「先生、〝かみさま〟って何?」
子どもからのそんな素朴な問いに、あなたはどう答えるだろうか。
地域の祭りの担い手支援や参加型ツーリズム企画で広く知られる一般社団法人マツリズムの代表・大原学さんは、現在、“お祭りの楽しさと本質を伝える”ことに本気で取り組んでいる。全国の保育園や小学校等に出向き、“おまつり先生”として出前授業を届けるなかで、授業の工夫、子どもたちとのやりとり、地域とのつながり方、「お祭りの楽しさと本質を伝える」とはどういうことか?その意義とは?と問い続けている。――実践から見えてきた、その手応えと思いを聞いた。
取材・編集 小島雄輔(オマツリジャパン)
目次
コロナ禍がきっかけに 教室に“祭り”を届ける
写真提供:マツリズム
──マツリズムの「おまつり先生の出前授業」、大変興味深い取り組みです。始めた背景など教えていただけますか。
きっかけは、コロナ禍でした。全国の祭りが中止されて、僕自身も現地に行けない、何もできない。当時は、学校や保育の現場でも子どもたちの学びや体験が大きく制限されていた時期でした。
そんな時に、教育関係の知人から「オンラインで子どもたちにお祭りの話をしてくれないか」と声がかかって、オンラインで小学生向けに出前授業をやってみたんです。最初は割と気軽な気持ちで始めたんですけど、思いのほか好評で、「これは続ける意味がある」と確信しました。
──そこから対面の授業にも展開されたんですね。
はい。初めてリアルで行ったのは、実は娘が通っていた保育園でした。保育園の先生とお話しする中で、最近は夏が暑くて外遊びができないとか、近隣への配慮もあって、園の夏祭りが縮小され、手作りの神輿をかついで神社へ行くことができなくなったと伺ったんです。祭りの内容も、仕方なしに〝屋台ごっこ〟が中心になって、年中行事としての祭りをちゃんと子どもに伝えられていないのではないか、と悩んでおられたんですね。それなら僕が“おまつり先生”として出前授業をやりますよ、と。2023年7月のことです。
子どもたちが問いかける「なぜ?」に応える
写真提供:マツリズム
──出前授業ではどんな内容を実施しているのでしょうか?
その時は2歳児が相手だったので、文字や難しい言葉は使えず、たとえばお祭りの絵本を読み聞かせたり、全国の祭りを映像で紹介したり、実際に法被や足袋を触ってもらったり、踊りを一緒にやったりしました。保育園では、神社に散歩に行くこともあるというので、「どこかの神社に行ったことあるかな?」「お祈りしたことあるかな?」と話を広げたり。身近な神社やお寺と祭りの関係を子どもなりに感じられるようにしました。
今も授業の基本の構成は「話す・踊る・声を出す」です。
さらに、ご依頼いただく園や地域に根づく伝統文化がある場合は、それを授業に反映することもあります。たとえば、東京の目黒の幼稚園では、昔から荒馬踊り(青森県今別市の伝統芸能)をやっており、ご要望をいただき、それらをプログラムに織り交ぜました。沖縄県に所縁を持つ方が多い地域の園では、エイサー(沖縄の舞踊)を取り上げたこともあります。そうしたカスタマイズを通じて、“自分の暮らす地域に根付いた文化”を自然に感じてもらえるよう工夫しています。
写真提供:マツリズム
──子どもたちはどんな反応を見せてくれますか?
子どもたちはとても素直で、よく「〝かみさま〟ってなに?」「なんでお祭りで踊るの?」といった本質的な問いを投げかけてくれます。大人が何気なく流してしまうようなことに対して、真正面から疑問を投げかけてくれる。それが自分にとってもすごく刺激的なんですよ。
こうした問いが出てくるということは、祭りを“意味のあるもの”として理解しようとしているからですよね。ですから、出前授業でも大人向けのうんちくとは異なる視点で、体験と言葉を組み合わせた設計にしています。たとえば、神輿なら、ただ担ぐものではなく、神様をお迎えして始まる、というストーリーを伝える。そういった解像度を持ってもらうことで、子どもたちの目の輝きがガラリと変わるのを感じます。
ただ、子どもは長時間集中するのが難しいので、途中で休憩を挟んで太鼓や足袋などの祭り道具に触れてもらったりと工夫しています。それでも「伝わっているかどうか」は正直まだ確信が持てない部分もあります。だからこそ、毎回試行錯誤しながら構成を練り直しています。
──保護者や先生方の反応はいかがですか?
若い保育士さんや先生方からは、「勉強になった」「知らなかったことばかりだった」といった声が多く寄せられます。実際、年中行事を実施はしていても、その背景や意味まで知っている人は案外少ないんですよね。
ある園では、出前授業をきっかけに子どもが阿波踊りに夢中になって、家族で本場の徳島に旅行したという話もありました。そういうふうに、子どもの関心が親の行動変容を促した例もあります。これは本当にうれしい循環でした。
体験だけでは届かない “本質”に触れる工夫とは
──この活動をより広げていくためには、どんな工夫が必要ですか?
