愛知県豊橋市「安久美神戸神明社(あくみかんべしんめいしゃ)」において毎年2月10日・11日におこなわれる「豊橋鬼祭」。この祭りで利用されている「おにどこ」は、祭事の最中に天狗や赤鬼を追跡したり、AR(拡張現実)によって赤鬼に触れ合うことができたりするアプリです。このアプリにより豊橋鬼祭の町を廻る天狗や赤鬼の移動「門寄り」を可視化することで、祭り見物や運営の準備、アーカイブなどの観点から様々な効果がもたらされています。
また、このアプリは機能先行という狙いだけでなく、これにより祭りがいっそう地域に根付くことを想定されているようです。持続可能な祭り運営に向けて、情報技術はどのように関わっているのでしょうか?
今回はこのアプリを運営する「おにどこ実行委員会」のメンバーである、豊橋技術科学大学准教授の大村廉さんと水谷晃啓さん、株式会社ウェブインパクトの木村博司さんにお話を伺いました。
――おにどこの名称の由来についてお伺いできますか。
大村さん:「おにどこの『どこ』は鬼が『どこにいるの?』ということです。鬼祭が始まって思ったのは、どこにいても鬼祭が楽しめるという『どこ』の意味もあるのかなと思えてきました。つまり拡張性を持った良いネーミングだと思います」
おにどこが始まった経緯
大村さんが実行委員会の代表を務め、アイコンのデザインや運営面などは水谷さん、開発は木村さん……といったように各々に役割があるようです。もともとは、豊橋市の委託事業で、市内の路面電車やバスのいちを表示するウェブアプリ「のってみりん」の技術がベースになっています。その後、鬼祭のほうに転用できるのではということで、2017年9月に木村さんと水谷さんが安久美神戸神明社に掛け合い、そこからおにどこアプリの取り組みが始まりました。住民の方々に説明に回ったら、新たな技術を受け入れることに抵抗がない方が多く反応が良かったそうです。
――住民の方々に説明に回ったとき、どういう点に興味を持ってくださったのですか?
木村さん「元々、今年の天狗や赤鬼は早いとか遅いとか、そういう時間差のようなものがあったので、観客からすると天狗や赤鬼の位置を知りたいという潜在的なニーズがあったみたいですね。神社にいつも『今どこにいるの?』と位置を確認する電話も来ていたようです」
水谷さん「氏子さんは祭りの準備をしている一方で、何時に天狗や赤鬼が来るのか、どこで出会えるかがわからないそうです。だから氏子さん側にも天狗や赤鬼が来るタイミングを知りたいというニーズがありましたね」
地域との繋がりを生んだおにどこ
大村さん「おにどこの地図は、初年度、国土地理院の地図を使っていました。しかし、2年目から地域の方を含め皆で地図を作るという方向性になりました。3年目には『おにどこデータソン』というイベントを開き、地図を作るワークショップをおこないました。
Wikipediaの『豊橋鬼祭』のページを整備したほか、Googleの『OpenStreetMap』も作りましたね。そのために『おにカメラ』を使いました。これは赤鬼の背中に『GoProカメラ』をつけてそれを連写状態にしながら、学生が赤鬼の乗った台車を引いていくというものです。まちの魅力をオープンデータとして世界へと発信しました。さらにこの成果であるオープンデータは、おにどこのアプリでも活用しています」
大村さん「『このアプリが鬼祭の一部になってほしいですね』と神社側と話してきたので、地域の理解を広げるためにクラウドファンディングもおこないました」
水谷さん「地元企業さんに協賛をしていただくだけでなく、個人の方からも応援していただけるようにしたほうが良いと考えました。1000円でも2000円でも出していただけたらという想いで、クラウドファンディングを実施しました。地域の方々が関わっているということが大事ですね。神社ではなく、おにどこ実行委員会としておこない、リターン品として、ドッド絵が入った絵馬や御朱印帳も作りました」
遠くに住んでも楽しめる、祭りの新しい楽しみ方
水谷さん「アプリ内で実施したアンケートは300件くらい集まりましたよね。あまり十分な告知はしませんでしたが、こんなに集まるとは思いませんでした。GPSが最新のテクノロジーじゃないなど様々な意見がありましたが、95%が良かった、面白かったという意見でした。アプリ利用者は40代以降が多かったですが親子で使っている人も多かったです。子どもが行方不明になって、親は『絶対に赤鬼のところにいるだろう』と思い、アプリを見て赤鬼の位置を見ながら探しにいったら、案の定、子どもがいたという話もありますよ」
――おにどこというアプリが、迷子探しにもなっていたわけですね。
大村さん「2~3年目に大型モニターを本殿のそばに置かせていただいて、観客が見てくださるのはもちろんなのですが、夜の10時くらいに保存会のみなさんが『進みが遅い』とか『止まっている』とか、言い合っているのが面白かったです」
――デジタルが登場したことで、より詳細な状況が把握できるようになったのですね。お祭りの楽しみ方が変わってきたと感じます。昔の人は天狗や赤鬼についていかないと、その場所を把握することができませんでしたが、今では遠くに住む人も天狗や赤鬼のことを気にしながら生活できますね。
水谷さん「『結婚して豊橋から名古屋に行っちゃったけど鬼祭が楽しめる』という内容のアンケートの書き込みもありましたね」
祭りの新しい継承の形
2021年はコロナ禍で「門寄り」できなかったが、せめて写真だけでもという要望があったという豊橋鬼祭。それで、各町に大きなARマーカーを設置し、その前で赤鬼と一緒に撮影ができるようにしたところ、大変好評だったそうです。
これは写真を撮ることで「忘れない」という意味での継承になっています。フォトコンテストなどをやるという取り組みは他の地域でもよく聞きますが、ARによって目の前に赤鬼がいるという状態はとてもわかりやすいですね。
これから取り組みたいこと
――今後取り組んでいきたいことはありますか?
水谷さん「今後も同様に運営していく上で、資金を集める方法を考える必要があります。それが地域の財産になっていくんです。広告収入として飲食店マップをつけるとか、新しい機能をつけていくということも考えています。もしくは寄付してもらえるような機能もつけていくこともあり得ます」
木村さん「アプリのテクノロジーは、建物の老朽化の50倍とか100倍のスピードで変わっていくので、毎年リリースは重ねなくてはいけなくて。その上で新しいことをやるというのは大変なことです。このアプリをどうやって維持していくのかをまずは真剣に考えねばなりません。やはりこのアプリが(一部の機能の運営を地域に委ねるなど)祭事の一部となっていくと良いですよね」
大村さん「おにどこの情報技術が、地域にどのように浸透していくかに関心があります。たまたま研究予算があったものの、その次の年はやらないというプロジェクトは多いです。でも、おにどこに関しては潜在的なニーズが元々あったんですよね。天狗や赤鬼が寒い中、広範囲の場所を長時間動きまくるという豊橋鬼祭の特性があり、天狗や赤鬼がどこにいるのかわからなかったのです。それをアプリによって可視化する、他のプロジェクトがやっていない方法によって根付かせるということをどう実現するのか? 5年先を見たときに、楽しみになってきています」