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偶然見つかった昭和のアルバムから大発見! 地域住民も忘れていた「鷺沼の虫送り」の全貌はいかに蘇ったか<千葉県習志野市>

更新日:2022/3/22 小野 和哉
偶然見つかった昭和のアルバムから大発見! 地域住民も忘れていた「鷺沼の虫送り」の全貌はいかに蘇ったか<千葉県習志野市>

青い空、白い雲、見渡す限り一面の畑……。心が洗われるような光景ですね。

のっけから何の説明もなく、バッキバキの畑の写真からお届けしております。申し遅れましたが、私、東京在住のお祭り・民俗学大好きライターの小野和哉と申します。

部屋にこもって延々とパソコンの画面とにらめっこして仕事をしていると、こういった土の匂いを感じられる風景が無性に心に沁みてきますよね。

現在私がいるのは、千葉県習志野市鷺沼(さぎぬま)という地域。習志野市は都心へのアクセスは抜群、千葉県2位の人口を有する船橋市と隣接するということもあり、典型的なベッドタウンとして知られる都市です。何を隠そう、私の出身地もここからバスで数十分の距離の地域。鷺沼の隣町である津田沼も、小さい頃から親しんでいる思い出いっぱいの街であります。

JR津田沼駅北口から臨む津田沼の街並み(2020年)。あの丸善で延々と立ち読みしたなあとか、あの建物昔は「エキゾチックタウン」って名前だったよなあとか、色々と記憶が蘇ります。

小野
小野:
いやあ、都会だと思っていた津田沼の近くにこんな広大な畑や自然が存在したとは、知らなかったなぁ……。守っていきたい、この景色。

江口
??:
感慨にふけっているところすみませんが、この景色、あと少ししたら変わっちゃいますよ。今、まちづくりの検討が進められています。

小野
小野:
いきなり衝撃の事実! ……って、あなたは!?

江口
江口:
あ、突然失礼しました。私、この近くの菊田公民館で職員をしている江口和夫と申します。一部の畑は残るみたいですけど、商業施設を整備して、住宅街にしたり、中高層のマンションを建てたり、小学校も移転するみたいです。

小野
小野:
え〜、なんかもったいない気もしますど……。それより、公民館の職員さんがこんなところで何を!?

江口
江口:
地域史に興味がありましてね、鷺沼を中心として習志野の歴史をいろいろと調べて、年に一回、公民館の市民講座で発表しているんですよ。鷺沼の「虫送り」について調べた時も、こうして畑にいる地元の人に声をかけて、聞き取り調査をしたんですよねぇ。

小野
小野:
虫送りって昔、田んぼや畑の作物に悪さをする害虫を村の外に追い払う意味で行っていた伝統行事ですよね。「虫送り」の風習が、この地域にもあったんですね!

江口
江口:
おお、よくご存知ですね。もし興味がおありでしたら、公民館で詳しくお話ししましょうか?

小野
小野:
え、いいんですか!? 慣れ親しんだ地元の近くにこんな広大な田畑がまだ残っていたということも驚きだったのですが、「虫送り」のような古い儀式が行われていたなんで……ぜひお話を聞かせてください!

公民館の倉庫から発掘された謎の写真アルバム

というわけで、江口さんが勤めている菊田公民館(習志野市津田沼7-9-20)にお邪魔して、鷺沼の虫送りについて詳しいお話を聞かせてもらうことになりました。

菊田公民館生涯学習相談員 江口和夫さん(66)

おさらいをしておくと、「虫送り」とは農薬や殺虫剤などのなかった時代に、田畑を荒らす害虫を集落の外に追い出すために、行われた古い風習です。科学が進歩した現在でも、伝統行事として全国のいくつかの地域で行われています。

江口
江口:
千葉県でもまだ残っている地域はありますよ。派手なものは九十九里町田中荒生地区の虫送りです。大きなヤグラを作って、それを燃やすというダイナミックなお祭りです。

