石川県加賀市山中温泉には、日本三大民謡の1つ「正調 山中節」が伝わっている。芸妓(げいぎ)さんの優雅な舞いは息をのむほどに美しい。
私がなぜ山中節に注目したかというと、女性が踊る獅子が登場する「山中祭 獅子踊り」に興味を持ったからだ。日本全国の獅子舞やしし踊りを取材しているが、女性が踊る獅子は今まで見たことがない。多くの場合は、男性が演者を務める。
この獅子踊りの由来を知りたいと思い、山中温泉にある「山中座」という施設を訪れた。この記事では、実際に山中節を見て感じた魅力を含めてお届けしたい。
山中温泉の山中座に到着!
山中温泉は石川県の南部に位置する、山や川の景観が美しい温泉地だ。交通アクセスはJR加賀温泉駅からタクシーやバスが出ている。ただ、タクシーだと約20分程度と距離があり、公共交通機関よりも車を利用するのが良いだろう。山中温泉には無料駐車場もある。
山中温泉の中心に位置する菊の湯(女湯)に併設する形で建てられているのが「山中座」という施設だ。広々とした内観に、大きな松の木が描かれた舞台。これからどのような舞いが見られるのかとても楽しみだ。
優雅な山中節を堪能!演目の流れ
山中座では毎週土日祝日の15:30~16:10の日程で、「山中節 四季の舞」の上演がある。ここではお金持ちの旦那衆が旅館に芸妓を呼んで演じられてきた山中節を、700円というお得な価格で毎週見ることができる。
40分の時間の中で、最初の10分弱は山中温泉の様々な見所を紹介する映像が流れた。「どんな場所に行こうかな」「ここ行ったことある」と様々な思いを巡らしながら、楽しむことができた。
さて、映像の後はいよいよ演舞の時間である。まず初めに行われたのが「長唄 岸の柳」という演目。傘を持った女性が三味線や唄に合わせて舞う姿は、手の先まで動きが洗練されていてとても見応えがあった。
「長唄 岸の柳」に続いて、様々な演目が披露された。今回、上演された演目の名前は以下の通りである。どれも振り付けや唄が異なり、見飽きることなく楽しむことができた。最後のこいこい音頭では、観客も皆手拍子をする姿が見られ、会場が一体となって盛り上がった。
①長唄 岸の柳
②正調 山中節
③小唄 つりしのぶ
④小唄 さつまさ
⑤山中祭 獅子踊り
⑥こいこい音頭
女性が獅子に変化!独自の獅子踊り
後半に差し掛かったところで、獅子踊りの演目も披露された。流れとしては、最初に2人の女性が登場して踊ることに始まり、それが後に一匹の獅子に変化して様々な姿を演じる。その中には、眠る獅子、怒る獅子、戯れる獅子などが含まれ、個人的には眠ってしまいそうで、うとうとする獅子の姿がとても可愛らしかった。
獅子踊りの由来とは?
もともと獅子踊りの由来は様々である。例えば昔、湯座屋で働く「浴衣(ゆかた)ベ」が芸妓に上がれた歳が16歳だったので、4×4=16を獅子とかけたという話がある。また、浴衣ベがお客さんの浴衣を頭の上に乗せて佇む姿や、芸妓が夕方から日本髪で歩く姿が獅子に見えたからとも言われている。恋人に会って朝帰って行くときに恥ずかしさから風呂敷をかぶって歩いていった姿という話もある。
山中節の始まりとは?
それでは、なぜ山中節が始まったのかについても、ここで触れておこう。元禄年間(1688~1704年)にはすでに山中節の原型が出来上がっていたようだ。日本海を往来した北前船の船頭さんが、習い覚えた北海道の松前追分や江差追分をお湯に浸かって口ずさみ、それを聞いた浴衣べが山中なまりで真似たのが『山中節』の始まりとも言われている。
一方で、もともとはこの土地で唄われた甚句が元になったという説もある。追分や色々な俗謡、民謡が複雑に重なり合い、今ある山中節の原型が出来上がったと言えるだろう。(参考文献:山中温泉ゆけむり俱楽部・山中節の四季編集委員会『山中節の四季』令和2年, ゆけむり書房)
芸妓の松風千鶴子さんインタビュー
今回、「長唄 岸の柳」や「小唄 つりしのぶ」などで唄を担当されていた芸妓の松風千鶴子さんにインタビューをさせていただき、以下のような内容のお話を伺うこともできた。
山中節は民謡の中でも素朴で情緒的であることが特徴で、春夏秋冬の四季折々を表現しています。山中座は20年前から始まりました。現在は高齢化が進み最年少の演者は50歳代ですが、昔は置屋が担い手の育成を行い18歳から芸妓になることができました。私は福井の金津で教わった後、可奈津家として独立し、芸妓を続けて今に至ります。昔から山中節は森光子さんや石原裕次郎さんなど著名なファンもいます。山中節の魅力をもっと次の世代に伝えていきたいです。
昔はお座敷で高いお金を払わないと見られない世界だったが、山中座ができてからその敷居が低くなったようだ。一方で近年は担い手不足という課題に直面しており、今後さらに山中節を身近に感じ、魅力的だと思える人が増えてくれたらと感じた。
山中節の素晴らしさを次世代へ伝えたい
私自身は20代で、民謡が盛んだった時代を経験していない。当然、今まで民謡を聞く機会はあまりなかった。YouTubeの動画で山中節を聞いたことはあったが、ゆったりとした曲調は、演歌のようにも思え、どこか古い時代のものという印象を持つこともあった。
しかし、実際に山中節の公演を拝見していて、その印象はガラリと変わった。山中座のゆったりとした椅子に座って、あの空間に浸らないとわからない世界観があるように思えた。唄や三味線、踊り手の所作の1つ1つが洗練されていて美しく、山中の魅力を見事なまでに表現していると感じた。
もしかしたら、若者が素晴らしい映画や本に出会い感銘を受けるような感覚とも近いのかもしれない。今まで民謡を観る機会がなかった人でも十分楽しめる。興味を持った方はぜひ、毎週土日祝日に披露される「山中節 四季の舞」をご覧いただきたい。