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シリーズ【祭りを科学する】データサイエンスで見る「祭り」「神事」の継承・消滅の理由

yusuke.kojima
2024/9/25
2024/9/25
シリーズ【祭りを科学する】データサイエンスで見る「祭り」「神事」の継承・消滅の理由

話者/大平航己氏(国際航業株式会社)

どんなお祭りが継承され、どんなお祭りが消滅するのかーー。茨城県の約150の神事を対象に、30年前と現在で継承/消滅の状況をデータサイエンスの観点で分析した研究がある。「神事の種類」「神社規模」「土地利用」「人口」「交通」など複数の要因の分析からは、意外な結果と新たな知見が得られたという。論文の著者・大平航己さんに詳しく話を聞いた。

――昨年まで所属されていた筑波大学では、都市・建築など工学分野の研究をされていたそうですね。一見、「祭り」と遠い分野に思えるのですが、調査対象にしようと考えたのはなぜですか?

私は岐阜工業高等専門学校で、建築や都市計画を専門に学び、その中で大学の卒業研究ではデンマークの土地利用制度に関する研究をしていました。
研究を通して、デンマークでは法整備だけでなく、昔からの住民組織や繋がりといったコミュニティがまちにとって重要な要素となっていると感じたのです。そこで、日本でそうしたコミュニティを支えるものはなんだろうかと考える際に、良い素材だと思ったのが「祭り」でした。

――その関心から博士前期課程でまとめられたのが「地域における神事継承の実態とその要因 ―茨城県を対象とした30年前との比較から―」ですね。研究の概要などご解説いただけますしょうか。

近年、少子高齢化や都市圏への人口集中を背景に、祭りの継続が困難になっているという不安が高まっています。祭りの中でも地域コミュニティと密接に関わりがある神事には、地域の活性化や商業振興、または地域防災意識の向上などさまざまな面から効用があるとされ、継承していく重要な資産だと考えられています。だからこそ、コロナ禍を受けて2021年には無形文化財及び無形民俗文化財の登録制度も新設され、文化庁はじめ国機関もさまざまな支援を行なっていますし、貴社でも民間の立場から継承を支援されてきたのだと思います。
こうした神事保存に向けた計画をする上で、これまでどんな神事が継承されてきたのかその実態と要因を分析することが不可欠です。しかし、これまでの研究では、個々の事例についての調査は多くみられるのですが、複数の事例を対象として統計的に調査・分析を行った研究がありませんでした。そこで、この調査では約30年前に茨城県内で行われていた145事例の神事の継承・消滅の要因を、神事の内容や神社等級、人口や土地利用、交通といった客観的に観測可能な16の変数をもとに分析することにしたのです。

人口減が「祭り」消滅の理由ではない!?

――一つの実態を詳しく見るやり方ではなく、統計的なデータで分析してみよう、ということですね。

そうですね、個別事例では見えてこない結果が多数の事例を統計的にみることで、新たな事実が見えてくるのではないかと考えたのです。
調査ではまず、1989年に刊行された『茨城の神事』(茨城県神社庁編、茨城新聞社)に掲載されていた茨城県内の神事145事例を、「海・浜で行われる神事」「火祭り」「祇園祭」などに再分類し、約30年前の神事が現在も継承されているのか、消滅しているのか把握するところから始めています。そして、その神事を行なっている神社が、市街化区域か市街化調整区域かなど都市計画法上、どの区域に立地しているものかまとめ、加えて、神事の継承・消滅に大きく影響している要因と考えられる人口減少の影響を考えるために、各神社の周辺(神社から半径500メートル)の人口変化率も調査しました。
その結果を地図に落としたものが下の図です。調査では、145事例中115事例(79.3%)が継承されていることがわかりました。

図1 神事の継承・消滅実態分布:「地域における神事継承の実態とその要因 ―茨城県を対象とした30年前との比較から―」(大平、石橋、谷口)を参考に編集部で作成

――30年で約2割の神事が消滅したというのも憂慮するところですが、論文を拝見して一番興味深かったのは、人口減少と継承・消滅の関係です。

はい。一般的に考えられているように、私も当初は人口減少が消滅に大きな影響を与えていると思っていたのですが、周辺人口の変化率と存廃実態を見てみると、継承されている神事の方が、周辺人口の減少の割合が高かったのです。つまり、人口が減ったから祭りがなくなっている、とは一概に言えないということです。

