愛知県名古屋市の有松町・鳴海町地域で生まれた有松・鳴海絞りには、400年以上もの歴史がある。日本を代表する伝統工芸品の一つだ。布をくくって染める技法は、100種類を超える模様を生み、絞り染めの伝統工芸の中でも群を抜く。そしてこの有松絞りの魅力は歴史ある街並み、有松と切り離すことはできない。
毎年6月の第一土曜・日曜に開催している「有松絞りまつり」。今年2023年の日程は、6月3日・4日だ。「有松絞りまつり」では、この地域に今も生き続ける有松絞りを発見できる。有松絞りまつり実行委員会・広報の浅野さんから伺ったのは、有松絞りの長い歴史やお祭りへの想い。独自の絞りを育んだ土地へと、読者も自然と思いを馳せてしまうのではないだろうか。
歴史ある街並みへの思いが「有松絞りまつり」を生んだ
――「有松絞りまつり」は、今年で39回目を迎えられますよね。しかし、お祭りが始まった時代背景を考えると、世の中はバブル期です。たくさん物を買い、消費することが当たり前というムードの中、「有松絞りまつり」はどのようにして開催へと至ったのでしょうか?
浅野さん:商品としての有松絞りは、すでに充分に認知されていました。バブル期という、高品質なものを受け入れやすい時代というのも関係していると思います。ただ、具体的にどのような魅力があって、どのように作られているのかという、有松絞りのストーリーを伝える機会が当時はあまりなかったそうです。1回目の「有松絞りまつり」は、産地に足を運んでもらい、より深く有松絞りを知ってもらうために立ち上がったと聞いています。
また、有松では1970年代に街並み運動という活動をしていたそうです。歴史的な街並みを残そうとする、絞り産業に従事していた方たちの熱心な活動も関係していると思いますね。
農業に適さない土地に絞りの技術が花開く
――日本各地に存在する絞り染めの伝統工芸品と比べても、「縫う」「括る」「畳む」などの技法で作る有松絞りの模様は、100種類を超え突出しています。このことは、有松という地域性とも関係があるのでしょうか?
浅野さん:そうですね。特に、江戸時代に尾張藩がこの地域に絞りの独占権を与えてくれたことは大きかったと思います。地域産業として守られることで、若い職人たちが多く育ち、切磋琢磨するように多種多様な模様が生まれたのではないかと想像しています。種類の多さは結果的に、有松絞りの魅力そのものになりましたね。
――有松絞りは、伝統工芸品として理想的な環境で育まれたのですね。
浅野さん:確かに尾張藩からの庇護は重要な要素でした。しかし、そもそも有松絞りが生まれた有松という地域の歴史を紐解くと、むしろ課題を抱えていたことがわかります。
開村前の有松は、宿場町と宿場町の間に位置しており、山賊や追いはぎが頻繁に出没していたんです。そこで尾張藩は、治安が守られるようにと、開村して人を住まわせたわけですが、谷底の地形だったので、農業にも適していないという状況でした。
豊後絞りと出合い木綿を活かす
――課題を抱えていた土地で、名産品・有松絞りはどのように生まれたのでしょうか。
浅野さん:生業にするものを模索していた有松の人々は、名古屋城の築城に出向きます。そこで出会ったのが、熊本城の築城にも携わっていた九州の豊後の職人たちだったそうです。彼らが着ていた豊後絞りが、有松の人々の目に止まったのですね。あまりの美しさに感銘を受け、絞りや染めの技法を学んだことをきっかけに、この地域でも独自の絞り染めの伝統が育っていったというわけです。有松絞りの生産が始まったことで、この地域ではお土産産業が大きな生業となりました。
ただ、絞り染めというと京鹿の子のようなシルク素材を想像する人もいると思います。有松の人々は、シルクではなく、有松の近くにある知多郡の知多木綿を活用しました。
――この地域にある素材を活かすことが同時に、有松絞りの特徴を形作っていったのですね。
