雨の季節の必需品・傘。私たちにとって身近な道具ではありますが、およそ4000年も前からほぼ同じ形態の傘が使われていたそうです。
この記事では、傘の歴史とトリビアを紹介しつつ、湿った気分も晴れ渡る楽しい「傘」のお祭りを紹介します。
「笠」と「傘」の起源
およそ4000年前のエジプトやペルシアの彫刻や壁画には、傘を持った人の絵が描かれています。こうした日差しの強い国々で、傘は高貴な身分の人たちに差し掛けるものとして使われていました。
中国では前漢時代(紀元前2世紀ごろ)にはやはり皇帝のような貴人の道具として使われていたようです。この傘は「天蓋」と呼ばれており、傘はやがて権力者や権力機構の権勢・権威を示すものともなります。身分によって使う傘の色も決められていたそうです。
日本で現在のような持ち手(柄)のついた「傘」が使われるようになったのは、奈良・平安時代のことと言われています。「傘」を「からかさ」と呼ぶ言葉があるようにおそらく「唐の国」である中国や韓国を通じて輸入されたものと考えられています。やはり当時は貴族たちが日除けに使うものでした。
「かさ」は神聖さや権威を示す道具だった
茅原大墓古墳で出土した盾持人埴輪の写真です。
すげ笠のようなものをかぶり、笑っているように見えます。目やほおの周りは顔料で赤くなっています。ただ、実際は冑をかぶり、盾を持った武人の埴輪です。 pic.twitter.com/MvSP9MpRlk— 田中 祐也 (@ytks011213) January 11, 2019
一方、頭にかぶる「笠」は、実用的な日除け、雨除けとして古来使われていました。紀元前11〜7世紀の詩を収めた中国最古の詩篇『詩経』にも登場し、日本でも笠を被った埴輪が出土しています。古代では男女とも旅装に欠かせないものであり、秋田のナマハゲや佐賀のカセドリなど来訪神(年に一度、定期に人間界を訪れる神)の装束として神聖性を帯びた道具でもあります。
ユネスコ無形文化遺産「見島のカセドリ」を取材。コロナ対策で開催の案内はせず、地元の方々によって粛々と執り行われました。神の使いである加勢鳥が青竹を鳴らして厄をはらう音が集落に響きました。#見島のカセドリ#佐賀市#佐賀新聞 pic.twitter.com/0NbfP8u1mR
— 4カメ@佐賀新聞 (@jFY7HaHVkHCxIcF) February 12, 2022
伊勢神宮の式年遷宮や大嘗祭で、神や天皇が斎場を来訪する際に用いる菅笠は神聖なかぶりものとみなされています。
お祭りに登場する「かさ」
お祭りにまつわる道具としても「かさ」はたくさん登場します。例えば、「山形花笠おどり」「京都久多花笠おどり」「宮崎伊形花笠おどり」など、造花で飾った笠「花笠」をかぶって踊るお祭りは全国にあります。花笠は「風流笠(ふりゅうがさ)」とも呼ばれていますが、たたり神を楽しませて慰め、鎮めようという御霊信仰から生まれ、中世に流行した「風流踊」の流れを汲むものです。頭の上にある笠は、天に近く神の依代になると考え、笠に付いた花や笠自体を依代に悪霊を集め、焼却するなどして鎮める、退散させるといったまじないです。
同じように「風流」の精神を反映して、祭礼に用いる山車などに飾られた「かさ」が取り入れられてもいます。例えば京都の祇園祭で登場する山鉾は33基ありますが、それぞれの鉾に乗った御神体に赤い傘が差し掛けられているのに加え、「四条傘鉾」や「綾傘鉾」のように傘自体が鉾になっているものもあります。
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また、洛北に伝承される「やすらい花」は、生け花を用いた風流傘が登場し、ここに疫神を集めて回ります。
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豊臣秀吉は開閉式の洋傘を持っていた!
天下人・豊臣秀吉が作り上げた桃山文化の精華が一堂に集結 (https://t.co/TrZx3sev3Q)
重要文化財『醍醐花見図屏風』 桃山時代・16~17世紀 国立歴史民俗博物館 (写真7枚) 日本史上最大の出世物語の主人公、豊臣秀吉。天下人、太閤と呼ばれた彼は、桃山時…https://t.co/qOW4o6Jgnk#速報 #ニュース pic.twitter.com/CrO1n0YehR— THE WORLD NEWS (@news_type_c) March 27, 2021
日除け、雨除け、そのほか色々なものからも私たちを守ってきた傘ですが、およそ4000年も形態がほとんど変わっていない道具というのは驚かされます。傘の歴史の中で大きな変化と言えば、13世紀、イタリアで開閉式の傘が誕生したことでしょう。この開閉式の傘は時間をかけて18世紀ごろまでにヨーロッパ中に広まっていき、女性の持ち物として定着していきます。
日本では、1594年に堺の商人が、ポルトガル/スペインが支配したルソン(フィリピン)経由で手に入れた開閉式の洋傘を豊臣秀吉に献上したという記録があります。とはいえ、日本ではすでに鎌倉時代には開閉式の和傘が開発されていたようです。その後、明治維新を経て、洋傘が輸入され、全国へ普及していきます。
傘が主役の祭りを紹介します!
「しゃんしゃん祭(傘踊り)」(鳥取県)
傘が主役といえば、例年お盆の時期に行われる鳥取県の「しゃんしゃん祭」。披露される「しゃんしゃん踊り」、別名「傘踊り」は、鳥取東部に伝わる因幡の傘踊りをベースに、より多くの人が気軽に楽しめるように考案された踊りです。華やかに飾った鈴の付いた傘を「しゃんしゃん」と鳴らしながら華麗に舞います。2014年には同時に1688人が傘踊りを披露し、「世界最大の傘踊り」というギネス記録を更新。観客は例年35万人以上の盛大な夏祭りです。
「曽我の傘焼まつり」(神奈川県小田原市)
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神奈川県小田原市では、豪快に傘を燃やすお祭りがあります。例年5月下旬、2023年は5月20日に行われた「曽我の傘焼まつり」です。このお祭りは、日本三大仇討ちの一つ「曽我兄弟の仇討ち」にちなんだもので、この地出身の十郎・五郎兄弟が父の仇討ちの際、傘を燃やして松明代わりにした故事に倣い、会場となる梅の里センター駐車場で傘を燃やして霊を慰めます。お祭りでは、他に「曽我兄弟物語」の演劇や、松明行列なども行われます。
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また、全く同じ趣旨のお祭りが遠く鹿児島でも行われています。例年7月下旬に鹿児島市で行われる「曽我どんの傘焼き」です。鹿児島では、薩摩の勇猛な武人を育てる独自の「郷中教育」が行われていましたが、曽我兄弟の親孝行を顕彰し、教育の一環で始められたものが年中行事になったそうです。
ポルトガルから上陸!「アンブレラ・スカイ」
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ポルトガル中部の都市アゲダの芸術祭での催し「アンブレラ・スカイ」は、かの地の強い日差しから観光客を防ぐために2012年から始められたものです。アーケードや路地など町中をカラフルな傘で覆い尽くすこの試みは、想像以上の美しさと「写真映え」で話題となり、芸術祭のメインイベントになりました。今では世界中で同様のイベントが行われています。
日本では長崎県の「ハウステンボス」の「アンブレラ・ストリート」や、埼玉県の「ムーミンバレーパーク」などのテーマパークで例年開催。その他にも、日本各地の商業施設などで開催されています。
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見上げる色とりどりの傘のおかげで、雨の日も気分が晴れそうです。