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御田祭で早乙女になってみた!セレブリティ気分満喫!

御田祭で早乙女になってみた!セレブリティ気分満喫!

こんにちは。ついに霊力が身に付いた(?)どんぐり圭子です。令和元年七夕の日、宮崎県美郷町西郷で早乙女になって、田植えをしたのでレポートします。

◆ 早乙女には、霊力があった?!

早乙女とは、田んぼに稲を植える女性のことです。
古代、稲の豊作を願って、特別に選ばれた女性が田植え儀式を行いました。女性が子どもを産むという不思議は、霊力そのものだと信じられてきたのです。だからこそ、早乙女には生殖能力旺盛な時期の女性、つまり若い人が歓迎されるのです。ただ、昨今の人手不足では、そんなことも言ってられないのが現状です。
今回、紺絣(こんがすり)の着物、赤襷(あかだすき)、白手拭(しろてぬぐい)に菅笠(すげがさ)という晴れ姿を体験。なんだか自分が特別であるような気がしてくるから不思議。それに、知らない人たちにバチバチ写真を撮られるから、有名人になった気分を味わえたの! 早乙女姿になって霊力が湧いてきたと感じたのは、私だけ?

早乙女の衣装に着替え中

着替え

まず、ピタッと足に張り付くゴム製の田植え足袋を履きます。それから、下着姿になって、真っ赤な腰巻をつけます。腰巻→脚絆→着物→帯→襷(たすき)→手甲、最後は手ぬぐいを頭に巻いて傘をかぶって、帯にうちわを挟みます。簡単だけど、慣れていないとなかなか一人ではできません。婦人会の方々が手伝ってくれました。衣装を身に着けるとなりきるのよねー。(何に?)

祭りを見学しながら出番待ち

◆ 出番待ちの間にいろいろと考えた

侮ることなかれ その1 手甲と脚絆

田植えは、今も昔も一大行事。以前、田植えのために里帰りする友人に同行して手伝ったことがあるの。機械が植え残した四隅を手で植えるだけだったんだけど、丸一日作業するって大変なのよね。その時学んだことは、ぬかるんだ田んぼに長靴は通用しないってこと! 今回、手甲(てっこう)と脚絆(きゃはん)の威力を再確認しました。単なる木綿の布なんだけど、おかげでヒルに吸い付かれることもなく、動き回りやすかったの。長時間水に浸かっていても足が冷えなかったのよ。日焼けも防げたし一石二鳥ね。

脚絆

 

侮ることなかれ その2 弥生人のひと手間

稲が伝わった縄文時代は、籾を直播きしたのだろうと思われていました。しかし、古代日本人を侮ることなかれ! 弥生時代には苗を育て、株を作っていたことが分かる稲株の痕跡(岡山市 原尾島遺跡)が発見されています。直播きをすると、雑草のほうが早く大きくなって、稲は伸びることができないのです。そこで、15㎝位まで苗を大切に育てて植えれば、雑草との競争に勝って実ることができるってわけです。苗づくりのひと手間を弥生人も行っていたなんて、頭が下がるわー。

しだいに気分が高揚してくる不思議

苗を植えるのは手作業。今回、田んぼを目の前にして、これを手で植えるのか~と思っただけで、一瞬腰が痛くなったような気がしました。ところが、神事が始まり田んぼに牛馬が入ると、早く自分も田んぼに入りたいという気持ちが強くなるから不思議です。見物だけしていた時には、感じなかった気持ちだなあ。

御神田で牛馬の安全を祈願

見よ!この勇者を!

晴れていても傘とカッパは必需品

毎年のことながら、見物客の多いこと。泥がかかれば無病息災と言われているから、誰もが前で見たがります。皆さん準備がよくて、最前列は傘、2列目からはカッパ。泥はかぶりたくないけど、かぶりたい! 複雑な心境なのね。

 

見事な泥模様!この傘、きっと壊れないはず……

どれだけ牛や馬にお世話になってきたことか

馬と若者の御神田での大暴れが終わると、次は、牛たちです。昔は、この時間帯に、村中の牛や馬が連れてこられたそうです。そして、その健康と安全を祈願して御神田を歩き回ったのでした。農業に携わる家畜は、大切なパートナーですからね。人に馴染んで労働を手伝ってくれた大型の動物。人より力が強いので、反抗しようと思えばできるのに、長い間ずっと過酷な労働を支えてくれた牛や馬。感謝しても感謝しきれません。

牛も入りまーす

◆ 田植えまでの手順

1 田起こし(荒起こし)

