全国各地の祭りや伝統行事は、その地域の経済にどれくらいの影響を与えるのか?「阪神優勝の経済効果」「ドジャースにおける大谷翔平選手の経済効果」など、注目の出来事をテーマにした「経済効果」の研究で著名な宮本勝浩関西大学名誉教授に、観光やインバウンド消費の視点も含め、「祭りが生み出す経済効果」について伺いました。
「経済効果」で経済学を身近に
――先生が経済効果の研究に関心を持たれた背景をお伺いできますか。
宮本 もともと「経済効果」が私の専門ではないのです。専門は理論経済学、昔は数理経済学と言っていましたが、数学を使って経済を理論的に分析する学問です。
理論経済学では数学の知識が必要で、微分や行列、行列式などを教えていました。当時教えていた大阪府立大学では受験科目に数学がありましたから、ある程度の知識を持った学生たちでしたが、それでも理系の学生と比べると数学への関心の度合いが低いので、そうした学生に経済学に関心を持ってもらうために工夫が必要でした。
そこで、星野仙一さんが阪神タイガースの監督になって2年目の2003年、優勝街道を驀進したことがあり、その時に「産業連関表」という経済のツールを使って阪神が優勝したらどのくらいの経済効果があるか計算してみようか、と提案したのです。すると、学生たちはそれが楽しいと思ったようで、阪神百貨店や甲子園球場に出かけてグッズの売れ行きや買い物客へのインタビューなど、積極的にデータを集めて経済効果を計算しました。その結果、非常に面白いデータが得られ、その様子をテレビ局も取り上げてくれて大きな話題になりました。
その後、色々なところから私のところに経済効果の計算依頼が来るようになり、毎年10〜15件ほどの依頼を受けて、経済効果の計算を行ってきました。
――学生のために始めたことだったのですね。楽しみながら学べたというのが素敵です。
宮本 そうです。その年の卒業論文は、ほとんど産業連関表に関するものになりましたね(笑)。例えば、兵庫県出身の学生が兵庫県の産業連関表を使って何かを分析するというようにました。やり方がわかれば学生たちでもできます。
「経済効果」とは?─ 直接効果・一次波及効果・二次波及効果のしくみ
――「経済効果」という言葉、よく耳にしますが、先生の研究で扱う具体的な意味についてお聞かせいただけますか?
宮本 「経済効果」は学術用語では「経済波及効果」と言うのですが、長いのでマスコミなどで「経済効果」と略して使っているようですね。そして「経済効果」は、「直接効果」、「一次波及効果」、「二次波及効果」の3つを合わせた額を指しています。
まず「直接効果」とは、消費者や企業が直接お金を出して消費、投資することを指しています。例えば、野球の場合ですと、野球場で入場チケットを買うとか、ビールや弁当、グッズを買うとか、直接の売り上げ額の合計を指します。
次に「一次波及効果」ですが、これは直接効果の原材料等がどれだけ売れたかの合計です。先ほどの例で言えば、野球場の売店で弁当がたくさん売れた場合、お米や肉、野菜を供給している会社、そして生産者の売り上げも増えたと考えられるわけですね。この売り上げの合計が一次波及効果です。
そして、「二次波及効果」は、直接効果や一次波及効果によって給料が増えた経営者や雇用者が消費した金額の合計です。野球場でビールがたくさん売れると、売り子の時給が上がる、あるいはビール会社の業績が上がって社員の給料が増える。彼らが映画に行く、服を買う、とお金を使うことで、野球と関係のないところでも売り上げが上がる。これが二次波及効果です。この3つを足したものが経済波及効果と言われるものなのです。
ただ、例えば経済効果1兆円です、と言うと「いやー、よく儲かりましたね」と言う方がいらっしゃいますが、ここで説明したようにあくまで経済効果は「売り上げ」であって「利益」ではないのでご注意ください。
――「経済効果」のおかげで世の中の出来事の〝すごさ〟が私たち一般人にも理解しやすくなりました。
宮本 経済学と言うと一般の方はなんだか難しいものと思われます。例えば、今、ちょうど総選挙(※)をやっていますが(※取材は2024年10月22日に実施されました)、候補者たちは経済一般の話をするのではなくて「あなたたちの収入が増えます」という身近なところの話だけをします。消費税も「減らしたらいい」と言われますが、減らせば国民の暮らしにまわってくる教育費用や社会保障費なども減るのですよっていう、経済の難しい話は敬遠されますね。
ですから、私は少なくとも経済のちょっと難しい話に関心を持っていただく入り口として「経済効果」を見ていただければいいと思っています。阪神の優勝、あるいは大谷翔平選手の活躍でこれだけのお金が動く、祇園祭や隅田川花火大会でこれだけのお金が回る、と知ることで、身近なところから経済の動きについて考えてもらえるきっかけになるのではないかと思っております。
