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経済産業省・古山調査官に聞く──「祭りを文化資源として支える新たな経済政策の可能性」

yusuke.kojima
2025/10/28
2025/10/27
経済産業省・古山調査官に聞く──「祭りを文化資源として支える新たな経済政策の可能性」

2024年に経済産業省に新設された「文化創造産業課」。その中で、祭りや伝統芸能といった地域文化を「文化資源」と捉え直し、観光や地域経済との接続を模索する取り組みが始まっています。

なぜ経産省が祭りを支援するのか。その背景と狙い、そして今後の展望について、経済産業省商務・サービスグループ文化創造産業課の古山貴規調査官に伺いました。

 

経産省が「祭り支援」に乗り出した理由

――まず「文化創造産業課」についてお聞きします。2024年に新設されたと伺っていますが、どのような課題意識から立ち上げられた部署なのでしょうか。また、古山さんが所属されている「クリエイティブ産業室」についても教えてください。

古山 文化創造産業課は、従来別々に存在していた「クールジャパン政策課」と「コンテンツ産業課」、「伝統的工芸品産業室」が統合してできた新しい課です。大きな柱は、アートやファッション、デザイン、ゲームといった分野を文化資源、感性に基づく無形資産価値として捉え、それを産業化・国際展開につなげ、日本経済の利益へと還元していくことにあります。

その中で「クリエイティブ産業室」は、「地域をどう活性化させるか」という視点を強く持っています。伝統工芸やデザインを通じて地域経済を潤す、あるいは観光を呼び込む──そうした地域との接続を重視しているのが特徴です。

私自身は、10年以上前から「祭りを地方誘客の有効なコンテンツにできないか」と考えてきました。出身地の広島県福山市・鞆町は祭りが盛んな地域ですが、人口減少で維持が難しくなっている。これは全国共通の課題です。だからこそ、文化を「経済政策」の対象として捉え直す必要があると考えています。

――文化庁や観光庁ではなく、なぜ経済産業省が祭りを扱うのか、意外に感じました。

古山 そうですか(笑)。確かに「なぜ経産省が祭りを?」と問われることはあります。ただ、1992(平成4)年に制定された「地域伝統芸能等を活用した行事の実施による観光及び特定地域商工業の振興に関する法律」、通称「お祭り法」という法律があるのです。この法律は経済産業省と国土交通省が共同で所管しています。ですから、法律の趣旨に沿って、祭りを基軸とした地方創生や商工業振興に取り組むのは経産省としては自然なんです。

――つまり、かねてから観光資源としての側面だけでなく、地域経済や商工業の振興とも結びつけて考えてきたということですね。

古山 おっしゃる通りです。でも「観光のため」「お金のため」だけの視点で祭りに関わっても、地域の思いを汲み取ることができないと思います。祭りが続けば地域コミュニティが維持され、結果的に経済も回るわけですから、私としては祭りを継承することも主語にしたい、そのような姿勢で「文化を資源として活かす」ことに取り組んでいます。

――なるほど。産業政策の文脈に、地域の文化継承の思いも重ねて取り組んでいらっしゃるのですね。

祭りも対象?「クリエイター支援事業」が拓く文化資源の可能性

――では、令和6年度補正予算で実施されている「クリエイター事業者支援事業」について詳しく教えてください。また、今年度はどのような構成になっているのでしょうか?

古山 「クリエイター事業者支援事業」は、令和6年度補正予算で立ち上がった事業です。目的は、地域に根ざした文化資源を観光や地域経済と接続し、持続可能な形で展開できるかを検証することにあります。特に、祭りや伝統芸能といった地域文化を、インバウンド観光の新しいコンテンツとして磨き上げる可能性を探るのが狙いです。

