みなさん、こんにちは。舞が大好き!カメラマンの佐々木美佳です。
「女人舞楽 原笙会(はらしょうかい)」にお願いして4曲の舞楽を撮影し、その魅力を1曲ずつご紹介するこのシリーズもついに最終回。第4回の今回は「厳島五常楽」をお届けします。
この「厳島五常楽」は、曲は残っているけれど当時の舞は途絶えてしまった「五常楽」という曲に対して、舞を復活させたものだといいます。一体どのように手がかりを掴んで元の舞を再現したのか?そのストーリーを紹介いたします。
「舞楽」とは大陸からやってきた最先端の文化だった
第3回までの記事(文末の「関連記事」にリンクあり)をご覧いただいた方はご存じかと思いますが、まずは舞楽について軽くおさらいを。
舞楽の衣装を一目見たときの印象は「なんだか京劇みたい!」と思いませんか?そう、舞楽は奈良時代の頃に唐や朝鮮から伝わった当時の最先端の文化でした。その珍しい文化を神様に楽しんでもらおうと、宮廷儀礼として発展していったのです。
舞楽は雅楽の中の一種で、器楽伴奏を伴う舞とその曲をさします。雅楽は「世界最古のオーケストラ」とも称され、最も有名な曲は「越天楽(えてんらく)」でしょう。神社での結婚式など祭事のときに流れているのを聞いたことがあるかもしれませんね。雅楽と舞楽の基本知識は、下記の記事でも解説していますのでぜひご参照ください。
「五常楽」の曲と現在の舞
「五常楽」は唐の太宗(たいそう:在位626~649年)の作曲とされ、雅楽の基礎となる旋律が凝縮された一曲といわれます。
「五常」は、人の行うべき5つの徳「仁・義・礼・知・信」の意味です。そして、中国古来の音楽の5つの音階「宮・商・角・徴・羽(=ドレミソラの音)」の五音(ごいん)に、五常を配して作られた「五音の和」をよく備えた名曲とされています。
そして舞はというと、宮中の警備をする役所・衛府(えふ)の制服である蛮絵装束(ばんえしょうぞく)という衣装を着て、頭には巻纓(けんえい)という冠をつけた武人が4人で舞います。ここは動画で見ていただくのが一番分かりやすいですね。
元の五常楽の舞は「天女」のようだった?
現在の「五常楽」の曲と舞のあらましが分かったところで、再現した「厳島五常楽」との違いや、その違いがどこからきているのかを原笙会の代表・生川純子先生に解説していただきましょう!
カメラマン佐々木:一般的な「五常楽」は、いわゆる誰もが思い浮かべる雅楽「越天楽」のように初心者の基本が凝縮した舞だそうですが、この「厳島五常楽」はどんな特徴がありますか?男性の役人が着ていた蛮絵装束とは全く違う天女のような姿なのはなぜでしょうか?