乾いた田んぼが湿った田んぼになる前は、雑草が伸びたちょっとした荒れ地です。人力で耕すのは大変。

田起こしでは、牛馬に「犂(すき)」という道具をつけて引かせます。西日本では、5~6世紀に水田開発が進みました。そのころから牛馬が使われ始められたようです。でも牛馬は、ほんの一握りの豪族の財産。牛馬が田畑で活躍するようになったのは、鎌倉時代。ほとんどの農家が家畜を持つようになったのは、なんと明治時代になってからなのです。

犂は、地中深くささって、土を掘り起こしひっくり返します。だから「起こす」というんですね。これは、田の表面にある草や刈り株などをすきこんで土を砕き、水を蓄える力を強くします。また、表面にある雑草の種をすきこんで発生を減らす効果があります。

この時の田んぼの状態は、大きな土の塊がゴロゴロ。

牛馬による田起こしは、耕運機が出る昭和30年代まで続きました。そう遠い昔じゃないよね。ちなみに、耕運機は、人が握って後ろをついて歩くもの。トラクターは、人が座って運転するもの。仕事内容は同じです。

2 水をほんの少し張って、また田起こし(中起こし)

ここが田起こしで最もコツのいるところ!

田んぼに水を少し張って、粘土質の土を水となじませます。もし、水を張りすぎて粘土が溶けたら、中には酸素がない状態に! 苗は窒息死してしまいます。

この段階になると、牛馬に鍬(くわ)をつけて歩かせます。これは、「馬鍬」といって「まんが」と読みます。歴史的には、すでに6世紀には、牛や馬を使ったのではないかと思われるヒノキ製の馬鍬が発見されています(滋賀県蒲生町堂田遺跡)。

この時の田んぼの状態は、表面にはまだ水はなく、小さな塊がコロコロ。ほどよく小さな塊がいいのです。

3 肥料やり

次に肥料を混ぜます。

今では、有機物、米ぬか、鶏糞などを撒きますが、昔は、刈草、草木灰、家畜の厩肥はもちろん、下肥(しもごえ・人糞尿)も利用していました。臭かっただろうなあ。

いやいや、そんなことは言ってられません。江戸時代、下肥は、魚肥や油粕に交じってお金を出して買う肥料『金肥(きんぴ)』と呼ばれるくらい貴重なものでした。しかも、やんごとない(高貴な)お方たちの糞尿は、高値で取引されたのです。栄養状態が良かったから、肥料として高品質なんですって。

ところで、糞尿はそのままを田んぼに撒くのではありませんよ。ちゃんと肥溜め(こえだめ)の中で発酵させなければいけません。この発酵の過程が臭いのです。だれ?臭いの、汚いのって言ってるのは! 納豆やブルーチーズと同じ原理なのよ。

仏教伝来以来、牧畜による肉食をしなかった日本では、動物の糞を集めるよりも人の糞を集める方が簡単でした。そこで、厠(トイレ)を設置し回収したのよ。その結果、集落は衛生的になったので、豊作と衛生で一石二鳥! と言いたいけど、発酵の過程で蚊や蝿が湧いてくることと、寄生虫の問題もあったの。一長一短ってとこかしら。

戦後、寄生虫のついていない野菜を生食したいマッカーサーによってやめさせられるまで、下肥の活用は続きました。田んぼより畑の方で多く使われていたので、当時の日本人は、野菜は生で食べてはいけませんって言われていたのよ。いやだ、話が脱線しているわ~。

4 水入れ

水はゆっくりと溜め、土にじっくり吸わせます。そして、代掻きをするのですが、その前に暴れまくるぞーというのが、西郷の御田祭。水が溜まっていたら、そこではしゃいでみたくなるのは、当たり前!

わっはっは、泥がかかれば無病息災。願いどおり、かけて進ぜよう!

 

ボク、一人で戻って来ましたぁ

 

5 代掻き

代掻きは、田植えの前の土ならしです。でこぼこや大きな塊がないように、ここでは馬鍬をつけた馬が、田んぼをならします。御神田では、昔ながらの代掻きの様子が再現されました。

美郷町西郷地区の御田祭は、山の上の神様を呼び出して、田んぼまでお連れし、豊作・無病息災・家畜の健康安全を祈願します。住民あげて神様と一緒に楽しむのです。この祭りは、まもなく千年を迎えます。

馬はゆっくり歩いて、田んぼを均等にならす

◆ 稲作文化は日本の原点

日本社会の良い点も悪い点も「米」を主食に選んだ時に始まった

牛や馬は貴重な財産。江戸時代になっても、これを持てない農民はたくさんいました。そこで、村では助け合いが必要になります。このことで、よく言えば仲間意識と助け合い精神の強い社会、悪く言えば、閉鎖的で同じことを良しとする社会が形成されていきました。何事にも一長一短ありますね。