千葉県山武郡九十九里町の「田中の虫送り」。やぐらを燃やすシーン。 提供:田中交遊倶楽部

小野
小野:
うわぁ……これは、ド派手だ。

江口
江口:
袖ヶ浦市野田の虫送りもユニークです。神輿みたいなものを作って、子どもたちがそれを担いで集落を歩くんです。最後に野田堰に神輿を投げ込んで終わりとなります。

千葉県袖ケ浦市野田の「野田の虫送り」。子どもたちが神輿を担いで集落を歩く。 提供:袖ケ浦市教育委員会

最後に神輿を野田堰に投げ入れて終わる。 提供:袖ケ浦市教育委員会

小野
小野:
一応、自分も千葉県出身なのですが、こんな行事があるなんて全然知りませんでした!

江口
江口:
千葉県も探せばもっといっぱいあるはずですよ。習志野市でも藤崎など、いろいろな地域でやっていたみたいです。

小野
小野:
藤崎も実家の近くです。こんなことをやっていたとは……。それで江口さんが鷺沼の虫送りについて調べようと思ったのは、どういうきっかけだったのですか?

江口
江口:
先ほどもお話しした通り、数年前から公民館で年に一回、地域の歴史について調べて発表しています。最初は津田沼に流れていた菊田川という川を取り上げました。講習会では最初に座学をやった後に、翌週に実際に現地を歩いてみるという、「ブラタモリ」みたいなことをしました。

小野
小野:
へ〜、面白そうですね!

江口
江口:
これが好評で、毎年テーマを変えて講習会をやることになったんです。それで平成31年に「津田沼・鷺沼・藤崎の年中行事」を取り上げたときに、調べ物をしていたら公民館の倉庫から2冊の写真アルバムが出てきました。

右が倉庫から発見された写真アルバム。左のバインダーは江口さんがこれまで市民講座で発表した研究成果をまとめたもの。めちゃくちゃいろんなことを調べられています

小野
小野:
こ、これは!? 「虫送りの行事(鷺沼村)」と書いてありますね。

江口
江口:
はい。アルバムの中には鷺沼の虫送り行事を記録したであろう44枚の写真が収まっていました。写真に写っている幟(のぼり)に昭和50年と書いてあったので年代は特定できるのですが、それ以上の詳細はわからない。

小野
小野:
他の公民館の職員さんもご存知ではなかったのですか?

江口
江口:
そうなんです。このアルバムはほとんど忘れられた存在でした。誰が何の目的で虫送りを記録したのか、そして当時虫送りはどのように執り行われたいたのか、写真を手がかりに調べてみることにしたんです。

江口さん作成の市民講座用の資料。江口さんの意向で、プライバシーを配慮し実際の写真はここに掲載しないが、この資料(右)の表紙のような写真がアルバムには収められていた

小野
小野:
ちなみに、今のお話を伺っていると、現在、鷺沼の虫送りは行われてないということですか?

江口
江口:
はい。写真に記録されている昭和50年近辺に途絶えてしまったようです。それどころか、地元の人のお話を聞いても、虫送りの行事を覚えている人すらほとんどいないんですよ。

小野
小野:
現在やってないにしても、当時の様子を覚えている人ならいそうなものですけどね。

江口
江口:
虫送りに合わせて縁日でも行っていたら、当時子どもだった人たちが行事を目にしていておかしくないのですが、参加者はおじいさんが中心で、子どもには関係のない行事だったようです。お寺の住職さんも代替わりして、虫送りについては何もわからないとおっしゃっていました。

小野
小野:
え、では鷺沼の虫送りについて証言できる人はゼロということですか……?

江口
江口:
「あと10年早ければ知っている人もいたかもね」と言われましたね……。

小野
小野:
うわ〜、手がかりなしじゃないですか。万事休す?

江口
江口:
ところが、昭和50年に調査を行った方は判明したんです。以前、市の社会教育課にいらっしゃって、ここの公民館の館長もされていた方です。もうリタイアして現職ではないですけど、さっそく電話をしてみました。

小野
小野:
さあ、盛り上がってまいりました!

