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“日本一”の花火大会をサステナブルに── 「大曲の花火」に見る未来への仕組みづくり

yusuke.kojima
2025/8/25
2025/9/12
“日本一”の花火大会をサステナブルに──  「大曲の花火」に見る未来への仕組みづくり

全国各地で開催される花火大会は現在、コストの高騰や人手不足、協賛企業の減少といった課題に直面している。さらに都市部では、騒音や交通混雑への懸念から開催自体に対する風当たりも強まり、“人気なのに継続が難しい”という矛盾を抱える状況にある。

そうした中にあって、「大曲の花火」は“日本一”の呼び声高い大会として確固たる地位を築き続けている。資金調達の多様化、地域一体での合意形成、さらには国際的な展開に至るまで、時代の要請に応じた先進的な取り組みを進めてきた。持続可能への戦略と実践について、大会運営の最前線を取材した。
【取材・編集=小島雄輔(オマツリジャパン)】

 

なぜ「大曲の花火」は〝日本一〟なのか

©︎おーわ

毎年夏、秋田県大仙市の雄物川河川敷に集まる観客の数は、およそ10万人。人口7万人ほどのまちに、全国から人が押し寄せる。目的は──「全国花火競技大会」を観るためだ。

1910(明治43)年に初開催、2025年には97回を数える歴史を持つ。広く「大曲の花火」の名で親しまれているこの花火大会は、例年、夏の終わりに開催され、観客の心をつかんで離さない。

では、なぜこれほどまで人を惹きつけるのか。その理由は、大曲の花火が“日本一の花火競技大会”だからだ。

「日本の花火師の最高の栄誉である『内閣総理大臣賞』が授与される大会は、大曲と土浦の2つしかありません。そして、土浦は一部門からでも出品できるので、全国から多くの花火師が自分の得意な花火で参加できます。でも大曲では、昼花火部門、夜花火部門(10号玉芯入り割物、10号玉自由玉、創造花火)の『全てにエントリーする』というハードルがあるので、参加できる花火師は限られる。つまり、花火師としての総合的な技術力と表現力が問われるんです」と話すのは、国内外の花火文化に精通し、多数のメディアで解説・執筆を行う花火研究家の小西亨一郎さん。

昼花火の大会は大曲だけ。©︎蛭田 眞志、2019

“日本一”を決める舞台であることが、花火師たちの挑戦心に火をつけ、結果として最高峰の技術が集結する。それを目の当たりにできる場として、観客の期待と熱狂も高まっていくわけだ。

そして、この真剣勝負の臨場感を余すことなく観客に届けるための工夫も随所に凝らされている。

「競技大会だと、どうしても同じ内容の花火が続いてしまい、途中で単調に感じてしまうこともあるんですが、大曲では競技の合間に、音楽と連動した大会提供花火『ワイドスターマイン』を打ち上げるなど工夫しています。常に変化があって、6時間ずっと見ていても飽きません、と多くの皆さんに言っていただいています」と語るのは、大会を運営する大曲商工会議所の齋藤靖会頭だ。

「花火師たちが全身全霊で挑む競技花火と、観客を全力で楽しませるための演出。毎年違う、最新の技術を駆使した花火が見られる。それが大曲の一番の魅力だと、私自身も感じています」と齋藤会頭は言う。

まさに、技と演出が融合した“日本一の花火大会”。だから、大曲の花火は「一度は観ておきたい」「何度でも訪れたい」と思わせる力を持っているのだ。

10号芯入り割物。©︎蛭田 眞志、2019

「商工会議所」が担う花火大会

大曲の花火大会は、主催こそ大仙市と大曲商工会議所の連名となっているが、実際に運営の中心を担っているのは商工会議所内の「花火振興事業部」である。花火の専門部門を持つ商工会議所は全国的にも極めて珍しく、大曲独自の体制である。

この体制について、前述の小西さんは次のように語る。

「大曲の花火は、第1回目から商人が運営してきたというのが最大の特徴なんです。行政が前面に出てきたのはずっと後で、長く地域の商工業者が最前線に立って育んできた大会なのです」

