Now Loading...

「この感覚は誰もが味わえるものじゃない」19年目、その獅子頭を脱ぐ時 <谷保天満宮獅子舞レポート・前編>

2024/3/15
2024/3/17
「この感覚は誰もが味わえるものじゃない」19年目、その獅子頭を脱ぐ時 <谷保天満宮獅子舞レポート・前編>

東京都国立市の谷保(やほ。元の読みはやぼ)は、東京のようでどこか東京らしくない、懐かしい雰囲気のする町だ。甲州街道沿いには、現代的な建物に混じって立派なお屋敷が立ち並び、台地の下には段丘崖から湧く豊かな湧水を利用した田んぼの風景が広がる。

国立駅周辺のキレイに区画整理された地域と見比べると、谷保という町の歴史の古さが身にしみて実感されるだろう。

ハケ下に広がる谷保の田んぼ

谷保には、古くからこの地に根ざして生きてきた人々によって支えられている祭りがある。なかでも盛大なのは、秋に開催される谷保天満宮(やぼてんまんぐう)例大祭だ。

この祭りでは、華やかな万灯行列が見られるほか、神社の境内では迫力ある獅子舞(国立市指定無形民俗文化財)が披露される。

谷保天満宮例大祭の万灯

国立市を象徴するような大きな祭りでもあるが、全国各地の例と違わず、この地域もまた伝統の継承という大きな課題を抱えている。祭りにかける地元の人たちの思い、そして継承の難しさ、それを知りたいと思い、谷保天満宮の例大祭を取材した。

国立市一円の信仰を集める谷保天満宮

最初に、谷保天満宮例大祭の基本的なところを説明しておきたい。祭りの舞台となる谷保天満宮(東京都国立市谷保)は、上・下谷保村を中心に、谷保の旧村8集落を氏子範囲とする総鎮守社である。

国立市の成立後は、新興住宅地である富士見台や国立駅周辺地域にも信仰の範囲を広めており、国立市のシンボル的存在ともなっている。

年間を通じて祭事が行われる谷保天満宮でも、最大規模の祭りとなるのが秋の大祭(谷保天満宮例大祭)で、毎年9月25日に近い土曜に宵宮祭り、翌日曜に本祭が行われる。

祭りの中心となるのは「古式獅子舞」とも呼ばれる古い伝統を残した獅子舞の上演である。9月15日の「獅子迎えの儀」を皮切りに、連夜の獅子舞稽古が行われ、いよいよ迎える本番では、初日(宵宮祭り)の宵宮獅子舞、翌日の本祭では、獅子舞演舞のみならず、獅子舞の道行を先導する「万灯行列」や、神輿の巡行などが盛大に行われる。この「万灯」こそが祭りの花だという人も地元の人間には少なくない。

毎年、新しくつくりなおされる万灯

にぎやかなお囃子や、ひょっとこやおかめの踊りが演じられる立派な山車屋台

獅子舞を含む例大祭の一切は、古来より受け継がれてきた「しきたり」に則って実行される。地域住民の楽しみの場という側面はありつつも、その根幹にある「神事」という軸は、ブレることなく現在まで継承されてきている。

時代とともに変化を遂げてきた祭り

先に述べたように、本格的な獅子舞の稽古は9月15日の「獅子迎え」から始まるが、実はそれ以外の期間にも稽古は通年にわたって実施されている。

取材にあたり、まずは保存会の方々への挨拶も兼ねて、7月に行われた定例の練習会に参加させていただいた。通常であれば一般人が立ち会うことができない場であるが、今回は谷保に住む知人の紹介もあり、見学を許していただいた。

練習場所は谷保天満宮内にある「参集殿」という建物。この日は、「空(そら)打ち」という、座ったままでの稽古が行われた。

雑談に包まれた参集殿の中も、稽古が始まるとしんと静まりかえる。およそ40分間、一糸乱れることのない演奏が続いた。太鼓の音、笛の音、そして獅子舞の歌がピシッと調子を揃え、部屋の中に響きわたる。

