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五線譜にできない民俗の「音」── プロ演奏家と考える継承のあり方

2025/9/23
2025/9/22
五線譜にできない民俗の「音」── プロ演奏家と考える継承のあり方

近年、多くの民俗芸能の現場では、若い世代への継承を促すため、楽譜の整備や映像による記録、安価で均質な楽器の導入といった取り組みが進められています。これらは文化の保存という観点から非常に重要であり、特に初学者にとっては親しみやすい入り口となるものです。

一方で、地域ごとに異なる「クセ」や「方言性」を持つ音や動きこそが、民俗芸能の魅力であり、その土地ならではの文化的奥行きを支えているとも言えます。

誰もが演奏しやすい環境が整うことは歓迎すべきことですが、そのプロセスで“味わい”が失われてしまうとしたら──?

本記事では、全国各地の民俗芸能を学び続けるプロの和楽器奏者・山本朗生(やまもと あきお)さんへのインタビューを通じて、民俗音楽の継承と「保存」と「変化」のあいだにある課題について考えます。

数少ない民俗芸能のプロ和楽器奏者・山本朗生とは

山本さんは約30年、民俗芸能・古典芸能を学び、現在、横笛奏者としては藤舎貴道(とうしゃ きどう)という名前でも活動しているプロの奏者です。
「はじめての楽器は太鼓。今は津軽三味線や横笛の演奏もしています。その中でも一番気持ちが入りやすいのは笛。笛には言葉がない。メロディの背景にある感情をくみとり、歌うように吹くことを目指しています。」と朗らかに笑い、民俗芸能を始めたきっかけを教えてくれました。

海外からのお客様へのワークショップと実演

お囃子に獅子舞もー東北や北陸の芸能を幅広く習得

「わたしは京都・嵯峨の生まれです。嵯峨には嵯峨祭や六斎念仏という大きなお祭りがありますが、どの祭りとも被らない地域に生まれました。民俗芸能が大好きで、東北や北陸を中心にその土地の芸能を勉強しに行きました。いわゆる民俗芸能ヲタクです(笑)。広い地域でさまざまなお囃子を習得し、富山では『こきりこ節』で有名な土地に行き、人気の『こきりこ節』ではなく、獅子舞を習いました。そのときには現地の人から『こきりこ節は観光のためにしているけれど、獅子舞は自分たちのためにやっている。そのマイナーな獅子舞を習いに来るなんて変わっているな(笑)』と。」(山本さん)

このように現地の人にも民俗芸能への「突き抜けた愛」を認められています。

音(마음)で繋がる日本芸能と朝鮮歌舞 ArtUnit「KOREA×JAPAN」より 新舞楽「SHISHISANGMO」(シシサンモ)

実演経験芸能
北海道 ・ソーラン節
青森県 ・嘉瀬の奴踊り ・お山参詣登山囃子
山形県 ・花笠音頭
秋田県 ・秋田大黒舞  ・金浦神楽
岩手県 ・三本柳さんさ踊り ・江刺梁川金津流鹿踊 ・岩崎鬼剣舞
福島県 ・菅波ぢゃんがら念仏
宮城県 ・廿一田植踊
東京都 ・江戸囃子(若山社中・寿獅子含む) ・八丈太鼓
神奈川県 ・ぶちあわせ太鼓
埼玉県 ・秩父屋台囃子(上町) ・秩父音頭
千葉県 ・佐原囃子
群馬県 ・八木節
石川県 ・天平太鼓
富山県 ・こきりこ節 ・福島の獅子舞 ・五箇山上梨獅子舞
長野県 ・大河内池大神社大祭 ・新野雪まつり
・松川町関宮神社獅子舞 ・木曽上松木やり唄 ・伊那節
岐阜県 ・中山太鼓 ・白鳥拝殿踊り ・郡上踊り
滋賀県 ・水口囃子
三重県 ・磯部太鼓
ほか、創作・編曲演目多数

 

日本の民族音楽は「演歌」のようなクセがある

日本各地の芸能を見てきた山本さん。お囃子には、「土地それぞれのクセがある」と感じるそうです。
「民俗音楽における旋律は、まるで方言のようなものだと思います。最近の笛は誰でもドレミの音階を吹きやすい笛に変わってきています。体感では、祭り以外のアマチュア奏者や創作太鼓の笛など、もう9割はドレミが簡単に演奏できるものに変わっているのではないでしょうか。
もちろん、それによって洋楽などジャンルも超えて、みんなで演奏しやすい利点があります。しかし、もともと地域に残っている日本の民俗音楽は『演歌』のようなクセがある。私はそれぞれの地域の特色である「クセ」がなくなってしまうのはもったいないと思うんです。ぷーんとただよう「和」の匂いや、音楽のルーツなどを大切に演奏したいと考えています。」(山本さん)

