建築や都市計画、景観設計といった視点から「祭り」を眺めると、まちの風景が少し違って見えてくるかもしれません。「都市祝祭空間研究」を提唱する東京都立大学の川原晋教授に、空間と文化の関わり、そしてその先にあるまちづくりの可能性について伺いました。近年課題となっている都心の空きビルや地域の空き家・空き地といった遊休資産も、祭りと出会うことで新たな価値を持つのではないか──そんな視点でもお話を伺っています。
取材・文/小島雄輔(オマツリジャパン)
目次
都市のなかに祝祭を再発見する──「都市祝祭空間研究」とは何か
――川原先生の「都市祝祭空間研究」とは、どのような視点で空間をとらえようとするものですか? その背景や狙いを教えてください。
川原:一言で言うと、日常の都市空間が祭りの際にどのように変化し、人々にとって特別な場となるのか──その変化を丁寧に読み解こうとする研究です。普段は通行の場として使われている道路や広場が、祭りになると意味を持つ空間になる。そのような変化を、建築や景観、都市計画の視点から観察し、言語化していこうというのが「都市祝祭空間研究」のアプローチです。
――都市空間の変化を、祭りを通じて見ようとされているのですね。
川原:はい。私はもともと建築や都市デザインを専門としており、都市空間のなかで人の振る舞いや風景が時と場合でどう変わるのか、どう魅力的に変えていけるのかに関心がありました。そのなかで、お祭りは、まさに都市空間やコミュニティの潜在的な構造や可能性を発見する重要な手がかりだと感じたのです。祭りのとき、まちがどう変わるのか。人びとはどこに集まり、どこを通り、どこを「見せ場」にしているのか──そういった空間の使われ方を読み解くことを通じて、日常においても都市空間や景観がもっとこうなったらいいな、といった感覚が浮かび上がってきます。
――たしかに、いつもと同じ道なのに、祭りの日だけまったく違う様子に感じることがあります。
川原:都市における日常と非日常の空間的な切り替えの知恵や、日常では見えづらくなっているものも含めたまちの要所とか、歴史的で実質的なコミュニティの単位や関係が可視化されるのが祭りなのです。たとえば、山車や神輿が巡行するルートにもそうした理由があり、どこで立ち止まり、どこで特別なパフォーマンスをまちの人に見せるかにも意味があります。さらに、そのパフォーマンスの舞台となる場所の背景に何が目に映るのか──シンボルとなる山があるのか、神社があるのか、それとも歴史的町並みなのか ──にも着目しています。これらは地域の人々が意識的か無意識的かは別として、長年にわたって工夫して受け継いできた空間活用の知恵なのです。
――そうした空間活用の知恵を構造化するというのが「都市祝祭空間研究」ですか?
川原:はい。研究では都市祝祭空間の構成や見方を「伝える場」「見せ場」「巡りの場」「祝祭景」という4つの要素で整理しています。まず、「見せ場」は観客にとってのハイライトとなるシーンや地点。「特徴的な都市空間」で「特徴的な山車等や人のパフォーマンス」が行われる場であり、それを観客はどこから見ているか、という自然発生的な「鑑賞空間」もセットで考えています。「巡りの場」は、山車等の「巡行」ルートのこと。しかし単なるルートだけの話ではなく、その場所を通る意味や価値を、都市の成り立ちや現在の要所やコミュニティと関係づけながら分析する見方です。「伝える場」は、祭以外のときに、祭の魅力や文化的価値を伝える場所。お祭り会館のような場もあれば、山車蔵のような保全・技術伝承の場所もあります。そして「祝祭景」は、以上のような要素をより広域的な周辺環境と結びついた景観として認識する見方です。祭りのときに顕在化する文化的景観とも言えましょう。
これらの見方で祭を体験すると、まちの空間を面白く見ることができますよ。
(図作成;川原)
――観光や都市政策といった他分野にもつながりそうですね。
川原:おっしゃる通りです。祭りというのは地域の文化行事でありながら、実は都市の使い方を学ぶ実践の場でもあると思います。とくに観光とまちづくりの領域では、「魅力的な場所で、非日常的な体験ができること」が価値になるわけですから、祭りはその典型であり、通りや広場といった日常的な都市空間を、いかに魅力的に変化させるかのモデルケースだともいえるでしょう。
――祭りとまちづくりがつながる視点ですね。
二本松の提灯祭りに見る「都市祝祭空間」の構造と演出
二本松の提灯祭り(©️尾形 雄樹,2023)
――具体的な都市・祭りを例に、詳しく解説いただけないでしょうか。
川原:それでは日本三大提灯祭りのひとつ、福島県の「二本松の提灯祭り」をご紹介しましょう。二本松市の旧城下町エリアがその祭の舞台です。ここは、私の先生の城下町研究や、先輩のまちづくりの実践の地でしたが、祭を調査したのは、地元出身の祭好きの学生の修論を私が指導したのがきっかけです。これが都市祝祭空間研究の出発点!この旧城下町エリアには随所に、見せ場があり、祭りを魅力的にする工夫、仕掛けがありました。
――なるほど。どのような調査を行ったのですか?