祭りの「経済効果」〜長期的視点も
――ちょうど例にも挙げていただきましたが、これまで祇園祭以外にも「なにわ淀川花火大会」「天神祭奉納花火」といったお祭りや初詣、お花見といった年中行事の経済効果も発表されておられます。伝統的行事などの経済効果を調べるきっかけはあったのでしょうか。
宮本 「なにわ淀川花火大会」については、主催をされている同郷の経営者の方にいつも大会にご招待いただいていた、というのはきっかけとしてあったのですが、色々なところから頼まれて計算することもあります。最近では、2022年の岐阜「ぎふ信長まつり」を地元の新聞社に依頼されました。この年は、人気俳優が信長役をやるということですごく注目されて、来場者が通常の何倍にもなりまして、ニュースも約150億円という経済効果をたくさん取り上げてくれましたね。自治体からも私宛てお礼のメールが来ました。地域のお祭りが全国で取り上げられたということで、観光客の誘致とかにつながるので非常に喜んでいただけましたね。一方、悲観的な出来事の方が世の中の関心が買えるから、とマスコミの方から時々ネガティブなニュースの経済効果を頼まれることもあるのですが、それはお断りしています。そもそも私のモットーとして、楽しい出来事の経済効果を計算したいという思いがありますのでね。
――お祭りの経済効果の計算では、何か特別な指標やデータを使っていらっしゃるのでしょうか?
宮本 いいえ、基本的に計算のやり方は同じです。まず、どれだけの人が来ているか。それから、その中で宿泊客と日帰り客の比率はどれくらいか。宿泊なら1人あたりどれくらいお金を使うか、日帰りならどのぐらいのお金を使うか。そして、主催者側がどのぐらいの経費を支払っているか、そういう金額面のデータを揃えて計算していくわけです。ですから、データが揃えば計算しやすいですが、そういうものがなければ推定し、国の観光のデータなどから作ることもあります。前述したように、「経済効果」はやり方がわかれば学生たちでも計算することもできますが、やはり主催者ではない第三者が計算することが重要だと思っています。なぜなら、主催者の発表の数値は水増しされがちなのですよね。過日の国際スポーツ大会でも、主催者は当初約30兆円という経済効果を掲げていましたが、実施後に私が計算してみると6兆円ほどでした。冷静に、客観的に分析しないと経済効果の信用性に関わります。
――おっしゃる通りです。オマツリジャパンでも、企業の方とか自治体の方に、お祭りの経済効果をご説明する際、先生のご研究成果を参考にさせていただいておりますが、最近は社会貢献の観点から、企業の地域貢献を数値で示してほしいということを言われます。
宮本 なるほど。地方自治体から祭りに税金を使うのでその経済効果はどうか、と頼まれることがあるのですが、例えば100万円使って100万円以上税収が増えるかどうか、これについては非常に詳細な計算が必要です。ただし経済効果は100万円を超えますよ、使ったお金よりもはるかに大きな経済効果がもたらされますということは比較的簡単に言えます。同様に、企業が協賛金として100万円を出して、それが100万円以上の儲けとして返ってくるかどうか、というのはよくわからないのですよ。でも例えば、その企業の名前が協賛企業として祭りで掲出されることで、地域の方々は「この企業が私たちの町のお祭りをサポートしてくれている」と認識します。そのおかげで、祭りを見に来る人々が町にやって来て、宿泊したり、買い物をしたり、さまざまな形でお金を落としてくれます。その結果、地域の人々は「この企業を応援しよう」「この商品の購入を考えよう」という気持ちになります。つまり、企業の社会貢献が認識されることで、何らかの形で収入として返ってくるはずです。地方自治体が祭りに資金を投入するのも、町が活性化し、地域の名産品ができたり、新しい産業が生まれる可能性があるからです。1回だけ祭りに協賛して、儲かった、儲からなかったという判断ではなく、長期的な視点で見る必要がありますね。
――長い目で見れば、投じた協賛金の効果がさまざまなところに広がっていくわけですね。その辺りの理解が深まれば、もっと祭りを盛り上げていけるのではないかと思います。