浅野さん:シルクと比べると、木綿は安価です。そのため、製作依頼を受ける際に、依頼や要望を柔軟に受け入れ、創意工夫がしやすかったそうです。100種類以上もの絞り模様が生まれたことにも頷けます。
プロセスを知るからこそ魅力が見えてくる
――「有松絞りまつり」の魅力についても教えてください。
浅野さん:実際、有松絞りの浴衣など、すでに商品になったものを見たことのある方は多いと思います。一方でこのお祭りでは、絞りを制作するプロセスを間近で見ることができたり、絞りを実際に体験できたりなど、自分の目で見て、手を動かす「体験」が魅力です。
――今年のテーマは「そうなる!?有松」でしたよね。
浅野さん:はい。有松絞りのつぶつぶ一つひとつは、生地を紐で括り、染めた後、糸をほどくとできる模様です。この絞りを体験される参加者のみなさんは「こんな綺麗な模様になるなんて全然わからなかった!」というふうに言ってくださいます。
どうやってこの模様ができるのかということや、浴衣になった時にどんなふうに模様が見えるのかということは、想像しづらいんですが、でもだからこそ、驚きや発見の楽しさがあると思うんです。そういう体験から生まれる純粋な楽しさをお届けしたいですね。
これからも街並みと共に生き続ける
――お祭りのコンセプトに「街並み」があるのもユニークですね。
浅野さん:有松は、2019年に日本遺産に認定されました。そして認定の構成要素には、有松の街並みも含まれています。実際に有松に来た方々も、名古屋市内でありながら、歴史的な風景がそのまま現存していることに驚かれていますね。たった800mしかない地区なのですが、北斎や広重の浮世絵そのままの街並みは、浴衣を着て散策するのにもぴったりですよ。
――これまでのどのような活動が日本遺産の認定へとつながったと感じていますか?
浅野さん:生産者の方々やお祭りを実行するメンバーが、有松の歴史的な街並みに実際に住みながら、有松絞りと向き合い続けていることは重要なのではないかと思っています。博物館にただ保存されているだけ、ただ眺めるだけのものとは違い、伝統もそれに携わる人々も生き続けています。そういうことを含めて「歴史的な街並み」だと思いますし、日本遺産としても実感できるのではないかと思います。
――最後に、お祭り開催に向けた想いをお聞かせください。
浅野さん:今まで周辺地域に目を向けていなかった方々に「有松ってところが地元にあったんだな」と思ってくださると、やはりやりがいを感じます。もちろん地元以外の方々にも「こんなもの作っているんだ」と、有松の魅力を発見してもらいたいですね。
また、プログラムの一つ「絞り展覧会:世界の絞り日本の絞りの架け橋」では、絞りの技術や表現方法について、海外の生産者の方々と共にさまざまな試みに取り組んできたことをお伝えできるのではないかと思っています。有松の魅力がより多くの方に伝われば何よりです。 産業と地域の関係を楽しみながら、お気に入りの商品や絞りの模様を見つけてもらえたら嬉しいです。
農業に適さない土地・有松が辿った400余年。現在では、歴史的街並みの中、色とりどりの模様がある有松絞りが生き続けている。「どうなるかわからない」。それは有松絞りの模様のみならず、この土地の歩みが示しているようにも思う。有松に足を踏み入れたら、「そうなる!?」を体感したくなるはずだ。
【有松絞りまつり】
開催日:2023年6月3日(土)・4日(日)
会場:有松東海道一円(愛知県名古屋市緑区有松)
交通アクセス:名鉄「有松」駅から徒歩すぐ ※公共交通機関の利用がおすすめです
◎催しの詳細や最新情報などは有松絞りまつり公式サイトや、下記の有松絞りまつり公式Instagramでご確認ください
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トップ画像提供:有松絞りまつり実行委員会、撮影:岡松愛子