川原:たとえば、この祭りでは鈴なりの提灯をつけた、地元では太鼓台と呼ぶ「山車」が連なって、旧城下町エリアを巡行するのが見どころの一つになっています。調査では、太鼓台にGPSをつけてその動きを調査しようとしたのですが、もちろん神聖なものですから断られました(笑)。そこで、GPSを持った学生たちが7町のそれぞれの太鼓台にぴったり付き添って歩きました。6時間の巡行を、細かい動きまで記録、可視化できました。
――なかなか過酷な調査です(笑)。
川原:ええ、汗をかいただけあって、それぞれの太鼓台の「見せ場」がどこにあるのかが見えました。たとえば巡行ルートのある区間では、1台の太鼓台がスピードを上げて巡行し、また逆行して元の縦列に戻る動きがありました。後で気づいたのですが、スピードを上げていたのはその町の太鼓台。つまり、自分の町だからこそ、特別のパフォーマンスをしていたのです。
また、ルート上の坂道を下った後に交差点を右折する場所が、縦列の太鼓台が綺麗に見える「見せ場」になっています。ここでもいくつかの町の太鼓台は右回りに90度回ればいいところを、左回りに270度回転していたのです。特にこの交差点のある町の太鼓台は回転のしやすさを考えて軽量化されているそうです。他にも、坂道を上る時にはお囃子がテンポの速い曲になるなど、地形等に呼応する形でお囃子が何種類も変わるのも大変興味深かったですね。
――なるほど、祭りのあり方が都市構造に根ざしていると。
川原:特に、地形ですね。
――研究チームの「発見」を、地元の人たちはどう受け止めていたのでしょう?
川原:学生が地元に戻って研究成果を話したところ、都市空間との関係や観客の位置まで含めて、各所の「見せ場」を図化したことに興味を持ってもらえたようです。それが活かされたのかもしれませんが、数年後の祭りの公式冊子には、見せ場の場所が書かれていました。昔は「通」の人だけが気付いていたかもしれない二本松の提灯祭りの魅力が、広く観光客にも伝えられて良かったと思いました。
――見どころが言語化・可視化されたことで、新たな観光価値が生まれたということですね。
川原: その通りですね。この調査で、もう一つ興味深かったのは、二本松市の行政が、祭りを意識した都市空間整備を進めてきた点です。
――祭りのために公共空間を整備したということですか?
川原:はい。「ウォーカブルなまちづくり」が推進されているごく最近こそ、そういうことを目的にした公共事業ができるようになりましたが、昔は、こっそり(笑)、そうとは言わずやっていたと思います。だからすごい!
例えば、祭り初日の巡行のスタート地点である三叉路は、以前は中心に噴水池があって、車がその周りを回るロータリー型交差点でした。これは、江戸時代は、敵に一気に道を通過させないためにクランク型の道であったのを、自動車が通行しやすいように斜めに道を加えた結果です。この場所も、二本松市では2005年に噴水池や歩道橋を撤去し、歩道と車道の段差をなくして、広場のように再整備しました。これは明らかに、太鼓台巡行のスタート地点としての見せ場をよりよくするためでしょう。
出典:『[新版]図説 城下町都市』(鹿島出版会、2015) 図作成:川原
――とても興味深いですね……。
川原:まだまだあります。
二本松駅前広場は、昔は多くの駅前広場にあったようなモニュメントがありましたが、平成の再整備の際に取り除かれ、車道と歩道の段差もほぼゼロにしました。ここは巡行のゴール地点で、7つの太鼓台が横に勢ぞろいして、お囃子を競演する見せ場だったので、その見せ場がより映えて、観客も取り囲んで見やすい大きな平場を作ったのです。
さらに、高さ15mにもなる大きな太鼓台が巡行する主要な道路では、道路を横断する電線が少しずつ撤去されてきました。また、普段は車道上に突出している道路標識が、祭の時はくるっと180度回転して、歩道側に突出する仕掛けになっています。どれも、太鼓台の巡行を円滑にする仕掛けになっているんです。
巡行のフィナーレ、駅前広場で太鼓台が勢揃いする光景。(©️尾形 雄樹、2023)
――インフラが、祭りに最適化されている?