写真提供:マツリズム
お祭りを、楽しい運動やレクリエーションとして取り入れられる可能性はあると思います。実際に、音楽や踊りの要素は子どもたちの興味を引きやすいですし、「うちの園でもやってみたい」と言っていただくこともあります。
でも、それだけではもったいないと思っています。なぜその踊りをするのか、どうして法被を着るのか、地域のどんな人がそれを担ってきたのか——そうした背景に触れずに「やってみよう!」だけで終わってしまうと、祭り本来の意味が伝わらないまま終わってしまう。
だからこそ、出前授業では「触れる」「動く」「感じる」を入り口にしながら、その中で少しでも“祭りの本質”に近づいていける構成を意識しています。「神様ってなに?」という問いが出てくることで、祭りが単なるイベントではなく、祈りや感謝を起点とした営みであるということに気づいてもらえるようにしているのです。
また、今後は“実際に祭りを担っている地域の人たち”——若い担い手や保存団体のメンバーなどが、地域の子どもたちに出前授業を行うような仕組みも考えていきたいと思っています。その土地で続く祭りを、その土地の言葉で語ってくれる人がいるだけで、子どもたちの体験は何倍にも深くなるはずです。
文化の記憶は幼いうちに――未就学期に届ける理由
写真提供:マツリズム
──体験の年齢について、重要な時期はありますか?
僕は肌感覚として、未就学児、遅くとも小学校低学年までが勝負だと思っています。それ以降になると、恥ずかしさや照れが出てきて、入りにくくなる。その前に、“お祭りってなんか面白いかも”という感覚を持ってもらえるかどうか。ここが祭りへの興味が生まれるかの分水嶺かもしれないと思っています。
2023年に行ったアンケート調査(下図参照)では、「祭りはなくなってはいけないものだと思うか」という問いに対する肯定率が、未就学期に祭りを体験した人は、全体よりも約9ポイント高いのです。これは、幼少期の体験が文化的価値観の形成に大きな影響を与える可能性を示唆するデータです。
「あなたは、祭りはなくなってはいけないものだと思いますか」という質問に対し、祭り経験時期の違いで意識に顕著な差がみられた。(「祭りに対する意識調査」一般社団法人マツリズム、2023を参考に編集部で作成)
──今後の課題や展望について教えてください。
提供する側の課題ではあるのですが、二つあります。一つは「おまつり先生」を、基本的には僕一人でやっていること。リソースの問題で、数をこなすには限界があります。とはいえ、マツリズムをずっと続けてきた自分だからこそ提供できる授業だという自覚もあるので、悩ましいところではあります。理想は、全国の地域ごとに“おまつり先生”のような存在がいて、地元の祭りのことを子どもたちに伝えてくれるようになることです。それにはノウハウの共有や、カリキュラムの整備も必要だと考えています。
もう一つ、事業として継続していくためには収益面も課題です。例えば、公立の保育園では外部講師への謝金の上限が決められていたりするんですが、金額が折り合わずとも現場には「やりたい」というニーズは確実にあるので、それに応えられる仕組みをつくりたいですね。
──最後に、出前授業の依頼方法などについても教えてください。
はい、申し込みは「出前授業どっとこむ」というサイト、もしくはマツリズムのホームページからの問い合わせですることができます。基本のパッケージは、40人以内・60分以内の場合で、3万円〜(税・交通費別)で、ご依頼があれば日本全国に出向きます。オンラインでの実施も可能で、過去にはグループの保育園をリモートで繋いで全国300人規模で行ったこともあります。お申込み後は、オンラインでご依頼主のニーズを伺い、パッケージをカスタマイズして実施します。園や学校の行事、合宿、地域のお祭りと連動したプログラムも柔軟に対応できますので、気軽にご相談いただけたらと思います。
――本日はありがとうございました。
編集後記:文化をつなぐために、問いとともにある授業を
大原学さんは、祭りを通じて人や地域が変わる力に強い関心を持ち、マツリズムを通じて人材育成や若者支援、体験型プログラムの開発など、教育的要素を多く含む活動を展開して来た。この「出前授業」も、単なる知識の伝達にとどまらず、地域や文化への興味を引き出し、自己表現や他者理解を促す教育的な取り組みだ。その姿勢には、実践者であり教育者としてのまなざしも宿っている。
かつては地域や家族の中で自然と伝えられていた祭りや、その意味の継承が、社会構造の変化によって途切れつつあるといわれている。だからこそ、「どうすれば本質が伝わるのか」を考えることは、祭りの未来にとって欠かせない。
大原さんの出前授業は、その問いに対するひとつの実験であり、次の世代へと文化を手渡すための確かな試みだと思う。