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鎮守の杜を泳ぐ、子どもたちの「こいのぼり」雪ヶ谷八幡神社よりレポート

更新日:2021/5/18 カワグチマサト
鎮守の杜を泳ぐ、子どもたちの「こいのぼり」雪ヶ谷八幡神社よりレポート

さわやかな風が吹き渡る季節となりました。昨年に引き続き、今年のゴールデンウィークも新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、外出自粛となりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。朝食を買いにコンビニに行く途中、雪ヶ谷八幡神社へお参りに。ちょうど、境内には地元の子どもたちが色付けした「こいのぼり」が元気に泳いでいました。

こどもの日「奉納こいのぼりお絵かき」とは

雪ヶ谷八幡神社「奉納こいのぼりお絵かき」

毎年ゴールデンウィークの期間中、子どもたちが色をつけた「こいのぼり」が、雪ヶ谷八幡神社の境内を泳ぎます。神社で配布する用紙に色をつけ(用紙は「奉納こいのぼりお絵かき」ページよりダウンロードもできます)、4月末日までに申し込むと、神社にてラミネート加工の後、境内に掲示くれます。掲示期間はゴールデンウィーク中(4月29日~5月5日)です。掲載終了後は、返却してくれますよ(5月末まで)。

雪ヶ谷八幡神社(奉納こいのぼりお絵かき):https://yukigaya.info/koinoobori/index.htm

鎮守の杜を泳ぐ「こいのぼり」

雪谷地区の子どもたちが色をつけた、かわいいくてユニークな「こいのぼり」が、たくさんの願いをのせて境内を泳いでいます。掲示場所の指定はできないので、お子様と一緒に探すのも楽しいですね。自分やお友達が描いたこいのぼり見つかるかな?

雪ヶ谷八幡神社「奉納こいのぼりお絵かき」

雪ヶ谷八幡神社「奉納こいのぼりお絵かき」

雪ヶ谷八幡神社「奉納こいのぼりお絵かき」

雪ヶ谷八幡神社「奉納こいのぼりお絵かき」

境内の見どころ

庚申供養塔群(大田区文化財)

庚申供養塔群(大田区文化財)

雪ヶ谷村の人々によって建てられた庚申供養塔で、もともとは村内各地に建っていたが、後に現地に移された。
古い順から、天和元年(一六八一)、元禄四年(一六九一)、同十年(一六九七)、同十一年(一六九八).享保四年(一七一九)、明和七年(一七七〇)、安政四年(一八五七)の七基で、いずれも駒形といわれる形式の石塔である。
雪ヶ谷村の村民は、ほとんどが日蓮宗の檀家であるため、同宗の色彩を帯びた塔もある。また明和七年銘の塔は、新田神社への道しるべを兼ねたものである。
この地域における民族信仰を研究する上で、重要なものである。

昭和四十九年二月二日指定
(出典:大田区教育委員会)

出世石

出世石

大鵬関が、まだ納谷と呼ばれていた序二段の頃、当神社の境内で氏子の子供達に相撲の稽古をつけていた。後に、昭和34年雪ヶ谷八幡神社社殿の御造営が完成し、初めての節分祭に年男として参加以来横綱に至るまで毎年当神社節分祭に御奉仕をした。
そして異例の出世をとげ、文字通り「心」、「技」、「体」の三位一体を兼ね備え「不世出の大横綱」と称えられた。
横綱大鵬幸喜は「これは雪ヶ谷八幡神社の御加護の賜物である」と感謝し、当神社に『出世石』とかいた書を奉納した。それを、氏子の人々が石に刻み現在の『出世石』が出来た。境内では子供たちが『出世石』に刻まれた「手形」に手をあて、その大きさに驚嘆している。

(出典:雪ヶ谷八幡神社

力石

力石

御社殿左手にある「力石」。力石の起源は石占いのひとつで、かつては担ぎ上げることで豊凶を占ったようです。米俵を担ぎ上げることができて一人前といわれていた時代には、村の若者達の力くらべに使われたと伝わります。また、この石にふれることで無病息災を祈念したとも言われています。コロナ禍の現在、御利益がありそうですね。この重さは約40貫(約150kg)あります。

雪ヶ谷八幡神社へのアクセス

雪ヶ谷八幡神社

東京都大田区東雪谷2丁目25-1(東急池上線・石川台駅より徒歩2分)
雪ヶ谷八幡神社:https://yukigaya.info

この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
一通り準備を終えたお祭りの前日の夜,ラフな恰好でゆったりとした時間を過ごすのが好きです。

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