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受験生におすすめ!合格祈願に行きたい東京の「天神さま」5選

2023/1/21
2023/1/21
受験生におすすめ!合格祈願に行きたい東京の「天神さま」5選

私立・公立大学は今が受験シーズン真っ盛り。地方から東京へと受験にやってくる方も多いと思います。これまでの頑張りを、マークシートにぶつけてください!

そして、やるだけやったら神頼みです。あやかりたいのは、天神さまこと菅原道真公。学問の神さまとして試験突破や合格祈願にご利益があるとされています。ちょうどこの時期、1月25日には、例年全国の天神社で年の初めの「初天神」も開かれています。

東京都には、「関東三大天神」「江戸三大天神」と呼ばれる天神社があります。いずれにも名前があがるのが湯島天満宮、亀戸天神社。あと1社には諸説ありますが、由緒ある天神社ばかりです。そこでこの記事では、道真公のご霊験を求める方に、入試に合わせて東京でお参りできる「天神さま」5選をご紹介します。

最高学府最寄り「湯島天満宮」(東京都文京区)

湯島天神は458年に創建された歴史ある天満宮です。当初は天之手力男命(アメノタヂカラオノミコト)を祀る社でしたが、1355年に村人たちの願いで菅原道真公を合わせて祀ることになりました。その後、江戸入りした徳川家康も湯島天満宮を篤く崇敬しています。

また、将軍・綱吉が儒教の始祖を祀った孔子廟をここに移し、幕府直轄の学問所を作ったこともあって、湯島は学問の中心地となって今に至ります。現在も一年中、学業向上や試験などの合格を願う絵馬が本殿を囲んでいます。

1月25日の初天神では、鷽(うそ)替神事が行われます。この神事は、昨年の凶事をウソにして、新年の吉運を招くという行事。幸せを招く鳥「鷽」の木彫人形を、古いものから新しいものに取り替えます。この「鷽」の字が、学ぶの旧字体「學」に似ているということから、学問向上のご利益もあるとされているそうです。

湯島天満宮の一番の祭礼は、毎年5月25日の例大祭(天神祭)です。神事は25日に行われますが、神輿渡御などの催し物は25日に近い土日に行われます。

土曜日は、神幸祭として隔年で鳳輦(ほうれん)と台車による神輿渡御、日曜日には4年に一度、神幸祭が行われた年には担ぎ手による神輿渡御が行われ、神幸祭があっても神輿渡御がなかった年には、町内神輿のお宮入りが行われます。境内の参道には露店の出店も多数あり、例年、多くの人で賑わいます。

また、春には湯島天神梅まつり、秋には湯島天神菊まつりと花にまつわる催しも開かれています。受験生のみなさんにもぜひ大輪の花を咲かせていただきたいものです。

周辺には東京大学をはじめ、日本薬科大学、順天堂大学、明治大学などたくさんの大学がキャンパスを構えています。試験の後に天神さまに願いを届けてはいかがでしょうか。

予備校生を見守る「亀戸天神社」(東京都江東区)

亀戸天神社は、太宰府天満宮の神官であり、道真公の子孫である菅原大鳥居信祐公ゆかりの天神社です。17世紀中頃、天神信仰を広めようと諸国を巡っていた信祐公は、亀戸村で天神を祀った小さなほこらを見つけ、ここに太宰府の飛梅の枝で作った神像を安置しました。これがのちの亀戸天神社です。そのため、亀戸天神社はかつて「東宰府天満宮」あるいは「亀戸宰府天満宮」と呼ばれていたそうです。

亀戸神社では1月24日と25日の二日間、鷽替神事が行われます。神職の手で手作りされた、かわいい木彫りの鷽はこの日しか手に入らない貴重なものです。

 

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亀戸天神では4月25日前後に「学業講祭」という行事が行われています。学業祈願を申し込んだ人が、本殿に昇殿して、試験合格・学業向上を天神様に願うことができます。同時期に「藤まつり」も開催されるため、例年大変な人出となります。

亀戸天神社最寄りの錦糸町駅には、主要な予備校が勢揃いしています。道真公は、頑張る受験生たちを亀戸から見守ってくれていることでしょう。

一橋・国立音大なら「谷保天満宮」(東京都国立市)

谷保(やぼ)天満宮は東日本で最古の天満宮です。その起こりは、道真公の三男・道武公が、父の配流と同じくして、現在の東京都国立市谷保に流されてきたこと。903年、父の訃報に接した道武が、父の姿を刻み、像を鎮座したことに始まると伝えられています。

源平合戦の時代に現在の位置に神殿が遷され、1885(明治18)年に府社(当時の神社の社格で国管理以外では最上位)に昇格しています。

谷保天満宮では、初天神とそれに近い日曜日に「勧学祭」が行われます。これは道真公に倣って筆の上達を勧める行事。社殿での神事のあと、筆塚の前に設置したかがり火台に神職が点火。使い古した筆など文具を持参してお焚き上げします。2月の天神の縁日には書道展も行われています。