その「クセ」ってどのようなものなんでしょうか?と伺うと、おもむろに演奏してくださる山本さん。

他にも、京都市の伝統芸能「六斎念仏」について、「六斎念仏では、大元は三味線の旋律なのに、こんな解釈をして笛で表現しているんですよ!」。
また、お囃子で有名な滋賀県の水口祭(みなくちまつり)について「水口では、上り坂で力を入れるために演奏する『ヤタイ』という曲が、隣町の日野祭では、辻回しで演奏しているんです!」と数々の例を挙げて説明してくださいました。自分の生徒さんを連れていってお囃子のルーツやクセの勉強もしているそうです。

「水口曳山まつり」ジャズやマンボ調と多彩なお囃子が魅力の水口囃子

桟敷窓から楽しむ「日野祭」!豪華絢爛な曳山を贅沢に味わう「三方よし」のまち

五線譜にできない「ゆらぎ」

口伝だった音を五線譜にすると多くの人に伝えやすくなり、西洋音階に慣れた若い人たちのハードルを低くすることができます。そして西洋音楽家とのコラボも容易になり、さらに演奏してもらえる機会も増え、「そりゃ良いこともたくさんありますよ?」と山本さん。でも、民俗芸能としては「味わいが落ちる」ようだと山本さんは感じています。
「次世代に継ぐために『いままで口伝だったお囃子を五線譜にしてくれないか』という依頼をいただくこともあります。しかし私は五線譜には書き表せない『ゆらぎ』を大切にしたいと考えています。みんなが正確な音階を演奏するより、多少、音程に上下があるほうが音に厚みがでるのです。それはビブラートや半音を上げることではない、『合奏』による奥行きというのでしょうか・・・。」(山本さん)

山本さんによると、お囃子を五線譜にする上では、まず大きく分けて2つの問題があるのだそうです。
一つは、音程の壁。篠笛や三味線は移調楽器(カラオケでキー変更をするようなイメージ)。実音のドレミで書くと使いにくく、譜面から演奏するのが難しい。
もう一つが、リズムの壁。民俗芸能のリズムには「ゆらぎ」や「なまり」がある。演奏者や状況によっても変化し、譜面には完全に落とし込めない。
だからこそ山本さんは「五線譜だけではなく、指使いや息継ぎなどの技法を記した奏法譜、口唱歌(リズムを口で表す言葉)、動画などを組み合わせて残すのが理想」と考えています。

和楽器演奏ユニット 和奏人 宴「一丁一管」/ 於:岡山OKUTSU芸術祭

「不自由さ=個性」和楽器の不自由さを愛せ!

不自由である反面、ピシッとした音階ではなくあいまいな「遊び」があるからこそ音に深みが生まれる、と山本さんは続けます。
「ヨーロッパの民族楽器がオーケストラ楽器に改良されていく過程で、どんな調にも対応でき、どんな色にも染まる自由を手にしました。その反面、味わいのある民族楽器としての個性は失われていった歴史があります。篠笛がこの先どう変わっていくのか、私にはわかりませんが、『今の時代の担当』として、残すべきものは伝えていきたいです。」(山本さん)

山本朗生Solo WorksⅣ「和楽器の魅力」横笛とお箏

民俗芸能は「変わり続けている」から面白い

民俗芸能というと、「昔から同じ形を守り続けているもの」というイメージが強いかもしれません。まるで時間が止まったように思える文化です。けれど実際には、時代とともに少しずつ姿を変えてきました。

和楽器奏者の山本朗生さんは、全国の芸能を見てきた経験からこう話します。
「久しぶりに訪れた土地で、『あれ、前と違うな』と感じることがよくあります。地域の人の技術や好み、流行の影響で、民俗芸能はいつも変化しているんです。」

山本朗生Solo WorksⅠ~Starting Over~「海鳴」

例えば太鼓演奏。いまでは舞台にずらりと太鼓を並べて派手に演奏する光景をよく目にしますが、昔はそんなスタイルはなかったそうです。
「これは、民俗芸能そのものというより、舞台用に工夫された“創作太鼓”の影響ですね。『派手な方が盛り上がるよね!』と、その時代の感覚に合わせて変わってきたんです。」(山本さん)

また、山本さんによれば、全国的に太鼓の演奏スタイルが「速く、激しく叩く」という方向に偏ってきていることも指摘します。
「確かに迫力はありますが、『和太鼓=筋肉と体力』というイメージばかりが強くなってしまって、本来の多彩な表現が忘れられつつあるように思います。」

実は、桶太鼓を肩から担いで演奏したり、特大の太鼓を一人で叩いたりするスタイルも、戦後に生まれた新しい演出法だそうです。

「激しい演奏に夢中になって、『ランニング・ハイ』じゃないですが、体力の限界まで叩いたら満足、というのは少し違うと思うのです。和太鼓には力強さ以外にも、土地ごとに受け継がれてきた多様な響きがあるはずです。」

藤舎貴生監修 山本朗生・阪本嵩仁「合縁貴縁」京都府立文化芸術会館

「変わること」は悪いことではない

こうした全国的な傾向に対して山本さんは、一方的に否定するのではなく「それも今の時代の表現」として受け止めています。

「『昔の方が良かった』という声を耳にすることもありますが、芸能はあくまでも地元の人たちのもの。彼らが続けていくために選んだ形を、外からあれこれ批判するのは違うと思います。」(山本さん)