川原:ええ。〝しれっと〟祭りに最適化している(笑)。その他にも、先ほどお話しした「太鼓台が270度回る交差点」の背景になる亀谷坂は、7台の太鼓台が整列して止まる様子が縦に見渡せる「見せ場」ですが、実は、路面に太鼓台の停止位置を示すまちの紋を描いた陶板が埋め込まれています。
地域の人にとって、こういう都市整備のあり方は、都市空間に愛着や誇りを持ち続けることにつながっているはずです。
――なるほど、祭りが大切にされているまちでは、こういうことをちゃんとやっているわけですね。
川原:このあたり、私の先生の編著『[新版]図説 城下町都市』(鹿島出版会、2015)では、二本松市の城下町の構造の解説と合わせて、詳しく紹介しています。
祭りの観覧席デザイン──都市祝祭空間から考える舞台装置の役割
オマツリジャパン「青森ねぶた祭プレミアム観覧席」(2人席)からの眺め。
――「見せ場」についてもう少し教えてください。近年、各地の祭りで新しいタイプの有料観覧席が登場しています。当社でも「青森ねぶた祭プレミアム観覧席」を造成しています。それぞれに祭りや地域の魅力を伝える工夫が凝らされていると思いますが、ご研究の立場からはどうお感じになられますか。
川原:非常に意義のある取り組みだと思います。花火や祭りで桟敷席を仮設でつくる例は、まさにそういう場ですね。
都市祝祭空間研究の立場から言うと、「見せ場」には「ステージ」と「客席」の両方が必要です。さらに、ステージの「背景」もとても重要です。眺望が美しい場所、歴史的なまち並み、意味のある場所……。それらがあってこそステージが映える。もっと言えば、「照明」や「音響」設備もあればなおよい。これらは、都市空間を演劇場の舞台に見立てたとき、演劇場が持つ要素を都市空間の中で考えてみるということですね。そう考えると「観覧席を造成する」というのは、単に観覧する席をつくるのではなく、そこを観客席とする演劇場の要素を都市空間の中で考え、磨き上げることなのではないでしょうか。
――なるほど……。単に目の前をパレードが通る、と言うだけでは「見せ場」として成立しない、と。
川原:ええ。さらに演劇空間に例えると、見せ場の周辺には「楽屋」的な空間――たとえば、コンビニの駐車場に電源が設置されていて、神輿の休憩場所になっているとか――それってもうまちづくり、都市計画の範疇ですよね。
――確かに。用途のよくわからない空き地にもなぜか水道があって、祭りの時に仮設トイレが設置できるとか、そういう場所もちゃんと用意されてますよね。
川原:そうなんです。そういうインフラがまちにあることが大事。あと、エントランスホール的な高揚感を生む空間も必要。たとえばヨーロッパでは、コンサートの休憩時間にロビーでワインを楽しむような文化がありますよね。まちづくりの中で、そうした空間設計がなされていたら、祭りのグレードはぐんと上がります。そしてそれが実は防災や減災に資するのであれば、すぐれた都市計画・まちづくり事業になりますね!