 

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谷保天満宮では、11月3日に「おかがら火」というお祭りが行われています。源平時代に社殿を遷した際、残った部材を神前で焚き上げたという故事に由来したお祭りで、この火に当たると悪い病気にかからないと言われています。谷保天満宮では、この日に合わせて鷽替神事を行うのも特徴です。

 

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国立市といえば名門・一橋大学のお膝元です。国立音大の付属校などもあり、谷保天満宮からの願いは学問・芸術の神である道真公に届きそうです。

皇居に一番近い「平河天満宮」(東京都千代田区)

 

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平河天満宮は、室町時代後期の武将・太田道灌によって創建された天満宮です。道灌はある時、夢に道真公を見、さらに次の日に道真公直筆とされる書を寄贈されたことから、これは霊夢だと思い、自ら1478年に自城・平河城内に天満宮を建立しました。

徳川家康の入江および江戸城築城の折、この天満宮は城外に移設され、さらに息子・秀忠の代に現在地に遷されました。このとき、この地域が平河町と名付けられたそうです。

元日から1月31日の間、平河天満宮では初詣と初天神の限定御朱印が頒布されます。天神さまと木彫りの鷽が描かれた人気の御朱印です。

そして平河天満宮には、なんと縁結びのご利益もあるとされています。パワースポットの源とされているのが、境内にある梅の木。珍しく果実が二つ繋がったように生ることから縁結びの力があると人気です。

 

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「関東三大天神」という時には、湯島、亀戸、谷保の3天神社が挙げられますが、「江戸三大天神」といえば、湯島、亀戸に並んで、郊外の谷保ではなくこの平河天満宮を挙げるそうです。平河天満宮は皇居に最も近い天満宮です。

最寄り、半蔵門の周辺には、新鋭の平成国際大学や、渋沢栄一がトップを務めた二松学舎大学、女子の名門・大妻女子大学などがあります。

四谷方面にはフランシスコ・ザビエルのイエズス会が設立した上智大学や、女子御三家と呼ばれる雙葉中学校、高等学校などカトリック系の名門学校があります。敬虔なクリスチャンには敷居が高いかもしれませんが…。道真公は分け隔てなく接してくださるはずです。

医学部受験は「五條天神社」(東京都台東区)

五條天神社は上野公園にある天神社です。元は、第12代景行天皇の皇子・日本武尊が東夷征伐のため上野を通った際、大己貴命(オオナムジノミコト)と少彦名命(スクナヒコナノミコト)の二人の神の加護に感謝して祀ったことに始まります。

ここに道真公が祀られるようになったのは、江戸時代。徳川家康の側近であった僧・南光坊天海(慈眼大師)が「天神社という名前なのに道真公がお祀りされていないのはおかしい」ということで、合祀されるようになったということです。

大己貴命と少彦名命は共に医療や薬の神さまとして知られており、さらに学問の神・道真公がおられるということで、医学、薬学、看護師試験などの受験生に人気の天神社です。

1月25日の初天神には、鷽替神事も行われ、神職の手による一刀彫り鷽が頒布されます。

また、五條天神社は「うけらの神事」という特殊神事でも有名です。これは、2月の節分に行われる神事で、儀式の間に「うけら(オケラ)」という植物を焚いて邪気を祓います。

 

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大まかな神事の流れは、まず鬼をやっつける「方相氏(ほうそうし)」による清めの儀式の後、宮司が弓矢で邪を祓う「蟇目式(ひきめしき)」を行います。その後、境内に鬼が現れますが、方相氏によって社殿は守られます。

そして氏子代表が鬼に神威を説き、鬼たちは退散。最後に、豆まきが行われます。参拝者にはうけらと一緒にした餅が頒布され、翌日の立春の日にうけらを炊きながら餅を食べると無病息災のご利益があるとされています。

上野の大学といえば、東京藝術大学。そして、上野公園内・不忍池のほとりは東京大学医学部キャンパスがあります。薬祖神とも呼ばれる医療の神さまもおられる五條天神社に願いをかけるのにぴったりですね。

まとめ

この記事で紹介した湯島天満宮、亀戸天満宮、谷保天満宮、平河天満宮、五條天神社は、このうち三つを挙げて「関東三大天神」もしくは「江戸三大天神」と呼ばれている天神社です。

徳川家康によって江戸のまちが作られて以降、十返舎一九が記した『菅神御一代文章』に「東都七天神」という記載が登場したり、道真公没後900年の19世紀初頭には「江戸二十五天神」と言って、江戸中の天神社参りをする道真ブームがあったそうです。

昭和12年刊行「東京の四季 : 年中行事と近郊の行楽地」にも東都七天神の記載が。(国立国会図書館蔵)

それらの中には現存しない天神社もあるようですが、いつの時代も道真公が人々に頼りにされ、愛されていたことがわかりますね。東京に来た折には、ぜひたくさんの天神社を回ってみてください。

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