「大日本佛法最初」の印が日本最初の官寺であることを物語る御朱印
全国各地の神社や寺院では参詣の記念に御朱印を頂くことができます。朱印帳に訪れた神社や寺院の御朱印が並ぶと、貴重な思い出となり写真とは趣の異なる味わいが滲み出てくるものでしょう。
大阪市天王寺区に建立されている四天王寺の御朱印には紙面の中央に太い線で「大悲殿」の文字が記されます。寺院中央の金堂には、大きなお慈悲を授けてくださる観音様がおいでになるのです。「大」の文字の右には「大日本佛法最初」の朱印が押され、寺院が日本最初の官寺であることを物語っています。
他にも「薬師如来」の文字が記された御朱印も頒布されています。御朱印紙は薬師如来の薬壺がモチーフとしてかたどられ、金色の御朱印からはまぶしい光が放たれているようです。四天王寺では金堂や五重塔に隣接する西重門の北西に設けられた納経所で御朱印を頂くことができます。
納経所の窓口にはオリジナルの御朱印帳の他に、多種多様の授与品が並んでいます。お守りだけでも数十種類あり、身につけて努力すれば願い事を実らせることができることでしょう。聖徳太子かるたや、絵葉書なども準備されています。
593年に聖徳太子が建立した四天王寺
四天王寺は、593年に建立されました。『日本書紀』では聖徳太子が、物部守屋と争った蘇我馬子の戦勝を祈りつつ自ら四天王像を彫り、合戦後に像を安置する寺院を建立したと伝えています。本格的な仏教寺院としては日本で最も古く、聖徳太子建立七大寺の一つとされています。伽藍の配置は「四天王寺式伽藍配置」と呼ばれ、南から北に向かって中門、五重塔、金堂、講堂が一直線に並び、それを回廊が囲んでいます。
1400年を超える歴史を育む「聖霊会舞楽大法要」
中心伽藍の真北には六時礼讃堂が建立されています。昼夜6回にわたって諸礼讃をすることから命名されました。堂の前には大きな石舞台が設置されています。ここを会場として聖徳太子の命日4月22日に行われる「聖霊会舞楽大法要」は、寺院で最も重要で大規模な年間行事です。1400年を超える歴史を育む聖霊会では、四天王寺一山式衆の声明法要と天王寺楽所による舞楽が一体となって古の大法要を今に伝えています。
境内に豊かな景観を作り上げる建造物
寺院の中心伽藍が一直線のセンターラインを作っていますが、広大な境内には特徴的な建築物が点在しています。太鼓楼、北鐘堂、南鐘堂、石ノ鳥居、極楽門、東大門、南大門などは、各々の役割をしっかりと担うばかりでなく、境内に変化に富んだ豊かな景観を作り上げています。
四天王寺は大阪メトロ谷町線の四天王寺前夕陽ヶ丘駅から南東に約500メートルに伽藍を構えています。駅からの一本道を直進すれば、境内の北西端に建つ中之門です。
大阪市天王寺区の四天王寺の御朱印には中央に太い線で「大悲殿」の文字が記され、中心伽藍の金堂に観音様がおいでになることを印象づけています。「大日本佛法最初」の押印は、593年に聖徳太子によって建立された寺院が日本最初の官寺であることを物語っているようです。
境内では中門、五重塔、金堂、講堂、石舞台、六時礼讃堂が一直線に並び建ちます。聖徳太子の命日4月22日に石舞台、六時礼讃堂を中心に行われる「聖霊会舞楽大法要」は、寺院で最も重要で大規模な年間行事です。