小学校に通う子どもは部活の後、獅子舞の練習へ。ハードスケジュールをこなしながらも、その生活を楽しんでいます。大人たちが楽しそうにしているから、子どもが楽しいということは少なからずあるでしょう。それにしても、なぜ市重要民俗無形文化財「奈川獅子」はここまで担い手が熱い想いを持ち楽しんでいるのでしょうか?
2023年3月11日(土)、長野県松本市の山村部、奈川地区にある「奈川文化センター夢の森コンベンションホール(以下、奈川文化センター)」にて「奈川の文化遺産を後世に〜奈川獅子と祇園ばやし~」と題し、奈川獅子の演舞イベントが開催されました。詳細はこちらのレポート記事でご覧ください。イベント終了後、奈川獅子の魅力について、関係者の方々とともに考えました。
奈川獅子は、誇りであり拠りどころ
まずは今回、イベント会場となった奈川文化センターのセンター長を務めておられる、髙山昇さんにお話を伺いました。
――この場所は普段、どういう使い方をしておられますか?
髙山さん「小学生の放課後子ども教室や町の文化祭、中学生の吹奏楽、福祉の集いの場など、さまざまな地域活動の場として、使っていただいています」
――今回のイベントは、どのような経緯で実施が決まったのですか?
髙山さん「奈川獅子の担い手と話しているうちに、文化庁の公開支援事業に応募したことが、ひとつのきっかけでした。奈川獅子の魅力をより発信していこうという狙いです。また、奈川文化センターは雨漏りの改修工事をしており、その工事完了のタイミングで、今回のイベントをおこなうことになりました」
――今回は何名くらい来場されましたか?
髙山さん「170名くらいですね」
――会場が満員になるほどの人が来られていましたね。告知はどうされたのですか?
髙山さん「チラシを作ったのと、(松本市の方々向けに)市役所のホームページや松本市民タイムズという地方紙などで事前告知をしていただきました」
――奈川獅子を継承する上で、新しいファンが増えていく可能性もありそうです。今後の開催予定はあるのですか?
髙山さん「今回だけのイベントですが、奈川獅子の魅力を発信する良い機会になりました。また保存会と話して、考えていきたいですね」
――最後に、奈川獅子にはどのような魅力があると思いますか?
髙山さん「私はもともと外部の人間だったのですが、センター長になってからの3年間、奈川獅子と深く関わってきました。その中でー。奈川獅子は地域にとって誇りであり、拠りどころでもあることを実感しました。また、愛着も強いですよね」
大人は子どもに、楽しい姿を見せる
同じく外から奈川に関わるようになった、大学生の新鮮な視点にも注目してみましょう。
今回のイベントでは「奈川獅子から考える民俗芸能の現代的意義」と題して、信州大学経法学部応用経済学科3年 東大陽(ひがしたいよう)さんによる講演がおこなわれました。東さんから見て、奈川獅子にはどんな魅力があるのでしょうか。
――講演、興味深く聞かせていただきました。奈川獅子の研究のきっかけはなんだったのでしょうか?
東さん「人口減少という大きなテーマの中で、地域コミュニティについて関心があります。奈川について調べていくうちに、獅子舞団体が抱える問題として『担い手不足』があり、そこが関心の始まりでした。もともと奈川の方々とは付き合いがあり、自分からこういうことをやりたいというと協力的で受け入れてくれます。今回はゼミ論文の執筆のための研究でもありました」
――担い手不足とはいうものの、皆さん生き生きとされており悲観的な人があまりいないような印象も受けました。小学生のお子さんたちも獅子舞を楽しみに毎日を過ごしているそうですね。この秘訣はなんだと思いますか?
東さん「子どもが生き生きしているのは、大人たちが生き生きしているからだと思います。大人たちが苦しい時でも、子どもたちの前では楽しい姿を見せるということが徹底されているようにも感じます」
――東さん自身も担い手の勧誘を受けたことがあるそうですが、今後進んで担い手をやりたいと思いますか?
東さん「(自分が)担い手になることがゴールになると、一時的な解決策にしかならないですよね。でも、仲間を連れて、ひとまず舞ってみようかなと思っています。『きついけど、舞ったらわかるから』といわれることも多くて、(担い手の気持ちをさらに知りたいという意味でも)実際に体験したくなりました」
奈川獅子は、時代を超える
苦しくても頑張れる大人たちは、奈川獅子にどのような可能性を見出しているのでしょうか?
