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風土を映す「獅子舞」の魅力、わかりやすく 〜獅子舞に魅せられた男・稲村さんに聞く

yusuke.kojima
2024/8/22
2024/8/21
風土を映す「獅子舞」の魅力、わかりやすく 〜獅子舞に魅せられた男・稲村さんに聞く

日本全国で500件以上の獅子舞を取材した獅子舞研究者の稲村行真さん。オマツリジャパンのお祭りライターとしてもお馴染みです。このたび『ニッポン獅子舞紀行』(青弓社)を刊行した稲村さんに本書に込めた思いを伺いました。謎めいた稲村さんの素顔にも迫ります。

――まずは「ニッポン獅子舞紀行」を執筆された目的を教えてください。

「伊勢大神楽」の「魁曲(らんぎょく)」(©︎yukimasa inamura)

稲村 私は獅子舞に興味を持った2018年以来、日本各地500カ所以上を実際に訪れ、獅子舞研究を続けています。獅子舞は日本で最も数が多い民俗芸能と言われ、現在でも7000もの獅子舞がその土地独自のかたちで伝承されています。

しかし、誰もが知っている身近な芸能でありながら、その多様さや歴史的背景などはあまり知られていません。学術分野では柳田國男以降、獅子舞に関する研究書もたくさんあるのですが、一般の方が手に取るハードルは高いですよね。だったら、私が5年間の取材で得た知識や経験を基に、日本全国の獅子舞を一般の方向けにわかりやすくまとめた本を執筆しようと思ったのです。

――この本では紀行エッセイの形で日本各地の獅子舞を取り上げています。本当にさまざまな獅子舞がありますね。

仙石原・諏訪神社の「湯立獅子舞」(©︎yukimasa inamura)

稲村 そうですね。獅子舞は地域によってその形や動き、意味合いが大きく異なります。これは、それぞれの地域が持つ歴史や文化、そして人々の生活様式の違いを反映しているからだと言えるでしょう。

そもそも、獅子舞といえばライオンのような生き物を想像すると思いますが、これはインドや中国など の獅子舞からくる発想です。大陸由来の獅子舞は6世紀ごろには日本に伝来していたと考えられています。しかし、古代日本では食用の獣を「シシ」と呼び、その範疇にはシカ、カモシカ、イノシシ、クマも含まれます。例えば岩手県の「鹿踊(ししおどり)」は明らかにシカの姿で舞っています。今日「獅子舞」と呼ばれる芸能には、こうした大陸文化渡来以前の祈りや信仰の姿も残されているのです。

加えて、現在に至るまで獅子舞には全国組織がありませんでした。系統によって流派は一応ありますが、各地の人々が、その風土や文化を映した個性豊かな舞や獅子頭の意匠を伝えてきているところが非常に面白いのです。

――500カ所以上の獅子舞を実際に見て回られたそうですが、その中で特に印象に残っている獅子舞はありますか?

「祓い獅子」の獅子頭。(©︎yukimasa inamura)

稲村 どの獅子舞も魅力的ですが、衝撃を受けたという点では、本書にも収録されている「祓い獅子」(福岡市)ですね。この獅子舞は、獅子舞なのに舞いません。持って歩くだけです。あとは、「徳米座」(徳島県徳島市)の「人形浄瑠璃の獅子舞」も。これはアメリカ出身のマーティン・ホルマンさんが率いる劇団で披露されている新しい芸能ですが、人間が人形を操り、人形は獅子舞を演じるという芸の二重構造が興味深かったです。

本書では地域別に整理して32の獅子舞を紹介しています。日本全体の獅子舞文化の輪郭を描くために、例えば江戸期に大流行し、獅子舞の全国分布のきっかけになった「伊勢大神楽」など、重要なポイントは意識しながらも、紀行文としても楽しんでもらいたいと思って、私の「感動」というのも収録の基準に入れさせてもらいました。

――稲村さんの視点を通じて、獅子舞に親しみを持てました。ところで、稲村さんは東京藝術大学大学院に籍を置きながら、「獅子の歯ブラシ」というグループで獅子舞の実演もするアーティストでもありますね。

稲村 これは前述の「(獅子舞が)地域の生活と深く結びついている」という部分の研究活動なのです。かねて仲間と一緒に色々な地域を訪れ、その土地で手に入る素材だけを使って獅子頭と胴幕 を作って舞い歩く 、という実践を続けている のですが、ある人が「これはアートだね」と言ってくださいまして……。私自身はそれまでアートの何たるかも知らずに実践していたのですが、それでは一から学んでみようと大学院で研究することにしたのです。

――渋谷で突如獅子舞を舞うパフォーマンスなどもされていると伺いました。

渋谷で行われた演舞の様子。(©︎yukimasa inamura)

稲村 渋谷のイベントスペース「100BANCH」で行われている100年後の未来を考えるプロジェクトの一つに採用していただいた企画です。もし渋谷に獅子舞が〝生息〟する としたら、その姿はどうなるだろう?と考えて実際に制作して舞い歩く取り組みですね。獅子舞が〝生息〟するには、都市に余白や寛容さ、経済的余剰などが必要です。渋谷に突如獅子舞が出現することによって、獅子舞にとっての居心地の良さを感じ取り、それが人間にとっての住みやすさと通じる部分があるのではないか、と考えながら 実験的アプローチを続けています。

――これからも獅子舞を通じて深淵な世界を私たちに見せてください。本日はありがとうございました。

『ニッポン獅子舞紀行』(青弓社)

2024年7月刊行 2,640円(定価2400円+税)

 

稲村行真(いなむら・ゆきまさ)

1994年生まれ。中央大学法学部卒業、東京藝術大学大学院映像研究科修士課程在籍。獅子舞研究者、文筆家、美術家、加賀市獅子舞を応援する会顧問(石川県)、獅子舞ユニット「獅子の歯ブラシ」所属。埼玉県白岡市獅子博物館奨励賞受賞(2023年11月)。日本全国500件以上の獅子舞を取材して記事を執筆している。著書に『我らが守り神――石川県加賀市の獅子頭たち』(私家版)、『獅子舞生息可能性都市』(100BANCH)など。

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