全国各地にある多くの郷土芸能の多くは、継承という点においてさまざまな課題を抱えています。高齢化に伴う継承者不足、資金不足、芸能自体の魅力が周知されていないことなどなど……。コロナ禍によってお祭りの中止を余儀なくされたことで、この継承問題はより深刻な事態となっていくことが予想されます。
そんな中、岐阜県本巣市の山間部に位置する「根尾(ねお)地区」では、教育機関がコミュニティの中に入り込み、地元の人たちと交流しながら、お祭りのみならず、地域の歴史や長い時間をかけて培われてきた生活技術・知恵に触れ、学び、記録していくというユニークな活動が2015年から行われています。
この活動の中で特に注目したいのは、地元の伝統的な盆踊りの振り付けをモーションキャプチャして、デジタルデータとしてアーカイブしようという取り組み。踊りの所作の細かなニュアンスまで記録をしようとすると、どうしても文字や写真、動画では限界がありました。モーションキャプチャを活用することで、盆踊りの3次元的な動きをトレースすることが可能になります。この研究を応用すれば、獅子舞、神楽など、動きの伴うさまざまな郷土芸能のアーカイブ化が進み、伝統芸能の継承にも一役買うのではないでしょうか。
プロジェクトの詳細について、情報科学芸術大学院大学 (IAMAS)の金山智子教授、小林孝浩教授、IAMASの学生であるる王芯藍さんにお話を聞きました。
目次
通ううちに見えてきた根尾の自治システムの凄さ
小野:もともと、根尾に関するIAMASのプロジェクトはどのように始まったのでしょうか。
金山:私たちのプロジェクト自体は2015年に「根尾コ・クリエイション」という名前で始まりました。2019年に一旦終了しているんですけど、2020年4月からはまた名前を変えて、「コミュニティ・レジリエンス・リサーチ」の一環として根尾でのフィールドワークを継続しています。
「根尾コ・クリエイション」には、全国で限界集落がどんどん衰退していく中で、いろいろなクリエイター、例えばデザイナー、建築家、エンジニアなどが地域に入っていって新しい表現を生み出すことで、根尾のような地域の可能性を一緒に見出せるのではないか(コ・クリエイション=共創)、という狙いがありました。
なので、いろいろな創作活動を行っていたんですけど、途中から根尾という地域の面白さ自体に気づくようになって、なんだか(自分たちがしていることが)おこまがましいような気がしてしまって。だんだんと「根尾にいる人たちの生きる力ってなんなんだろう」と関心がシフトしていって、いまは完全にそういったテーマを中心としたプロジェクトに変わっています。
小野:私はもともと岐阜県の盆踊りが大好きで、根尾にも面白い盆踊りがあるということで、2018年頃から根尾に通うようになったのですが、盆踊りというきっかけがなければ、おそらく一生接点のなかった土地という感じがするんです。金山先生たちが根尾を「面白い」と感じたところは、一体どういうところなんでしょうか。
金山:最初は、根尾の表層的な部分しか見えていませんでした。豊かな自然だとか、食文化だとか、重要無形民俗文化財に指定されている能郷の能・狂言だとか。
そういったものも当然面白いと思うんですけど、ずっと通っているうちに見えなかったものが見えてきました。それは、自治の仕組み。根尾の人たちはインフラを自分たちで構築していて、例えば山奥から水を引いて集落で分配するシステムを持っています。2019年、各地で多くの被害を出した台風第10号に根尾地区も被災しましたが、水源管理のシステムがあったため、電気は止まっても、水は止まらなかったそうです。そういうのが見えてくると、どうやってシステムを維持しているんだろう、なんでその仕組みを今でも維持できているんだろうって気になるじゃないですか。
その強さの秘密は、私は「革新できること」だと思っています。「こうしなければいけない」という決まりは若干ありつつも、新しいものをどんどん受け入れて、伝統文化を革新させていくことができる、それって実はすごい重要なことではないでしょうか。根尾の能・狂言が何百年も続いているのも、然るべきタイミングでシステムを革新してきたからだと思うんですよね。根尾の盆踊りにしても、小野さんのような東京から来た人たちや、藍ちゃんのような外国人の学生さんも受け入れて一緒に楽しんでいる。それもまた一つの革新でしょうし。
そういった確立された自治のシステムを持っていること自体が、これからの社会の中で重要になってくるじゃないかと思うようになり、そこから根尾にする見え方が大きく変わりました。