すなわち、大曲の花火大会は誕生以来、民間の商人たちが先頭に立って築き上げてきた地域の誇りであり、そのDNAがいまも商工会議所に受け継がれている。幼い頃から花火大会を見て育った齋藤会頭もまた、商工会議所が花火大会を通じて果たす地域への波及効果について、次のように述べる。

「花火をやるからには、地域の商売や産業にもつなげていきたい。花火師の技術とともに、来訪者が地域を楽しみ、また来たいと思ってもらえるような地域に育てたいですね」(齋藤会頭)

これは単に催事としての成功を追い求めるのではなく、地域産業としてまちづくりの中核に据える商工会議所ならではの視点だ。花火振興事業部では、花火大会の企画・運営から広報活動、有料観覧席の設計、安全対策に至るまでをすべて管理しており、花火大会当日は、トップの齋藤会頭自ら現場の設営から掃除にまで汗をかいているそうだ。

現在、大会の運営は大仙市や警察・消防・国交省・JRなど多くの関係機関からなる実行委員会が行い、連携して来場者の安心・安全と快適な観覧環境を守っている。しかし、その中でも商工会議所が中心を担い、全体調整のリーダーシップを発揮してきた点は特筆に値する。顧客満足度を重視したプログラム設計や、地域全体の活性化を見据えた大会運営が一体的に行われている点にこそ、大曲の強みがある。商工会議所という地域経済の中核組織が文化イベントの主体となり、観光、まちづくり、花火技術の継承を統合的に担っている点は、全国でも他に類を見ない。

 

実現した「全席有料化」──価値ある観覧体験をどうつくるか

ワイドスターマイン。©︎蛭田 眞志、2019

多くの花火大会では、一部の有料観覧席を除き、伝統的に観覧無料が常識とされてきた。だが「大曲の花火」は、長年の課題に向き合い、コロナ以前から段階的に有料化を進め、ついに現在では全席有料の大会として定着している。

背景には、混雑やごみの投棄問題、そして何より安全性への配慮があった。大曲でもかつては会場後方に無料席があり、早朝からの場所取りや、退場時の混乱、トイレの使用トラブルなどが相次いでいたという。

「私が青年部だった頃は、そうした光景が当たり前でした。観覧者のマナーの問題といえばそうなんですが、でもやはり地元商店街からも不満が出るし、混雑して退場できないと有料席のお客様からクレームが来ることもありました。将来的になんとかこの問題を解決したいという強い思いを、当時から持っていたんです」と齋藤会頭は言う。

有料化への道のりは約10年に及ぶ。第90回大会(2016)ごろから本格的に全席有料化を見据えた運用が始まり、第92回大会(2017)、一部エリアに「環境整備協力金(1000円)」を徴収する取り組みを導入。その後、無料席を縮小しながら有料席を拡大し、コロナ禍を経て開催された第94回大会(2022)以降は、すべての席が有料という体制が定着した。

「いきなりすべて有料にすると反発も大きいので、少しずつ変えていきました。最初は『無料で見られないなんて!』という声も聞かれましたが、『安全・安心な大会運営のために必要だ』と誠意を持って説明してきたんです」と齋藤会頭。こうも続ける。「例えば行政が主導する花火大会だと、やはり大胆な判断は難しいかもしれませんね。けれど大曲は民間主導だからこそ、思い切った決断と実行ができたんです」(齋藤会頭)。

大曲の花火会場は、長方形の河川敷という整然とした地形で、堤防の上からも見渡しがきき、視界や動線の管理がしやすい。この“地の利”も、全席有料化の大きな後押しとなったという。

見晴らしの良い河川敷の会場も魅力。©︎おーわ、2020

全席有料となった現在の大曲では、4人掛けのテーブル席を中心に、1人用のイス席や2名用の「ペア席」、さらにステージ上に設けられた「プラチナペア席」など、多様なニーズに対応する観覧スタイルが整備されている。価格帯も多岐にわたり、2025年大会ではプラチナペア席が60,000円、デラックステーブル席(4名)が47,000円、標準的なテーブル席(4名)が34,000円、一人用のイス席が7,000円となっている。「現在は大会収益の8割以上がこの観覧席収入ですから、質に見合う価値を提供し続けることが何より大事です。例年の傾向では、高額な席から売れていきますね」と齋藤会頭。体験に見合うだけの価値があると、花火ファンからしっかり支持されているということだろう。

