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メディア・アーティスト市原えつこ氏が挑んだ奇祭とお金にまつわる社会実験とは?

2020/2/7
2024/3/7
メディア・アーティスト市原えつこ氏が挑んだ奇祭とお金にまつわる社会実験とは?

デジタルシャーマン・プロジェクト」「都市のナマハゲ」など、近年、日本の伝統や奇祭をテーマにした作品に取り組むメディア・アーティストの市原えつこ氏。2019年11月には東京の川島商店街で、キャッシュレス時代にふさわしい新たな奇祭「仮想通貨奉納祭」を2日間にわたって行ったのも記憶に新しい。

〇狂熱の「仮想通貨奉納祭」当日の様子はコチラ
ズッキュウウウン、東京に新たな奇祭が爆誕! 仮想通貨奉納祭に行ってみた。

展覧会場にて。右が市原氏。左はメディア考古学者 エルキ・フータモ氏。

現在、「仮想通貨奉納祭」で使われた「サーバー神輿」が初台のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で展示中だと言う。東京という都市の中にあえて新たな奇祭を誕生させるという発想はどこから生まれたのか? その背景を聞いてみた。

新たな奇祭「仮想通貨奉納祭」爆誕のキッカケとは?

Q:「仮想通貨奉納祭」が生まれた経緯について教えてください。

市原:家庭用ロボットに故人の人格、3Dプリントした顔、口癖、しぐさを死後49日間だけプログラムとして憑依させる「デジタルシャーマン・プロジェクト」に取り組んでいたときは、本当に人の死についてひたすら考える1年間でした。

そんな時、2016年にフランスの写真家シャルル・フレジェの「ヨウカイノシマ」という展覧会を銀座で見て鮮烈な衝撃を受けました。日本の奇祭に出てくる仮面神や鬼のポートレイトの写真だったのですが、祭りの中にある生きる欲望がぶつかっているような生命力の世界に強く惹かれたんです。

それで電通グループのR&D組織、ISIDイノラボの方から「テクノロジーを使って何か新しいことをやりませんか?」とご提案いただいたときに、日本の“まつり“RE-DESIGN プロジェクト”を立ち上げ、その中で「都市のナマハゲ」という作品を作りました。この時は、新しい都市のナマハゲのコスチュームと映像作品としてアウトプットしたのですが、私の中で「未消化な情念」も残ってしまって……。

Q:未消化な情念とは?

市原:より体験型で、「実際にお祭りそのものがやりたい!」という欲求です。その後は水面下で祝祭についてリサーチをし続け、2019年に決意してクラウドファンディングで資金を集め、ようやく「仮想通貨奉納祭」を開催することができました。

展覧会場にて、最新作の「サーバー神輿」について語る市原氏。

「いまどき稲かよ!」と神様も思ってるかもしれない。

Q:リサーチ中、何か印象に残っている出来事はありますか?

市原:日本テレビの有名なプロデューサーで『ぐるぐるナインティナイン』などの人気番組を手掛けながら、修験者としても活動していて寺社の事情にも詳しい宮下仁志さんという方がいるのですが……。

(編集部)それはまた異色の経歴の持ち主ですね。

市原:ええ。その方との対談の中で、神様に奉納する物は時代によって様々に変遷しているし「神様だって『いまどき稲かよ』と思っているかもしれない」というパワーワードをいただきまして。

それまで「今のキャッシュレス時代にふさわしいのは仮想通貨の奉納では?」という仮説はすでに私の中に漠然とありましたが、同時にそんなことをやってしまって本当にいいのかという不安もありました。

でも、その時(あくまで宮下さん個人の見解なのですが)「神様は人間が考えているよりももっと自由だし、神様もみんなも喜ぶことであれば型にはまらず好きにやれば良いのではないでしょうか」という言葉に大いに励まされました。

実際に色々な神社を訪問してみると、例えば京都の御金(みかね)神社なんかは、本来は金属に関する信仰を集める神社だったのが、時代とともに通貨の神となり、現在では資産運用や証券取引の成功を導く神様として祀り上げられています。

仮想通貨で面白いのは、世界中から一瞬で資金移動ができるところです。世界中から一点にエネルギーが集中するというのは、いかにも「祭り」らしい。それで、今の時代の新しいお金のツールを使ったからこそできる「祭り」があるのでは?という直感にたどり着きました。

仮想通貨って2017年頃にメチャクチャ流行ったじゃないですか。私も含めてハイエナのように食いついて「ガッポガッポやでぇ」みたいな(笑)。でもその後、投機目的としてのバブルがはじけた後は「ビットコインの冬の時代」のように言われていますが、単なる儲け目的の人が去った後だからこそアーティストとして面白いことがやりやすいのではという着眼点もありました。

