100以上の団体が一堂に会した。鬼剣舞(おにけんばい)、鹿踊(ししおどり)、権現舞(ごんげんまい)、なぜこれほどまでに北上には多様な芸能が集まってくるのだろうか?そんな疑問を解き明かしたいという気持ちも抱きつつこの土地を訪れた。
「北上・みちのく芸能まつり」は、観光と民俗芸能の保存・伝承という考え方で戦後に作られたお祭りだ。実際に市内の数多くの団体が復活をして賑わいができたという。このお祭りのパワーを感じてもらうべく、実際に8月5日に現地を訪れた様子をレポートする。
北上・みちのく芸能まつりとは?
北上・みちのく芸能まつりは毎年8月の第一金曜から三日間開催され、北上市内のあちこちで民俗芸能の公演が行われる。2023年は主に以下のような内容が実施され、街中が各種の芸能で彩られた。
8月4日 18:00~20:30
おまつり広場芸能公演(和太鼓公演、市民パレード、少年鬼剣舞群舞)
8月5日 9:00~20:10
護摩法要、さくらホールと市内各所で民俗芸能公演、みこし披露、おまつり広場芸能公演
8月6日 10:00~20:30
さくらホール民俗芸能公演、トロッコ流しと花火の夕べ
※詳細な日程は北上・みちのく芸能まつりのホームページをご参照ください。
7団体の演舞が披露された諏訪神社
それでは、8月5日(土)の実際の現地の様子を振り返ろう。
まずは市内各所で開催された民俗芸能公演から。私は鹿踊や獅子舞がたくさん登場する諏訪神社を訪れた。13時から諏訪神社では7団体の公演が行われた。
こちらは、金津流石関獅子躍(奥州市)。安永2年(1773年)、宮城郡国分松森村の「浦田源十郎」が伝承活動を始めた。金津流は、踊りも衣装も洗練された獅子踊り。伝統に関わる儀式は厳格に伝統に従って執り行われている。ズシンと重く響く太鼓の音が心地よい。
行山流湧水鹿踊(遠野市)は、素朴でゆったりとした踊りだ。鳥の羽が背中に敷き詰められ、より獣に近いようなデザインに感じられた。
金津流梁川こども獅子躍(奥州市)。踊りは非常に躍動感があり、背は低くて子どもだとわかるのだが、技術力がとても高いと感じた。生き生きと飛び跳ねながら、太鼓を打ちならす様子は印象的だ。
なお、鹿踊がどんな芸能なのかについては、下記の記事で解説しているのでぜひ参照してほしい。
そして、口内鬼剣舞(北上市)。北上市といえばやはり、鬼剣舞が盛んなイメージだ。太刀を振る、恐ろしい形相の鬼は勇ましく、格好よさを感じた。
鬼剣舞という芸能については下記の記事で詳しく紹介している。ぜひ併せてご覧いただきたい。
さらに、獅子神楽の団体も登場した。伊勢流黒岩太神楽(北上市)は、可愛らしい表情の獅子頭が舞っている。三重県の伊勢大神楽の影響を色濃く受けた舞いである。
川端岳神楽(北上市)。目の前にお米やお酒が備えられており、途中、柄杓で水を撒くようなシーンもあり、神事性の高い舞いだと感じた。最後に観客の頭を噛んでくれた。
伊勢流門屋太神楽(北上市)。こちらも伊勢流黒岩太神楽と同様に、伊勢太神楽の影響を強く受けた舞いだ。雌雄一対で舞い、演舞後にお菓子をくれるなどの特徴があった。
獅子頭を用いる神楽は「獅子神楽」と呼ばれ、大きく二つの系統に分類される。そのうちの一つが「伊勢大神楽(太神楽と表記される場合もある)」だが、どんな芸能なのかは毎年末に本拠地の増田神社に戻って行う「総舞」のレポート記事をご覧いただくと理解の一助になるかと思う。
また、獅子神楽のもう一つの系統が、この後に北上駅前の大通りで数多くの「権現舞」が披露される修験者の神楽で、別名「山伏神楽」である。下記記事の「里神楽の4つの分類」の④で解説しているのでぜひ参照してほしい。
おまつり広場で権現舞、鹿踊、鬼剣舞が躍動する!
ひとまず、諏訪神社での民俗芸能公演は15時半で終了。その後、神輿の渡御などがあったのち、おまつり広場芸能公演も行われ大通りに各種芸能が集った。
こちらは神楽「権現舞」群舞。北上駅前の大通りを権現舞が埋め尽くした。
その後は各種芸能公演。鬼剣舞、鹿踊、太神楽などが披露された。
そろそろ日が暮れかけて、鬼剣舞の髪の部分に夕日が差し込む様子は非常に美しかった。勇壮な演舞者たちを柔らかい陽の光が暖かく包み込んでいるようだ。
こちらの県内外公演のさんさ踊りは華やかな衣装だ。
おお、なにやら巨大な生き物がこれから舞うようだ。
こちらは犬吠森(いぬほえもり)念仏剣舞。大笠は浄土の象徴であり、お盆には供養のためお墓などをまわるそうだ。元禄6年(1693年)銘の巻物があり歴史は古い。造形の迫力があり、大変印象的な演舞だった。
こちらは再び鬼剣舞。
鹿踊大群舞。行進の様子が非常に迫力がある。
完全な夜になり、街の灯りに照らされた民俗芸能の数々も美しかった。
根反鹿踊りの激しい演舞とササラのシャカシャカ鳴る音、そして大きく張り上げる声がとても印象的だった。鹿頭も原始的な作りに思われた。
さて、こちらがラスト、クライマックスの鬼剣舞大群舞だ。勇壮な鬼剣舞の担い手たちが数え切れないほどの行列をなして、並ぶ様は非常に格好良い。
子どもも大人たちを追いかけるように、懸命に演舞している姿が可愛らしくて立派だった。
芸能団体との新しい出会い
さて、8月5日のお祭り広場芸能公演は、20時過ぎに終了した。大通りを埋め尽くす鬼剣舞の演舞が余韻となって記憶に残った。
それにしても、100以上の民俗芸能団体が一堂に会する機会などなかなかない。今まで見たことも聞いたこともなかった芸能とも出会える場となっている。だからこそ、自分の推し芸能との出会いが生まれることが、このお祭りの魅力でもあると感じた。
北上は芸能の宝庫である
これだけの芸能を育んできた北上市という地域にも関心を持った。そこで、北上市のことについて文献でも調べてみた。
岩手県は四国の4つの県を合わせたくらいの広い土地があり、かつて南部藩と伊達藩の境目だった場所である。海岸と内陸の違いや、江戸時代の統治が南部藩と伊達藩に分かれていたなどの要因から、芸能に多様性が生じたようだ。その中でも北上市は南部藩と伊達藩の境目。このような環境下で多様な芸能が流入して競い合ってきたという。背景を知りながらこのお祭りを訪れると、より深く楽しむことができるかもしれない。
参考文献:加藤俊夫著、花部英雄 加藤ゆりいか編『まつりの立役者 加藤俊夫遺文集』2022年3月