続いて、今回のイベントを企画されてきた「奈川獅子舞保存会」の勝山宗史さんと奥原貫さんに、担い手の立場からのお話を伺いました。
左から奥原さん、勝山さん
――普段と違う場所で舞うことになったと思います。観客が踊る人を取り囲む形での披露となりましたが、あれはいつものスタイルなのですか?
奥原さん「祭りの時は基本的には立ち見ですが、今回は椅子が置かれていました。観客が立っている場合、奥は見えないのですが、逆に座っているのでどこまで観客がいるのか見えやすかったですね」
勝山さん「昔の人は、演舞を取り囲む円があまりにも重なりすぎて後ろの人は見えないから、近くの建物の屋根に登って見ることもあったそうです。昔は娯楽がありませんでしたからね」
――そういう意味では、昔と今で鑑賞者の見方は変わったのでしょうか。
勝山さん「まあでも、来てくださっている方は、昭和、平成、令和という時代に関係なく、あの祭りの場所にくれば、みんな楽しめるんです。久しぶりに来た人は、すごく懐かしくて涙が出るという人もいます。奈川獅子は時代を超えていくんですね」
観客と踊る人の一体感
――座布団の席もあって、地べたで気楽に見られるのが良いですね。
勝山さん「市民芸術って、本来ああいう形なんだと思います。観客と踊る人との一体感があって、拍手も自然と沸き起こりましたよね」
――天狗がちょっかいを出す場面もありましたね。
勝山さん「笑ってくれる人もいて本当に良かったです。保存会長の挨拶が真面目におこなわれている横で、そういういたずらを仕掛けていくんですよね」
奥原さん「じっと獅子が寝ている時は何も面白くないから、天狗がちょっかいを入れて楽しませる。そういうつなぎ役でもあるんです」
勝山さん「ちょっと怪しげな雰囲気で天狗が来るから、泣いちゃう子どももいますよね」
――確かに、お囃子が入ってくるタイミングで暗い照明に変わって、泣いている子どももいましたね。
どれだけ迫力を出せるかが大事
――照明の雰囲気もあり、演技にのめり込むような「劇場型」でありながら、天狗との掛け合いがあり、その演技に介入の余地がある「参加型」の要素もあり、さまざまな要素の詰まった獅子舞だと思いました。
勝山さん「確かにそうですね。スッと入ってこられる世界観なんですよ」
奥原さん「基本的に奈川獅子は『(所作をしっかりと)魅せる獅子舞』という感じではありません。戦っている様子に迫力がある、格闘技のような獅子舞です。だから、綺麗じゃなくてよくて、どれだけ迫力を出せるかが大事なんです。どれだけ接近戦で戦えるかということでもあります」
勝山さん「ただうまくやっていくことが大事なのではなく、好きな気持ちが大事で一生懸命やってくれれば良いんです。獅子捕りは獅子から目を離さないで、しっかり向かっていくということですね。『そうでないと噛みつかれちゃうよ』などと子どもの頃から言い聞かせています」
独特の映え方をすると「伝説の人」になる
――長時間の演舞のなかで、とくに大変なところはどんなことですか。
勝山さん「笛の吹き方にも個性が出て、私の場合は笛を持っていると、しっかり吹かなきゃと腕にずっと力を入れているので、酸欠状態になって血が回らなくなるんです。しかも、人がたくさん入るホールのような場所だと、空気が薄くなってきますよね。頭がふわふわしてくるんですよ」
奥原さん「踊り手も人によって感覚が違うんですよね。自然と個性が出てくるんです」
勝山さん「そうそう、昔のあの人のあの踊りが良かったよねって、今でも話すことがありますよ。独特の映え方をする踊り手もいて、その人のことを『伝説の人』などと呼ぶこともあります」
<あとがき>
なぜ奈川獅子の担い手は獅子舞を楽しみ、生き生きとしているのでしょうか。踊り手の方々の想いがあるということは大きいと思います。それに加えて、今回気づけたのは、演舞の形態に秘密があるのではないかということです。
綺麗に見せなければならない、型をしっかりとやらなければならないなど、決まりを守るという意識で獅子舞をしている地域は多いです。しかし、奈川獅子は気持ちがあれば、迫力やかっこよさが現れる舞なのではないかと感じました。そういう意味では、皆さんの奈川獅子に対する想いの源泉がどこにあるのかが、少しわかったような気もします。