西は牛・東は馬、でも九州は両方

西日本では牛、東日本では馬が多く使われていました。牛は、馬よりものんびり歩きます。急傾斜が多く湿った土地に向いていて、おとなしく誘導は楽なのです。日照時間が長い西日本では東日本よりのんびりしていたのかもしれません。一方、馬は、火山灰地の耕作に適していて、俊敏で脚力が強いので、歩き回るだけで土をかき混ぜてくれる効果がありました。

では、なぜ九州は混合なのでしょう。それは、明治時代の馬の供給地が九州と東北、中部地方だったためです。九州を除く西日本には、馬の供給が少なかったのだと言われています。

牛はのんびりムード

 

「水くれっ、水!」 馬は、走り回るからのどが渇く

◆ さあ、お待ちかね。早乙女たち、出番よ!

とても暑い日だったので、主催者が冷えたお水を準備してくれました。この地域のお水は、おいしいかったわー。

 

いよいよ出番だわ

 

神輿が御神田を一巡して、担ぎ手が大暴れするのは、最近の行事。これがまた盛り上がるの。そして、早乙女たちが田んぼに入ります。みんな、田んぼが華やかになったって溜息交じり!うふふ、もっと私を見てって感じ。

 

さあ、さあ、みんなぁ、並んでぇー

総勢100名以上の人が向かい合って一列に並びます。田植え歌に合わせて、指先から苗をすうっと泥に差し込みます。すると緑の稲の葉が水にのって生き生きと開きます。

いい感じで、植えているわよー

ただ田植えをすることに集中して一生懸命に植え続けるのとは違って、歌に合わせ、みんなとリズムを合わせることは、心に余裕をつくります。両隣の人と軽くおしゃべりしながら、手だけが作業しているっていう感じ。だからきつくない。楽しいと思うし、お腹が減って来て、この後のお弁当がかなり楽しみ。

糸をぴんと張って、「これに合わせて植えてね」「はーい」

 

このぐらいずつ植えるのよ

 

「苗、取ってぇ」「サンキュー」

 

あっという間にこんな感じ

 

◆ なるほど、田植え行事から芸能が発達するわけだ!

早乙女やってる人たちがこんなに楽しいんだもん。見て楽しいのは当然。ワッショイするお祭りと一緒の心境よね。

飛鳥時代に仏教が入って、各地にお寺の建立がはじまると、同時に田植え行事も広まっていったの。平安時代に書かれた「栄花物語」には、平安貴族が田植えを見て楽しんだいう記述があるくらいよ。そして、お囃子は、唄、太鼓、笛などを行う専門の芸能集団に育って、「田楽(でんがく)」として発達したともいわれているの。わかるわー。

田植え歌がBGM

 

 

重労働を楽しくする工夫のおかげ?あっという間に終わった田植え

西郷地区で田植え唄を歌える人は、もうたった一人になってしまったの。後継者育成中。この田植え唄のおかげで、華やかにあっという間に田植え終了。仕事したのは30~40分くらいだったかなあ。

最後の1列。え、もう終わり?

 

きれいに植えました!

 

早く感じられたわー。まだあと田んぼ2~3枚はいけるよーと思いました。祭りが楽しいように、みんなでワッショイやれば重労働も楽しいものになるのね。とはいえ、今は祭り、昔は生活がかかっていたと考えると、こんな足が地に着かないようなことは言えないのかもしれないけどね。

水路で泥落とし

このあと、集落の人たちが、除草など田んぼの世話をし、秋には収穫。御神田の米は、年間の各行事でお供えされます。

◆ 今回の体験を通して

伝統を維持するには、大変な労力が必要です。人口減少、担い手不足、等々。でも、見方を考えれば、私たちには、参加するチャンスがあるという事です。日本中で行われてきた地域的な祭りが、一般の人たちの参加を可能にしてくれています。

今回参加した御田祭の早乙女は、女性なら誰でも参加可能!! 衣装を身に着け田んぼに入って田植えをする。たったこれだけですが、見るだけよりももっと多く感じるものがあります。宮崎県美郷町でユニークな体験旅行を計画しませんか?

早乙女、万歳! ぜひ、皆さんもやってみて。

インフォメーション

名称 御田祭
開催場所 宮崎県美郷町西郷田代
田代神社
開催日 2019年7月6日(土)~2019年7月7日(日)
7月第1日曜日
主催 御田祭実行委員会
アクセス 【車】
東九州自動車道「日向IC」より国道327号線にて約40分
関連サイト http://www.town.miyazaki-misato.lg.jp...
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