富山県は獅子舞大国だ。獅子舞の伝承数は1000を超えるとも言われている。なぜ全国的に見てこんなにも獅子舞が盛んなのかを知りたい。そのような思いがあり、2022年2月5日に富山県に取材に行ってきた。獅子舞団体同士の横の繋がりづくりや情報の見える化が全国に先駆けて進んでいると感じたので、そのことをご紹介したい。
南砺市役所の獅子舞講演会に参加
2月5日の14時から15時半の日程で、南砺市役所にて「獅子舞講演会」が行われた。この講演会は行政が主催しており、富山県西部地域(高岡市、射水市、氷見市、砺波市、小矢部市、南砺市)を「呉西圏」として、歴史文化を連携して学ぶ機会を提供していこうという取り組みの1つである。
それにしても、行政主導で獅子舞をテーマとして勉強会や講演会を実施するというのもなかなか珍しい。参加者は獅子舞の担い手の方々である。獅子舞団体同士が繋がり、他の団体のことも知れる出会いの場だ。
砺波地方には多様な獅子舞がある
講演会のゲストは砺波郷土資料館の脊戸高志(せとたかし)さん。脊戸さんは砺波地域の獅子舞についての研究をされており、数年に一回、砺波郷土資料館で獅子舞に関する展示も開催されている。講演会を拝聴するにあたり、1つの資料をいただいた。「つなぐ伝える砺波の獅子舞」ということで、砺波地方の獅子舞は砺波獅子、金蔵獅子、氷見獅子、射水獅子の4つに分かれるらしい。〇〇獅子という解説の脇に、どのような獅子舞が行われているのかを想像できるような獅子舞の絵が書いてあるのがわかりやすい。講演会の中では、それぞれの獅子舞に対する解説と動画を見せていただいた。
獅子舞は長旅を経て富山県に伝わった
獅子の形態ごとに伝来経路は様々とのこと。砺波獅子は加賀獅子にも近い形態で、江戸時代の中頃から広く普及し、金沢の加賀前田藩が武術鍛錬の目的で広めたとも言われている。
一方、金蔵獅子の源流は伊勢にあり、三河、飛騨を通って北上して伝わったとのこと。このような大移動をして富山県にやってきたなんて知らなかった。同じ伊勢発祥でも、長野や新潟方面を通って、富山県に流入した下新川獅子という形態もあるようで、起源は同じでも富山への伝わり方が全く違う獅子もあるということを知った。
獅子舞を存続していくためには?
脊戸さん曰く、獅子舞を存続させて受け継いでいくためには「新たなものを入れるエネルギー」が必要とのこと。例えば、自分たちの獅子舞に興味を持ってくれるようなファンづくりが重要だという。結婚して地域外に出た女性が、祭りの時だけ帰ってきて笛を吹いてくれることで、獅子舞を伝承している地域もあるそうだ。
このような地域外のファンが生まれるきっかけは、どこにあるのだろうか?例えば、地域外の人にも積極的に声をかけて祭りを見にきてもらったり、担い手として参加してもらったりという地道な活動がもしかすると大事なのかもしれない。少子高齢化が進む今の時代に、地域内だけでなく地域外からも通う人がいることで祭りが存続するという場合も多い。こういうファンづくりの方法は地域によっても考え方が異なるので、集った担い手同士、話し合いができる場があると良い学びになるのだろう。
獅子舞講演会の様子はYouTubeで見られる
自分たちの獅子舞のルーツや他の町の獅子舞を知ることで、獅子舞に対する視野がぐっと広がるような講演会だった。獅子舞の担い手の方々にとっても学びの多い会だったに違いない。
講演会中はライブ配信も行われた。こちらのYoutubeチャンネルからもアーカイブが見られるようになっている。もう少し深く知りたい方はぜひ、こちらをご覧いただきたい。富山県の様々な獅子舞を動画を通して紹介していただいている箇所もあり、それを見るだけでも十分楽しめるだろう。
なぜ富山県は獅子舞大国なのか?