──事業名だけ見ると、祭りや地域伝統芸能が対象になるのはやはり意外でした。

古山 はい、おっしゃる通り「クリエイター事業者支援事業」という名前だけだと、アートやデザイン、映像などの分野をイメージされる方が多いと思います。ですが私たちは、祭りや伝統芸能の担い手も、広義の「文化の創造者」であり、地域で活動するクリエイターであると捉えています。実際、地域の祭りや伝統行事の現場では、舞台演出や装飾、衣装の制作、音楽の構成など、創造的な要素が数多く含まれています。しかもそれが世代を超えて継承され、地域のアイデンティティにもなっている。そういった営みを、クリエイティブ産業として支援する視点を持つことは、非常に重要だと考えています。

──「祭りの担い手」も、クリエイティブな存在であるという視点が新鮮です。この事業では祭りを対象とした実証調査も行われていると伺いました。その背景にはどのような思いがあったのでしょうか?

古山 目的は、日本各地の文化資源──特に祭りや伝統芸能を観光コンテンツとして活用できるかを検証することです。背景には「アジアのインバウンド顧客をゴールデンルート外に誘客する」という政策課題があります。外国人観光客は東京・京都といった定番ルートに集中しており、地方の魅力を体験してもらうことが地域経済活性化の鍵なんです。

そして、そのために行った実証調査の構成は大きく二つ。ひとつは主催者へのアンケート、ヒアリング調査。外国人参加の受け入れ意識や課題を確認しています。もうひとつは参加者への調査で、外国人と日本人に分けて実施しました。外国人調査は台湾・香港・タイを対象に、「祭りに興味があるか」「どんな体験と組み合わせたいか」を尋ねています。

――調査ではどんな課題が見えてきましたか?

古山 公表に向けてまだ分析中なのですが、主催者への調査では全国9件の祭りを対象にアンケートを取りました。その中で特に主催者から多く挙がったのは、「外部の人が関わってくれるのはありがたいが、資金の不足が深刻である」「担い手の減少が続いている」という声でした。観光客や祭りに参加してくれる人が増えること自体は歓迎されていますが、その一方で、安全対策や外国人対応、混雑対応といった目に見えない運営コストが地域に集中している現状も浮かび上がりました。これは、観光資源としての価値が高まる一方で、現場の体制が追いつかず疲弊している、という構図を示しているとも言えます。

「ノウハウがない」「どう受け入れていいかわからない」といった声も多く、裏を返せば、外部の知見や支援を取り入れる余地が大きいことを意味しているのです。

――なるほど。一方で、参加者への調査から見えてきたものとは?

古山 これも分析中ではありますが、外国人・日本人共に質問内容は「祭りに参加したいか」「どんな体験と組み合わせたいか」といったものです。その結果、最も多かったのは「美味しい食事と一緒に楽しみたい」という回答でした。これは外国人も日本人も同じ傾向が見られ、祭りは単独で楽しむだけでなく、食や観光と組み合わせることでさらに魅力が高まることが示唆されました。

──外国人にとっても祭りは、食や交流と結びついた体験として期待されているのですね。

古山 そうですね。祭りは言葉が通じなくても直感的に楽しめるノンバーバルな魅力があります。うまく翻訳・発信していくことで、もっと多くの人が感動できる余地があると感じています。また、今年度はモデル的な取り組みとして、香川県・小豆島の太鼓台祭りで外国人を対象としたモニターツアーを実施予定(公開時点では実施済み)です。外国人数名が実際に担ぎ手として参加し、受け入れ体制や課題を検証することを目的としています。

祭りを軸にした参加体験を通じて、どのような工夫が必要か、また今後インバウンド観光コンテンツとして展開できる可能性を探るための実証です。今後もこうした試みを重ねることで、祭りを単なる観覧ではなく、地域資源を複合的に体験できる仕組みとして確立していきたいと考えています。

――今回の調査は、今後どのような施策や制度につながっていくのでしょうか?

