二月堂の舞台から激しく舞い散る火の粉
世界遺産「古都奈良の文化財」の一つ、東大寺の二月堂で毎年3月に行われ、火の粉が舞い散る映像でお馴染みの「お水取り」。その中でも、世界中の人々を魅了し続ける「お松明」を紹介していきます。
人々の心を掴んで離さない「お水取り」とは?
堂々とした佇まいの東大寺二月堂(国宝)
「お水取り」とは東大寺二月堂において、3月1日から14日までの2週間のあいだ一連の法要が行われる「修二会(しゅにえ)」の通称。練行衆と呼ばれる僧侶が、本尊の十一面観音に懺悔し、合わせて天下泰平・万民豊楽・五穀豊穣を祈る法要を主として一千二百有余年ものあいだ、一度も途絶えることなく今日まで続いているそうです。
「閼伽井屋(あかいや)」と呼ばれる井戸からお水を汲んでお供えする法要から「お水取り」とも、また地元関西では、練行衆が二月堂の舞台で火のついた松明を振り回す法要から「お松明」とも呼ばれています。
練行衆が松明を振り回す二月堂の舞台
通常は6m・約40kg、籠松明は8m・70kg
練行衆が上堂する際に登る階段
遠く若狭の地から送られた水が湧出する「閼伽井屋」
二月堂門前の絵心に溢れたお知らせ
超常現象⁉︎をほのめかすエッセイに出会う
春の訪れを告げる「お水取り」のニュースが勇壮な映像とともに流れます。毎年気にはなっていましたが、不思議なエッセイに偶然、出会いました。白洲正子さんが「お水取り」について不思議なことを書いているのです。『私の古寺巡礼』では
それは二月堂が建つ以前から、里びとによって営まれた神事で、後に仏教の中にに取り入れられたのであろう。それが神事である証拠には、水を取ることは、咒師(しゅし)という役目によってなされるからで、その他の僧侶たちは、井戸のそばへ近づくことも許されないのである。
と、日本を代表する仏教寺院、東大寺の二月堂で行われる一大法要のルーツが、神道や修験道にあると断言。さらに『十一面観音巡礼』では
お水取りの最中には、必ずこのような突風が吹き、それを「天狗風」という、と教えて下さった。そういえば、行法の間で練行衆が下堂するとき、「手水、手水」と呼ばわるのも、天狗に聞かせる為だという。
と何やら超常現象のような現象をほのめかし、
嘘だと思う人は、ためしてごらんなさい。
と挑んでいるのです。俄然、好奇心に火がついてしまいました。
人生観が変わる不思議な出会いがあります
そんな折、縁あって二月堂前の招待者席に入れる券を頂きました。盛り上がりが最高潮に達する3月12日に(この日の松明は他の日に比べ、本数が1本多い11本。サイズも一回り大きな「籠松明」が使われます)喜び勇んで出かけました。
若草山山麓の駐車場が空いていればオススメ
古都・奈良へは大阪から車で30分ほど。開始までにまだまだ時間はありますが、白洲さんの不思議な記述をこの目で確認したいので、二月堂の周辺を散策しました。
若草山山麓沿いの静かなアプローチ。散策に打ってつけ
東大寺大仏殿を迂回するルートで二月堂へ
風情のある土塀に囲まれた二月堂裏参道
二月堂界隈はまるで社で構成された聖域に、山岳霊場のお堂が建てられているかのような趣があり、奈良寺代を代表する寺院である東大寺とはまったく雰囲気が異なります。
二月堂の右隣に東大寺の守護神である「手向山八幡宮」。二月堂を囲むように配置され、鎮守とされている「興成神社」「飯道神社」「遠敷神社」の三社。さらに遠く若狭の国と地下水脈で繋がり、若狭彦神社から送られた水が10日間かけて湧き出すという「閼伽井屋」。白洲さんの指摘通り、神道・修験道・山岳信仰のただならぬ気配を感じます。
二月堂前のお松明招待者席はかなりの角斜面
東大寺の守護神、手向山八幡宮
興成神社
飯道神社
遠敷神社
徐々に日が暮れてきました。3月だというのに奈良は盆地ゆえに真冬並みに寒く、深々と冷えてきます。もしや、この冷気は霊気では?と怪しんでいると、境内に「お松明は催事ではなく法要です。決して拍手はしないでください」とアナウンスが。いよいよ「お松明」がはじまります。
月明かりに浮かび上がる二月堂
松明は本来、練行衆の道明かりだったのですが、舞台の欄干から突き出してから激しく振り回し、舞台上を走り抜けていくので、火の粉が派手に降りかかってきます。火の粉や灰を浴びると無病息災に過ごせるということで広場の一番前は大人気。灰や燃えかすを持ち帰る人もちらほら。
松明に火を灯し上堂する練行衆
松明を欄干から突き出しと激しく揺らす
火の粉を撒き散らし舞台を走り抜ける
まるで巨大な火の玉のような籠松明
漆黒の闇の中で揺れ動く炎
こんなに激しい法要は見たことない
練行衆の激しい動き、炎が風を切りさく音、空気から伝わってくる熱、暗闇に揺れる炎、飛び散る火の粉、そのすべてのなんと神々しいことでしょう。「ああこれが非日常体験(ハレ)というもので、日常(ケ)に疲れた心を元気にしてくれるのだ」と得心しました。この(ハレ)を是非一度体験してみてください。人生観が変わりますよ。
その後、すっかり「お水取り」にはまってしまい、文献を漁り、再び訪れましたが、世の中にはまだまだわからないことがたくさん、謎は深まるばかり。
時間の関係でまだ「お松明」しか見ていません。白洲さんから挑発されているので、次回は「修二会」の主法要である「お水取り」を見に行くとしましょう。「天狗風」を感じ「魑魅魍魎」に出会えたらいいのですが。
もっと「お水取り」を楽しむために
春日山より東大寺大仏殿と興福寺五重塔をのぞむ
二月堂周辺には東大寺はもちろんのこと春日大社、春日山原始林、興福寺と世界遺産「古都奈良の文化財」8資産の内、4資産が、徒歩圏内に集中しています。関西からなら日帰りで、東京からなら1泊2日で十分楽しめる旅になるでしょう。世界遺産を巡り歩く小旅行、お勧めです。
世界遺産・春日大社
世界遺産・春日山原始林にて
原始林に点在する石窟仏・石仏
世界遺産・興福寺もほど近い
お出掛けの際には寒さ対策と火の粉対策を忘れずに。ダウンは溶けるので厳禁、髪毛も焦げるので帽子が必需品です。ゆったりと過ごしたい方には、人出の少ない平日で3月12日以外の日がお勧めです。
参考文献
「私の古寺巡礼」白洲正子 講談社文芸文庫
「十一面観音巡礼」白洲正子 講談社文芸文庫
華厳宗大本山 東大寺 公式ホームページ