イラストやビデオではない、新しいアーカイブの方法
小野:革新といえば、モーションキャプチャーの技術を使って、盆踊りをアーカイブするという試みも、これも革新的な取り組みだとは思うのですが、これはどういうきっかけで始まったのでしょうか。
金山:まず根尾の盆踊りについてはプロジェクトが始まった当初から知ってはいたんですが、実際に練習会などに参加するようになったのは2018年頃からです。練習会の開催日が平日水曜日なので、参加が難しかったのですが、盆踊り保存会の会長さんに頼んだら「ええよ」って(笑)、全然違う日に練習日を設けてくれて。一回踊ってみたらすごく面白くて、学生たちも面白いと感じてくれたみたいで、練習会に行くようになりました。
根尾盆踊りのアーカイブ化に挑戦したのは、踊りの動き方を記録するのに、従来のようなイラストやビデオの映像という方法ではない、もっと違う残し方があってもいいんじゃないかと思ったからです。
そんなことを考えていた折に偶然、学会で着物の動きをモーションキャプチャーできる技術の発表がありました。IAMASでもモーションキャプチャーに知見のある先生がいらっしゃったので、同じようなことができないかと調べてみたんです。そこでボーン(骨格)の動きをアーカイブすることであれば、手軽にできることがわかったので、まずはそこからやってみようということになりました。
小野:実際には、どのようにアーカイブ化するのでしょうか。
小林:最初の実験では、Kinectというマイクロソフトが出しているデバイスを使用しました。これは、センサーと人との距離を画像のように測定し、そこから人の動きをボーン(骨格)として取得できるもので、本来はゲームに使用されるデバイスです。これによって、リアルタイムでボーンを取得しつつ、その動きを記録しました。
ところがやってみると、演者が回転して後ろを向いた時に、前向きに推定されてしまうという問題が発生しました。そこで翌年の本番では最新のKinectを使用し、さらに念のためにビデオカメラを正面と横の2台を用意して臨みました。新しいKinectでもうまく取れなかった部分は、後処理の工程でAIを利用し、ビデオ画像からボーンを推定するなど、複数の技術を併用しました。
金山:あと最初のモーションキャプチャができた時、骨人形が踊っているような味気なさを感じたんです。これにアバターを付けることは簡単にできるとわかったので、じゃあアバターを付けてみようとやってみたら、いいんじゃないこれ、もっと本格的にやってみようということになり、研究助成金を申請しまして、2020年にその成果を動画としてYouTubeに公開することができました。
小野:(映像を見て)かわいいですね。地元の人たちの反響はいかがでしたか?
金山:最初に試作したバージョンを地元の踊り手のみなさんにお見せしたら「かわいい!」と好評でした(笑)。また動画を公開したのがちょうどコロナのタイミングだったせいか、この映像を家で見て練習しますという声もいただけて、タイミング的にはよかったなと思っています。
興味深かったのは、アバターで見た目はかわいくなっているんですけど、モーションキャプチャをしているので踊りの癖が出るのか、「これは●●さんの踊りよね」と、ちゃんと認識できるんです。
小野:同じ踊りでも、人によって動きの癖が出てきますし、地域によっても少しずつ踊り方が変わってきますので、そういった個人差や地域差も残したまま丸ごとアーカイブできるというのは、民俗芸能の多様性を記録していくという意味で意義がありそうですね。
金山:根尾でできるということは、全国どこででもできることだと思うんですよね。モーションキャプチャの方法はオープンにすることもできますので、ノウハウを求めている方がいらっしゃったら、積極的にシェアしていきたいと思います。
国や世代を超えて人をつなげてくれる「盆踊り」という場
小野:金山先生たちのプロジェクトは盆踊りに限らずというところだと思うのですが、若い学生たちが地域の郷土芸能に関心を持って、積極的に関わろうとしている動きというのは、未来のある話だと感じました。
金山:うちの学生は、3代にわたってみんな盆踊りが好きなんです。なぜかわかりませんが、何か惹かれるものがあるんでしょうね。藍ちゃんは中国からの留学生なのですが、プロジェクトの中でも一番盆踊りが好きで練習会にも積極的に通っていて、地元のおじいちゃんおばあちゃんからも信頼されているんです。
小野:せっかくなので、藍さんが根尾の盆踊りにハマった理由を聞かせていただけますか?