横笛奉納演奏 武信稲荷神社

「芯」を持った演奏を続けていくために

変わっていくこと自体は、芸能が生き続けるために必要なことです。ただし、どこも同じようなスタイルになってしまい、その土地ならではの奥行きが失われるのは避けたい。
大切なのは、ただコピーして受け継ぐのではなく、その土地に根ざした“クセ”や“ルーツ”を感じながら演奏すること。五線譜に書ききれない音の背景を大事にして、「芯」を持った表現をしていくことなのです。
山本さんが「ルーツ」や「クセ」を大切にしたいと語る背景には、そんな思いが込められているのだと感じました。

車折神社「芸術文化振興会」三船祭にて和太鼓の奉納演奏

民俗芸能は「暮らしという土の上に咲く文化」

山本さんが語る民俗芸能の本質は「共同で作り上げるアンサンブル」です。
「なんでも料理にたとえちゃうんだけど…」と山本さんは笑って、民俗芸能の継承について、ラーメンを作ることに例えて語ってくれました。
「麺、スープ、チャーシューなど、それぞれを分業するメンバーが『ラーメンを作りたい』という共通のゴールを持っていれば、全体のバランスを考えた最高のラーメンができます。しかし、『最高のチャーシューが作りたい』という個々の突出した技術を追求しすぎると、全体がちぐはぐになってしまいます。民俗芸能には指揮者がいません。だからこそ、メンバー全員が『全体のスコア』を理解し、お互いを尊重しながら、一つのものを作り上げていくことが重要なんです。」(山本さん)

「地域に伝わる音楽でつながろう」小学校の音楽の授業「日本を知るうえでも和楽器を体験するといいのではないか。学校でやるのが一番いいと思う。」(山本さん)

筆者が山本さんから伺ったお話しの中で一番心に残った話は「いろんな人がいるからいい」という話です。

「民俗芸能は人なんです。技術至上主義になると、上手な人が下手な人を排除することがあります。しかし、技術至上主義vs楽しくやりたい人にならず、もっと一緒にうまくできるはずなんです。
本当の意味で『上手な人』というのは、周りの人を活かすことができる人。その人がいるだけで全体がうまく回り出すような人。
芸能は一人ではできないし、相手がいてくれて『おかげさま』。そのありがたさを知っている人が、『上手な人』なのかなぁ。
民俗芸能をみんなで1つのものを作るアンサンブルと考えると、地域の上に人がおり、人の最大公約数として芸能ができる。
民俗芸能のために人がいるのではなく、人が豊かに生きていくために民俗芸能があるのです。」

民俗芸能は歴史を再現するためではなく、今を生きる人が神様に感謝し、地域を盛り立てるためのもの。芸能だけを切り離さず、地域の歴史や暮らしとともに考えるべきだと山本さんは言います。

嵐響夜舟(らんきょうやふね)嵯峨嵐山を流れる大堰川(桂川)に浮かべた屋形舟より、渡月橋を渡る月と音楽を楽しむイベント

「民俗芸能は『暮らしという土の上に咲く文化』。芸能の完璧な保存よりも、どうすれば心を寄せ合えるかを考えることこそが文化の継承につながると思います。変わってもいいから、続けていくことを恐れない。100か0かではなく、30や50でも残ることが大切なのではないでしょうか。」と読者に呼びかけます。

あなたの地域の芸能も、きっとその土地の人が「今を生きる」ために工夫して伝承してきたもののはず。完璧な保存を目指すよりも、「どうすれば地域のみんなが心を寄せ合えるのか」を考えてみるといいのではないでしょうか。それが一番の継承の秘訣なのかもしれません。

山本さんの言葉は、全国の担い手にとって大切なヒントになるはずです。

山本朗生 2025演奏スケジュール

9月20日 信州まつもと「リレー・フォー・ライフジャパン」講演会、賛助出演
於:松本市やまびこドーム
9月28日嵐山月灯路オープニングイベント
10月11日、12日 嵐山秋花火2025 特別観覧エリア 京都嵐山 法輪寺舞台(見晴台)
10月11日 ウトロ・アートフェスティバル2025文化公演 /「KOREA✕JAPAN」於:同志社ハーディーホール
10月12日 京都朝鮮第ニ初級学校創立60周年記念フェスティバル /「KOREA✕JAPAN」 於:京都朝鮮第二初級学校運動場
10月25日 いながわ音楽フェスタ / 音楽ユニット「蓮」
於: 猪名川町文化体育館(イナホール)
10月26日 野澤松之輔、五十回忌偲ぶ会 / 於:京料理 西陣『松粂(まつくめ)』
11月8日 一般社団法人 七実の木 七実の木保育園・実り保育園 文化フェスティバル
/ 「KOREA✕JAPAN」 於:京都市立七条小学校体育館
11月9日 嵐山もみじ祭り  於:嵐山渡月橋上流一帯

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