あくまで素人目での感想だが、稽古とは思えないくらいの完成度に驚いた。毎月行われる練習の賜物ともいえるだろうが、おそろしいくらいの一体感を感じる。

獅子舞の歌の歌詞。“トーシャシャシャーシ”などの言葉は、笛の鳴らし方を示す。

稽古が終わると、お酒や食事が出てきて、打ち上げが始まる。恐縮ながらも、部外者の私もその酒席に加えていただき、地元の方々に獅子舞や祭りに関するさまざまな話を聞かせていただいた。

印象に残ったのは、祭りの形がどのように変遷してきたのかという話だ。保存会ができる前は坂下・下谷保集落の氏子によって獅子舞が行われていたとか(現在の保存会には、そのような縛りはない)、昔は獅子宿という獅子頭を保管し、獅子舞の稽古場を務める家があったとか、実は神輿は戦後になって若者たちの要望によって導入されたものだとか。

伝承によれば、村上天皇の時代(947〜957年)に谷保に伝えられたという伝統あるこの獅子舞も、時代の変化とともにさまざまなマイナーチェンジを繰り返してきている。とりわけ、今回の新型コロナウイルス感染症の蔓延は大きな転換点となったようだ。例大祭は2020年、2021年と中止、2022年は非公開で獅子舞を実施、2023年となって、ようやく4年ぶりの通常開催となった。

コロナ禍を経ても、獅子舞の内容自体は大きく変わらなかったが、運営組織の役割分担の変更や、慣習となっていた手続きの一部省略など、獅子舞の「担い方」に変化があった。「何を変えるべきか」「何を変えないべきか」祭りの中止を機に、いま一度この伝統の本質が問われ直したということなのかもしれない。

打ち上げの最中、祭りの段取りの変更点を確認し合う声があちこちから聞こえてきた。「この祭りを続けていくためにはどうすればいいのか」。岐路に立ちながらも、谷保の人々は継承に向けての模索を続けている。

コロナ禍を経て新たに顕在化した継承問題

次に私が谷保を訪問したのは、2カ月後の9月15日のことだった。この日、谷保天満宮では「獅子迎えの儀」という行事が行われた。これは、実際の獅子舞で用いられる獅子頭に魂を入れるという儀式で、この日から本番に向けて獅子舞の本格的な稽古が始まるという節目の大事な行事となっている。

参集殿に安置された獅子頭

獅子迎えの儀のため、参集殿を出立するメンバーたち

拝殿に到着し、獅子迎えの儀が執り行われる

獅子舞に用いられる獅子頭。一般人からすれば、それはただの被り物にしか見えないかもしれないが、地元の方々の獅子頭に対する丁寧な向き合い方、扱い方を間近で見ていると、この獅子頭というものが、神様に等しいくらい、尊い存在であることがひしひしと伝わってくる。

例えば、獅子迎えの儀では、獅子頭が参集殿から神社の拝殿まで持ち運び込まれて、魂入れの儀式が行われる。しかし、この日はあいにくの雨模様だったため、獅子頭は野外に持ち出さずに儀式を行うという判断が下された。

私から見ると、さほどの激しい雨というわけでもなかったのだが、獅子の羽を少しでも痛めたくないという繊細な配慮に、獅子頭に対する深い敬愛ともいうべき念を感じることができた。

獅子迎えの儀を終えて、参集殿に戻ってくると、獅子頭のメンテナンスが始まった

間近で見ると、すごい顔力の獅子頭

獅子頭に取り付ける羽は明治時代に購入したもの。今はもう手に入りにくい素材らしく、大事に取り扱われている

獅子迎えの儀を終えて参集殿に戻ってきた関係者が座に揃うと、新しい獅子舞のメンバーが紹介された。まずは前棒・後棒役だ。

谷保天満宮の獅子舞では、獅子舞が舞われる前に、「棒使い」という演技が行われる。「棒使い」は子どもが務めることになっており、前棒・後棒、それぞれ2名が担当する。通常、前棒を2年経験した子どもは、後棒に繰り上がり、それもまた2年務めることが慣わしになっている。