江口
江口:
するとね、調査をしたことは覚えているんだけど、残念ながら当時のことはよく覚えていないとのことでした。調査結果を冊子にまとめたりもしてないようで、調査の目的も判然としないままでした。おそらく歴史に造詣の深い方なので、一度は記録しておかなければいけないっていう思いはあったと思うんですけど……。

小野
小野:
なんだか歯痒いですが、こうして記録に残してくれたことはありがたいですね!

江口
江口:
収穫もありましたよ。社会教育課に当時の調査メモが残っているはずだということで、それを提供いただいたんです。そういった僅かな資料や虫送りに関する文献にもとづき、残された写真と航空写真を照らし合わせながら、虫送りのルートを調べてみたんです。

小野
小野:
航空写真……ですか?

江口
江口:
国土地理院のホームページから利用できるんですよ。アメリカ軍が撮った写真なんか、これが昭和20年に撮った写真?と驚くくらい解像度が高くて。写真の中の建物や影の方向をチェックしたり、虫眼鏡で拡大して住居表示が写ってないか調べたりして、写真に写っている場所を一枚一枚特定していきました。そうするうちにおぼろげながら、当時の虫送りのルートと儀礼の様子が浮かび上がってきたんです。

江口さんが推理した鷺沼の虫送り(昭和50年)のルート

小野
小野:
すごい……執念の調査ですね。

江口
江口:
慈眼寺というお寺を起点として、鷺沼の集落を時計回りに休憩を挟みながら一周する4kmほどのルートです。辻々には「害蟲駆除祈祷之護符」と書かれたお札を刺し、途中村の境界にあたる場所、現在幕張インターとなっている所ではお経を読み上げています。

鷺沼の村境。かつでここでお経を唱えて、村の外に害虫を追い払うことを祈願した

「念仏講」の消滅とともに途絶えた虫送りの伝統

小野
小野:
お話を聞いていると、すごく立派な行事であることがわかりますね。なぜ、鷺沼では虫送りがなくなってしまったのでしょうか。

江口
江口:
念仏講が消滅しまったことが要因だと思います。鷺沼では虫送りを念仏講の行事として行っていたんです。

※念仏講……講とは、宗教上の目的を達成するために、信仰を同じくするものが寄り合って結成している信仰集団を指す。富士講、伊勢講、金毘羅講など、その種類は様々。
(参考:『民俗学辞典』東京堂出版)

小野
小野:
虫送りを主催している団体がなくなってしまったから、虫送りも自然に途絶えたと……?

江口
江口:
要するに念仏講を運営する人がいなくなってしまったんです。なぜかというと、昔は念仏講のメンバーはその地域に代々住んでいる人たちがある一定の年齢になると入らなければいけないルールがありました。今の時代そういう縛りがなくなって、入る人もいなくなってしまったんですよ。

小野
小野:
昔と違って共同体の結びつきも弱くなっていったんでしょうね。

江口
江口:
また、虫送りのような伝統行事は地元に昔から住む農家の方が担っていることが多いのですが、最近ではこの地域の住民も圧倒的に他所から引っ越してきた方が増えてきました。農家さんの数も減ってきていますし、担い手がいないんです。

小野
小野:
うーん、そうなるとなかなか伝統の継承は難しいですね。なくなってしまうのも時代の流れとして必然的、とも言えるかもしれません。

江口
江口:
ただ明るい話としては全国には一度途絶えてしまった後に、復活した虫送りもいくつかあるんです。例えば2011年に公開された『八日目の蝉』という映画は舞台の一つが瀬戸内海の小豆島なのですが、映画をきっかけに虫送りが復活しました。

 

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小野
小野:
映画化がきっかけで復活って、いいですね!

江口
江口:
やっぱり無理がなければ、こういったものは残した方がいいとは思いますけどね。

後世のために少しでもいいから記録を残したい

小野
小野:
これだけ本格的に郷土史を調査されていたら、本が1冊くらい出せるんじゃないですか?

江口
江口:
いやいや、そんなことしたら大赤字(笑)。返品の山ですよ。

小野
小野:
本当に研究者かと思うくらい色々調べられてると思うのですが、江口さんを突き動かしているモチベーションってなんなんですか?