灘のけんか祭り(兵庫県)にて、御旅山山麓の広畑で行われる神輿合わせの様子(上写真/川原先生提供)。周辺の地形を活用した桟敷席は壮観。
――魅力的な観覧席は、どこに設けるかだけでなく、どんな空間に身を置いて見るのかを考える必要があるんですね。
川原:そうですね。また、コンテンツとして考えると、「時間」へのまなざしも必要ですね。青森ねぶた祭のように、山車が次々とやってくるタイプの祭りは、観覧席との相性がとても良いと思います。ずっと座っていても視覚的な変化が続くので、観客の集中が途切れにくい。しかし巡行型の祭りでも、たとえば二本松の提灯祭りで桟敷席が設けられたことがあったそうですが、約1時間で太鼓台の行列が通り過ぎてしまうと、観覧時間の短さが課題になるわけです。その場合、祭りのルートや演出自体に調整を加えるという選択肢も出てきます。
――ルートや演出を調整するというのは、なかなか難しいところもありそうですね。
川原:はい、ですが実は伝統とされているものの中にも、じつは意外と柔軟に変化してきたものが多いんです。「変えてはいけない」という思い込みが変化の障壁になっているケースも多い。でも、目的が明確なら、例えば「観覧席で収益を生み、祭りの継続につなげたい」というゴールがあるのなら、見せ場や巡行ルートに調整を入れることも、選択肢の一つになると思います。
――ねぶた祭も、昨年からスタート方式が変更になって、すべてのねぶたがコースを一周できるようになりました。
川原:地域の合意があれば、観覧席という「都市空間の使い方」についても、新しい提案が受け入れられるのだと思います。あるいは発想を変えて、観覧席が移動するパターンもあるかもしれませんね。実際、お祭りを観覧している人たちって、結構移動していますよね。実は、学生の卒業論文でその動き方も調べたことあるんです。お祭り好きの人の動き方って、独特で面白いんです。
――詳しく教えてください。
貴船まつり(神奈川県真鶴町)には、煌びやかに飾られた船や神輿と港町の美しい景観を撮影するためカメラマンがたくさん訪れる。(川原先生提供)
「祭りの観賞者の視点を活かした視点場整備及び景観コントロールの手法ー祝祭景の考えをもとにして」山本大地・川原晋・岡村祐、日本建築学会大会学術講演(都市計画 選抜梗概)2014
川原:神奈川県真鶴町の貴船祭りの調査です。真鶴町は「美の基準」で有名な、景観行政では有名なまちです。「美の基準」には、最大の見せ場である神輿が船で真鶴湾を渡る海上渡御が映えるように、丘の景観を整えることを目指す旨が図説されています。その努力の結果、華やかに装飾された船と、港町と自然が織りなす美しい景観を目当てに、毎年、立派なカメラを持った祭りのファンがたくさんやってきます。その方々に、写真データを提供してもらって、どこからどういう写真を撮っているのか――つまり、視点場はどこで、何を背景に祭りのパフォーマンスを撮るのが美しいと感じているのかを調査したのです。
――これもなかなか大変な調査を……。
川原:ええ、でも面白かったですよ!提供してもらった100枚弱の写真を見ていくと、皆さん、神輿を主の被写体として“いい背後の景色=背景”を切り取り、好ましくない背景は自然に避けているんです。写真から「どこから、どういうふうに撮ったか」を分析する方法を編み出し、そこから景観をコントロールするべき範囲が見えてきました。すでに景観コントロールをするエリアは指定されているのですが、この調査から、背景として映り込んでいるエリアはもう少しその指定範囲よりは広いことが分かりました。そういう指定外のエリアに、相応しくない色の建物が映り込んでいて、「ちょっと浮いている」と感じるものがあることが分かってくるんです。この結果を、真鶴町の景観担当の方にフィードバックしました。その方々は、実は貴船祭でもリーダー的存在の方たちだったんですよ(笑)。皆さんからは「これはとても参考になる」と褒めていただけました。観光客の視点を通して「見せ場」となる景観をどう保全するかを検討する調査は、一般化できる方法だと思っています。
――こちらの研究も実際のまちづくりと繋がっているのが素晴らしいです。
貴船まつり海上渡御と様子とその背景の集落の景観。(川原先生撮影)
空きビル、空き家……「遊休資産」と「祭り観覧」の可能性は?
――ところで、京都市では、昨年から役所本庁舎の屋上庭園から祇園祭前祭の山鉾巡行を鑑賞する企画が実施されているそうです。当社でも近年、所有ビルを活用した花火観覧席など、遊休資産のオーナー様から新しい価値を生み出せないかというご相談をいただくことがあります。地価高騰による都市の再ドーナツ化や、地方の空き家問題なども課題となっている中で、こうした不動産活用の動きについてはどうお感じになりますか?