お祭りを通した社会実験がしてみたかった。

Q:仮想通貨の専門家にも話を聞きに行ったりしましたか?
市原:仮想通貨やブロックチェーンの専門家である斉藤賢爾先生と対談しました。それは技術的な話よりも人間にとって「お金とは何なのか?」「資本主義とは何なのか?」といった本質的なお話を多くいただきました。

斉藤先生自身、技術書を書く一方でお金がなくなる未来を描いたSF小説のようなものを書いたり、かなりアーティスティックな先生です。その斉藤先生の仮説によると「お金はもうすぐなくなるんじゃないか?」と。信用経済の話に近いのかもしれませんが、現代の貨幣が中心の資本主義社会も決して完全ではなく、近い将来それに代わる価値交換の取引ルールができるかもしれないというお話で、それは非常に示唆的でした。

お金というと汚い、欲望の象徴のように捉えられがちです。しかし「お金を従来とは異なる使い方をしたらどういう関係性やコミュニティができるのか?」という社会実験を、私は「仮想通貨奉納祭」を通じて恐らくしてみたかったんでしょうね。

渡井大己さん(左)と市原えつこさん(右)

フェスとは違うのだよ、祭りならではの魅力とは?

Q:「仮想通貨奉納祭」に登場した新作「サーバー神輿」の開発について教えてください。
市原:私の初期作「喘ぐ大根」の共作者でもあった、メディアアーティストの渡井大己さんにテクニカルディレクターとして共同制作いただきました。最初は酒樽を中央に置いた軽量の樽神輿を想定していましたが、最終的には万燈神輿を参考にしました。

サーバー神輿のデザイン画

最初にサーバー神輿のアイデアはあったものの、どうしてもビジュアルとしては地味なイメージがあって思い悩んでいたときに、LEDファンなどの装飾をPCにつけて改造、デコレーションを施した「自作ゲーミングPC」の世界があることを渡井さんから教えられ、非常に感銘を受けました。そこから、サーバーがしめ縄などの神具と合体すればかっこいいのではと二人で盛り上がり、今の形態にたどり着きました。LEDの光らせ方はデコトラを参考にしましたね。

昔からある既存のものと、見たこともない新しいものの組合せが二人とも好きだったので。原型を残しつつ、異質のものを作るバランス感覚で、全く見たことがない新しい神輿だけれども、神輿だとはわかるギリギリの線を攻めました(笑)。

(編集部)確かに。完全に自由な造形だと「ナニコレ?」となりますものね(汗)。

市原:祭りも完全にただの奇抜なフェスになってしまうと、せっかくの祭りの魅力が失われてしまいます。ですから、ギリギリ商店街の昔ながらの土着の雰囲気も残しつつ、変なものもあるという。神輿もそうですけれど、その辺の見慣れた風景と異物のバランスに配慮しました。

Q:フェスと祭りの違いって何なのでしょうか?

市原:フェスだと、良くも悪くも趣味嗜好で結びついた人々が商業的にワーッと集まってきて跡形もなく散っていきますが、地域コミュニティにしっかり根づいているものが祭りだと思います。東京だとフェスは多いけれども、土着の祭りは少ない気もしています。非商業的で、地域に根づいていて、祭りのコアに神様がいるのが「祭り」だと定義できるかもしれません。

Q:今回の「仮想通貨奉納祭」における神様とは?

市原:
今回はキャッシュレスという新しい概念を神にするというコンセプトもありました。ただ、神輿をかついでいる時に、仮想通貨だけでなく、集まった色んな人のエネルギーが集まってきて、物理的に神様が見えたということではないんですけれど、何かこの熱量やエネルギーのうねりの中に神のようなものが一瞬宿るのではないかということを思いました。

人がワーッと力を合わせて熱狂している場には何かしらの神性が降りてるのではないかと。なぜ祭りが神を祀るのか、体感的に少しわかった印象はありましたね。

市原えつこ+渡井大己「サーバー神輿」(仮想通貨奉納祭より)2019年 撮影:黒羽政士

 

祭りの間口の広さに惹かれ、多彩な才能が集まった!

Q:祭りの開催資金として約140万円を集めたというクラウドファンディングの感想は?