古山 文化や観光の領域ではこれまでも多くの支援が行われてきましたが、経済産業省としては「持続可能な仕組み」をどう構築するかに重点を置いています。補助金はきっかけにはなりますが、それ自体が目的化してしまっては続きません。最終的には、地元の事業者や住民が「この祭りがあることで経済的なメリットがある」と実感できることが重要です。

そのためには、観光客が地域で過ごす時間をどう増やすか、どんな商品やサービスと結びつけるかといった工夫が求められます。今回の調査でも「観光対応のノウハウがない」「どう受け入れていいかわからない」といった声が多く聞かれました。だからこそ、制度の設計にあたっては現場との対話を大事にし、地域の実情に応じた柔軟な支援のあり方を模索していきたいと考えています。私たちがやりたいのは単に「文化を活用する」ことではなく、「文化をどう地域の未来につなげるか」ということです。経済産業省が、そのための道筋を、一緒に考えていける存在でありたいと思っています。

――持続可能な支援を形にしていくことが重要なのですね。

古山 国の支援で作られた観光コンテンツは、販売チャネルに載せるまでが条件になっていることが多いのですが、それだけだとなかなか認知されなくて売れないんですよね。なので、これは完全に私個人の考えにすぎないんですが、「プロモーション用のプラットフォーム」があればいいなと思っているんです。このサイトに来れば「日本の祭りに参加できる」とわかる場をつくって、記事を掲載して販売チャネルに誘導する。記事そのものが認知になり、毎年更新すれば持続的な流入につながるのではないか──そんなイメージを持っています。祭りはノンバーバルな魅力が強いので、写真をつないだ「フォトムービー」のような映像で雰囲気を統一的に伝える、そういうやり方もいいのではないでしょうか。

さらに言えば、将来的に──あくまで私の頭の中の構想にとどまりますが──民間企業の協力を得て事務局を立ち上げ、プラットフォームに参画したい祭り主催者が手を挙げられる仕組みをつくれたら理想ですね。

「地域の皆さんと共に」──経産省が伝えたい祭り支援の展望

 ――最後に、全国の祭り主催者や地域関係者の皆さんへメッセージをお願いします。

古山 地域の祭りや伝統文化は、実は非常に大きな経済的・社会的な価値を持っています。地域の人びとが誇りを持てる文化資源であると同時に、国内外の観光や地域産業にもつながる力を秘めている。そうした価値に光をあて、文化を守るというより活かすという視点で、国として応援していきたいというのが、私たちの基本的なスタンスです。

──祭りは観光だけでなく、地域コミュニティの結束や人材育成の場にもなっていますよね。

 古山 まさにそうですね。とくに近年は「若い人がいない」「高齢化で継続が難しい」といった悩みを多く伺います。ただ、それを「地域の衰退」ではなく、「新たな関わり手を迎える契機」と捉え直すこともできると思うんです。

外から来る人、企業、学生など、これまでの担い手とは異なる人たちが、地域の文化に関わる仕組みや視点をつくっていく。祭りを守るのではなく、ともにつくっていくという姿勢が、これからはますます重要になると考えています。

──今回の調査や事業を通じて、現場の主催者が持っておくべき視点やヒントがあれば教えてください。

 古山 一つは、「自分たちの祭りの強みって何だろう?」という視点を、地域の中であらためて話し合っていただくことです。観光向けにわかりやすく演出するのではなく、むしろ“ありのままの深さ”をどう伝えるか。その魅力を言語化し、他者に開く視点が求められると思います。

そしてもう一つは、制度や支援は「つくる側」と「使う側」の協働で育つものだという認識です。「こんな課題がある」「こういう支援があれば挑戦できる」といった声を、ぜひ積極的に発信していただきたい。私たちも、制度を一方的に設計するのではなく、地域の声とともに育てていきたいと思っています。

──地域文化の未来を、外からの支援だけに頼るのではなく、自分たちの声で形づくっていく。そんな希望が見えてきました。

 古山 ええ。日本の祭り文化は、各地の人びとの営みによって育まれ、守られてきたものです。だからこそ、国の支援も、地域の意志や声があってこそ活きるものだと考えています。一つひとつの祭りに、それぞれの物語と価値があります。私たちもまだ手探りではありますが、文化と経済をつなぎながら、未来につながる仕組みを一緒につくっていければと思っています。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

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