川原:祭りに着目した不動産活用ですか。とても面白い視点だと思います。ただ、市庁舎の屋上をその日だけ活用する例と、空きビル・空き家といった遊休資産の活用は同じではないと思います。つまり、祭りという数日間だけのイベントでは、不動産の活用の形として成立させるのが難しいのではないかということです。もちろん祭りの見せ場が見られる、花火が見られるということは、その不動産のインパクトある価値だと思いますが、その数日で得られる収益で良しとするか、別な価値に重きを置くのでなければ、遊休資産活用としては、やはり通年活用を考える必要がありますね。
――なるほど。祭りは年に1回ですから、遊休資産オーナーにとってはそれだけで魅力的な解決策とならないですね。
川原:まさにそこなんです。その不動産が備えている祭りの特等席という魅力を、前後に引き伸ばしていくアイデアが必要ですね。たとえば、私は今、観光庁の事業として、少人数で一週間以上のツアーだからこそできる、地域の文化や地域の人との交流を深く深く体験する観光の形を造成するチャレンジをしています。こういう取り組みが各地で始まっています。先日聞いた、大分県での外国人向けの5日間の体験プログラムは参考になるかもしれません。それは、神楽の所作を修得してもらうプログラムとその精神性につながる古道トレイルを組み合わせ、最終日は、村の人だけが舞っていた神聖な舞台で奉納の舞を披露できるというもの。これは地元にとっても伝統芸能の誇りに繋がるであろう取り組みです。
この発想を不動産活用に転じるアイデアはどうでしょう。年間を通じて、お囃子体験や文化講座、担い手交流イベントなどを行う場として、あるいはそういう人が住む場所として遊休不動産を位置づけ、「祭りの日」に至るプロセスも含めて不動産の活用価値を高める。そのフィナーレが祭の時の特別な鑑賞席体験です。そうすることで、空きビルや空き家が「伝統文化継承の拠点」として機能する可能性だって出てくるかもしれません。私はいつもこんな感じで妄想します。
――観覧席も点ではなくその線の中に位置づける必要があると。
川原:おっしゃる通りです。そして、その不動産や空間に「文化的なストーリー」を重ねることも重要です。あくまで妄想ですが、たとえばそのビルは、かつて山の上にあった天守閣と見せ場の軸線上にあって、「この場所から見る祭の景色は、かつてお殿様がお城から祭りを見ていた景色と同じ」といった歴史的背景と根拠があれば、そこは単なる空室ではなく特等席になりますよね。一方、ただ普段と違う目線で祭りが見られる特別感とか、ラグジュアリー感を持ち込むだけでは、文化への接続は弱い。なぜその場所に観覧席を設けるのか、どんな歴史や物語がそこにあるのか──それを伝えることができれば、観覧席は「高付加価値の文化体験」になります。
日野祭(滋賀県)では祭りを見るためだけの窓「桟敷窓」が住宅に備えられている。©️佐々木美佳
――地域の声を聞きながら設計していくことが重要ですね。
川原:その通りですね。地域の人に聞きながらこういうことを再発見していけたらいいですね。ストーリーや地域の文脈を重ねることで、空きビルの一室が地域文化の「見せ場」になり「伝える場」になりえるということですね。祭りを「伝える場」は、今は、町内会館と山車蔵が一緒になっていて、ここで子どもたちがお囃子の練習をしているとか、山車を飾っている「お祭り会館」がそういう機能を担っていたりしますが、もっともっと多様であっていいですね。
都市祝祭空間研究の「伝える場」という発想は、お祭りという地域資産を1年間活用する視点ですから、「遊休資産」と「祭り観覧」をつなぐ発想は、その意味で興味深い。私の妄想が拡がります! お祭りが盛んな地域は、一年間の営みが、お祭りを中心にできているところがありますから、地元の人も受け止めやすいかもしれません。
――かつての人々は1年間ずっと祭りを意識して暮らしていたわけですからね。
川原:ええ、祭りを目標に、日々の農業や営みを頑張るということはありますからね。
もう一点、不動産活用って、その所有者や利用者が、ある意味その場所を占有したり、景色を独り占めする行為でもありますから、それを公共的な鑑賞空間として、再び公共的な場にしていく試みだとしたら、すごく意義がある取り組みだと思います。
――そう見ていただけるとすごく社会的意義がある気がしてきました!