江口
江口:
なんでしょうね? 元を辿れば私、社会科が好きなんですよね。大学生の頃に地理の研究をしていましたし、公民館に来る前は小学校の教員をずっとしていました。研究教科として社会科を担当していたので、初任一年目から研究教科として社会科の研究、教材の開発などを行っていました。

小野
小野:
学校の先生だったんですね!

江口
江口:
はい。ともかく今こういった活動をしているのは、昔から社会科が好きだったというのは、理由として大きいでしょうね。とにかく調べば調べるほど知りたいことが増えていく。(笑)

小野
小野:
知的探究心ですね!

江口
江口:
もちろん地域の歴史を残していきたいという思いもあります。今回の虫送りのアルバムはたまたま倉庫から発見されて日の目を見ることになったのですが、そういう風に表に出てこない歴史的な資料ってたくさんあると思うんですよ。

小野
小野:
確かに鷺沼の虫送りに至っては、地元の人もほとんど存在を忘れていたということもあり、アルバムが発見されなければそのままなかったことになってたかもしれないですよね。

江口
江口:
この近所の人によく言われるのが、家に古い資料ないですか?と聞いたら、「この間、蔵を掃除した時に燃やしちゃったよ」って。それが悪いこととは言いませんけど、代替わりのタイミングで失われてしまうケースは多いんです。

小野
小野:
もったいないですけど、なかなかその価値に気づくのは難しいかもしれません。

江口
江口:
もう途絶えてしまった伝統であったとしても、少しでもいいから何か残って欲しいとは思います。それも、断片的な情報ですと地域の歴史の全体像は捉えられないので、後世のためにも誰かが記録をまとめておかなければいけない。

小野
小野:
誰かが残しておかないと、いずれ記憶や記録の中から消えてしまう伝統もあるということですね。

江口
江口:
ありがたいことに、私の市民講座にも毎回来てくれるお客さんがいます。富士講について発表した時は、神奈川から富士講について調べているという大学生がどこで聞きつけたのかやって来てくれて、驚きましたね。鷺沼の虫送りについては特に反響が大きくて、新聞でも紹介されました。そんなふうにして私の取り組みを通じて、ちょっとでも広がれば嬉しいですよね。

小野
小野:
僕も自分の地元の歴史や民俗を深掘りしたいという思いが以前からあって、鷺沼の虫送りにも興味を持ったんですけど、でも地域の歴史を調べることって、本当に誰でもいますぐやれることだと思うんですよね。地元の町も伝統のない退屈な場所だと勝手に思ってたんですけど、図書館で1冊調べてだけで、すごく面白い地域だということがわかってきました。

江口
江口:
幸いいまの時代はわからないことがあればネットで調べられますし、YouTubeにも色々と興味深いお祭りや行事の動画ありますからね。まずは、そういったところから地域の歴史について知ってみるのもいいのではないでしょうか。

 

趣味や仕事で全国各地の郷土芸能について調べるうちに、ふと自分の地元には何か魅力的な文化はあったかな?と立ち止まって考える時があります。何でもある便利な町だけど、それ以上の何かってあったけ?と疑問に思うことも。しかし江口さんの話を聞いていると、自分の地元である千葉がますます魅力的で面白い地域のように段々と思えてきました。「ここには何もないよ」と地元民が口にする地域にこそ、調べてみると面白い歴史や文化があるはず。「何もない」ではなく、「何かあるのでは?」と疑ってみること、そしてちょっと図書館に足を運んで郷土資料などを読んでみること、ネットで調べるのでも結構、一歩を足を踏み込んでみれば、途端に普段見る景色も変わってくるはず。そんなことを教えてもらった取材でした。

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この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
東京在住のライター/編集者。千葉県船橋市出身。2012年に佃島の盆踊りに参加して衝撃を受け、盆踊りにハマる。盆踊りをはじめ、祭り、郷土芸能、民謡、民俗学、地域などに興味があります。共著に『今日も盆踊り』(タバブックス)。
連絡先:[email protected]
Twitter:koi_dou
https://note.com/kazuono

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