講演会が終わり富山県内の獅子舞の種類を数多く知れたので、なぜこれだけ多くの獅子舞が富山県には受け継がれているのかを知りたくなった。もちろん祭りを支える経済的な基盤や、工芸品を制作する文化的な土壌があり、祭り道具がどんどん華やかになっていったことと無関係ではあるまい。
講演会の後にこのことを脊戸さんに質問してみると、「一番は外から来た文化を取りこむ力があったのではないか」とおっしゃっていた。隣の石川県の加賀獅子のような独自の獅子舞の形態を作り上げてきたわけではない。しかし、加賀、飛騨、越後など様々な方面から獅子舞の文化を取り入れ、それを自分のものにしていく力があったのではないかとお話しされていてなるほどと思った。なぜ富山県が「獅子舞大国」と言われているのかが少しずつわかってきた。
まだまだある!獅子舞に関する活動
本来であれば、講演会の後に獅子舞団体同士の交流会が行われるはずだったが、新型コロナウイルスの影響で中止となってしまった。ただ、帰り際に様々な方と名刺交換させていただき、その後に富山県の獅子舞についてさらに詳しく教えていただける機会を得た。
例えば、富山県内には以下のような獅子舞のまとめサイトがあるらしい。研究・調査を実施するだけでなく、それをオープンにしていく取り組みもあると知った。
①富山県の獅子舞情報を集約
獅子魂というサイトでは、富山県の獅子舞に関しての情報が集約&公開されている。市町村ごとにどのような獅子舞がいくつあるのかが、一覧でわかるようになっているのだ。こちらのサイトを運営されているのが獅子魂プロジェクト実行委員会という団体で、獅子舞団体の登録や応援するサポーターの募集も行なっているそうだ。富山県の有志が集い獅子舞を盛り上げていこうという熱量を感じる。獅子魂の詳細はこちらのホームページからご覧いただきたい。(以下の写真はホームページの様子)
②南砺市の獅子舞情報を集約
また、南砺市芸術文化アーカイブズというサイトでは、「獅子舞」というコーナーが設けられ、南砺市内の獅子舞の情報が一覧でまとまっている。つまり、県単位だけでなく、市区町村の単位でも獅子舞の情報が集約&公開がされているのだ。
このサイトをご覧いただくと、各地域ごとに獅子舞が見られる日程や演目、歴史などを確認することができる。全体として質の高い情報が見やすくまとめられており、市民の文化・伝統芸能に対する理解の深さが感じられる。南砺市芸術アーカイブズの詳細はこちらのホームページからご覧いただきたい。(以下の写真はホームページの様子)
彫刻作品から見る伝統文化の継承
ところで講演会の後に、有志数人で砺波地域にある井波彫刻の工房に伺ってきた。獅子頭を制作したこともある工房で、県内外の獅子頭が修理のために運び込まれるようだ。
他の人が彫った獅子頭が来てしまったら、自分のところじゃなくて元の彫ってくれた人にお願いしたらどうでしょう?と勧める場合もあるらしい。獅子頭制作は代々受け継いでいる方も多く、先代が作った獅子頭の修理も行うようだ。
「最近流行っている彫刻作品はどれですか?」と尋ねてみた。返ってきた答えは、この雲形の彫刻とのこと。井波の木彫りといえば欄間が有名だが、1つ注文するだけでも数百万円する作品を、大人買いできるような時代でもない。手軽に手を出せる価格帯のものといえば、この2万円台の雲形の彫刻らしい。
神棚の代わりになったり、神棚の上に貼る「雲の字」の代わりにこの彫刻を貼ることもあるのだとか。部屋の中をより素晴らしい空間にしたいという想いが伝わってくる。
元々、井波は瑞泉寺の建造のために京都から優秀な職人さんが住み込みで来ており、その人たちが元の場所に戻ってしまった後も、優秀な職人が地元から輩出され続けた。その背景として、火災や修理のために何度も彫刻の技術が求められ、彫刻技術が伝承されてきたと言われている。
現在は後継者不足の工房は多い。これからも何かヒット商品を作り続けねばと話し合っているらしい。獅子舞の世界だけでなく、彫刻の世界でも新しい試みが始まっている。獅子舞も獅子頭も彫刻もそれぞれの世界で、時代に寄り添うように、伝統的なものに対する新しい風を吹かせようと奮闘する方々がいるのだ。