しかし、コロナ禍で3年間、大祭が中止となったため、その流れが断ち切られてしまった。今年は仕切り直しということで、後棒はなしに、新しい前棒2名だけで、棒使いが行われることになった。

今年は国立市第七小学校の三年生、二名が前棒役を務めることに

「道化」役には高校生の新メンバーが加わった

獅子頭の前でお祓いが行われる

獅子迎えの儀が終わると、直会(なおらい)が開かれた。本番に向けての決起集会に近い雰囲気だ。今回は、祭りの継承という課題に関して、谷保天満宮獅子舞保存会の会長 北島義昭さんにお話を聞いてみることにした。

「獅子舞の舞い自体は以前と何も変わらないし、舞い手もベテランばかりなので、問題ないと思います。ただお祭りの内容はコロナ禍を経て忘れてしまっている部分もあるので、みんな思い出しながらやっている感じですね」

谷保天満宮獅子舞保存会 会長 北島義昭さん

今年の獅子舞は何とか問題なくやれるだろう。しかし、北島さんが危惧するのはそれ以降のことだ。

あらためてこの場に集っている獅子舞関係者を眺めてみると、いち地域のお祭りの継承団体としては、かなりの人数がいるようにも思われる。それでも北島さんによれば、年々、保存会の人数は、徐々に減っていっているそうだ。

「この3年間で、亡くなっちゃった人も多いですね。亡くなったり、会を離れた人がけっこういる。全部で10人くらいはいるんじゃないかな」

メンバーの減少は、そのまま祭りの担い手不足という問題に直結してくる。それに拍車をかけて、コロナ禍で祭りが開催されなかったことで、先にも触れた「前棒2年・後棒2年」という流れが断ち切られてしまうなどの、後継者育成の問題も一層深刻化している。

大役となる獅子舞の舞い手も、ベテラン勢が揃っているとはいえ、安心することはできない。谷保の獅子舞は3匹の獅子に、それぞれ大頭(おおがしら)、小頭(こがしら)、雌獅子(めじし)と3つの役があり、雌獅子→小頭→大頭と、経験を積むごとに役が上がっていくというシステムとなっている。大頭は獅子舞全体をコントロールする司令塔ともいうべき重要な存在であり、相当な技術と経験を要される役だ。

左から小頭、雌獅子、大頭。

本来であれば、雌獅子→小頭→大頭の流れがスムーズに循環していくことで、段階的に獅子舞育成がなされていくという仕組みになっているのだが、新しい担い手が見つからないと、役が固定化されてしまうため、雌獅子や小頭はいつまでも、新しい経験を積むことができない。大頭役の竹内学さんは、今年で舞い手として19年目の大ベテラン、大頭も既に10年近く務めている。新陳代謝の時期はもう来ているのだ。

「ポスターを貼って新しい舞い手の募集をしたことはあるんですけど、なかなか手を上げてくれる人はいませんね」と漏らす北島さん。

特に谷保に住んでいる人限定という縛りもないそうなので、やってみたいと思う人は多いのでは?と思ってしまいそうだが、「獅子舞をモノにするには、最低でも10年間はかかります」という北島さんの言葉を聞くと、生半可な覚悟では志願できないような大役であることもわかってくる。

獅子舞の後継者育成は、なかなかの難題なのだ。直会の後、頭を悶々とさせながら、この日は家路にとついた。

実はこの時点では公表されていなかったのだが、獅子迎えの儀の数日後、大頭の竹内さんが今年を機に、獅子舞の舞い手を引退して、獅子の指導者として祭りに関与していくということが発表された。
これから例大祭の本番を迎えるタイミングでの驚きのニュース。果たして獅子舞の継承はどうなっていくのだろうか。

続きは後編をご覧ください。

<参考文献>
くにたち文化・スポーツ振興財団, くにたち郷土文化館 編「くにたちの祭り : 企画展」

タグ一覧