宮本 企業の利益にどうつながったかまで繋げていくには、例えば祭りに掲出した看板をいったいどれくらいの人が見たか、実地で調査することから始める必要があります。デパートでも何が売れたかを調べたり、大阪府から外国人観光客がどのぐらい経済効果をもたらしているかを調べる計算の依頼を受けた時も、関西国際空港や新大阪駅、大阪駅で外国人にインタビューして正確なデータを入手する調査を行ったりしました。その点では多くの費用が必要になります。経済効果から考えるとすれば、例えばお祭りの運営資金が1000万円で、その10分の1が企業の協賛でまかなわれているとします。そのお祭りが地域に10億円の経済効果を生み出すならば、10分の1の資金を協賛として出資した会社が、その10億円のうち1億円に貢献している、という考え方はできるでしょう。皆さんが協賛金を出してくれたおかげで、これだけの経済効果が出ました。そのうちこれだけの部分があなたの貢献です、と伝えることはできるのではないでしょうか。そして地域の方が、このお祭りをサポートしてくれている企業の品物を買おうという気持ちになって、その気持ちに応えて企業もまた来年もサポートしたいと思う、そういう循環や継続性が生まれれば成功だと思います。
祭りとインバウンド〜持続的な観光資源としての可能性
――オマツリジャパンでも祭りの経済効果を拡大させる要因として、インバウンド消費にも注目しています。先生は先に「観光立国日本への再出発 ~ 2024 年訪日観光客の旅行消費額の推計」を発表されました。それによると、消費総額が9兆6,891億円、経済効果が約20兆9,284億円という驚きの数値が出ています。
宮本 これは過去最高の大きな額ですね。そして、ほぼその数字に達すると思います。先日、京都で学会があったのですが、タクシーがなかなかつかまらなくて困りました(笑)。ようやく乗れたタクシーの運転手さんと話しても、とにかく外国人が増えているということです。その方の話では、コロナ禍以前ほど中国人観光客が戻って来ていないという印象で、これからまだ増える可能性を残していると言えるでしょう。
――この現象の考察の中で、円安などの要因のほか、先生は「日本の景観や歴史遺産が外国人から注目されている」と指摘しています。これからの観光政策を考える際に、祭りや伝統行事をどのように位置付けるべきとお考えですか?
宮本 日本の景観や歴史遺産は外国人から非常に注目されています。以前、私がヨーロッパを訪れた時、たまたま現地の祭りを見る機会があったのですが、非常に楽しい体験になりました。外国人観光客にとってもその国や地域のお祭りを見るのは楽しいことですし、それを目当てに来る人も多いでしょう。日本のお祭りも外国人から関心を持たれているので、来ていただくことは非常にいいことだと思います。
――私たちもよくご相談いただくのですが、祭りの観光活用では、当日は多くの人で賑わうけれども、それ以外の日にどう観光客に来てもらうか、という課題があります。
宮本 そうですね。イベント的なもので盛り上がったものをいかに持続可能な形で地域に還元していくかに知恵を絞らなくてはなりません。ユネスコの世界遺産に選ばれた施設や行事を持つ地域でも、選ばれた当初はたくさん人がやって来るのに、何年か経つと元に戻ってしまったという話も聞かれます。ですから、機会を作って継続的にイベントを行うことが必要です。例えば、うまく観光資源を活用していると感じるのは、ユネスコ世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に登録されている和歌山県の高野山ですね。世界遺産登録の周年イベントや、ゆかりの高僧の誕生や開山の節目に合わせて、さまざまな新しいイベントを行っています。一度訪れた人もそれを目当てに再訪する動機が生まれますし、毎年同じ時期だけではなくて、関連付けたイベントをやっていく工夫が重要だろうと思います。
――祭りなどでは主催者もマンネリ化を自覚しつつも、基本的には伝統を変えるわけにはいかないという考えも働きがちなのですが、大事な精神性を守りつつも周年を機に新たな試みに挑戦していくのは大事なことだと思いました。
宮本 そうですね。前述の信長まつりでも、例えば濃姫と結婚した日に関連づけてイベントを行うなどで継続的な盛り上がりを作ることもできます。もちろん運営などは大変な部分もありますが、京都などでは一年中さまざまな催しがあり、うまく観光に繋げているなと感じます。春夏秋冬、さまざまなイベントを催すことで、継続的に地域を訪れてくれるファンが増えるでしょう。
――本日は貴重なお話をありがとうございました。
<プロフィール>
宮本勝浩(みやもと・かつひろ)
1945年生。大阪府立大学経済学部教授、経済学部長、副学長歴任後、2006年より関西大学大学院会計研究科教授、2015年3 月に定年退職し、現在は関西大学名誉教授。『大阪経済学』(共著)経営書院、『移行経済の理論』中央経済社、『経済効果ってなんだろう?』中央経済社など著書多数。