――これはとても意外で、個人的には固定観念がひっくり返りました。ではいったい、どんな要因が神事の継承に影響しているのでしょうか。

私が設定した変数をもとにお話しします。まずは「神事の種類」に着目すると、八坂神社の分社で行われる「祇園祭」は継承に有意な影響を示しています。また、サンプルが少ないためモデル分析では外していますが、「御田植神事」「火祭り神事」は継承割合が高いことがわかりました。過去の研究でも言われていますが、山車の出る祇園祭や火祭りなど「見せる」要素の強い、人が集まる神事は、継承可能性が高かったと推察できます。
一方、「雨乞い神事」は調査対象にした4件中1件しか継承されていません。この神事は、天候によって開催日を決定する点や、農業の衰退とともに継承の意識が希薄になっていったために消滅していったのではないかと見ています。
次に「神社等級」。明治維新時に定められ、現在は廃止されていますが、かつての全国神社の社格制度にも注目しました。当時、無格社とされた神社では、官社や諸社などの神官による神務の兼務が義務付けられていて、現在も多くは神職が常駐していません。この無格社の神事については消滅傾向にあることがわかりました。

各ダミー変数が廃止と継承どちらに影響を与えているのかを比較。「地域における神事継承の実態とその要因 ―茨城県を対象とした30年前との比較から―」(大平、石橋、谷口)を参考に編集部で作成

――なるほど。想像に難くない結果です。

続いて、神社が立地している「土地利用」の状況を見ますと、これが消滅の大きな要因となっていることがわかりました。中でも、市街化調整区域内で行われている神事ほど消滅割合が高いのです。市街化調整区域とは、市街化を抑制するために定められている区域で、原則、商業施設や住宅の建設が認められていない場所です。
この区域は、そもそも高度成長期に起こったスプロール現象を防ぐために置かれた制度です。スプロール現象とは、都市部から無秩序に市街地が広がる現象を指し、日本では高度成長期に、地価の高騰から工場や住宅が周辺部へと拡大していった結果、多くの地域でこの現象が見られます。
つまり、現在の市街化調整区域は、ある時期に新しい住人が多く流入した地域なのです。先行研究からも、こうした土地では旧住民と新住民の間の意識の違いから、コミュニティ運営が困難だとされていて、私としてはこうした住民同士の関係が、神事の継承に影響したのではないかと考えています。
そして、「人口」。これは前述したように、意外にも人口減少と祭りの消滅の関係は見られませんでした。むしろ、居住者の多い地域、人口が増加している地域が消滅に影響を与えていたのです。別の調査によると、新規住民の地域活動への関心の低さが報告されていて、これが消滅要因の一つになっているのではないかと考えられます。
そして最後に「交通」は継承に大きく影響しています。調査では、神事の行われる神社の徒歩圏内(半径800メートル以内)に、駅やバス停が存在する場合、どちらも継承に有意な影響を示していました。つまり、神社までのアクセス性や、神社のある場所が移動需要の高い地域である場合、継承されやすい傾向にあるということです。

――高度成長期を経て、人と祭りの「心の距離」が離れてしまったと論じる識者のお話も伺ったことがありますが、高度成長期に生まれた市街地の特性が、神事の継承・消滅に影響しているということ、そして心だけじゃなく、交通環境という物理的な距離が存続に影響しているというのも大変興味深いと思いました。

「消滅するはずの祭り」が現在も続いている理由とは?

――大平さんは、さらにこの分析結果から、予測として「消滅」していてもおかしくないと考えられるにも関わらず、現実には「継承」されている神事に注目して、ヒアリング調査をされていますね。

はい。たとえばここまでお話ししたように、「見せる」タイプの神事でなく、無格社で行われていて、市街化調整区域内で、人口が増加していて、近くに駅もバス停もない神事ならば、消滅する可能性が高いはずです。でも現実としてちゃんと継承されている神事には、ここまでの分析とは異なる継承要因が存在するだろうと考えたのです。

――詳しく教えていただけますか。

調査対象地の中で一つ例を挙げると、千度祭では「継承方法」が要因として考えました。
千度祭は、別名「ガラガラセンド」と呼ばれ、子供たちが地区内にある道祖神を「ガラガラセンド、オオマカセンド、ホーイホイ」と言いながら叩いて回る、という奇祭です。かつて疫病が流行った際に、道祖神のケガレを祓う目的で始まったものだそうです。
担い手となる子どもたちは高崎地区約400戸で構成され、その世話をする当番は、八坂神社の氏子120戸から選ばれた12人(当年の当番6人と、翌年の当番を担う6人)が順番に担います。
この継承方法は、子どものうちから神事に関わることで、幼少期に行ったことを将来は子供たちに教える立場になる構造になっています。

