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東大寺とは?御朱印の文字に大きなパワーが漲る奈良時代に聖武天皇が創建した寺院

2021/12/21
2021/12/21
東大寺とは?御朱印の文字に大きなパワーが漲る奈良時代に聖武天皇が創建した寺院

太い線で書かれた「華厳」や「観音力」の文字にパワーを感じる東大寺の御朱印

全国各地の神社や寺院では参詣の記念に御朱印を頂くことができます。朱印帳に訪れた神社や寺院の御朱印が並ぶと、貴重な思い出となり写真とは趣の異なる味わいが滲み出てくるものでしょう。奈良市に堂宇を構える華厳宗の大本山寺院、東大寺では、大仏殿では「華厳」、二月堂では「観音力」の文字が記された御朱印を頂くことができます。いずれの文字も太い線で書かれ大きなパワーが漲っているようです。オリジナルの御朱印帳も種類豊富です。

東大寺の大仏殿で頂くことができる御朱印

東大寺の二月堂で頂くことができる御朱印

東大寺の大仏殿の中で御朱印が頂ける霊名所

東大寺の二月堂の前で御朱印が頂ける受納所

東大寺のオリジナル御朱印帳

東大寺のオリジナル御朱印帳

奈良時代に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺院

東大寺は、奈良時代に聖武天皇が国力を尽くして建立した寺院で、正式名称は金光明四天王護国之寺です。大仏殿の造営されたご本尊の盧舎那仏は、像高約14.98メートル、蓮華座高約3メートル、顔の長さ約4.13メートル、顔の幅約3.2メートルに及びます。

寺院を建立した聖武天皇は華厳経の研究を推し進め、743年10月に「大仏造顕の詔」を発布しました。752年4月には「大仏開眼供養会」が盛大に行われ、大仏殿の盧舎那仏が公開されるようになりました。その後、平安時代の源平合戦、戦国時代の戦乱などの戦火にあいながらも修復や再建が繰り返され、「昭和の大修理」を経て現在に至っています。奈良の大仏様を囲む大仏殿は、創建以来2度焼失しましたが、江戸時代に再建されました。

東大寺大仏殿の盧舎那仏

東大寺大仏殿の盧舎那仏

東大寺大仏殿の盧舎那仏

東大寺大仏殿の盧舎那仏の前

東大寺大仏殿

大仏殿の南正面からは中門に向かって石参道が設けられています。

大仏殿の南正面から中門に向かう石参道

中門

参拝者を見つめる南大門の金剛力士像

中門は大仏殿の玄関となっていますが、寺院全体の玄関の役割を担っているのは南大門です。天平の世に創建された門は平安時代の大風で倒壊し、現在の建物は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人が再建したものです。

南大門

入母屋造りで、五間三戸の二重門の南大門の両側では、金剛力士像が寺院に出入りする人々を見つめています。阿形像、吽形像は、鎌倉時代の仏師、運慶、快慶が70日前後の期間で造り上げたと伝わります。

南大門の阿形像

南大門の吽形像

東大寺で最古の法華堂

東大寺の境内で、大仏殿、中門、南大門、奈良公園を貫く参道は、南北に一直線に並んでいますが、大仏殿の東エリアに建立されている法華堂は、寺院の中で最も古い建築物です。三月堂の別称をもつ堂宇は、東大寺の創建以前に建立された金鍾寺の遺構とされています。

境内案内図

南大門の南で奈良公園を貫く参道

法華堂

関西地方に春の訪れを知らせる「東大寺二月堂修二会」

法華堂の北の二月堂では毎年、関西地方に暮らす人々に春の訪れを知らせる祭事が行われます。奈良のお水取りとして親しまれる「東大寺二月堂修二会」の開催日をカレンダーで確認しながら、春を実感する方も多いようです。「修二会」は752年に、東大寺を開山した良弁僧正の高弟、実忠和尚が創始したと伝わります。寺院が火事に見舞われた年でさえ「不退の行法」として、1250有余年の間、一度も絶えることなく引き継がれているのです。3月1日から2週間、様々な祭事が行われ、13日の午前1時半頃には、若狭井という井戸から観音様に供える「お香水」を汲み上げる儀式が行われます。

二月堂

二月堂

二月堂の眼下に広がる古都奈良

奈良市に堂宇を構える東大寺では、大仏殿では「華厳」、二月堂では「観音力」の文字が記された御朱印を頂くことができます。大仏殿に祀られるご本尊の盧舎那仏は奈良時代の聖武天皇時代に創建されました。南大門や法華堂にも歴史感が溢れています。年中行事も数多く3月に行われる「東大寺二月堂修二会」は1250有余年、関西地方に春の訪れを知らせ続けています。

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