハイヤ祭り【2020年開催延期・一部行事は中止】
開催場所 熊本県天草市牛深町
熊本県天草市 牛深ハイヤ大橋横芝生広場、牛深町商店街、牛深総合センター ほか
開催日 2020年4月17日(金)~2020年4月19日(日)
イベントにより異なる、詳細は要問合せ
主催 牛深ハイヤ祭り実行委員会
アクセス JR熊本駅から産交バス天草(本渡)・下田温泉行きで2時間20分、本渡バスセンターで産交バス牛深市民病院行きに乗り換えて1時間27分、牛深港下車すぐ
関連サイト http://www.ushibuka-haiya.com/
https://www.mapple.net/spot/43000614/
written by
大ちゃん/佐藤智彦

大ちゃん/佐藤智彦

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