――なるほど、それが成人後の参加意欲にも影響している可能性がありますね。

この神事は、30年前に9月19日の固定日だった開催を、子どもの休みに合わせて9月第2日曜日に変更しています。加えて、当番制によって、神事当日に非当番の負担はなく、責任が分散されている点も、継承に役立ったのではないかと推察されます。

廃止=悪ではない。祭りの「復活」「生起」にも注目

――なるほど。前段の要因分析で継承に不利な神事であっても、さまざまな要因が働いて継続が可能になっているということがわかりました。

そうですね。不利な神事を比較しても一つの要因とは言えないところなのですが、では反対に消滅するはずがないのに実際には消滅した神事にも着目して、ヒアリングも行っています。詳細は修士論文にまとめましたが、調べた2例については、どちらも血縁による継承方法で、固定された担い手による管理のもとで行われる神事でした。その場合、就労環境の変化や、継承者である子の転居、断絶といった影響を受けやすく、継承の困難度は高くなっていることがわかりました。
ただ、この調査をする中でも感じていたのは、時代の変化の中で全ての神事を残していくのは困難があり、廃止を悪いものと捉える必要はないということです。もちろん、文化としてみれば、残せるものであれば残していくのが良いことなのですが、本来参加者にとっての催事がやりたくないのに残す必要はないと思うのです。
そこで、仮になくなってしまっても、また実施したくなった際に実施できるようにしておくこと、また地域の人たちが今の時代に合った形で楽しめる祭りを作ることも大事なことではないかと思います。

各神事と地域との関係を表した図。「地域における神事継承の実態とその要因 ―茨城県を対象とした30年前との比較から―」(大平、石橋、谷口)などを参考に編集部で作成

――今や一度祭りをやめたら、もう二度と神輿が上がらない、などと言う人もいますが……。

調べてみると必ずしもそういうことではないようです。2001年から2022年の新聞記事を元に、復活神事の数や、中断・復活理由を調査したところ、この間、全国で256件の祭り・神事の復活事例があったことがわかります。
皆さんも頭に浮かんだかと思いますが、この期間には、2011年の東日本大震災や2019年からのコロナ禍、これを理由に中断された祭り・神事が復活した例が多いのだろうと考えられますが、中断していた理由は必ずしもそれだけではありません。新聞記事に使用されているワードを抽出し、精査したところ、中断の理由は震災・災害やウイルス蔓延よりも「後継者不足」「人手不足」「少子高齢化」「人口減少」「過疎」といった人に関する理由が多く、震災・コロナ禍がきっかけであったにせよ、背景には人の理由があったことが見て取れます。
一方、中断した祭り・神事が復活した理由ですが、同じようにテキストの抽出を行った結果、「伝統継承」「地域活性化」「記念」「こどもへの教育」「道具の発見」など多様な理由が見られましたが、伝統的なものを残していくこと、それが住民の楽しみや人を集めるものになること、そうした価値を住民の方々が感じていることがわかります。そして、神社の創建など記念の年と重なることで復活の機運が高まることもわかりました。

――一つ一つを見るだけじゃなくてデータとして見ることでさまざまなことが見えてきます。担い手不足を理由に廃止された神事でも、伝統継承や地域の活性化などそこに再び価値が発見されれば復活する例もあるということですね。

冒頭でもご指摘ありましたように、祭りがなくなる一番の理由として人口減少と結論されることが多かったわけですが、この一連の調査・研究からは、実は廃止の要因としては、神社の等級や神事の種類、神社が立地する土地利用といったものが大きいということが見えてきました。これを考えると、無格社神社における日常的な神社の活用や、無秩序な宅地開発の抑制といった策が、神事の継承へつながると考えられるわけです。
一方、すべての神事を継承していくことが困難であることも見えてきた中で、先ほど紹介した復活事例のように、新たな目的で時代を超えて活用されている神事も存在しています。地域の皆さんが合意の上での廃止することに対して、決して否定的に捉える必要はありませんが、祭り・神事がその他の地域活動についても影響を及ぼしている可能性を考慮すると、目的を転換して新たな活用や新たな神事による違った形での役割を見出すことで、継承の可能性を検討していくことが必要だと思います。
ここまでの研究では、課題・要因の分析にとどまっていますが、ここから課題に対してこれが一番効くという対処法が見えてくるとさらに良く、今後の研究に期待したいところです。

――大変示唆に富む内容でした。ありがとうございました。

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