改革はこれだけではない。大曲商工会議所では「大会の質」と「観客の体験価値」を高める施策を着実に進めてきた。

「毎年少しずつ、『ここは改善したほうがいい』という点を見直してきました。例えば、コロナ禍をきっかけに桟敷席を廃止することになり、全席をテーブル付きの椅子席へとレイアウトを大きく変更してきました。『昔ながらの桟敷席がなくなるなんて!』という声も当然あったのですが、結果として、観覧環境が向上したとお客さまに好評です。また、桟敷席設営のために必要だった工事費も削減でき、突発的な集中豪雨への対応も楽になり、設営時間短縮にもつながりました」(齋藤会頭)。

持続可能な運営を追求し、花火大会の未来を見据えた改革が、いま着実に実を結んでいる。

 

地域に歓迎される花火大会であり続けるために

大曲駅前から花火会場へ向かう途中の「花火通り商店街」。©︎おーわ

持続可能な花火大会の実現に向けて、大曲では住民との関係性にも長年配慮を重ねてきた。前述のように、自由席を段階的に廃止し、全席有料化を進めた背景には、安全面や運営上の理由に加えて、地域住民の負担を軽減したいという思いもあったことはすでに触れた。

大変興味深いのが、大曲での「ゴミの取り扱い」に対する考え方である。一般的に、公共イベントなどでは「マナーとしてゴミは持ち帰るべき」とされてきたが、それでは主催者が管理できない場所にゴミが散乱するリスクが残る。多くの人は、イベントの帰り道、沿道のコンビニや自動販売機のゴミ箱が、空き缶や紙カップで溢れているのを見たことがあるだろう。

そこで、大曲では運営側が回収体制を整えたうえで、「ゴミは会場に置いていってください」と明確に呼びかけている。来場者の心理的負担を減らすと同時に、地域への影響を最小限にとどめる工夫でもある。

さらに、地元住民の理解と協力を得るための施策として、会場周辺の住戸に対しては、かねて「協力金」を支払ってきた。観覧席の販売においても、市民への先行販売という形で誠意を示す取り組みを行なっている。これは単なる優遇措置ではなく、「大会を一緒に支える仲間」としての関係性を築くための仕掛けであり、実際に多くの住民がこの制度を受け入れ、花火大会を温かく見守る姿勢へとつながっている。

齋藤会頭は、「住民が我慢するものではなく、一緒につくるものとして大会に向き合えるようにすることが、持続可能性の根幹です」と語る。

 

春・秋にも広がる花火の魅力──観光への視点

大曲の花火春の章2023「大曲の花火 春の章」の様子。©︎やた 香歩里、2023

全国花火競技大会――夏の大曲の花火は、日本屈指の花火ブランドとして全国的な人気を誇る。毎年10万人が訪れるその集客力は、地域にとって大きな経済的恩恵をもたらす。商工会議所の課題は、その効果をいかに年間を通じた地域活性化へとつなげていくかだと齋藤会頭は言う。

大曲商工会議所と大仙市では2016年から、春と秋にも花火イベントを開催し、観光誘客の分散と地域経済の底上げを図っている。

「夏の来場者数はおよそ10万人と申しましたが、春と秋の大会は今のところ1万人規模。ここ数年で少しずつ増えてきて、ようやく自立してきたという段階です。今後は、どうやってもっと来場者数を増やしていくか、というのを考えているところです」(齋藤会頭)。

春は「大曲の花火-春の章-」として、大曲の花火公園を主会場に花火のほかステージ企画や出店が併催され、季節のにぎわいを生み出している。一方、例年10月には「大曲の花火-秋の章-『花火芸術祭』」が開催され、その名の通り、競技会とは異なるストーリー性や演出性に富んだ構成で、観客に新たな魅力を提示している。気候の穏やかな時期であることもあり、夏よりも家族連れや年配層の参加が見込めるイベントとして認知度も上がってきた。