王:私、日本のお祭りが大好きで、大学でもお祭りの研究をしたいと思っているくらいなんです。叔母さんが日本の方と結婚した縁で、2014年から毎年夏に日本に来て、いろいろな祭りを見て楽しんでいました。2019年に東京の日本語学校に入学して、日本語が喋れるようになったので、ようやく祭りに参加できるなと思ったら、コロナで祭りがなくなってしまってとてもショックでした。
根尾の盆踊りを初めて体験したのは去年の6月くらいです。2020年にIAMASに入学して、根尾のプロジェクトに参加したのですが、そこで盆踊りの練習会に行ったら、とても楽しくて。いまも1カ月に一回の盆踊り練習会に通い続けています。
小野:盆踊りのどこが楽しかったんですか?
王:盆踊り自体もとても楽しいのですが、私が好きなのは、練習会が終わった後のお茶会の時間です。お茶を飲みながら皆さんの昔話を聞いていると、なんだか自分が外国人だという意識がなくなり、とても幸せなんですよ。
小野:根尾のおじいちゃんおばあちゃんも、自分の孫をかわいがるような気持ちなんでしょうね。
王:そんな感じです。私、日本のドラマが好きなんです。ドラマの中の日本人は親切で優しい。でも、東京に住んでいた時は、ドラマと違って日本人は冷たい、ドラマはやっぱりドラマなんだねと思っていました(笑)。でも根尾にいると、みんな優しい。2019年に来日してから、根尾にいる今が一番幸せな時間だと感じています。
小野:盆踊りが昔は男女の出会いの場になっていた話は根尾のお年寄りからよく聞きますが、いまだに盆踊りが人と人をつなぐためのコミュニティとして機能しているというのは、面白いですね。
2022年の10月には「ねお展」を予定
小野:今後もIAMASでは根尾でのフィールドワークは続いていくのでしょうか。
金山:今年はプロジェクトとしては最終年度になるんですけど、ひとまず10月に岐阜県立博物館で「ねお展:アジール(自由領域)であり続ける地域のこれまで そして これから」という展示会をやることになっています。
小野:「ねお展」ですか。
金山:今までは私たちが根尾で見てきたもの、調べてきたものを展示の形で発表するイベントです。そこで地元の人や藍ちゃんにも相談しながら、盆踊りのワークショップもできたらと考えています。今日ちょうど県立博物館の人と打ち合わせがあったのですが、その時に博物館で踊って歌っても平気ですか?って聞いたら、多分大丈夫ということだったので。盆踊りのような動的なコンテンツって博物館の中にはないので、面白いかなと思って。
小野:それは面白そうですね。
金山:藍ちゃんに限らず、他の学生たちも練習会に行って、一生懸命盆踊りを覚えようとしているので、もし今年の夏、コロナで盆踊りがなくならなければ、みんな根尾の盆踊りに行くんじゃないかと思います。その時はぜひ小野さんも参加してくださいね。
小野:はい、楽しみにしています!
互いを受け入れ、学び合う姿勢が文化の継承につながっていく
どんなに学術的に価値のある郷土芸能であったとしても、それを支える人、残したいと本気で思える人がいなければ、廃れてしまうのもある意味では仕方のないことかもしれません。文化にもまた栄枯盛衰がある、そう思う一方で、根尾という場所には、幸運にも積極的にその土地や人に関わりたいと思う部外者がいて、それをオープンに受け入れる地元の人がいました。今回、取材したモーションキャプチャーの取り組みも、その外と内との関係性を象徴する動きだと思います。
「根尾盆踊り」は阿波踊りや郡上おどりのように、決してプレイヤーの多いお祭りではありませんが、不思議と未来を感じることができます。その理由は、地元の人と、外からやってくる人、それぞれが互いを受け入れ、互いから学びを得ようとしている、そんな姿勢を持っているからだと思います。逆に言えば、そのような関係性を築き上げることができれば、廃れゆく郷土芸能を復活させることはそこまで難しいことではないのではないでしょうか。