生川先生:そう、まさに天女なんです。吉祥天女を表した装束です。それでは解説していきますね。
生川先生:この舞は元々、女舞でしたが舞は約800年前に絶えてしまい、曲のみが残っています。長きに渡り雅楽の伝承を続けている宮内庁式楽部では、現在は蛮絵装束をまとい、男舞をしていることは先ほどご覧いただいたとおりです。
原笙会の創設者・原笙子が20代の頃、「梁塵秘抄口伝集(りょうじんひしょうくでんしゅう)巻十」を読んでいるとその中に
その国の内侍二人、黒、釈迦*なり。唐装束をし、髪あげて舞をせり。五常楽・狛桙を舞ふ。
*建春門院一行が厳島神社を詣でたとき、女官の黒と釈迦という名の二人、という意味。
というくだりを見つけました。狛桙(こまぼこ)というのも五常楽と同じく舞楽の一つです。さらに、
伎楽の菩薩の袖振りけむも斯くやありけんと覚えて、めでたかりき*。
*天上の菩薩が袖を振り上げて舞う姿はこんなにも素晴らしいものなのか、という意味。
とあり、吉祥天女の再現かとも書かれていたそうです。そこで、この文章を元に舞の再現を試みました。
装束の「色」を決定づけた、ある発見
佐々木:厳島五常楽は、装束も本当にまるで天女のような姿ですね。
生川先生:そうですね。これは平成12年に平家物語・建礼門院厳島詣をテーマに公演するにあたり、渡来の形を強く残した萎(なえ)装束*の女舞として復活を試みたことで、吉祥天女のような姿になりました。
*萎装束:糊(のり)を使わずに柔らかな生地で仕立てた装束。平安末期からの強ばった直線的な姿の公家の服装「強装束(こわそうぞく)」に対していう
しかし文献を見ても、色目の記述がなかったのだそうです。
色々な資料を探っていると、1299年に作成された「一遍上人絵伝」の中に、厳島神社の海上舞台で緑と赤の萎装束に着分けた四人の内侍(ないし)が向かい合って立つ図が見つかり、この図を基として作ることができたのだそうです。
厳島神社の海上舞台で舞う人たちも良き。#厳島神社 #海上舞台 #一遍上人絵伝 pic.twitter.com/K4ZEiCBJf6
— S_S_ (@suzuki_lingmu) July 13, 2022
このことから、原笙会では「五常楽」ではなく「厳島五常楽」と題しています。また、雅楽書「竜鳴抄」に「ごぜうらく」と書いてあることから「ごじょうらく」と読みます(ごしょうらく、と濁らず読む場合もあります)。
佐々木:原笙子先生著『やっぱり「不良」でした』下巻に、厳島五常楽が復活するまでの話が書いてあるとうかがったのですが…一遍上人絵伝を図書館の本の中から探して来たのは、原笙子先生の娘さんなのですね。これはナイスアシスト!「神さんが、娘の目を使って私の許に届けてくれはったと思った」というところ、心が躍る瞬間でしたでしょうね!
生川先生:そうですね。髪飾りは、厳島神社に海の神様が祀られていることから真珠をつけています。この髪飾りも娘さんが最初に作ってくれました。
佐々木:なるほど。元々、800年前は女性が舞っていた曲だったのですね。写真やビデオがない時代のことを、当時の本の中にある文章や絵を頼りに少しずつ謎を解いていったというのはご苦労が偲ばれます。
やっと復活ができたときは原笙子先生をはじめ、吉祥天女も天上に舞うほど嬉しかったでしょうね。今回も知らない世界を知るわかりやすい解説をありがとうございました!
吉祥天女が舞う「厳島五常楽」
内侍という女官は巫女でもあったそうなので、神に捧げる舞の神聖な雰囲気を感じます。蛮絵装束の男舞と違い、袖を振り上げる所作がみどころで、女性らしい吉祥天女の舞を見ることができます。
4回に渡って舞楽を解説をするこのシリーズ、最後を締めくくるのにふさわしい「厳島五常楽」はいかがでしたでしょうか。元々は女性の舞だった五常楽。これからは絶えずに、この美しい舞が受け継がれていくようにと願わずにはいられません。
通常、雅楽は楽器ができるようになってから舞を習います。だからこそ若くて美しいうちに舞うのは難しい。そこで原笙会では、舞に特化して勉強をしています。装束の着付体験も可能ですので気になった方は、ぜひ下記のホームページものぞいてみてください。
◎女人舞楽 原笙会
ホームページはこちら
〒659-0015
兵庫県芦屋市楠町14-20-115
TEL/FAX:0797-23-1886
◎原笙会の公演予定 ※初舞台者を主とした勉強会となります
日時:2022年8月28日(日) 13時~ 観覧自由
海上:奈良県御所市「三蔵能楽堂」にて
曲目(予定):春庭花、胡蝶、平安舞、萬歳楽、蘇利古、陪臚、五節舞、納曽利、厳島五常楽
※出演者の体調などにより、当日の曲目が少なくなる可能性があります