川原:不動産に新しい価値を見つけるという点でいうと、「R不動産」という有名なプロジェクトがあります。「路地裏の隠れ家」「改造マニア向け」など、建築や不動産の専門家ならではの豊かな感性で空間を読み取って、一般的には価値が低いとされる不動産に新たな価値やポテンシャルを説明した紹介の仕方が秀逸で、新しい不動産需要を生み出しています。
ということで、オマツリジャパンさんにも、オマツリジャパンらしい価値の見出し方があると思うんです。ただの空室じゃなくて、独自の目利きで意味のある一室を見つけて活用できるのではないでしょうか。ぜひ、オマツリジャパンさんには祭りや観光の枠を超えて、都市や地域社会と文化をつなぐ存在になってほしいと思います。
――身が引き締まる思いです。
地域を動かす「仕掛け」としての祭り──まちづくりと文化の未来
――私たちは「祭りを社会全体で支えていく仕組みを創る」をミッションに掲げています。川原先生は各地でまちづくりや地域活性化のプロデュースをされていますが、これまでの実践から、地域社会を動かすために重要な視点を教えていただけますか。
川原:一番大事なのは、「関係者が同じビジョンを描けるかどうか」だと思います。たとえば行政でも、まちが小さければ観光・景観・建設の各課が一体となって動けますが、大きな自治体になるとお祭りを担当しているのは観光課、景観は都市計画課、ハード整備は建設課……となってうまく連携が取れなくなる。そういうときに必要なのが、分野を横断してつなぐ存在だと思います。たとえば私のように景観とまちづくりと祭りを全部関係づけて考える人間が入ると、連携の接点が生まれることがあるんです。
――なるほど。分野をまたいでまちを眺められる人ですね。
川原:はい。私がまず手がけるのは、既存の計画や地域の人の夢などを理解した後、誰がやるかや事業性を一旦棚上げして、関係者が共感できる将来像を誰もがわかりやすい「絵」にすることです。私たちはこれを「フロートビジョン」と呼んでいます。大事な場所、可能性のある場所に対して、近い将来にこうなったらいいな、という空間イメージや活動イメージを描いています。たとえば、大学の地元でもある八王子中心市街地では、学生、市民ワークショップと専門家会議で議論をして、「八王子まちなか 景観みらいものがたり」、通称「景観絵本」を作成しました。まちを巡るストーリーとしてメッセージを加えて、絵本形式にしたからです。これを行政から地域住民まで各方面の方々に渡し続けていると、だんだんそれが関係者の共通言語のようになってきます。文字情報だけでは伝わらない空気感を、イラストやビジュアルで共有できるんです。そこには祭りやイベントシーンの姿も描き込みます。そうすると、「この時期にはこういう景色が見えるまちにしたいよね」という共感が生まれます。
――なんだかワクワクしますね。私たちも参考にできそうです。
川原:そうですよね。そして、最初は小さなことから始めるのがいいんです。景観絵本を発行後、地元商店街の方々の協力を得て始めたのが、通りとしての統一感のあるデザイン性の高い地植え植栽の取り組みです。まちなかの素敵なお店の植栽を参考に景観絵本のスケッチに盛り込んでいた内容がきっかけです。それまで、思い思いに置いて、やや統一感にかけるプランターの花とかの代わりになるものとして、地元造園屋さんを講師に招いてワークショップを行いました。学生の考えたプロジェクト名が秀逸だったんですよ。みなさん足並み揃えて素敵な植栽にしましょうということで「アシナミドリ」。
――うまいネーミングですね!
川原:これには行政も喜んでくれて、いくつかの補助金を1つにまとめて進めることができました。1つ2つ実績ができると、物事は進むものです。最初は小さな雪玉でも、転がしていけば大きくなる。まちを動かすのは、そういうスノーボール式の連鎖的な展開、それを信じる活動の積み重ねです。
――大変参考になります。
川原:オマツリジャパンさんが向き合う「祭り」というのは、都市のアイデンティティを形づくる大事な資源です。観光資源としての側面はもちろんですが、それ以上に「年に一度、その地域の誇りを表現する機会」ですよね。先ほど二本松の提灯祭りや真鶴町の貴船まつりの例をご紹介しましたが、祭りコミュニティは、まちづくりの担い手でもあります。祭りが都市を動かしていると言えるかもしれません。
普通のイベントではそこまでできないけど、祭りにはそれだけの求心力があると思います。ただ、担い手の多くは、自分たちが日々やっていることにあまり自覚的ではない場合もあります。「文化資産を守っている」と思って祭りをやっている人は決して多くはない。だから、私たちのような外部の研究者が言語化して伝えるのは大切なことだと思います。同様の役割をオマツリジャパンのような民間企業が、ちゃんと収益を上げながらやっていくことができれば、本当に価値があることです。ぜひご一緒できる機会があればいいなと思いました。
――光栄です。ぜひよろしくお願いします。本日は多岐にわたるお話、ありがとうございました。
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