こうした通年型の花火活用と連動するかたちで、商工会議所が出資して建設した新たな宿泊施設「お宿Onn 大曲の花火」が2023年に着工し、2025年4月に開業予定だ。当初は、全国から集まる花火師たちのための、いわば合宿所のような簡素な宿泊施設としての構想もあったという。だが「せっかく建てるなら、最高の環境で花火師を迎えたい」との声が高まり、さらに「夏の花火大会だけでなく、通年で地域経済に貢献できる宿にすべきではないか」という議論も重ねられた。こうした考えが集約され、「お宿Onn 大曲の花火」は花火鑑賞を意識したテラス付きの客室や上質な設えを備えた施設となる。

夏の大会期間中は、花火師など大会関係者の宿泊を優先するため一般利用は制限されるものの、それ以外の時期には市内外からの観光客を受け入れる宿として注目を集めている。通年での利用を通じて、地域に新たな滞在拠点を提供し、周辺地域とも連携しながら、大曲の花火ブランドを観光資源としてさらに広げていく取り組みが進んでいる。

「花火業者が自社で行っていた試し打ちを、『お宿Onn 大曲の花火』の近くで実施してもらえるように呼びかけたりしています。宿泊しているお客様にとっては、思いがけずサプライズで花火が見られる、というような催しもできるのではないでしょうか」と齋藤会頭。花火のまちならではの新たな魅力が生まれつつある。

 

日本一のその先へ──国際的な認知度とインバウンド集客

大曲の花火春の章20232023年春の章では、カナダの花火会社と大曲の煙火店とのコラボが行われた。©︎やた 香歩里

2028年、「大曲の花火」は節目となる第100回大会を迎える。この記念すべき大会を前に、地元ではこれまでの歩みを振り返るとともに、“次の100年”をどう築いていくかが真剣に議論されている。

なかでも重要なテーマとされているのがインバウンド対応の強化である。近年、台湾や香港などからのツアー客が来訪するなど、海外からの関心も徐々に高まりつつあるが、齋藤会頭は「実際にはまだ数としてはわずか。もっと広く世界に向けて訴求できるはず」と語る。

人口減少・少子高齢化が進む日本において、花火大会の持続可能性を高めるには、国内需要だけでなく海外市場も視野に入れた戦略的展開が求められている。今後は外国向けの販売網などを強化し、大曲の花火を世界に誇れる文化観光資源として確立していく方針だ。

こうした国際展開の象徴として、大曲では第100回大会に合わせ、「国際花火シンポジウム」を誘致する構想が進行している。2016年以来となる2回目の誘致で、「日本一の花火大会」としてのブランドを世界的にも確固たるものにするための挑戦だ。

その背景には、世界の舞台での過去の雪辱を晴らしたいという思いもある。「2023年、カナダ・モントリオール国際花火協議大会に、『大曲の花火』実行委員会として出場しました。結果は残念ながら銅メダル。金を取りに行ったから悔しくて(笑)。みんなでやはりもう一度出場して金メダル取ろう!と意気込んでいます」と齋藤会頭は話す。「“世界一”の称号を手にしたうえで、100回の節目に、今度は大曲の地で世界のトップ花火師を迎える大会を開催したい。それが、次の100年への第一歩になると信じています」(齋藤会頭)。

100回大会は到達点ではない。それは、大曲の花火が次の時代へ踏み出す通過点であり、日本の花火文化全体を押し上げ、未来へと繋ぐ挑戦なのだ。

最後に、花火研究家・小西さんは、大曲の取り組みをこう評価する。

「有料席の全面導入、観光シーズンの拡張、宿泊施設の整備、国際展開──ここまで地域一体となって徹底して取り組んでいるからこそ、大曲は“日本一”の花火大会と呼ばれているんだと思います。花火大会の持続可能性を考える時、花火大会を地域全体の資産として高めていく視点を持つことが重要なんですね」。

コスト高騰や人手不足、近隣住民への配慮など、全国の花火大会が直面する事情や課題は多岐にわたる。だからこそ、大曲がそうしてきたように、「どうすれば実現できるのか」を地域が本気で考え抜くことが、花火文化を未来へと守り育てる原動力になる。

大曲商工会議所会頭の齋藤 靖さん、同花火振興事業部長の淀川真樹子さん。

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