市原:お金もそうですが、色々な才能や技量をもった仲間が集まるのが面白かったです。クラウドファンディングだと、お金を投じていただくだけではなく、そこから「いっしょにコラボしよう!」という流れに自然とつながりやすいので。

例えば大喜利AIなどで有名な株式会社わたしはの皆様からは、クラウドファンディングの支援者の方から寄せられた願い事を自社の音声合成AIに読み上げさせ、合成した音声を奉納してくださいました。

「天狗ロボット」の展示風景。企画、ディレクション:市原えつこ、アニマトロニクス造形・開発:中臺久和巨

映画の特殊撮影などに使われるアニマトロニクスの研究者である中臺久和巨氏さんは、リアルな存在感を放つ天狗面を造形し、奉納してくださいました。中臺さんとのコラボで新作の「天狗ロボット」が生まれたんです。

また、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんは「奇酒のバイオ奉納」に協力してくださいました。土田酒造より麹の割合を99%(通常の日本酒は20%)、精米歩合が90%(通常の日本酒は60%程度)という法律スレスレのヤバいお酒(奇酒)を奉納してくださいました。

「精米90% 菩提酛×山廃酛 麹9割9分 日本酒」(土田酒造)。ディレクション:小倉ヒラク、写真撮影:黒羽政士

音楽面では、オーケストラとラボラトリーが合体した「ニコス・オーケストラボ」プロジェクトのチームがお囃子隊として参加してくれました。古い電化製品を使い、縞々の模様に反応するバーコードリーダーなどを使って即興演奏を奏でて、神輿行脚のBGMを大いに盛り上げていただきました。

他にも多くの方の協力と参加がありましたが、そんな風にお金というツールを媒介に色々な人とつながり、コラボレーションが生まれるのはいかにも「祭り」という感触がありました。

(ニコスが奏でる電子音のBGMをバックに、謎の「通りゃんせ」コール。祭り当日は異様で狂熱の盛り上がりを見せた)

Q:いわゆる「アート」展ではなく、「祭」のクラウドファンディングだったのが、色々な分野の才能ある人たちとの出会いにつながったのでしょうか?

市原:そうですね。仮にアート展として作品展示を前面に出した場合、良くも悪くも統制が取れてしまうというか、他の方が参加できる要素が少なくなってしまうように思います。

「祭り」って本当に色々な要素があります。音楽もあれば展示やパフォーマンスもあるし、飲食もある。もちろん、お酒もあったほうがいい(笑)。結構、間口が広い。加えて、たった2日間という一点に人がワーッと集まってきて、色々な人のエネルギーがぶつかり合う感じが祭りならではで面白かったですね。

「仮装通貨奉納祭」当日の様子。撮影:黒羽政士

お祭りはドキュメントとして記録に残すのが難しい!

Q:今回は未消化のところは残りませんでした?

市原:未消化の部分は……あります!(笑) 今回は本当にワンオペでやり過ぎて手探りだったので……。実現せずに終わってしまった企画も多々ありますし、もっと全体のタイムラインを設計してロボット奉納神楽とか、もっと予算があればアーテイストを集めた屋台とか……、実現できなかったことも多かったです。

また、お祭りはドキュメンテーションを残すのが難しかったですね。「作品をパーンと置いてハイ終わり!」ではなく、色々な要素がパラレルに同時多発的に動き続けているので、カメラマンや映像作家一人では追いきれないし、伝えるべき要素や貢献していただいた人々が多過ぎて……。あの現場の熱気は一体どうやって伝えれば良いのだろう?と(笑)。

今回のICCの展示も、作品をドーンと置いただけでは伝わらないので「お祭りの多元的な要素をどうアーカイブしていくか?」は今回の課題でもありました。「祭り」から「展示」に変換すると情報量はどうしても減ってしまうので、「サーバー神輿」の背後に祭りの映像を流したり、付随した作品「天狗ロボット」も展示したり、少しでも祭り当日の雰囲気が伝わるように工夫しました。今後は展示を重ねる度に、さらにブラッシュアップしていきたいと思っています。

「開かれた可能性」展の出品作家たち

〇展覧会情報:「開かれた可能性――ノンリニアな未来の想像と創造
■会期:開催中~2020年3月1日まで、休館日:月曜日(月曜日が振替休日の場合、翌日)、保守点検日(2/9)
■会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](オペラシティ4階)
■交通:京王新線「初台駅」徒歩3分

同展で今回紹介した市原さんの「サーバー神輿」や「天狗ロボット」を展示中。アーティスト、研究者として国際的に活動するインドネシア出身のリアル・リザルディが共同キュレーションを務める。市原さんの「サーバー神輿」とも同根のテーマを持つインドネシアの作家Waft Labのパンクな作品「ソラー・トラバス」など、日本と東南アジア各国の俊英の作品が集結。西洋中心に語られるテクノロジーの未来ではなく、伝統やスピリチュアルな要素とテクノロジーが融合した作品や、テクノロジーを使って自然に語りかける作品が一堂に会する。

市原さんからの推薦コメント
「日本と東南アジアには、ちょっと面白い土着の信仰などもたくさん残っています。未来社会のイメージは決して一辺倒というわけではなく、展覧会を通して思い思いに未来をアレンジするヒントが見つかるかもしれませんね」

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